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ウロボロスのジレンマ  作者: 佐野ひかる
暗中模索の国王陛下
8/10

5-8 なりたい私

リシャールは展示会を終えてようやく戻ってきた自室で、疲れ切ったように寝台に腰を下ろした。


今日の魔導器展示説明会には想像以上の人が訪れ、対応した彼女もまた思っていた以上に疲労してしまったようだ。


今までは新しい魔導器を作っても、発表も販売も全て彼女の持ち主に任せっきりだった。


当然といえば当然だ。彼女はその能力を見込まれて買われた奴隷の身分に過ぎず、主人の金のやり取りに口出しなど出来る訳がない。

その代わりに最低限の生活の保障を得る安楽な生活であったのだから、何もかも自分主導でやらなければならない今の生活にかえって戸惑いを覚えてしまう。


侍女のハルルにアドバイスされて、笑顔で対応するやり方を教わりながら実践してみた。

始めのうちは彼女が常に側に居て、リシャールに手本を見せるようにしていた。


彼女のことを何も知らない見学者の一人が、新作について深く感嘆しながら質問してきた。


「通信魔導器とはまた意外な発案ですが、このようなアイデアはどこから得ていらっしゃるのですか?」


するとハルルがにこやかに進み出て、彼の質問を受ける。


「こちらのアイデアは国王陛下からのご要望ですわ。現場で混乱しがちな指揮系統を安定させるために魔術師を介さない通信手段、誰でも使える小さな通信魔導器が欲しいと仰せになられたため、リシャール様の自由な発想で形にされたものでございます。」


発想が国王であるところを強調し、それ以上追及されないようにしながらも、技術面についてはハルルは全く言及しない。

次に出てくる質問が内容に言及されるように僅かに誘導しているのだ。


するとまた別の者が質問を投げかけてきた。


「魔力の少ない者同士で通信が送りあえるというのはどういう仕組みなのでしょうか?全く魔力のない者でも使えるのでしょうか?」


魔導器の仕組み的なことになるとリシャールが答える。


「キーワードを絞って最低限の言葉に反応するから魔力はそれほど必要ないんだ。定型文を使えば送信側か受信側で魔力を補うから全く魔力のない者でも相手の魔力で作動させることができるようになっている。」


技術的な部分を説明するときは、ざっくばらんな口調でも全く気にされることはなかった。

内容に意識が向くため、気にする者があまりいないせいだ。


一通りの説明が済んで、技術的な質問が多くなってきたところでハルルは彼女の側を離れてしまった。侍女に過ぎない彼女にはやるべき他の仕事が色々あったからだ。


そこを令嬢達に気付かれて、噂話のやり玉に挙げられてしまった。

リシャールは心無い令嬢達からの嫌味攻撃から助けてくれたユージーンの事をハルルに話した。

彼女はただの騎士見習いの子供であって、決して大層な身分ではないのにハルルは彼女をよく知っていた。


「あの子がそういう理不尽を見逃す筈がないことはよく存じ上げておりますよ。間違っていると思えば女王様であろうと遠慮はしない人ですからね。」


リシャールはその話を知らなかったので、詳しく聞かせてもらうことにした


攫われた友人を助けるためにルゴーフに行き、そこで捕らえられて「お前の首を見せれば言うことを聞く気になるだろう」と言われ、反撃として女王の横っ面を張り飛ばしたということだ。


伝聞のため、どこまでが真実かはわからないが、それが本当ならすぐに手が出る性質のリシャールもまた同じようにしただろう。

案外二人の性格は近いのかもしれない。


しかし、柔らかな口調で丁寧に対応をするハルルの姿は優雅でとても美しかったし、ユージーンが年上の自分に敬意をもって話す様はリシャールから見てとても好ましく思った。


「ねえ、ハルル。あた…私も皆みたいに奇麗に話せるようになるかな?」


ハルルはリシャールがどういう気持ちであるか瞬時に理解した。

礼儀作法など格好をつけて慇懃無礼な姿だとばかり思っていた奴隷の娘が、敬意を持つ相手に丁寧に振る舞う者の姿を見て、自分もそうしたいと初めて思ったのだ。


ハルルは彼女の心の変化を嬉しく思い、優しく微笑んで答えた。


「もちろんですとも。私のお嬢様はもうすっかり優雅な仕草を身に着けていらっしゃいますもの。」


ほんのついこないだまで、アイデアを設計図に書き込む時の彼女は椅子の上で胡坐をかいていた。

だが、今では足はきちんと揃えられているし、背筋もぴんと伸ばしている。その方が疲れにくいと教えられて、本当にその通りだったので習慣がついてきたのだ。


「礼法の教師を呼んで理屈を習うよりも、お友達同士で影響を受ける方が楽で身に付きやすいと思いますわ。」


リシャールはハルルのアドバイスを得て、ユージーンに修理した銀のブローチを届ける都合と共に、相談に乗ってもらいたい話があると手紙をしたためた。


------


ハルルとリシャールは、二人揃ってユージーンの家を訪れた。


馬車が門に近づくと小さな男の子が門の辺りでこちらを窺っていて、彼女達を見つけると慌てて家の中に知らせに行った。

再び走って戻ってきて息を切らせながら、可愛らしくぺこりとお辞儀をして言った。


「お待ちしておりました。リシャール様とハルル様ですね?こちらにどうぞ。」


小さな子供が一生懸命丁寧に客人を迎える様はとても微笑ましく映った。

玄関で迎えたユージーンが優雅に礼をして、自分の母に彼女を紹介してくれた。


「お母様、こちらがリシャール様と言って、前にお話ししたあのブローチを作られた方なのです。」

「まあまあ、本当にありがとうございます。貴女は娘の命の恩人ですね、心から感謝いたします。」

「いえ、お役に立てて、良かった、です。」


照れて俯いてしまったリシャールの手を取って、ユージーンの母は押し頂くように額に付けた。

普通は国王など身分が上の者に敬意を表すような時くらいにしかしないような事だ。


「素晴らしいお仕事ですね、どうぞこれからもご活躍なされますように。」


ユージーンの母は年若い彼女相手にまるで国賓さながらに礼を尽くしているが、全く嫌味などは感じられない。


「二人はお部屋でゆっくりお話しされるといいですよ。私とハルル先生も積もる話があるのでね。」

「ハルル先生?」

「この方は私の騎士団時代の剣術の先生です。メルティナの先生でもあるのですよ。侍女をやっていたなんてそちらの方が驚きですわ。」

「ほほほ、歳もあって毎日鍛えるのに飽きてしまったのですよ。」

「先生ったらご冗談を。未だに背中を見せるのが怖いですよ。」


二階に上がり、リシャールはユージーンの部屋に通された。

少女らしい可愛らしい設えの部屋は、リシャールにはまるで夢の中のお姫様の部屋に見えた。


ユージーンはリシャールのコートを受け取ってハンガーにかけると、代わりにふわふわのぬいぐるみをリシャールに手渡した。

今日はハースもこの場を遠慮して、階下で母達の昔話を聞く役目に就いている。


「リシャール様、どうぞ楽になさってくださいね。ぬいぐるみは撫でても叩いてもよろしいですよ。」

「様って言うのはやめてくれるかい?お嬢様も知っての通り奴隷上がりだし、そういうの全然慣れなくてさ。」

「わかりました、リシャール。私もただの騎士見習いなのですから、ユージーンで結構ですよ。」


二人が小さなテーブルを挟んで腰を下ろすと、母がお茶とお茶請けのお菓子を置いて行った。


彼女達は自分好みにお茶を整えて、香りをすうっと吸い込んで一口味わった。

そして、リシャールは下ではちょっと聞き難ったことを尋ねてみた。


「騎士団の話って分からないけど、あの様子だとハルルは強いのかい?」

「メルティナって言うのは私の父の騎士団長の妹で、今現在女性騎士で一番と言われている人物です。その人の先生ですから、推して知るべし、ですわ。」

「そ、相当だね?」「相当です。」


リシャールはハルルのことを侍女としての姿しか知らなかったからとても驚いた。


でも確かに思い返してみれば、彼女のきちっとした立ち居振る舞いは上流階級の貴婦人方の持つ優雅さというよりは、背筋のピンと伸びた騎士団の規律正しい姿に近いと思われる。


リシャールは決して彼女を侮るような事はしないと思うが、怒らせないようにしようと肝に銘じた。


彼女は小さな疑問も氷解したところで、まずは大事な用事を済ませることにした。

ポケットから小さな小箱を取り出して、中に収められていた銀色のブローチを取り出した。


「これが修理したブローチだよ。マント止めに使えるようにピンをやめてこういう留め金にして、外からの力に強いやつに変えたから、そうそう壊れたりしないと思う。」

「わあ、ありがとうございます。これ、本当に素敵で気に入っているの。」

「転移先もお家の庭とかにした方がいいだろうね。今更ルゴーフに飛ばされたら困るだろ?」

「ルゴーフにはお友達がいるから飛んでもいいけど、あの子を巻き込んだら悪いわね。でしたら騎士寮の広場がいいですわ。」

「いいよ、じゃあその場所を思い浮かべて。精霊と一回限りの契約をするよ。さあ…」


羽のような形をした植物の葉の隙間に、小さな石が木の実のように埋め込まれている。

その一つの黄色い貴石がちかっと瞬き、不思議な気配がそこから立ち昇った。


「そうか、これ精霊魔法だから複雑な機構がないのね。」

「そうだよ、あたしはエルフと人間のあいのこだからどっちの魔法も使えるんだ。」


奇麗な貴石の輝きにうっとりと見入っていたユージーンが、ふと真顔になって聞き馴染みのない言葉に反応した。


「…あいのこ?ハーフ?ハイブリッドってことよね?」

「はいぶり…?そっちの方が聞いたことがないけど?」

「ハイブリッド、二つの良いとこ取りっていう意味よ。そうなの、素敵ねえリシャール。」


ユージーンは前世でよく聞いていた言葉に置き換えた。きちんと調べたことはないが、皆そういう意味合いで使っていたと思う。

リシャールから見ても彼女の目にはおもねりは全く無く、本当にそう思っている輝きしか見えない。


「ユージーンはエルフが怖くないんだね。」

「私、エルフの国に友人がいるのでよく遊びに行ってましたもの。」


人間とエルフで友人がいるとか、互いに行き来があるとか、そこら辺もルゴーフ辺りの常識ではありえないのだが、ウェルディアではそうでもないのだろうか?

リシャールは彼女に限った話なら十分にあり得ると思い、それ以上追及することはしなかった。


「友達か、そう言えばあたしは一人も作らないままここまで生きてきちゃったなあ。」


リシャールは、10歳も下のユージーンに比べて何も持っていない自分を振り返って、薄っぺらに感じる人生を少しだけ悔いた。


「あんたは自分をしっかり持っていてあたしの理想だよ。友達になってくれるかい?」


リシャールが照れながらそう言うと、ユージーンは目を丸くして答えた。


「…本当にお友達を作ったことがないのね?」


「そうだよ。もの知らずで恥ずかしいけど、あんたが友達なら良いなって…もちろん駄目なら無理にとは」

「リシャール、お友達ってそうやってなるものじゃないのよ。雷の夜、心配な人とか、嬉しい事があった時、一緒に喜び合いたい人とか、いつの間にかなっているものなの。」


オロオロして早口になってしまったリシャールに、ユージーンはにっこりと微笑んで強く頷いて見せた。


彼女の前世も友達など作れない生活だったが、こちらでの生活は普通の子供として学校に通い、気の会う仲間と友達になったり、親友になったりする事が出来て、その楽しさを実感している。


リシャールの年代の者が、十歳も下のユージーンにそれを頼むのはよっぽど重大な事だと彼女は考えた。リシャールには、支え、励まし、時には共感し会う友達が必要だ。


「そして、今日家で一緒に晩御飯を食べていってほしいし、貴女さえ良ければ泊って行って、もっといろいろお喋りしたいなって思ってるのよ。」


リシャールはまだ幼く見える彼女に恥を忍んで言ってみて良かったと思った。


ユージーンのスタンスは常にニュートラルで、物を教える時も教わるときも決して上や下からものを言うことは無く、同じ目線の高さで話すのが、彼女にはとても心地良いものに感じられた。


「本当?実はあたし今日、ユージーンに相談があって来たんだよ。」


ユージーンは何とも聞かずにリシャールが話すのをゆっくりと瞬きをして待った。


「あたし、この話し方を直したいんだ。だって…変だろ?」


展示会に来ていた令嬢たちは誰もこのような話し方をする者はいなかった。

ユージーンもそうだしハルルと話していると余計にそれを強く感じる。


「直したいんだけど、言いたいことが頭に浮かぶともう言葉が先に出てしまって駄目なんだ。自分のガサツで汚い言葉遣いが恥ずかしいんだけど、それを考えると今度は喋れなくなっちまうんだ。どう、どうしたらいいのか…」


リシャールは本当に言葉に詰まってしまった。展示会の会場で「おかしな喋り方」と令嬢たちに笑われた時を思い出していた。

喉の奥が悔しい気持ちで膨れ上がってそれ以上言葉が出てこない。


気が付くとユージーンは真剣な顔で眉を寄せ、少し考えこんだ後ににっこりと笑って彼女に答えた。


「いいわ、遊びのつもりで私のやり方を試してみない?」



夕食後、二人は再びユージーンの部屋に閉じこもって何やら取り組み始めた。


ユージーンは子供向けのさほど長くない物語を読んで聞かせた。


「知ってる、白雪姫だね。でも、彼女はもともとお姫様だし、参考にはならないんじゃないかい?」


するとユージーンは鏡の話し方を真似たまんまで話し続けた。


「いいえ、白雪姫、参考にするのではありません。真似て、なりきって、姫ならばどういう風に答えるのか考えるのです。」


今度は魔女に扮したお后の真似で話し始めた。


「さあ、美しいお嬢さん、おいし~いお茶菓子はいかがかね?新しいお茶のお代わりもあるよ?」


リシャールはまだ照れがあってなかなかうまくいかない。


「あ、えっと、もらいます、かな?」

「違うわ、白雪姫なら、「ありがとう、おばあさん。いただくわ。」って言うんじゃないかしら」

「なるほど、姫っぽいね。ありがとう、いただくわ。」


実際ユージーンも前世では両親や医師や看護師ぐらいしか話をしたことが無かったので、奇麗な話し方など考えたことが無かった。


しかし、こちらの家族は上流で、皆が上品な話し方をしている。

幼い頃はなんでも良かったが、口が立つ年齢になると物語のお姫様のような話し方をした方が彼らが喜ぶことに気が付いた。


始めのうちはぎこちない演技のような話し言葉であったが、彼らはそれ相応に彼女をお姫様のように扱い、上品な物言いはいつしか彼女の身に付いた。


ユージーンは簡単なルールだけを決めて、後はなりきって体で覚えるやり方を提案した。


自分のことは「あたし」ではなく「わたくし」と言うこと。

何かを説明などするときに、「だ、である」とは使わずに、「です、ます」と言い換えること。


お礼を述べるときは「ありがとう存じます。」、褒められて謙遜するときは「とんでもございませんわ。」「恐れ入ります。」など、ありそうなシチュエーションを想定して試すことを繰り返した。


ユージーンが大げさに色々な役割を真似て見せるので、お互いにふざけあっているような感覚で、リシャールの照れも解消していった。


「簡単なやり取りはこれでいいんでしょうけど、難しい話になったらどうしたらいい、かしら?」

「お姫様は難しい話なんかしませんわ。貴女の今日のドレスは素敵ね?とか、こちらは最新流行のお菓子ですってよ、とか。」


「それならあたしにも出来ますわ。今日はとてもいい天気ですわね、とか?」

「リシャール、あたしではなくてわたくしですわ。本当、こんな日は遠乗りもきっと素敵でしょうね。」

「わたくし、馬はあまり乗った事がありませんの。乗り方を教えてくれる?」

「お願いする時は「教えて下さる?」の方がお上品に聞こえてよ。もちろん、馬はとても賢くて可愛いのよ。貴女もきっと気に入りますわ。」


「そして、いつか王子様が迎えに来るのよ。」


ユージーンはくすくす笑いながら彼女の話を聞くリシャールの前に片膝で跪き、王子になりきって低い声でプロポーズして見せた。


「リシャール姫、貴女の赤い髪はまるで世界に一つの大輪のバラのようだ。どうかこれからは私の城で咲いてはくれないだろうか?」


王子の真似で大仰に腕を広げながら、リシャールの手を取るために差し出されたユージーンの手に涙のしずくが一粒落ちた。


ユージーンは慌ててリシャールの前に膝をつき、友人の突然の感情の揺れに向き合った。

リシャールの見開いた切れ長の目からは後から後から涙が溢れてきて止まらない。深緑の瞳が温かい涙で揺れて見える。


「どうしたのリシャール。私何かいけないことを言った?貴女の髪、本当に奇麗よ?」

「ちが…たし…どうし…ージーン…」


強がりで言い返したあの日の事を思い出した。

リシャールはあの言葉がとても嬉しかったのだ。


今まで誰も彼女を欲しがるものなど居なかった。

ハーフエルフの厄介者として、小太りの醜い奴隷として、魔導器を作り出す変わり者の金づるとしてしか、誰も彼女を扱わなかった。


初めて自分を一人の人間として、女性として扱った人物が選りによってこの国の国王陛下とは、なんという意地悪な運命だろうか?


ぼろぼろと泣き続けるリシャールの赤毛の頭を抱きしめて優しく撫でながら、ユージーンはずっと小さな声で「大丈夫、きっとうまくいく。貴女は素敵な女性だもの。貴女が頑張っていることは知っているわ。」と繰り返した。



翌朝、朝食のテーブルに下りてきたリシャールはユージーンの母に優雅に一礼して挨拶を述べた。


「お早うございます。」

「おはよう、リシャールさん。昨夜はよく眠れました?」

「お嬢さんと楽しくお話しさせて戴いて、とても楽しく過ごしま、過ごせま…あれ?」

「過ごせました、で良いと思うわ。お母様、私たちあまり寝てないの、ごめんなさい。」

「そうだろうと思ったわ。ハルル先生は午後に迎えに来るそうだから、お昼までにはきちんとするんですよ。」

「はい、お母様。」


昨晩よく眠れなかったのはユージーンの方だ。

リシャールの告白を聞いて、そのあとすっかり目が覚めてしまった。


一方のリシャールは泣きながら彼女に秘めた思いを明かしたらすっきりしてしまい、ユージーンが言葉を失って無言になった間に眠りに落ちてしまった。


ユージーンにとって国王陛下は、恋愛対象として一度も考えたことがない相手だった。


同じ日本という異世界からの転生者、その記憶を持って僅か数十年でウェルディア王国を作り上げた偉人、そして未婚で女性の話はとんと聞かない。


二人はごく稀に話をする機会はあったが、互いに警戒心を持ったままである。


向こうは彼女が転生者であることを隠したいと思っていることを知っているし、こちらもそれらの記憶は役に立てられないとわかっている。


向こうは彼女が感情で動く危険人物だと思っているし、こちらからは深く介入したいわけではないことは話してある。


そして、彼女は向こうの前世の生活については深く聞いたことがない。

普通の40台のサラリーマンだったということだけだ。

その年齢なら向こうで家庭を持っていたかもしれない。だが今の人生にそれは関係ないだろう。


ユージーンもその辺りは経験豊富とは言い難い。

というわけで、彼女はそこら辺に首を突っ込むのは無粋と判断し、リシャールが望む品のある言葉使いや立ち居振る舞いの方に全力で挑むことにした。


姫君らしい会話をいくつもシミュレーションしながら、二人は爪を奇麗に磨いたり、眉毛を整えたりしてはんなりと過ごしたのだった。


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