婚約破棄
「レーナ・シェイファー、今この場で貴女との婚約を破棄する!」
金髪碧眼の美丈夫、エルズバーグ国の王太子ユリシーズが貴族学園の卒業記念パーティーの会場にて叫んだ。
レーナはシェイファー公爵家の長女で5年前にユリシーズの婚約者となっていた。
シェイファー公爵家はいくつかある上位貴族家の中でも最大派閥を形成していて次期国王を支えるのにこれ以上はなかったのだ。
パーティー会場は騒然となった。
「ユリシーズ殿下、理由をお聞きしたいのですが。」
プラチナブロンドに青い瞳の気品漂う美女、レーナが青褪めながらも動じることなく問い返した。
「貴女は平民の奨学生コレットを蔑み、数々の嫌がらせを主導し、階段から突き落とさせて怪我を負わせたのだ。
王太子妃となるのに相応しくないと判断した。」
「わたくし、そのような浅ましい行為には一切関わっておりません。
このような侮辱には耐えられませんのでこれにて失礼いたします。」
レーナは頭も下げずに踵を返した。
「待て貴様、罪を償わないつもりか!この者を捕らえよ!」
ユリシーズが指さして叫んだが誰も動かず、レーナは淑女らしく優雅な歩調を崩さずに去ってゆき、使用人がドアを開けるのを待って会場を出ていった。
王太子の命令とはいえ大貴族の令嬢を言葉だけで拘束するのは自殺行為だと皆知っている。
身分が低ければ触れただけで公爵家の護衛に斬り倒されても文句は言えない。
王太子に付き従う近衛は護衛が任務、衛兵は会場の警備が任務ということでどちらも管轄外であるため素知らぬ顔である。
ユリシーズは気不味げに腕を下ろして王宮に引き上げた。
※※※
「バカもの!」
王宮にて父国王の前に連れてこられたユリシーズはいきなり怒鳴りつけられた。
「すみません。しかし、レーナはコレットを虐めていたのです。」
「レーナ嬢が手を下したという証拠や証言はあったのか?」
「いえ、直接手は下していません。
しかし、不届き者を捕らえてみれば一様にレーナからの指示を受けて行ったというものばかりです。」
「それでレーナ嬢だけを断罪したのか。実行犯はどうした?
貴様の都合のいい証言と引き換えに無罪放免としたのか?」
「それは…はい…」
「愚か者!罪を逃れるためならなんとでも言うだろう。
誰にでも分かることだ。だからそんな証言には何の意味もない。
貴様は誰にでも冤罪と分かるように公衆の面前でレーナ嬢を断罪してしまった。
これは他家からは王家はシェイファー公爵家を切ったというメッセージと見做される。
このような寝首をかかれるようなことをされるとなったら対立派閥だって黙っちゃいない。
いったいどこの貴族が王家に忠誠を誓ってくれるんだ?」
「そ、そんな大ごとでは…」
「そんな大ごとなのだ!王家の危機だ!王国の危機だ!
とりあえずお前は立太子を取り消し、継承順位を下げて謹慎とする。
シェイファー公爵には莫大な賠償金をこちらから差し出さなければならん。
発端となった娘には消えてもらう。
貴様がいいところを見せようと余計なことをしなければ幸せに生きたかもしれないのにな。
不憫なことだ。」
「そんな…コレットは何もしておりません!私の責任です。
どうか処罰は私だけにしてください。」
「そうだ。お前の責任だ。彼女の死はお前の責任だよ。今さら気づいたのか。
王太子の振る舞い一つで儚く消えていく命に想いをいたし大人しく謹慎しなさい。」
「…そ、んな」