第一話 『静原の呪い』
新連載です。
これまでの作品と同じ世界のちょっと昔のお話です。
楽しんでいただけるとうれしいです。
その人が目に入った途端、時間が止まった。
周囲からは何もかもが消え去った。
ただ、その人だけが存在している。
そのたたずまい。
そのまなざし。
その姿。
その人のすべてが、俺を縛る。
この人だと魂が叫ぶ。
この人が俺の全てだと。
この人が俺の唯一だと。
唐突に理解した。
これは、昔聞いた『呪い』だ。
だとしたら、なんと幸福な『呪い』だろうか。
昔むかしから大人達が言っていた。
『静原の呪い』
俺は、その『静原の呪い』にとらわれてしまった。
日本中を巻き込んだ大きな戦争が終わって五年。
無事に学校も再開され、俺は高校ニ年生になった。
戦争で主な都市は爆撃により壊滅したと聞いている。
が、ここ京都は戦争などなかったかのように昔と変わらぬ姿を見せている。
徴兵されていた大人達も戻ってきて、街は徐々に活気を取り戻している。
俺の親父は、戻ってこない。
叔父達も、戻ってこない。
俺の家は退魔師を生業としている。
表向きの職業は造園業だが、代々退魔を請け負っている。
全盛期だった父や叔父達を戦争に取られ、残っていたのは引退していたジジイと女達、そして俺達子供だけ。
戦争だからって妖魔は待ってくれやしない。
むしろ戦争という負の感情が、妖魔に悪しき力を与えるようだった。
あちらこちらで『悪しきモノ』が現れ、討伐に駆り出される。
ジジイはまだ十歳にもならない俺を鍛え、実戦に投入した。
未熟なガキでも使えそうならば使わないといけないくらい、当時は人材がいなかった。
お陰様でそれなりの実力がついたと自負している。
幼かった弟達や従弟達も徐々に実戦に加わってきて、最近はやっと退魔が落ち着いてきた。
中学を出てすぐに家業に入るつもりだったのだが、教師から「せっかく成績がいいのだからもう少し勉強したらどうだ」と薦められ、祖父母も母も喜んだ。
戦争前のガキの頃から、学校に通いながら造園業と退魔を手伝っていた俺にとってはどっちでもいい話だった。
戦争から次々と大人達が戻って来て造園業のほうは人手が足りていたこともあり、進学を決意した。
そうして、高校二年生の始業式。
壇上に、天女を見た。
校長がつらつらと中身のない長いだけの話をしているのを聞くともなしに聞いていた。
「では次に、新任の先生方の紹介です」
そうして数人の男女が登壇した。
めんどくせ。そう思いながら、ちらりと壇上を見て―――。
時間が、止まった。
数人の男女の中、一人だけ着物のその女性。
小柄で、かわいらしい雰囲気だ。
垂れた目がかわいい。丸っこい鼻もかわいい。健康そうな頬はやわらかそうだ。
前髪を目の少し上でまっすぐに切りそろえていてかわいい。
どうなっているのかさっぱりわからないが、髪をまとめてリボンで止めてある。かわいい。
着物は始業式だからだろう。訪問着に羽織を羽織っている。淡い桃色の着物がよく似合っている。かわいい。
「西村 智子です」
声までかわいい。まるで小鳥みたいだ!
今のは彼女の名前か?
さとこさん。名前までかわいい。
「茶道の橋本先生がお休みされる間の代理で参りました。短い期間にはなりますが、どうぞよろしくお願い致します」
ぺこりとお辞儀をするさとこさん。
仕草が綺麗だ。
立ち姿も凛としている。
ただ立っているだけなのに、彼女の周りだけ空気が違って見える。
なんて綺麗な女性だろう。
なんてかわいらしい女性だろう。
なんだかふわふわする。
彼女から目が離せない。
近づいて話をしてみたいのに、身体が動かない。
動かない?
動けない。
これは。
唐突に理解した。
これは、『呪い』だ。
我が静原家に伝わる、『静原の呪い』に、俺はとらわれたようだ。
我が静原家の人間にはある特徴がある。
『この人』と定めたら、とことん尽くす。
まれに主君を見出し仕えることもあったと聞くが、ほとんどは異性が相手だ。
相手を己の『唯一』と定め、愛する。
妻に、夫にと望み、尽くす。
それまでは飄々としていたり、他人に興味がなかったり、冷徹に見えたりするのに、『唯一』に出会った途端に人間が変わったようになる。
尽くして尽くして尽くしまくる。
どんな苦難も手間に思わず、『唯一』と定めた相手の幸福のために全力を発揮する。
その様子が、人間が変わったようだと、まるで呪いにかかったようだと周囲からおそれられた。
静原は退魔師の家だ。
数多の妖魔を斬ってきた。
その殺された妖魔達による『呪い』のせいで人間が変わるのだろうとまことしやかに語られ、つけられた名称が『静原の呪い』。
実際にナニカの『呪い』にかかるわけではない。
『呪いにかかったように』『それまでとは別人のようになる』というだけだ。
静原の人間が皆『呪い』にとらわれるわけではない。
少なくとも俺の知っている身内には『呪い』にかかったという話は聞いたことがない。
世間一般と比べて、男達は妻に、女達は夫に尽くすほうだとは思うが『呪い』というほどではない。と思う。
だが、話だけは聞いていた。
俺の曽祖父にあたる人物が『呪い』にとらわれたと。
それまでは何に対しても無気力だった曽祖父が『呪い』にとらわれ、必死で修行して当主にまでなったと。
他の人間に対するのと曾祖母に対するのとでは全く態度が違ったと。
だから、『呪い』の話だけは知っていた。
「『呪い』なんて、馬鹿らしい」
そう思っていた。
魔を滅する退魔師が『呪い』にとらわれるなど、何の笑い話かと思っていた。
だが。
これは。
『呪い』としか表現できない。
彼女にとらわれて、他に何も考えられない。
なんて甘美な支配。
これが、『静原の呪い』。
「――ん。げーんちゃーん」
声にハッと気付くと、教室だった。
どうやって教室まで戻ってきたのかさっぱりわからない。
いつの間に席に座っていたのかわからない。
キョロキョロしていると、目の前に座る友人が苦笑していた。
春日 太一。
この高校に入ってからの友人。
俺が退魔師をしていることを知る数少ない人間のひとりだ。
「どうした? 珍しく心ここにあらずじゃないか」
笑いながら軽く聞いてくるから、ついぽろっと口にしてしまった。
「『呪い』にとらわれた」
途端に表情を引き締める太一。
「いつ?」
「さっき。始業式で」
「誰に?」
太一が厳しい声で確認してくるのに気付かない俺は、ぽやんとした頭のままぽやんと答えた。
「さとこさん。にしむらさとこさん」
名を口に上げただけで口角があがる。
彼女の姿が思い出されてぼーっとしてしまう。
そんな俺の様子に、太一は表情を緩めた。
「ああ。アレか。ウワサの『静原の呪い』か」
「知ってるのか!?」と問えば「有名だよ?」と返ってくる。
そんな話が広まってるなんて、どうなんだウチの一族。
「まさか『呪い』が実在するなんてね」
ニヤニヤと笑いながら顔をのぞきこんでくる太一に「うん」としか返せない。
きっと俺はゆるみまくった顔をしていることだろう。
「西村 智子さん、ねぇ…」
何か言いたげな太一に「なんだよ」と問いかけたら、「多分だけど」と前置きして教えてくれた。
「彼女、鳴滝の青眼寺の跡取り娘じゃないかな?」
彼女の情報に知らず身を乗り出す。
真顔で話に食いつく俺に、太一は苦笑しながら教えてくれた。
鳴滝の青眼寺も魔を祓う寺として有名なこと。
護法にすぐれ、俺達退魔師とは違う方法で魔を退けていること。
特に跡取り娘のさとこさんは能力が高く、先見と呼ばれる予知能力を持っていること。
かわいいだけじゃなく能力も高いなんて、さとこさんはすごいな!
それだけでなく、彼女は封印術も使えると太一が話す。
「『静原の呪い』が実在してるとなると、あっちのウワサも本当にあるかもなぁ」
「あっち?」
「知らない? 鳴滝青眼寺の封印の話」
知らない。
だいたい他家の事情なんてそんなに聞こえてくるものではない。
特に封印なんてものは秘匿されることが多い。
知っているとすれば、この京都の能力者を統括している安倍家くらいのものだろう。
なのにこの太一はあちこちの情報に詳しい。
家業の刀鍛冶を手伝ってあちこちの家の人間と交流があるとはいえ、こいつの持っている情報量はオカシイ。
人当たりがいい聞き上手の太一に、どこの人間もやられているのだろう。
かくいう俺も陥落された一人だ。
気難しいと言われる俺がここまで気持ちをさらけ出すのは太一しかいない。
太一の情報量がオカシイのは置いといて、今はさとこさんのことだ。
少しでもさとこさんの情報が欲しい。
青眼寺の封印なんて聞いたことない。
知らないと首を横に振る俺に太一はぺろりと話した。
「『禍』レベルの『悪しきモノ』を、跡取り娘が子供の頃に封印したんだって。
その封印の間際に『呪い』をかけられて」
――は?
「二十歳まで生きられないって」
ジャンル決めるのに迷いましたが、自分的に『恋愛作品』のつもりで書いたので『恋愛』ジャンルにしました。
「ジャンル間違ってるよ!」等ご意見ありましたら教えてください。




