風雲急を告げる
「よお、久しぶり。ユリシーズ、オマエやらかしたらしいな。」
「レオン叔父さん、言葉使い変わったね。」
「ああ、辺境は貴族でもこんなもんよ。
辺境伯としてお忙しい中、不肖の甥のためにわざわざ来てやったんだぜ。」
「心配させて済みません。やはり私に王太子は早すぎました。」
「まあ、それを今言えるってことは成長したってこった。
やらかしも大したことじゃないし良かったじゃねーか。」
「いえ、平民をひとり死なせてしまった…」
「(まーだ伏せてあんのかよ…)そういう立場だってこった。
それを理解しているかいないかが王の器の見極めどころだ。
今だったらオマエを推せるぜ。
可愛い甥の顔を見れてよかった。じゃーな。
次は玉座に座ったオマエを見れることを楽しみにしておくよ。」
王族らしく高貴で繊細な優男だったレオンが日に焼けてムッキムキのガチムチになって豪快な漢に変身していたのに気を取られて何しに来たんだか分からないまま去っていくのを見送っていた。
もちろん本人の言葉通り国王陛下の命で見極めに来たのだが。
※※※
ジゼルの畑を手伝っていた時に野草の中に可愛い青い花を見つけた。
レーナの瞳を思い出した。
近頃は青い色を見れば美しい元婚約者を思い出す。
もう一度あの瞳を覗き込みたい。
いや、覗き込んだことなど一度もなかっただろうと苦笑する。
名もなき青い花を摘み取って執務室の机上にコップに生けていたらヒルダが押し花の作り方を教えてくれた。
それをどうせならと栞にしてレーナにいつもの手紙に同封して送った。
ユリシーズは手紙をデーヴィッドが確認した時に優しい目をされたのに気づかなかった。
「レーナ様は今後どうなさるんでしょうね。」
デーヴィッドが珍しくユリシーズに話かけた。
「どういうことかな?」
「いえ、ユリシーズ殿下との婚約がなくなって国内に釣り合う相手がいないと聞きます。
かといって今の政情では国外の王族上位貴族に嫁がれるのは避けたい。
未婚のままというのも王家として面目が立たない。
ということで未だに決まっていないそうです。」
「…」
「この状況でレーナ様が殿下のお手紙を楽しみにされているのが不思議ですよね?」
「…そうだな。」
ユリシーズはしばらく無言で考えた後、手紙を書き始めた。
※※※
レーナが公爵邸の庭園の四阿で手紙に同封されてきた青い花の栞を見てニマニマしていると、使用人の制止を振り切って近づく中年の貴族の男がいた。
身を固くしていると
「レーナ嬢ですな。初めまして。
私はピアス・マクミラン。伯爵位を賜っておるものです。
以後お見知り置きを。」
手を差し出されたがテーブルを挟んだまま形ばかりのカーテシーをして手の甲へのキスを拒絶した。
ギラギラと不躾な視線が胸元やら腰やらに絡みついて不快この上ない。
「どのようなご用件でしょうか?」
「つれないですなぁ。求婚しに来たのですよ。
公爵家のご令嬢ともあろうお方が行き遅れなど醜聞ではないですか。
伯爵であるこの私が貰ってやろうというのです。
伯爵夫人になれれば安泰でしょう?」
心が冷えてくず折れそうになったが、栞を握りしめると温かな想いが溢れ、力が湧き出てきた。
「無礼な。今すぐここを立ち去りなさい。帰ってもらってください。」
最後は駆けつけた護衛への指示だ。
「はいはい分かりましたよ。
今日のところは綺麗なお顔を拝見しに来ただけですからね。
他のところはまた日を改めて拝見させていただきます。ククク」
婚約破棄の時以上の怒りにレーナはまた倒れてしまった。