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留守録の声の噂

 はじまりは留守番電話だった。

 スマホに着信が入っていたので留守録を聞いてみたのだ。

 しかし、ずっと無言である。間違い電話かと思って切ろうとすると、奇妙な音が耳に入ってきた。

 最初はノイズかと思ったのだが、よく聞くと、どうもそうではないらしい。

「えっ、これってまさか……」

 僕は恐る恐る再生ボタンを押す。すると、再びあのざらついたノイズが流れてきた。

『……ザザーッ……ザッ……』

 雑音の中から微かに声が聞こえてくる。

『……ザザッ……かえしてよぉ……お』

 その言葉を聞いた途端、背筋に悪寒が走った。

『……おねえちゃんをかえせぇ……!』……子供の声だ。女の子だろうか? ひどく掠れた声なので、はっきり聞き取れない。

 僕は録音を再生し続ける。

『……ザザッ……かえしてよぉ…… かえしてよぉおおお!』

「ひぃっ!」

 耳をつんざくような叫び声とともに、ブツリと録音が終わった。

「こ、怖かった……」

 僕はホッと胸を撫で下ろす。

「ん? どうしたんだい?西来路くん」

「あ、いえ、なんでもないです」 

 先輩に声をかけられて我に帰る。僕は慌てて笑顔を作った。


「ふぅん……。ところで、さっきから何を聴いてたんだい?」

「ああ、実はさっき留守電に入っていたんですよ。それで、再生してみたら、変な音声が入ってて……」

「へぇ……」

 先輩は興味深そうに僕の手の中にあるスマートフォンを見つめた。

 僕は話しながら、先輩にこの音声の話をするのはヤバいなと感じていた。

 子供の声で、『返してくれ』とか『姉ちゃんを返せ』みたいなことを言っているメッセージだ。

 弟さんのことを今も気にかけている先輩に聞かせて良いものとはとても思えない。

 聞かせるにしても、まずはもうちょっと調査をしてからじゃないか。

「あの、先輩……」

「なんだい?」

「その、やっぱり、この話は後でにしませんか?」

「どうして?」

「えっと、今はまだ、あんまり話しちゃいけないかなと……」

「なんだい、それ……。別に私は気にならないんだけどなぁ……」先輩は不満そうな顔をする。

「でも、こういうのは、ほら、順番というものがありまして……」

「うーん、そう言われてもなぁ……」

 先輩が渋っていると、突然、音楽が鳴り響いた。

「あっ、私の携帯だ」

 先輩はポケットからスマホを取り出した。

「はい、もしもし」

 どうやら、先輩の知り合いからの電話らしい。

「えっ! 本当に!? わかった! すぐ行くよ」

 先輩は嬉々として電話を切る。

「ごめん、西来路くん。長らく探していた本が手に入りそうなんだ。今日はこの辺で失礼させてもらうよ」

「あ、はい。わかりました。じゃあ、また明日……」

 先輩は慌ただしく帰っていった。僕は一人取り残される。

「ま、いっか。僕もそろそろ帰るか……」

 その日はそれでおしまいになった。


 その後、僕は家に帰ってから『留守録に入る奇妙な声』について一人で調べてみた。すると、ネット上にこんな噂があることがわかった。

『留守番電話に録音された声の主を探してはいけない』

 どういうことだろう? 意味がわからず、首を傾げる。

「なんで探したらダメなんですかねぇ……」

「そりゃ、怖いからだよ」

 独り言のつもりだったのだが、突然背後から返事が聞こえてきたので、僕は驚いて振り返った。

 しかし、そこには誰もいない。「あれっ、空耳……?」

 僕は不思議そうにあたりを見回す。その時だった。


『ザザッ……ザッ……かえしてよぉ……おねえちゃんをかえせぇ……!』


 どこからともなく声が聞こえた。 

 それは間違いなく先ほど聞いた声と同じものだった。

「ひっ!」思わず悲鳴を上げる。

「だから言ったろう? 留守番電話の声の主には近づいちゃだめだって」

 またしても後ろから声が聞こえる。しかし、やはり姿は見えない。

「誰なんです!? どこにいるんですか!?」

 僕はパニックになって叫んだ。


『ザザッ……ザッ……』


「…………っ!!」

 そこで、ハッと気づく。

 このノイズ……近くで聞こえている……

 そうだ……! この声は……留守録の……

 僕は恐る恐る声のした方を振り返る。すると……


『ザザッ……ザッ……おねえちゃんをかえせぇ……!』


 そこにあったのは……無表情で虚ろな目をして佇む……子供の顔だった……

「わあああああっ!」

 僕は絶叫を上げて飛び起きた。全身汗びっしょりである。

「ゆ、夢か……」

 どうやら、机で調べ物をしながら寝てしまっていたようだ。

「ふう……」僕は額の冷や汗を拭って大きく息をつく。

 時計を見るとまだ夜中の三時半だ。起きるには早すぎる時間だ。

「それにしても、なんていう悪夢なんだ……。あんなの絶対にただの夢じゃないぞ……」

 僕はブルリと身震いした。

「ん?……なんか妙な感じがするな」 

 よく見ると、床に何か落ちている。

「これって、もしかして、血?」

 赤い液体がポタリポタリと滴っていた。

「う、嘘でしょう……」

 僕は慌てて部屋の中を見回してみる。

 すると、僕の視界に信じられないものが映った。

「な、なんだよ、コレ……」

 僕の左腕に赤黒い文字で『お姉ちゃんを返せ』と書かれているのだ。

「ひっ……」

 あまりの恐怖に言葉を失う。

 僕はそのあと一睡もできなかった。


 

 翌日、僕は学校を休んでしまった。

 昨日の一件のせいですっかり怯えてしまった僕は、とても授業を受けられる状態ではなかった。

「まさか、留守電に入っていた謎の声の主を探すだけで、こんなことになるとは……」

 自分の部屋の中で布団を被って震えながら呟く。

 夕方になったころ、チャイムが鳴った。

「ん?」

 誰か来たみたいだ。

 僕は重い足取りで玄関に向かう。そして、ドアを開けると……

「こんにちは、西来路くん」

そこに立っていたのは、先輩だった。

「先輩……」

 僕は安堵のため息を漏らす。

「ずいぶんとひどい顔色をしているね」先輩は心配そうな顔をする。

「ええ、ちょっと体調が悪くて。でも先輩、僕の家の場所、教えていましたっけ?」

「ああ、今日いきなり君が休んだんで、クラスの人に聞いて教えてもらったんだ」

「そうですか……」

「ところで西来路くん、大丈夫かい? 風邪かな? それとも、どこか怪我しているとか……」

「いえ、そういうわけじゃ……」

 僕は言葉を濁す。

 本当は『左腕にお姉ちゃんを返せと書かれた』せいで休む羽目になったのだが、そんなことを言えるはずがない。

「でも体調悪そうだね。今日はゆっくり休むといいよ」

「ありがとうございます」

 先輩はニッコリ笑うと、「ところでさ、西来路くん」と言って、手に持っていたビニール袋を差し出してきた。

「はい、どうぞ」

「これは?」

「プリンだよ。君の好きなやつ」

「あぁ……」

 そういえば、前にそんなことを話したような気がする。

「わざわざ買ってきてくれたんですか? すみません……」

「いいよ。一緒に食べようじゃないか」先輩は靴を脱いで部屋に入ってくる。

「あっ、ちょっ……」

 止める間もなくズカズカと入ってきて、ベッドに腰掛ける。

「ほら、座って」

 ポンポンっと隣のスペースを叩く。

「えーと……」

「遠慮しないで座りたまえよ。君は病人なんだから」

「はい……」

 結局、僕は観念して隣に座った。

「はい、スプーン」

 先輩はプラスチックの容器に入ったプリンを手渡してくる。

「あ、どうも」

 僕はそれを受け取って蓋を開ける。

 そして、中身を一口食べる。

「あ、美味しいですね」

 甘さが控えめなところが僕好みだ。

「よかった」

「あの、それで、何しに来たんですか?」

「昨日の留守電のメッセージの件について聞きに来たんだよ」

「っ!」

 突然、核心を突かれて動揺してしまう。

「そ、それは……」

「あれはどういう意味なんだい?」

「それは……」

 僕は答えられず俯いた。

「まあ、言いたくないなら言わなくてもいいけど……」

 先輩は真剣な目でこちらを見つめてくる。

 ダメだ、この目には逆らえない。口は笑ってるけどけっこう怒ってる時の目だ。

「西来路くん、君にとって私はそんなに頼りない存在かい?」

「いえ、そういうわけでは……」

「だったら、どうして私を頼ってくれないんだい?」

「………………」

 僕は無言になる。

「あのね、西来路くん。私は君のことが好きだからこそ、こうしてお見舞いに来ているのであって、決して暇だからというわけではないんだよ」

「……はい」

「なのに、君は私の気持ちを無視して一人で悩んでいる。違うかい?」

 僕は黙ってうつむく。

「……ごめんなさい」

「わかってくれればいいんだ」先輩は優しく微笑む。

「はい……」

「何か困っていることがあるんなら相談してほしい。たとえ力になれないことがあっても、話をすることで楽になることはあると思う。君が抱えているものを少しでも軽くしたいんだよ。わかるよね?」

「はい……」

「よろしい。じゃあ、早速本題に入ろう。まず、昨日電話に出たのは誰なんだい?」

 僕はしばらく迷った後、正直に話すことにした。

「わかりません。番号は非通知で、留守電に入っていた声はこう言っていました。『お姉ちゃんを返せ』と」

「ふむ……」

「それは子供の声でした。男の子か女の子かはわかりません。ただ、その言葉を聞いた瞬間、ゾッとして、すごく怖くなりました」

「なるほどね…… 君はその声が、私の亡くなった弟からのメッセージじゃないかと考えたんだね」

 先輩は少し悲しげな表情を浮かべて言う。

「はい……」

「そうか……」

 先輩は視線を落として考え込む。

「先輩?」

「すまなかったね。君がそんなに悩んでいたなんて気づかなくて」

「いいえ、僕の方こそ隠していてすみませんでした」

「気にしないでくれ。私がもっと早く気づくべきだったんだ。まずはっきり言っておくよ。それは私の弟からものじゃない」

 先輩はしっかりとした口調で断言した。

「……え?」

「私の弟が君を嫌うなんてありえない。それどころか、弟の性格を考えれば、むしろ積極的に君と仲良くなりたがったはずだ」

「……そうなんですね」

 僕はホッと胸を撫で下ろす。

「でもね、西来路くん」先輩は寂しそうな顔で言った。

「弟はもういないんだよ。死んじゃったんだ」

「……そうですね」

 僕は言葉を詰まらせる。

「別に君が悪いわけじゃないよ」

 先輩は優しい笑みを見せる。

「君は優しいね。本当にいい子だ」

「いえ、そんなことは……」

「謙遜することはないよ。だって、君は自分のためではなく、他人のために行動できる人間なんだから」

「でも、今回はそれが裏目に出てしまいました」

「そうだね。結果的にはそうだ」

 先輩はあっさりと認める。

「だけど、それは君のせいではないだろう? 誰が悪いとか、そういう問題でもないさ。それに、もしも誰かが君を責めるとしたら、それは君自身だよ」

「えっ?」僕は驚いて聞き返す。

「西来路くんはたぶん『自分が悪かったんだ』と思ってるんだろうね。でも、悪いのは君のせいなんかじゃないよ。でも、その負い目が君自身を傷つけているんだ」

「……」

「君は責任感が強いからね。きっと色々と考えすぎてしまったんだ。だから、今から私が言うことをよく聞いてほしい」

 先輩は真剣な眼差しで言う。

「君は悪くない。誰も君を責めたりしていない。だから、自分を許してあげてくれないか」

「先輩……」

「そして、もし許されるのなら、どうか私を許してほしい」

「えっ?」

「私は君が苦しんでいる時に何もしてあげられなかった。助けになってあげることができなかった。そのことをずっと後悔していた」

先輩は辛そうな顔をしている。

「私は臆病な人間なんだ。自分の大切な人が傷つくことが怖い。君を失うことに耐えられない。君を苦しめるものは何であろうと排除したい。だから、私は君を助けられなかったことに罪悪感を覚えていた」

「そんな……」

「西来路くん、私のことを許してくれるかい?」

「先輩が罪悪感を感じる必要なんてありません」僕は叫ぶように言う。

「僕がこうなったのは僕の責任です。僕が弱いのが原因なんです。だから、先輩は何も悪くないんですよ」

 僕は必死に訴えかける。

「ありがとう、西来路くん。君はやっぱり優しいね」

先輩は嬉しそうに微笑む。

「じゃあ、君自身のことも許してあげてほしい。その人は私の大事な人なのだから」

「はい……」

 僕は素直にうなずく。

「よし、いい子だ」先輩は満足げに微笑む。

「実は、僕の手にこんな文字が書いてあったんです」

 僕はそう言って、左腕を見せる。

 そこには真新しいひっかき傷と、『お姉ちゃんを返せ』の文字が書かれている。 

「ああ、なるほど。そういうことか……」

 先輩は何かに気づいたようだ。僕の手を握りながら言う。

「この文字は左腕の内側に書かれているね。右利きの人が自分の腕に文字を書くときの典型的な書き方だ」

「あ……」

 僕はハッとする。

「そう、この文字を描いたのは君自身だ。この赤色は太めの油性ペンかな。うん、丁度いいのが机のペン立てに入っているようだね」

 先輩は部屋の隅にある机の上を指差す。そこには先輩が言った通り、筆箱やメモ帳などと一緒に油性ボールペンが置かれていた。

「この字も傷も君がやったことだと考えて間違いなさそうだね」

「そういえばひどい悪夢を見た後、腕を見たらこの文字がありました」

「おそらくその夢は君の潜在意識が見せているものだね。君は無意識のうちに、自分の罪を償おうとしているんだ」

「……どういうことでしょう?」

「つまり潜在意識の中で、君は自分自身のことを許せてないんだよ」

「えっ!?」

「君は自分が悪いと思い込んでいる。だから、自分が悪いということを自分で証明しようとしているんだ」

「そんなバカなことってあるんですか?」

 僕は困惑する。

「サバイバーズ・ギルト。自分が生き残っていることに罪悪感を感じる気持ち」

「えっと……?」

「簡単に言えば『他の人は死んでしまったのに自分は生きている。それはなぜか?』という自己嫌悪のことだよ」

「あっ……」僕は声を上げる。

「君は自分が生き残ってしまったことが、どうしても納得できないんだ。そして、その理由を探し続けている」

「それは……でも、仕方ないことですよね? 僕はただ運が良かっただけで……」

「そうかもしれないけど、君はそう思っていないんだろうね。だから、君は何度も同じ悪夢を見る。繰り返し、自分に問いかける。なぜ、自分は生き残ったのかと」

「……」

「そして、君は自分の弱さを責める。『僕さえ強ければ、あんなことにはならずに済んだ。僕がもっとしっかりしていれば、みんな助かったはずなのに』とね」

「はい……」僕はうなだれる。

「だけど、それは君のせいじゃないよ。君はとても強い人だと思う。でも、君はまだ大人ではないんだから、そんなに強くなくて当たり前だよ。だから、自分を責めるのはもう止めよう」

 先輩は優しく諭してくれる。

「君は生きていていいんだ。強くても、弱くても、どちらもでいいんだ。君は君であるだけで、生きていていいんだよ」「先輩……」

 僕は涙を流す。

「大丈夫。君は悪くないよ」

先輩は僕の頭を撫でてくれる。

「ありがとうございます。少しだけ楽になりました」

「そうかい? それはよかった」先輩は嬉しそうに微笑む。

「あの、それで、この文字の意味は何なんですか?」

僕は改めて尋ねる。

「これは君の『罪滅ぼし』なんじゃないかな?」

「罪滅ぼし?」

「うん、たぶんそうだろうと思う。君が自分のことを許せるようになるための」

「そんなことできるんでしょうか?」

「さぁ、どうだろう。私は心理学の専門家じゃないから、確かなことは言えないな。それに、そもそも罪悪感なんてものは、誰かに言われて解決するものでもないからね」

「……」

 僕は黙り込む。

「でも、きっといつかは自分を許してあげられるようになるはずだ。私はそう信じてる」

「先輩……」

「だから、今は焦らずゆっくり時間をかけていこう」

先輩は僕の手を握る力を強める。

「はい」僕はうなずく。「そうですね。そうなればいいと思います」

 僕は素直に答える。

「ふぅ、これで私の役目も終わりかな」先輩は大きく息をつく。

「先輩、ありがとうございました。おかげでだいぶ気が晴れました」

 僕は頭を下げる。

「お役に立てて光栄だよ。さて、そろそろお腹が減ってきたね。どうせ、いろいろ悩んで食事していないんだろう?うどんでも作ってあげるよ」

「はい、お願いします」

「じゃあ、ちょっと待っててくれ」

 先輩は台所の方へと向かう。しばらくして、トン、トン、トンという包丁の音や鍋の煮える音が聞こえてくる。

(僕は幸せ者だな)

 台所の音を聞きながら、僕はそんなことを考えていた。


〇「調査後、何か声のようなものが切れ切れに聞こえるようになる。何を言っているかはわからない。霊障値+1」(自宅)、今回は七不思議見つからず

  調査値合計:8、霊障値合計:6、残り七不思議、あと一つ

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