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4食目:門番の野鳥

 夜の闇にも、人口の明かりは負けずに輝く。

 艦長。普通は水上船や潜水艦、あるいはスペースシップの一番えらい者のことを指す言葉だ。しかし、軍で自動人形を運用する部署である母艦では、普通の会社や組織でいうなら、社長とか支社長とか、あるいはもっと軍寄りに言うなら師団長とかそういった呼び方をされる立ち位置である。そんな人の専用室で、わたしはその部屋の主を床に正座させていた。


「ストックはあるといいましたよね」

「はい」

水上みなかみ艦長には、何度もやめてくださいと言いましたよね」

「すみません」

「消毒用アルコールは貴女用じゃないんですよ?」

「ついお腹がすいて……」

「『つい』であれを飲まないでください。経費がおかしくなるんですから」


 普通の人間とのやり取りではないように見えるかもしれない。ただのアル中の言い分にしてはおかしい物言いだろう。

 それもそのはず、彼女こと艦長である水上みなかみ はな

」は普通の人間ではないのである。


定義としては超人類……ニューヒューマン、通称『ニューマン』に区分される。あの戦争の際に相次いで発見された超能力者達の総称だ。そして彼女の主能力は至って単純、アルコールと認識可能なものを摂取することで人体を維持することが可能というものだ。しかも、アルコールは人間用、工業用問わずにである。

 カロリーだけではなく、健康体を維持する事も可能だ……適正な量であれば。当然、飲みすぎるとカロリーオーバーでぜい肉になる。

 彼女のこの能力を解析することによって、今ロールアウトされている最新型である第5世代自動人形には似た能力の子が生産されていると聞いている。


「ちなみに、なんで飲んだんです?」

「鳥の入れ物してて……焼き鳥と一緒に飲んだらおいしそうだなって」


 馬鹿みたいに大きなため息が自然に溢れる。確かに、置いてあった消毒用アルコールの容器は、黒井さんが茶目っ気を出してウズラに似た外見に装飾されていた。確かに、食用で美味と聞いている……わたしは食べた事がないが。

 とかく、『これ』をベースに自動人形を作って、人格に悪影響は出ないのだろうか。この艦長は、悪酔いして変な絡み方をしない分、普段から行動がおかしいのでとんとん、といったところなのだけれど。


「とかく。ちゃんと、工業用エタノールでも消毒用エタノールでもない普段用の業務用甲種焼酎は確保しておいてあるんですから。そっちを飲んでください。家庭菜園のつまみ食いみたいなことはせずに」

「はぁい」


 こうは返事をしているけれど、またやるんだろうなと思うとため息が出る。

 実際問題、金銭的問題だけを見るなら現状は咎める必要も、然程ないのだ。

 エタノール濃度の比率だけ見るならば、工業用のほうが安い。つまりエネルギー変換効率としては、工業用や消毒用を与えておくほうが良いのである。

 が。しかし。外聞がよくない。しかも、この手の「安い」アルコール……人間用ではないものを与え続けると将来の問題が発生するのは、既に判明しているのだ。


「で。そんなことだろうと思って、お酒と焼き鳥は食堂に準備してあります。お酒はちゃんとビールを」

「もっちゃん大好き愛してる!!!」


 叫んで駆け出した速度は、まさしく人外のそれだった。彼女はアルコールから転換したエネルギーを爆発的な運動力に変える。ろくにスポーツもしていないのにあれだけの運動をするので……明日は間違いなく筋肉痛確定だろう。


 そんなことを考えながら、彼女が忘れていった鍵で艦長室に施錠をしてゆっくり後をついていく。

 たどり着いた先で、彼女は既に1本目の缶をあけていた。焼き鳥は電子レンジの中のようだ。わたしはあまりアルコールは嗜まないので、マグにティーバッグ放り込み、保温ポットからお湯を注いで待つことに。


「いやー仕事の後のおしゃけはおいしい! ビール、おいしい!」

「味わって飲んでくださいね。少し良いのを買っておいたんですから」

「もっちゃんのこういう細かい気配りしてくれる所好き……一生面倒見て」

「はいはい」


 いつものことなので、適当に受け流す。温めが終わった心の踊る音が響いたので、そのまま立ち上がって扉を開いた。

 僅かな湯気と、しょう油と砂糖が混じったタレの香り。その場や帰ってすぐに食べるならとかく、個人的には持ち帰ってある程度以上の時間が経過するならタレ一択である。なんといっても保湿による柔らかさが違う。

 艦長に配膳しながら、こちらも自分の分を確保する。ちなみに本数は艦長が8、こちらが2である。本数が多めなのはアルコール分対策ではなく、単純に水上艦長が大食いなのと、嗜好の問題だ。水さえ与えておけば二日酔い知らずだから、そういう点では楽なのだ。


「いただきます」

「いただきまーす!」


 ややおおぶりな串に、ねぎと鶏肉が飴色の衣をまとって輝いている。一口かじれば、甘みと旨味が押し寄せてきた。


「んんー温かいお肉がしょう油と甘さでお腹に染みる……嫁にきて、もっちゃん……ダメなら今度飲みにつきあって」

「時間のある時だけですよ」

「わぁい」

「ちなみに、艦長の仕事がちゃんと終わった時、という意味ですからね」

「わぁ、い?」

「頑張ってくださいね。勿論、今回の消毒用アルコールの経費も後で申請しますので」


 実際問題として、そこが重要なポイントだ。ただ、別段ついていくのは嫌でもない。にぎやかな場に行くのも、静かに味わうのも、それはそれで楽しいものだ。

 実際、情報収集以外にこれといった趣味というものをあまり持たない自分としては、誰かと一緒にいたほうが何かと興味深い部分もある。


 こうなればヤケだとばかりに缶を開ける姿を眺めながら、自分もお茶を一口。甘辛い味を流して、また焼き鳥を齧る。夜更けの肉は、おいしい。

友人からお題に頂いた「店頭に置かれたアルコールスプレーの容器」をもとにしたお話でした。

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