ハナコサンの噂2
翌日の放課後、僕は能木先輩とともに投稿者の妹さんがいる3年生の教室へと向かっていた。
「クラスはわかっているんですか?」
「ああ、1組だよ。名前は『南雲 美羽子』さんというらしい」
「話を聞くのが楽しみですね」
「そうだね。どんな人なんだろう」
そんな会話をしながら廊下を歩いていると、あっという間に目的地に到着した。
「ここが待ち合わせ場所の教室だ」
先輩はそう言ってから、教室の中を覗き込む。僕もそれに倣って中を見る。すると、窓際の席に座っている一人の女子生徒の姿が見えた。彼女が、投稿者の妹のようだ。
「すみません。ちょっといいですか?」
先輩はその子に話しかけた。
「はい。何でしょうか?」
彼女は顔を上げてこちらを見た。
「私は2年の能木七海といいます。こちらは1年の西来路くんです」
「初めまして。僕は西来路公人といいます。よろしくお願いします」
「あなたが連絡してきた方ですね。3年の南雲美羽子です」
先輩と僕が自己紹介を終えると、彼女はそう言った。
「早速ですが、あなたのお姉さんのことについて聞きたいのです。よろしいですか?」
「はい、構いませんよ」
そう言うと、先輩は鞄の中からスマホを取り出して、例のSNSを見せた。「これは5年ほど前に投稿された『#学校にまつわる怪談』というタグのついた投稿のひとつですね。これに書かれている内容が事実かどうか教えて欲しいんです」
「わかりました。まず、この話は本当です。私の姉は、この学校に在籍していた時にハナコサンと呼ばれる存在になっていました」
「お姉さんがハナコサン本人だったんですか!」
僕は思わず声を上げてしまった。
「はい。姉は霊感があるそうで、時々変なものが見えるということがありました。そのせいで、友達から気味悪がられることもあったので、高校に入ってからはそのことを誰にも言わないようにしていたんです。でも、ある日、学校で『何かおかしい』と思ったことがあったと言っていました。それからしばらく経った後に、姉は『ハナコサン』になったそうです」
「なるほど。ちなみに、ハナコサンとはどういうものなのですか?」
「トイレの花子さんと同じようなものです。この学校の女子トイレにいる幽霊ですね。夜にひとりでこの学校のトイレに入ると、後ろから誰かについてこられて、そのまま一緒にトイレに入ってきてしまうらしいです。そして、その誰かは「ハナコサン、ハナコサン」と呼びながら、ずっと背後から抱きしめてくるのだそうです。さらに、抱きつかれた人はだんだん身体の力が抜けていって、最後には意識を失ってしまうんだと、あとで姉が言っていました」
「ええっ!?」
「そうなった人は『ハナコサン』になります。あのSNSの投稿のように、トイレに入っている人を外から閉じ込めるようになるんです。閉じ込められた人が自力で外に出ることはまず無理でしょうね」
「閉じ込めるなんて……」
僕は背筋が寒くなった。
「閉じ込めた後はどうするんでしょうか?」
「ハナコサンは、中にいる人に話しかけたり、呼びかけたりするそうです。それで、反応がないと、今度はドアを強く叩いてくるみたいですね」
「それは怖すぎる……。でも、どうしてそんなことが起こるんでしょう?」
「わかりません……。ただ、ハナコサンの正体については噂されていることがあるんです」
「噂……? どんな内容なんですか?」
「『ハナコサン』というのは、この学校の女子生徒に憑依している怨念のようなものだという噂です。その女子生徒は過去にこの学校の生徒として生きていたけれど、ある理由で自殺してしまった。それ以来ずっと恨みを抱えていて、今でも成仏できずに彷徨っているんです。だから、夜になるとハナコサンは学校にやってきて、自分をいじめた人たちを恨むために、校内の人間に憑依するんです。そして誰かを閉じ込めてはドアを叩くんです」
「そんな……」
僕は絶句してしまう。「どうもハナコサンの噂には、そういう暗い側面があるみたいなんですよね。だからこそ、あまり表沙汰にならないように、学校側も情報規制をしているのかもしれません」
「なるほど……。ところで、お姉さんはその後どうなったんでしょうか」
「姉は、ある日、倒れて入院してしまいました。その時中学生だった私は心配して入院先の病院にお見舞いに行ったんですけど、その時の姉の顔が忘れられないんです。まるで別人のようになっていて、目が虚ろになっていたんです。あんな姉の姿は初めて見ました」
「そうだったんですか……」
僕は言葉が出なかった。
「姉は2か月ほど入院した後、体調が回復して退院しました。そのあと別の高校へ通って、今は大学に行っています」
「お元気なんですか?」
「はい。最近は会っていないんですが、たまに連絡を取って話をしていますよ。ハナコサンになっていた時の話は、最近電話で聞きました。私が聞いた話だと、姉はハナコサンになった時、ぼんやりした状態だったそうです。でも、時々意識がはっきりしてくることもあって、自分が何をしているのか自覚できることもあったとか。そうしたら、急に強い恐怖に襲われて、パニック状態になったと言っていました」
「そうですか。やっぱり怖いですよね。僕は妖怪や幽霊とかいうものが本当に存在するかどうかはよくわからないんですが、もし仮にいたとしたなら、それは人間の心の闇のような部分から生まれた存在なんじゃないかと思います」
「私も同じことを考えています。ハナコサンは学校の中で苦しんでいる生徒たちの魂が集まってできたものだと姉は言っていました。ハナコサンに取り憑かれた人は、ハナコサンになる前の自分のつらい記憶を思い出し続けてしまうそうです。その苦しみから逃れるためには、ハナコサンが満足するまで、ひたすら耐え続けるしかない。ハナコサンが望むままに動くしかない。それがハナコサンの呪いを解く唯一の方法なんだと、姉から聞きました」
「そうですか……。教えてくれてありがとうございました。それでは、私たちはこれで失礼します。また何かあったら連絡してください。何かわかったことがあったら、必ず報告しますから」
先輩がそう言うと、南雲さんはぺこりと頭を下げた。僕も同じように頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
2人と一緒に玄関まで歩いていく。
「それじゃあ、私はまだ学校でやる事が残っているので、ここで失礼させてもらいますね。また学校で会いましょう!」
「はい、さようなら」
「さようなら」
そう挨拶を交わした後、南雲さんは校舎の中へと戻っていった。
「ふう……。いろいろ収穫があったな。『ハナコサン』が四つ目の七不思議で決定だ」
「ですね。怖い話でした。先輩はハナコサンは実在すると思いましたか?」
「正直言って半信半疑だけど、いる可能性はあると思っている」
「南雲さんのお姉さんが単純にストレスでおかしくなった可能性は?」
「もちろんそれもゼロじゃないと思う。でも、私は南雲さんのお姉さんが語った話は本当だと思う。ハナコサンが学校の怪談になっている理由を考えると、ハナコサンになるという現象は実在していたと考える方が自然だろう」
「そうですね。僕はハナコサンはいると信じます」
「うん。私はこう考えているんだ。ハナコサンになった人は、実はもっとたくさんいるんじゃないだろうか。おそらく、いじめに遭ったことのある生徒は、1人や2人だけではないはずだ。その人たちが、ハナコサンになって復讐しているんだよ」
「なるほど。それでハナコサンの噂が広まったんですね」
「ああ。きっとハナコサンは今もこの学校のどこかにいるはずなんだ」
先輩は校舎を見上げながら言った。
「……これからどうするんですか?」
「とりあえず、今日はもう帰ろうか。収穫もあったことだし」
「わかりました。行きましょう」
僕たちは再び歩き出した。
ハナコサンの話を聞いて、僕は改めて学校という場所が持つ怖さを実感した。
★「★七不思議確認! しかし説明がつく現象だった……はず…… 調査値+1、霊障値+1」(教室)
調査値合計:7、霊障値合計:2、残り七不思議、あと三つ




