第八話「仕組まれた戦争」
コンキスタ帝国 帝都マドラート
『紅い都』と称させるコンキスタ帝国の帝都マドラート。その名の通り屋根や壁など全てが紅く塗られており、初めてこの地にやってきた人々はその強烈な色に目をやられると言われている。
元々の起源はかつてこの地で疫病が流行った時、とある占い師が悪鬼が嫌うとされる赤い染料を町中に塗りたくることで病魔が去ると言ったことから始まる。その効果はあったようで街を紅く染めて以降この地で疫病が流行ることはなかった。
その『紅い都』の中心に建てられた皇城では帝前会議が行われていた。
皇城 会議室
会議室には皇帝カロルス七世をはじめとした政府の要人達が集まっていた。議題はビストリア連合王国を盟主とした三国同盟から送られてきた抗議文であった。
内容は
『我等三国同盟は帝国軍によるウッドガルデン王国人の虐殺という看過し難い事態に対し、遺憾の意を示すと共に与えられた損害に対して以下の要求を行う。
一つ、コンキスタ帝国は今回の事態に対して正式な謝罪を行うこと
一つ、事態の発端となった首謀者の引き渡しを行うこと
一つ、賠償としてウッドガルデン王国に対して一億スペンス(コンキスタ帝国の国家予算10パーセント分)もしくはスヴェルランテの返還を認めること
以上の内どれか一つでも履行されない場合、三国同盟は武力による行使も辞さない。回答期限は……』
とにかく帝国には身に覚えのない上に決して飲めない条件ばかりが羅列されていた。
「皆のもの、今回のこの挑発的な文書に関してどう思う?」
怒気を孕んだ声のカロルス七世に対して閣僚達は揃って三国の行動を非難する声を上げた。
「全くを以て言い掛かりも大概な内容です!我々は確かに三国とは決して良い関係を築いていた訳ではありませんが、虐殺などと言う行為に至った証拠は何もありません!おそらく自国民が我が国の領内で野盗に襲われたのを誇張しているのでしょう」
外務卿であるピシャロは憤った様子で話す。
「外務卿の仰る通りです。軍も全て意志の統一が為されている訳ではございませんが、決してそのような愚行に走る者はいないと断言致します」
ピシャロの発言に同調するように軍務卿のメディラは皇帝に対してそう確約する。
「賠償金もさることながらスヴェルランテの返還などとても飲めたものではございません!今や同地域は帝国にとって重要な工業地帯です」
財務卿のゼニエルは皇帝に対してそう訴える。
スヴェルランテとはかつてウッドガルデン王国の領地であった工業地帯で、十数年前の『東進戦争』によって得ていた。現在でもその工業力は国内有数で、帝国全体で作られる工業製品の15パーセント以上をこの地で生産している。
よってこのスヴェルランテを失うということは帝国にとって決して無視し得ない損害になる。
「ダイヒデル皇国と名乗る国家が現れてから奴ら急に態度を変えてきました。おそらく裏にはその国が関わっているのでしょう」
情報部部長のサイネンはそう話す。
彼の言うようにダイヒデル皇国もいう国家ぎ現れ、三国と関係を持った結果その三国の態度が急変した。それまでの戦争を回避するような工作を仕掛けていたのが対帝国戦争に積極的な姿勢を見せてきたのである。
あからさまな態度の急変に彼の国が関与していることは明白であった。
「しかし、三国は彼の国と接触してまだ浅い。一体どれほどの軍事力を得たのかわかりませんが短期決戦に持ち込めば地力のある我が方が有利です」
サイネンの言葉に皇帝は肯く。
「よし、諸卿らは直ちに三国との戦争に向け準備を行え!我に舐めた態度を取る無礼者共に鉄槌を喰らわすのだ!」
皇帝の命令により、東の北側にあるリングガンド連邦と南側にあるウッドガルデン王国の国境線に帝国軍が張り付けられた。兵力の少ないリングガンド側には10万、ウッドガルデン側には30万人の将兵が配置され、三国と徹底的に争う立場を露わにしていた。
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通告期限前日
ウッドガルデン王国とコンキスタ帝国の国境線には地面を覆う程の帝国軍が布陣を構えており、その中には多数の陸戦砲が姿を見せていた。
帝国軍と向かい合うように国境線から20キロ離れた位置に陣取るウッドガルデン・ビストリア連合軍は居た。
皇国軍に倣ったカーキ色の軍服を着た兵士達はあらかじめ掘られていた塹壕で待機し、歩兵銃を握りしめてその時を待つ。多数の装甲車輌及び重砲群は上空から見えないようカモフラージュが施されており、その砲火が煌く時を今か今かと待ち構えていた。
その時は近く、通告期限である日の出まであと数分と言ったところであった。
皇国式の軍服に身を包んだ狼人族の将軍、マルカスは敵である帝国軍に対してある種の哀れみの感情を抱いていた。
「全て先に剣を取ったあちらの責任とは言え、力を振るいたくないものだ」
老将の呟きは誰に聞かれる事もなく、ただ空気に流されるだけだった。
太陽がようやく顔を出したかと思うと太鼓と笛の音が敵陣から鳴り響き、敵の銃兵が横隊を組んでこちらに向かってくる。それは意味することはつまり通告の破棄であった。
「やむを得んか。各隊は位置に着け!侵略者共を征伐するぞ!」
ついに戦争が始まろうとしていた。
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同日 コンキスタ帝国西部工業地帯上空
東の国境線で戦いが始まろうとしていた頃、武器の生産工場や軍艦を造る造船所、更には民生品を作る工場が立ち並ぶ工場地帯がある。
そこでは毎日のように兵器や物資が製造され、今回の戦争に合わせて更に臨時製造ラインを増設した。この工業地帯で働く労働者達は帝国の勝利を信じて日々の労働に勤しんでいたが、その上空に天空の破壊者が舞い降りんとしていた。
その破壊者は高度16,000メートルに居た。
『司令部応答せよ。こちらアラワシ1号、目標地点上空に到達。機外カメラより目標を視認、攻撃の許可を求める』
皇国ではハウニヴの登場で旧式となったデルタ翼の双発ジェット式戦闘攻撃機、『天雷』の姿がそこにあった。
高高度を時速2,370キロ以上で侵入する本機には重量250キロの精密誘導爆弾が18発搭載され、本作戦には48機が投入されていた。
『こちら本部、攻撃を許可する。くれぐれも工場区画には投下しないように』
『了解』
機体に搭載された人工知能は目標を捉えるとその地点に向け、正確無比の一撃を加えていく。
攻撃目標には主要幹線及び鉄道路線、橋などのインフラを中心とし、残った爆弾は敵航空基地を優先して空爆した。その破壊力は絶大で250キロ爆弾とは言えその落下した高度と弾頭に詰められた高性能爆薬により、その結果として1トン爆弾に匹敵する威力を持っていた。
狙われた地点はことごとく破壊され、復旧には相当な時間が掛かることが予想された。これにより帝国の西部工業地帯は供給する手段を遮断され、陸の孤島と化した。
「こちらアラワシ1号、目標は完全に破壊した。これより帰投する」
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戻ってコンキスタ帝国東国境線
帝国の武器兵器生産の大部分を占めていた西部工業地帯の供給路遮断の報を知らない帝国軍は戦線を維持するので精一杯だった。と言うのも帝国軍が予想していたのを大きく上回る敵戦力に押されていたのである。
未だかつて帝国が経験したことのない戦闘機、爆撃機、戦車、重砲、塹壕、未知の戦術と新兵器を前に彼等は手も足も出せなかった。
降り注ぐ重砲の砲弾に帝国軍兵士は司令部ごと吹き飛ばされ、その中を掻い潜って敵陣地に踏み込めたかと思えば待っているのはボルトアクション式の小銃と機関銃、戦車で構成された強固な防衛陣地からなる濃密な弾幕。
どれもこれも桁が違い過ぎる。
やがて武器を捨てて逃げ出そうとする者達まで現れ始めた頃、遂にウッドガルデン王国軍及びビストリア連合王国派遣軍が攻勢を掛ける。
改造版M4シャーマン戦車を前面に出し、その後に続いてKar98kやStG44、7.92ミリ弾仕様に替えた九九式軽機関銃を持った歩兵達が帝国軍陣地に雪崩れ込む。
その勢いに押され続け、最終的に司令部を既に失っていた帝国軍残存部隊はバラバラに降伏した。
この戦いでウッドガルデン王国軍及びビストリア連合王国派遣軍の死傷者は127名、対してコンキスタ帝国軍は死傷者17万人、捕虜5万人となった。
北のリングガンド連邦戦線も同様に連邦軍の損傷軽微で終わり、三国による圧倒的な勝利で国境線の戦いは終わった。
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瑞土大陸 大総督府
「閣下、三国軍が帝国軍に勝利しました。被害も想定の範囲内で済んだようです」
「わかった。引き続き中継を頼むと伝えておいてくれ」
「はっ」
情報将校とのやり取りを終えた優輝は気分良く紅茶を一口含んだ。
空間戦闘攻撃機『天雷』
全長23.5メートル
全幅15.3メートル
全高5.75メートル
兵器最大搭載量15トン
巡航速度 時速2,370キロ
最高速度 時速11,780キロ
航続距離 24,690キロ
兵装
固定武装 30ミリ光電子機関砲6基
各種誘導弾、航空爆弾