さがしもの
ひらり、ふわり、とろり。
真っ白の花びらみたいな雪が、手のひらにふわりとのって、とろけて消えていきます。
ひらり、ふわり。
リンゴみたいに赤いほっぺたに、さくらの花びらみたいな雪がひらり、と、のりました。
ガラス玉みたいなひとみから、はらり、はらり、となみだのしずくがこぼれます。
その子は、さがしものをしていました。
だいじなものを、なくしたのです。
それは、ママの宝物でした。
____
きのうの晩ごはんのとき、子どもはママに叱られました。
子どもはくやしかったのです。
自分がわるいのはわかっていたけれど、子どもにも、いいぶんがありました。
ちゃんとりゆうがありました。けれども、うまく言えませんでした。
ちっともわかってもらえなくて、くやしくて……ちょっとだけ、ママを困らせてやろうと、いじわるなことを思いました。子どもは夜、ねているママの宝物を、こっそりポケットに入れたのでした。
朝はやく、外に飛び出したこどもは、ママの宝物を空にかざしました。
キラッ、キラ、キラリーン!
わかばの色みたいな、やさしい緑色に光る、ふしぎな宝物です。ポケットに入れただけで、ふしぎな力がわいてきて、じぶんが特別なヒーローになれる。そんな気がしました。
いつもより、はやく走れる。いつもより、高く登ることもできる。今はさむいから、泳ぐことはできないけれど、海の向こう側までも泳いで行けるかもしれない。
空だって飛べるかもしれない。
いつか、カッコいいヒーローになって、ひっさつわざで、あくをたおすようになれるかも。
何だってできそうで……ママの宝物をポケットに入れたまま、子どもは楽しくなって走りました。
走る、走る。どこまでも、遠くへ。
走りつかれた子どもが気づいたときには、ポケットのなかに、もう宝物はありませんでした。
どこかにおとしてしまったのです。
――――
水色だった空は、ねずみ色に変わっています。
ひらり、ふわり。と……まっ白の花びらみたいな雪が、どうろにおちては、とろり、と溶けて消えていきます。
やがてぼたん雪が、なんの音もたてずにどんどん落っこちてきて、積もりはじめました。
ふだんは、うれしい雪なのに、今日は、こまります。
このままでは、落としものが、ふりつもる雪にかくされてしまうから……。
ママのだいじな宝物です。
子どもはひっしでさがしました。
どうろの上、電柱のかげ、木のねもと、花だん。どうろのわきのみぞのなか。小さなひざをぢめんにつけて、はいつくばってさがしても、みつかりません。
子どもは、みじめなきもちになりました。
大雨の日みたいに、白い雪がたくさん落ちてきます。
雨の日とはちがって、とってもしずかでした。
くつの中もぬれてきて、冷たすぎて、手も足のさきも、いたくてたまりません。子どもはあきらめて、かえることにしました。
そのときになって、子どもは、はっとしました。
ここは、どこなのでしょう。
いつもの世界はまっ白で、目じるしもわかりません。
帰り道がわからないのです。
子どもは迷子になってしまっていました。
――――
さむくて、さむくて、こごえそうです。
おなかもすいて、力も出ません。
子どもはママに会いたくなりました。
ときどき、くるまがとおるけれど、道には誰もいません。さびしくなった子どもは、つもり始めた雪を丸めて、雪だるまを作りました。
落ちていた木の実を目にして、木のぼうをてにしました。雪だるまはうれしそうにうごきはじめます。
「きみ、あるけるの?」
口をつけてあげなかったせいなのか、雪だるまはしゃべりません。でも、ピョンピョンと雪のうえをはねると、まんまるの目を子どもにむけて、ぼうきれの手をさしだしました。
子どもは雪だるまと手をつないであるきました。ふしぎと、たのしくて、スキップすると、雪だるまもうれしそうに、雪の上をピョンピョンとはねました。
はじめてのおともだちに、子どもはうれしくなりました。
ピョンピョンと飛びながらあるいていた雪だるまは、ぴたっととまります。
「どうしたの?」
子どもはまえを見てはっとしました。
「家だ!」
子どもの声がきこえたのでしょうか。
バターン!と、大きな音をたてて、家のとびらが開きました。
ママは、からだが冷たくなった子どもを、ぎゅっとだきしめました。ママは、外なのに、くつをはくのもわすれたのか、はだしのままでした。
――――
ママは子どもをおふろにいれて、からだをふいてくれました。よるごはんは、子どもがだいすきな、カレーライスです。
「ねえ、ママ。ぼく、友だちができたんだよ!」
子どもはうれしくなって言いました。
「迷子になりかけたけど、その子といっしょに、かえってきたんだ。」
ふだんは、ちょっぴりおこりんぼうのママは、えがおで子どもをだきしめました。
「あした、ママにもしょうかいするね!」
雪だるまだって知ったら、ビックリするだろう。そう思うと子どもはワクワクしました。
―――
次の日は、とてもいいお天気でした。
子どもはつかれていたのか、目をさますと、もうお日さまは空高くのぼっていました。
「あたたかくなって、良かったわ。」
せんたくものをほしながら、ママが言います。
「雪もとけてしまったわね。」
子どもは思い出して、あわてました。
(そうだ!雪だるま!)
だいじなお友だちをたすけなければなりません。子どもはあわてて外にとびだしました。
外には、半分ほどの高さになって、くずれかけた、2つの木の実と2本のぼうきれがつきささった、雪のかたまりがありました。
「ああ!」
子どもはいそいで、雪だるまをたすけようとしました。でも雪だるまは、そのまま、べちゃり、と、ぢめんに顔をつけて、くずれてしまいました。
「うわーん!」
子どもは大声をあげて泣きました。だいじな友だちがいなくなってしまいました。
お日さまに、雪だるまはどんどんとけてゆきます。子どもは泣きながら、ぢめんにぺたん、とすわりこみました。
「なにがあったの?」
ママが後ろにいました。子どもはママにしがみついて、また、わんわん泣きました。
「あら?」
子どもをだきしめていたママがうれしそうに、声をあげました。
「やだ、こんなところにあったのね?」
ママは子どもの頭をなでると、立ち上がり、雪だるまがいたところに走りました。ママはしゃがんで、なにかをひろいました。
キラッ、キラン、キラリーン!
わかばみたいな緑色に光る、ふしぎな宝物が、ママの手にもどっていました。
「あっ」
子どもは小さく声をあげました。
消えたはずの雪だるまが、わらったみたいな気がしました。
―――
ママはうれしそうに、宝物をみがいています。子どもはうしろからそのようすを見ていました。
「ママ、ごめんなさい。」
子どもは、しょうじきに言いました。
ママを困らせてやろうと思って、ママの宝物を持ち出したこと。どこかで落としてしまって、さがしたけど見つからなくて、まいごになってしまったこと。さびしくて、雪だるまを作って……雪だるまといっしょに、家までかえってきたこと。
「ごめんなさい。」
ママはだまって、子どもを見つめていました。そうすると、そっと子どもの手をとって、その小さな手のひらに宝物をのせました。
「よく、みてごらん。」
キラキラとわかばみたいな色に光るふしぎな宝物のはしっこを、ママは指ではじきました。
宝物のなかには、だれかのしゃしんがはいっていました。小さな小さなしゃしんです。
それは、子どものパパのしゃしんでした。
「ママの宝物、あなたにあげるわ。」
子どもはママを見上げました。ママは子どもにやさしく笑って言いました。
「あなたは、パパとママの宝物だから。」
子どもはママにぎゅっと抱きつきました。
めをとじると、キラッ、キラン、キラリーン!と、宝物が光るようすがみえる気がしました。
「いらないよ。」
子どもはママを見上げて笑いました。
「宝物は、もう、ここにあるから。」
子どもの心のなかには、わかばみたいな緑色に光る……ふしぎな宝物がかがやいていました。宝物をポケットに入れていたら、力がわいてきて、強くなれるような気がしました。