第四話 『呪われし二人』
「…少し、二人でお話してもいいでしょうか」
さとこさんの言葉に、周りの大人達は「どうぞどうぞ」と俺達を部屋から出した。
さっさと先を行くさとこさんについて歩く。
死刑宣告を待つ囚人の気持ちなのに、さとこさんと一緒にいられてうれしい。
自分でも自分の感情が制御できない。
さとこさんの少し後ろを歩いていると、彼女の小柄さがよくわかる。
百五十センチないよな? 俺の胸あたりまでしかないぞ。
小学校高学年のウチの弟妹と同じくらいかな? かわいいな。
背は低くて顔立ちも幼い彼女は、俺よりも年下に見える。
それでも凛と立つ雰囲気やしっかりとした口調や態度は確かに年上の女性で、そんなギャップにも惹かれてしまう。
ぽやんとついて歩くうちに、いつの間にか庭の池のほとりに立っていた。
ずっと黙って歩いていたさとこさんが不意に立ち止まった。
つられて俺も立ち止まる。
俺に背をむけたまま、さとこさんは言った。
「静原くんは、私のどこを気に入ってくださったのですか?」
明るい声。だが、どこか怒ったような、投げやりな感じがする。
やはり俺が相手では嫌なのだろう。
「どこ、と、言われても、その」
へこむ気持ちを押し隠して、彼女の質問に答える。
「その、貴女を目にした途端、その、とらわれた、もので、あの、どこ、というのは、その」
あまりにも情けない返答に、彼女も腹を立てたのだろう。
振り向いて、俺を見上げてくれた。
そのたたずまいが可愛らしくて胸がぎゅっとなる。抱きしめたくなるのをぐっとおさえる。
彼女に見つめられると、それだけで頭が沸騰しそうになる。ぽやんとなる。
ぽやんとしたまま、ぽやんと答えた。
「理屈ではないんです。」
俺の言葉に、彼女がちいさく首をかしげた。かわいい。
かわいさにくらくらして、つい言葉を重ねた。
「理屈ではないんです。
貴女を目にした途端『この人だ』ってわかったんです。
貴女が、貴女だけが俺の唯一だと。
そのままの貴女に、とらわれてしまったんです」
うまく説明できない。恥ずかしい。照れくさい。
俺は今、顔が真っ赤になっていることだろう。
彼女を見ていられなくてつい目を伏せる。
が、やっぱり彼女を見たくなって目を上げる。
そこには、穏やかに微笑む彼女が立っていた。
うわ。かわいい。
「――なるほど。まさに『呪い』ですね」
彼女の言葉にこくこくとうなずく。
彼女はかわいらしく頬に手をあてて、かわいらしく首をかしげた。
「ですが私、特に何をした覚えもないのですが…」
「それは、その、俺が勝手にとらわれただけで、貴女はなにもしてなくて、だから、その、」
だから。そう。
彼女には何の責任もない。だから。
「断られても、仕方ないと、思って、います」
口にするだけで泣きそうになる。
ぐっと拳を握って泣くのをこらえる。
父さんが死んだと聞いたときも泣かなかったのに。こんな、俺、情けない。
うつむいて黙ってしまった俺を、彼女はどう思うだろう。
ただでさえ年下で生徒なのに。
頼りない、図体ばかりデカいでくのぼうだと思っているのかもしれない。
「…私は『呪いもち』ですよ?
こわくないのですか? 気味悪くないのですか?」
彼女の言葉に思わず顔を上げる。
彼女は悲しそうな、苦しそうな顔をしていた。
対する俺はきょとんとする。
さとこさんがこわい? 気味悪い?
さとこさんが?
「かわいいと思います」
つるっと本音がこぼれた。
あわてて口をふさいだが、ばっちり聞かれたらしい。
かわいい目を大きくしたあと、さとこさんは頬を染めた。かわいい。
「た、退魔師さんは普通の人と感覚がちがうのですね」
俺から目をそらしてさとこさんが笑う。
そうか? 退魔師だからさとこさんがかわいいと思うのか?
口をふさいでいた手をあごにあてて考える。
すぐに答えが出た。
「退魔師は関係ないです」
またぺろりと言葉が出た。
俺の悪いくせだ。
考えて出た結論が、つい口に出る。
「俺が、ただの俺が、貴女を、かわいいと思っています」
さとこさんが驚いたように俺をじっと見上げている。
さとこさんに、見られている!
その事実に気付いた途端、顔に血が集まった。
の、脳味噌が沸騰する!
味噌は沸騰させたら駄目です!
ち、違う! 今は料理の話じゃない!!
あわてて顔をふせる。汗がふきでる。どうしたらいいのかわからない。
「……『呪いもち』でも、平気なのですか?」
彼女の声が、なんだかちびが甘えているときのように感じた。
彼女を見ようと顔を上げかけたけど、やっぱり恥ずかしくなってまた顔を伏せた。
彼女のつま先にむかってボソボソと話す。
「……それを言うなら、俺も『呪い』にとらわれているわけですから…」
さとこさんの『呪い』とは種類が違うけれど。
「俺も『呪いもち』ということになるのではないかと…」
さとこさんは少しの無言のあと、くすくすと笑い始めた。
何? 俺、おかしなこと言ったか?
心配になって顔をあげると、彼女は楽しそうに笑っていた。
「『呪われし二人』ですか」
そう言うとおどろおどろしいな。
でも、彼女と一緒なら悪くない。
彼女の笑顔につられてつい口角が上がる。
やっぱり彼女は笑っているのがいい。
楽しそうにしているのを見るだけで心が癒やされる。
「――わかりました」
笑いをおさめて、彼女はきちんと立った。
凛としたその姿に見惚れる。が、はっと気付き、俺もピッと背筋を正す。
「私が死ぬまででよかったら、おつきあいいたします」
「ほ…、本当ですか!?」
「はい」
「おつきあい、というのは、その、一緒にいてくれる、ということ、ですか!?」
「はい。二年足らずになりますが、その間よろしくおねがいします」
さとこさんがなにか言っているが、沸騰した頭は言葉を処理できない。
「本当に貴女が死ぬまで一緒にいてくれるのですか!?」
「はい。貴方にはご不満もあるかもしれませんが…」
「不満なんて!! 貴女が側にいてくれるなら、百人力です!」
「まあ」なんてかわいく笑うさとこさん。かわいい。好きだ!
ああ、そうだ。
俺、この人が好きなんだ。
これが『好き』か。
胸が張り裂けそうで、頭が破裂しそうで、身体中から力があふれそうだ。
「さとこさん!」
「はい?」
馬鹿な俺はそのままの勢いで彼女に告げた。
「さとこさん! 好きです!」
「は…はいぃっ?」
「好きです! 大好きです!! ずっと一緒にいてください!!」
「は、あの、えと、」
「おばさんになっても、おばあさんになっても、ずっと、死ぬまでずっと一緒にいてください!!」
「は?」
「え?」
絶句し固まる彼女の様子に、やっと俺も冷静になった。
あ、あれ? 俺、やらかした?
サーッと血の気が引く。
あれ? 「死ぬまで一緒にいる」と言ってくれたのは、俺の都合のいい幻聴だったのか?
俺の独り相撲だったのか?
「――あ、あの。俺…。幻聴、でしたか?」
「え?」
「貴女が『死ぬまで一緒にいる』って言ってくれたと、思っ、て……」
「確かにそう言いましたが……。え?」
戸惑うさとこさん。かわいい。
違う。問題はそこじゃない。
「死ぬまで、一緒に、いて、くれますか?」
「――はい」
よかった。幻聴ではなかったらしい。
ほーっ、と身体中の力が抜けて倒れそうな俺に「ですが」とさとこさんは声をかける。
「私、生きられてもあと二年ですよ?」
痛そうに言うさとこさんに、俺の胸もぎゅうっと痛くなった。
思わず眉がよる。
「それは、確定していることではないと思います」
「確定ですよ」
俺の言葉にかぶせるようにさとこさんが断言する。
「主座様でも解けない『呪い』です。
私が封じた妖魔はかなり強い妖魔です。
『悪しきモノ』どころか、『禍』と言っても過言ではないと思います」
とてつもなく大きな霊力を持った悪しき存在。
それが『禍』。
滅するのには何人もの能力者が必要だという。
封印するとしてもかなりの術者でないと封印できないと。
そいつをどうにかしないと、さとこさんの『呪い』は解けない。
たが、逆に言えば、そいつをどうにかすればさとこさんの『呪い』は解ける。
ずっと長生きして、かわいいおばあさんになるに違いない。
それなら、簡単な話だ。
「俺がその妖魔、退治します」
さとこさんが息を飲んで顔をこわばらせた。
「ダメです! 危険です!」
首を振って俺を止めようするさとこさん。
そんな顔もかわいい。
さとこさんがせまってきてくれて思わずでれっとにやけてしまう。
「でも、退魔師の仕事なんて、いつも危険なものです」
そう。どんな妖魔相手でも、死の危険と隣り合わせなのは変わらない。
「それに」
俺の言葉にさとこさんはまたも絶句している。
その隙に考えていたことをばらす。
「貴女がいない世の中なら、生きていても仕方ありません」
太一から初めてさとこさんの『呪い』の話を聞いた時からずっと考えていた。
二十歳まで生きられない。
封じた妖魔の『呪い』。
彼女のいない世界で、俺は生きていけるのか?
彼女を知ってしまった俺は、ひとりで生きていけるのか?
否だった。
この一月、ずっと考えた。
色々な状況を想定して色々と考えた。
だが、どれだけ考えても、どれだけあきらめようとしても。
俺は、彼女のいない世界では生きていられない。
彼女は俺の唯一だから。
理屈じゃない。
魂が叫ぶ。
彼女の側にいたい。
彼女こそが、俺の唯一。
まさに『呪い』。
彼女にとらわれて、逃げられない。
「俺は『静原の呪い』にとらわれています。
貴女が死ねば、俺も死にます」
俺の言葉に彼女は言葉を失って立ちすくんでいた。
かわいい顔がどんどん青ざめていく。
失敗した。
心配させたいわけじゃなかったのに。
責任を感じさせたかったわけじゃないのに。
単なる事実を言っただけに過ぎないのに。
あわあわと取り乱しそうになったが、意志の力でぐっとこらえて、わざとニカッと笑ってみた。
少しは明るく見えてるかな? 見えてるといいな。
「それなら、一発逆転を狙って、その妖魔退治に挑戦してもいいと思うんです」
今度はあきれたのだろう。
さとこさんはぱかりと口をあけて、固まってしまった。
「そ」
そのままぱくぱくと口を開け閉めしていたさとこさんだったが、やがてくしゃりと顔をゆがめた。
「そんな、簡単に」
「簡単ですよ? 一発ぶちこんだらおしまいです」
俺の退魔はいつもそんなもんだ。
「力技で単純」といつもジジイや叔母に怒られる。
相手が何だろうが、やることは変わらないだろう。
けろっと言う俺をどう思ったのか、やがてさとこさんはくすくすと笑った。
「静原くんは、すごいですね」
彼女が俺を見て微笑んでくれた!
俺を呼んでくれた!!
うれしい! しあわせだ!!
舞い上がって浮かれた俺は、調子に乗ってこんなことを言ってみた。
「『玄』て呼んでください。ウチの者はみんなそう呼んでるんです」
「そういえば春日くんも『玄ちゃん』て呼んでましたね」
覚えててくれたのか! うれしい!
さとこさんはくすくす笑って「わかりました」と言ってくれた。
「では私も『サト』と呼んでください。『玄さん』」
――死ぬ! かわいさで死ぬ!!
何だそのかわいい顔!
彼女のかわいい声が俺を呼んだぞ!
なんてしあわせなんだ!!
これも『呪い』の効果なのか!?
「は、はい! さ、さ、ささ、サト、さん」
どもりまくる俺にサトさんは可愛く微笑んでくれる。
「死ぬまでの短い間ですが、よろしくおねがいします」
「貴女が死ぬまで、ずっと一緒にいます。
よろしくおねがいします」
こうして、俺とサトさんは許嫁になった。




