1食目:卵かけご飯と豆腐の味噌汁
深夜11時。薄暗い本舎の一角。食堂と看板のかかった部屋に、時間外れの明かりを灯す。
職員はほぼ宿舎か自宅に戻った時間帯であるから、ここにいるのは夜勤か、あるいは残業組である。
そして、「わたし」は後者であった。
髪で片目を隠しているけれど、センサー類は良好。片目だけの視覚素子でも十分に視野を確保できる。目指すは、冷蔵庫。確保しておいてほしいと頼んだものがおいてある、はずだ。
大型の冷蔵庫の扉を引いてあけると、冷気の向こうにお目当てのものを見つける。うん、十分だ。
引っ張り出したのは両手で抱えたくなるサイズのタッパー。透明なパッケージの中には、冷や飯がぎっしり詰まったのが見えている。冷蔵庫も進化したものだ。わたしのいた頃はまだこんなに大型のものでこんな冷却性能は……と、回顧するのは老衰の兆しか。
閉じた扉の表面、磨かれた鏡に写るのは、片目を隠した長髪の少女の姿。着ている衣装は、いわゆるオフィスレディの姿をしているのが少々アンバランスとも言える。「人間の感覚で言えば」だが。
そして胸にあるネームプレートには「囃詩 もゆ(はやし もゆ)」の名前。
さて、そんなことに気を回している暇があったら追加の準備だ。タッパーを鋼色のテーブルの上においたら、残りのものも手早く冷蔵庫から取り出し、器を3つと箸を1膳。
大きめの茶碗に冷や飯をよそい、電子レンジへ。起こして貰ってこの方、ここに務める事になってからこれの世話になる頻度はひどく増えた。このマイクロ波で温めるものは、この世に生きるものへの福音であろうとすら思える。
温めている間に追加で取り出した片方……小鍋はコンロで火にかけて、もう片方。大ぶりなサイズの鶏卵を、平面で叩いてヒビを入れて椀の中へ落とし入れる。醤油を適当に入れてから、適度に混ぜて……
とやっていると、電子音が一つしてレンジの明かりが消えていた。取り出した椀に卵を流し込み、雑に混ぜて。
「いただきます」
味噌汁があたたまるのを待たずに、緩く流し込む。やや温まった米が卵のせいで少し冷めて丁度いい温度だ。そのままコンロの火を止め、大型のマグに味噌汁を移す。小さく切られた白いブロックごと口の中にふくめば……ちょっと、ぬるかった。もう少し見ておけば……と思いつつ、やや焼けた味噌の味と顆粒だしの魚介の味を喉に流し込む。
卵かけご飯をもう一口。噛みしめるほどに米の甘みと卵のタンパク質の旨味が、醤油で合わさって得も言われぬ快感になる。
うん。もう一杯。
こうして、毎夜のごとく繰り広げられる囃詩もゆの宴は更けていくのであった。
手慰みに書いたものですが、暇つぶしにでもなっていたら幸いです。