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蛇と梯子と偽りの魔王

主人公:黒瀬 勝(黒瀬 勝)

電車に轢かれ転生。ボードゲームに詳しいよ。

「イエェーイ俺の勝ち~♪」

『ということで梨太郎電鉄50年バージョン、勝者はくろせ社長です!』

「くっそ,,,,相変わらずのバカみたいな強さ」

「さすがボードゲーム研究会所属だわな」

「まあ必然ですかねぇ~」

「数年前まで借金背負ってた癖に」

時計の針もぐるぐると回り、大量においてあったポテトチップスも空になった深夜二時、中学校で離ればなれになっていた旧友との再開を祝した地獄のような梨鉄勝負が終わった。勝利を噛み締めつつクーラーの聞いた友人の部屋に倒れるように転がる。

「イヤー一時期はどうなることかと思ったけどさ、黒瀬も来てまた集まれてよかったよ」

小中高とサッカー部を貫く太陽みたいな生き方をしている白樺が独り言のようにこぼした。

「まあ三人別々の高校にはなるけど、また集まろ。今度は釣りでもするか?」

柊木が呟く。

「得意分野で戦う気まんまんじゃねえかお前」

「お前も似たようなもんだろ」

戻って来ないあの日々が少し近くにあるような気がして、ついつい頬が緩んでしまう。

「それじゃあ各自泥のように寝た後、朝になったら適当に解散!」

柊木が叫んだそのすぐ後、全員が気絶するように眠り、目覚め始めたのは午前10時を過ぎてからだった。

友達といる時間と言うものは、よくわからないがなぜかとても充実した時間であることが多い。別れてもしばらく充実した感覚が続くような楽しみは気が付いたらこれくらいになっていた。「それじゃあまたいつか」「そうだな」「それまで元気でいろよ」そんなことを言いながら、それぞれが別々のホームへと歩きだした。高校生になってから、皆それぞれが違う高校に合格したため、一人一人の関わりは少し薄くなった。そのせいか、ふと懐かしい日々を思い出すということも出てきた。大分あの頃より歳をとったのかもな、なんて懐古的な気分になりながらボーッとホームで電車を待つ。気がついたらもうスマートフォンは正午を告げていた。どこで昼を食べようかなんてことを考えていると、無機質な電車の到着を告げるメロディーがなり始めた。やっとかと思い視線を上げるとふと違和感を覚える。線路と自分がやけに近い。もっと視線を上げると、上には人がいた。その状況が、自分が線路に立っていて今から死ぬという事だと理解するのには、脳には少し難しいらしい。先に気がついたのは全身の筋肉だった。だが脳が遅れて信号を出す頃には、自分の体は二つの光とけたたましい警報音に飲み込まれていた。ああ、死ぬんだ。そう悟り仄かな恐怖と諦めを抱いた数秒後、衝撃と体を槍でぶち抜かれるような激痛ともに僕の意識と人生は途絶えた。



......



不意に体に力が戻った。寝起きにふと体に意識が入り込むような感覚で。何とか病院で一命をとりとめたのか、それとも最期の走馬灯なのかはわからないが、助かっていればそれでいいなと言う淡い思いで開けた目の先に広がっていたのは、そんな淡い理想を、ぶち壊して余りある予想だにしなかった事態だった。

「どこだ,,,,ここ,,,,?」

地面にはふかふかのカーペットが敷かれ、その先にはゲームのボスがいる部屋に続くようなドア、周囲では松明のようなものが明るく光を放っている。そして振り返った先には、THE★権力といったきらびやかで壮大な椅子が置かれていた。

「城,,,,?」

うん夢だ。そうだ。きっとそうに違いない。そう思い頬っぺたを引きちぎらんとする勢いでつねってみた。

「いってぇ,,,,」

しかしそのつねった頬っぺたに残るじんじんとした痛みは、ここが夢以外のものであることを示していた。

「うーん,,,,」

取り敢えずここで考えられるものはいくつかある。悩んで、答えを出して、出来れば元の場所に戻りたい。

まずは轢かれた自分の体が、名も知らぬ権力者の手にわたり今この城のような場所に安置されていると言うこと。

次に、何かのドッキリ。何かの。何のドッキリなのかは、もうわからない。

そして、

「異世界転生,,,,」

ライトノベルをあまり読まないので詳しくは知らないが、何か刺されたり轢かれたりで死んだ後、魔物蔓延る世界にひょんなことからたどり着くというストーリーのものをいくつかボドゲ研究会の友人から借りて読んだことがある。

「あり得ない話か,,,,」

異世界転生なんて架空の話に過ぎない。しかし、もしそれが本当に存在するなら?未知の状況を最も合理的に説明する手段は、実は非科学的な考察なのかもしれない。取り敢えずこのまま考えているだけでは解決しないと解ったのだから、ここから出よう。出て辺りを見回してから考えよう。そう思い立ち上がった瞬間、重く鈍い音を立てて、さっきの刺々しいドアが、ゆっくりと開いた。

「まず,,,い」

さっと血の気が引く。もしここが本当に異世界でここが城なら、この部屋は恐らく城の王のための部屋だ。今の自分はただの不法侵入者でしかない。学校終わり家に帰って家で知らない人が寝ているところに

「どうもこんにちは」

なんて呑気な挨拶をする奴はいない。まずゆっくりと電話のボタンを1.1.0の順番で押すだろう。しかしそれならまだましだ。この世界が銃刀法がある世界なのか無い世界なのかがわからない。そもそもその武器が銃ではなく火球等のマジカルな武器であった場合、後数秒で自分は黒こげになる可能性が出てくるのだ。ヤバい。ヤバいぞ。頼む,,,,出来ればホモサピエンス、せめて言語だけでも通じていてくれ,,,,!そんな願いの中、開いた扉から出てきたのは、自分より少し年下くらいの、角が映えた、不思議な肌の色をした筋肉質の女の子だった。年としては、自分より少し若そうに見える。中学3年生くらいだ。その子は俺を見ると、まず最初に首をかしげた。「誰だっけ」という顔をして。そしてしばらくすると、その顔から明らかに血の色が引いていき、そして「★※◎″◆→〟℃&■£∴∞∀→◆□★☆∇〒§*~~~~~~!?」

部屋にゴキブリが出た時のような悲鳴をあげた。おそらく何かの言語を喋っているのだろうが、明らかにその言葉は日本語でも英語でも中国語でもなかった。恐らく言語の構成が違う。言語が違うということは、一切の弁明や状況の説明が不可能ということだ。「いやちょっと待ってくだ」言い終わる前に違和感に気がついた。体が宙に浮いている。無重力空間にいるみたいに、いくらもがいても体がどこにも進まない。さっきの子は、自分に手を向け何かを呟いている。詠唱か何かだろうか。いやそんなことを考えている場合じゃない。「ヤバいぞここ,,,,異世界じゃねえかよ!!」思わず叫んだ。目の前で、魔法を見た。聞いたことの無い言語を聞いた。それらはとても斬新で,,,,「いや死ぬんだって!ヤバいんだって!」誰に話すでもなくつい大声を出してしまった。魔法だ異世界だと受かれてる場合ではない。捕まって、一切体の自由が効かないのだ。ここから死以外の展開になる様子が思い浮かばない。「★∴∀△∇~□→〟〒§」女の子が何か喋った。恐らく状況から考えるに「誰だお前」と言うニュアンスの言葉なのだろう。取り敢えず死ぬ前に名前ぐらい覚えてもらおうと、言語が違うというのに半ばヤケクソで答えた。「黒瀬 勝です。異世界から来ました。」ああ終わった、死ぬ前に良いものを見れたなんて思っていると、女の子が自分に手を翳し、もう一度喋った。「どこの国の諜報官だお前?」「え,,,,?」諜報官?いやその前に、言語が通じた?

「黒瀬 勝です。異世界から来ました。たぶん」

「異世界?」

その女の子は眉を潜めた。見た目からは考えられない威圧感を放っている。

そして通じている!言語が通じてる!これで一方的に黒こげにされて死ぬということは無さそうだ。

「あれか、あの最近よく聞く別世界から来るああいうのの仲間か?」

「,,,,ああいうの?」

この世界に他にも転生者がいるのだろうか?

「他にも異世界から来た人がいるんですか?」

気がつくと尋ねていた。気になるとつい立場をわきまえず質問しだしてしまう。

「ああ、主に人間族で多いと聞くな。見た感じお前も人間のようだが,,,,最近ちょこちょこ噂を聞くのだ。転生者とか名乗ってる、自分が死ぬ前の記憶を持つと言う厄介な奴等。まあ大抵魔族には敵対的だし放っておいても余りいいことが無いから、まあ基本的に殺すことにしてるんだがな。」

「へぇ、なるほ,,,,えぇ!?」

「殺す!?殺されるんですか!?」

「まあ別にお前も殺したっていいんだが,,,,お前、弱いな。」

「弱いんですか俺?」

「ああ。劇的にだ。」

「劇的に弱いんですか!?」

「多少目が特殊なのでな。お前の強さ程度なら分かるのだ。今お前はLV1だからもちろんいろんな力が弱いが、レベルが上がろうとそう強くはならないだろう。恐らくLV10になってもヌルヌルハムスターに多少苦戦する程度の強さだろう。」

「ヌルヌルハムスター?」

「そうか転生者なら知らないのも当然か。ヌルヌルしたハムスターだ。ヌルヌルで、前歯が長い。」

「なるほど,,,,ヌルヌルで,,,,」

会話をしているうちに少しずつ脳が整理出来てきた。しかし今のLV1の状態だとヌルヌルしているだけのハムスターに敗北する恐れのある弱さであるということが判明した今、外に出るのはあまりいい考えとは言えないだろう。しかし異世界転生というのは割と強いスキルとか能力があるものをよく見ているからか、戦闘力がハムスターと同じぐらいの状態で転生することもあると言うことを考えていなかった。多分今は何をされても死ぬだろう。だがこのまますぐに殺されるということは無いだろうということが判ったのはありがたい。さすがに転生して一時間足らずで死にたくは無いものだ。

「それよりお前、本当に転生者なのか?転生者は強い能力や魔術を持っており、いろいろな知識を有していることが多いと耳にしたが,,,,」

「えっと,,,,」

そう言えばそうだ。割とライトノベルでは転生者がいろんな食べ物とか技術とかを広めている様子を見る。しかし高校一年生の自分になにが教えられる?何を広められる?

「知識なら,,,,多分,,,,」

「ほう、なるほど。ならばいろいろ話すがよい。ただし不穏な動きをしたら叩き切るからな」

相変わらずの迫力で答える。本当に年下の女の子なのだろうか。良くあるこの見た目で200才みたいなやつかもしれない。

「ところで、お名前をお伺いしても,,,,?」

「第4代目魔王、フィリア・サウズだ。現在この大陸の5割を統治している。」

「え,,,,魔王?魔族を、統治する、王、ってことですか?」

脳がなかなか追い付かない。つまり自分は魔王の部屋に転生して、今魔王と対話しているということなのか?

「ああそうだ。魔族をほぼ完全に統治している。というか私の名を聞いて殺そうとしないどころかピンとも来ないということは、本当になにも知らない転生者なんだな。」

「いや,,,,殺さないでくれましたし,,,,いやくださいましたし,,,,」

「それより知識だ。お前は何を知っている?」

「えっと,,,,片っ端から言っていっても宜しいでしょうか?」

「かまわない」

ラノベで見たものを片っ端から言っていこう。無くて作れそうなら作ろう。

「揚げ物」

「ある」

「白米」

「ある」

「カレー」

「ある」

「ピザ」

「ある」

「餃子」

「ある」

「納豆」

「ある」

「唐揚げ!」

「ある!腹でも減っているのか食い物ばっかり!」

「はんだ付け」

「ある」

「パソコン,,,,は作れないな」

「本当に転生者かお前?」

「ちょっとだけ待ってください,,,,」

どうしよう。ほんのちょっとだけできる自炊から攻めようかとも思ったが,,,,

そのとき、ふと閃いた。

「紙はありますか?」

「ある」

「サイコロは,,,,?」

「サイコロ?」

「四角い石に数字が書いてあるんです。」

「ほう,,,,」

「カードゲームはありますか?」

「カードで?投げでもするのか?」

見つけた。広められる物。出来ること。まずは,,,,

「紙ってすぐ出せますか?」

「ああ。」

そう言うと魔王は手から紙を数枚生成した。魔王だからこその能力なのだろうか。

「あと,,,,じゃあ四角い石を」

「四角い石?」

怪訝な顔をしながらも、産み出された石はきちんと立方体だった。

「あとインクを。」

「まとめて頼め。」

羽根つきペンは思ったより使いやすかった。インクを石に塗りつける。1.2.3.4.5.6。

「あとは紙で適当にコマを折って,,,,よし!」

「何だ?これは」

「これは私の世界にあったサイコロを使う遊び、蛇と梯子です。サイコロを軽く投げて、描いてある点の数だけ、コマを進めます。それ以上も以下も進めません。梯子の下部分が掛かっているマスに止まると、その梯子の上部分まで上昇出来ます。蛇は逆です。蛇の頭に止まると、尻尾の部分まで戻ります。このルールで、一番最初に一番最後の100と書かれたマスに到着した人の勝ちです。」

広めたい、伝えたい。せめて興味だけでももってもらいたい。気がつくと少し話しこんでいた。

「ほう、なるほど。で、誰と誰が遊ぶんだ,,,,?」

「それはもちろん,,,,魔王様と,,,,僕,,,,あれ?」

「ほう,,,,私に挑む,,,,と?」

やってしまった。魔王が殺すか否かを決めるというときに、なぜその魔王を勝負に誘うんだ。ああ、終わった。

「まあやってみなくては分からぬか。座れ。まずは貴様が手本を見せてみろ。」

そう言って魔王が指を鳴らすと大きなテーブルが現れた。これも魔法なのだろうか。

異世界で、若干自らの命も賭けつつ、魔王と双六をする。あのまま生きていても、恐らくこんな経験なかっただろうなと、割と死がそう遠くない場所にあるにも関わらず、少しわくわくした。

「それじゃあ始めます。」

サイコロを振る。5。

「梯子があるので、13まで進みます。」

「ほぉ。なるほど。」

魔王がサイコロを降った。3。着実に進む。

サイコロを振る。4。

「また梯子があるので、21まで進みます。」

「,,,,コツのようなものがあるのか?」

「特にはないです。あえていうならサイコロを信じることです。」

「そうか。」

サイコロを振る。3。

「梯子があるぞ。これで,,,,20まで進むのか?」

「そうです」

「なるほど。何時でも追い抜かせる距離だ。」

サイコロを振る。5。

「梯子があるので、32まで進みます。」

「コツ、本当に無いのだな?」

「無いです」

6出ろ、と呟き魔王がサイコロを降った。3。

「蛇だ。,,,,8まで戻る,,,,のか?」

「はい」

「,,,,,,,,」

「そう言う遊びです。サイコロを信じましょう。」

サイコロを降る。1。

「蛇で,,,,5まで戻る」

「そう言う遊び,,,,なんだな,,,,フフッ」

「今笑いましたか?」

「何でもない。」



,,,,



「よしこれで!行けっ!サイコロ!」

魔王と私は、もう何度目かという90番台での競り合いになっていた。経過時間は40分ほどかもしれない。とてつもない長丁場の試合に、お互い必死になっていた。

「あーダメだ!」

「まだまだですね魔王様!これで上がりです!,,,,5。蛇で,,,,10まで戻る。」

「ぃ良し!これで!サイコロを信じる!頼む!良し!良おぉーっし!!」

「あーもーダメだー負けましたぁー」

二人同時にテーブルにとろける。全身を緊張と脱力の緩急が走り回った。

いつの間にか威圧感も高圧的な口調も無くなって、少女のようになった魔王が不意にボソボソと呟いた。

「少し下らない話をするんだけどさ,,,,先代の魔王、私の父は優秀な王だったんだけど何と言うか,,,,打算的と言うか合理的と言うか,,,,そんな感じで。踏み切った政策でいろんな人を救って来たんだよ。だけどそれ故にいろんな魔族、特に人間から恨まれちゃってさ。父親だけじゃなくて私も狙われるから、外になんかろくに出れなくて。従者もいたにはいたけど、結局まともに友達も作れないまま次期魔王の育成を第一とした父親の座学ばっか受けて育って。」

次第に魔王の声が湿っぽくなる。

「なんかさ、魔王になってやーっと気がついたんだよね。足りないものも、いつの間にか失ってたものも、もう二度とは手に入らないものも、山ほどあったってことを。家臣も増えていろんな人を知ってさ。なんか友達ってのがよくわからないままに育っちゃってたんだって。例えば友達の結婚式で休むって言われたって、それがどれ程の優先度なのかもわからなくて。調べたところで言葉としてしかわからなくて。結局、私が知ってるのは上司と部下。皇帝と家臣。権力によって生まれた絶対的な差のある関係だけ。」

だらだらとしたように呟く言葉が、彼女の、フィリア・サウズの心の叫びだと痛いほどにわかった。

「私には政治の能力なんて一切無い。今はただ大きな争いが起こって無いだけ。全部が父親譲りだよ。父親の、すべてが父親のもの。あの口調も、今の政治のやり方も、何もかも。四代目を見ると若かれし頃の三代目を思い出す、何て城の老人がよく言うんだよ。いつの間にかその言葉そのものが,,,,私にとっての枷になってた。誰もが私を知っている。でも誰も私を知らない。私は,,,,皆の知る私は,,,,四代目魔王、フィリア・サウズなんだよ。」

もしかしたらもう彼女は泣いているのかも知れない。まさか電車に轢かれただけでこんなことになろうとはと、内心まだよくわかっていなかった。

「私は,,,,私は魔王なんかじゃない。魔王は私じゃ無いんだよ,,,,私は、14才のフィリア・サウズで、魔王は、私に覆い被さる父親の,,,,私は,,,,父親にはなれない。あんな理想のような魔王にはなれやしないんだよ,,,,私には,,,,何もない,,,,空っぽだよ,,,,」

拭うことすらせず、ただポロポロと涙を流しながら喋る。テーブルには涙の小規模な水溜まりが出来ていた。14才の少女が到底背負いきれやしないものを、目の前の、魔王だと思っていた少女は背負っていた。今までどれだけ、自分の感情を圧し殺し魔王の幻影として人の前に立ち続けたのだろう。自分はたった一度、この子と共にサイコロを振って遊んだに過ぎない。それだけでここまで心の施錠が緩んでしまうほどに、きっと辛く苦しい日々を、逃げる手段すら、痛みを和らげる方法すら知らず与えられず生きて来たんだろう。心を病み、ゆっくりと狂っていきながらロープに首を掛けようとするところまで追い詰められた父親を見て来た自分に、目の前の少女をただ傍観する事なんて出来ないと、彼女が話し始めた辺りでわかっていた。きっと彼女は友達が欲しかったのだろう。でもそれを言葉にする手段も、それが「寂しい」と言う感情であることさえも知らないのだろう。恐らく、こんな話を自分にした理由も。

ふと、実家のばあちゃんを思い出した。オセロがすごく強くて、何回挑んでも盤が一色になり返り討ちにされ続けた。あの日も、勝ったのはばあちゃんだった。だがその日は黒と白が入り交じった盤で、差は2だった。そしたらばあちゃんは、

「もしも私がじいちゃんより先に死んじまったら、じいちゃんは悲しむんだろうかねぇ。」

と呟いた。なんと答えたかは覚えていない。けれどばあちゃんは

「勝は人の悩み引きだすんが上手いんだねぇ」

と言ったことは覚えている。ばあちゃんが死ぬ1日前のことだった。じいちゃんは葬式の間何も言わなかった。でも葬式が終わったあとも、じいちゃんが週に一度、お墓に大きな花束を添えに行っていたことは知っている。あれが人生最初の悩み相談だった。


なも知らぬ土地で。

「サイコロって」

なも知らぬ土地で、独り苦しむ小さな魔王を。

「サイコロとコマって、それだけでも蛇と梯子以外にも数百と遊び方があるんですよ。」

小さな魔王の心を救うために、きっと自分はここに呼ばれたんだと、今ならわかる。

「だから、」

きっと力が弱くても、誰かの心にぐらい寄り添える。

「一緒に遊びましょう。」




第一章 完


魔王:フィリア・サウズ

世界を統治する魔王、謎の虚無感に夜な夜な枕に顔を埋め泣いていた。

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