5ー7 魔導器展示説明会
それからしばらくの間、リシャールは侍女のハルル以外の誰とも会わず部屋にこもってひたすら魔導器開発に没頭した。質問や要望があれば全て書面で受け付けると言うことで、全く顔を出さなかった。
最初のうちは国王も、急な生活の変化に戸惑っているかもしれないと考えて彼女をそっとしておくことにした。
しかし、数日経過しても全く変化がなく、どうにも心配になってきて、カイアンに様子を聞いてきてもらうように頼んだ。
リシャールの侍女ハルルは困ったような様子で対応した。
「それが、作業に集中したいので取り次がないで欲しいとのことなので。」
それをカイアンから伝え聞いた国王はガッカリとした様子で小声で「ええー」と呟いた。
命令すれば彼女は大人しくそれに従うだろう。だが国王はそういうことはしたくなかった。
侍女の言うように書面で、頼んであった新しい魔導器の発表について、説明会を開く旨を知らせるに留まった。
数日後、リシャールが開発した新作の魔導器の展示説明会が王国主催で行われることになった。
今回彼女が新しく作ったのは、遠くにある同じ魔導器同士で通信を行うものだ。
携帯電話やスマートフォンが当たり前にある世界から来た国王が絶対に欲しいと要望した代物だ。
電気の問題が邪魔をして、なかなかこの世界では再現が出来ないでいたものだが、魔法であれば片が付く。
今はまだ簡単な定型文通信しか出来ないが、別行動を取らざるを得ない作戦や個別行動の多い冒険者などが持てば、より安全に行動できるようになるだろう。
官僚達の反応は微妙であったが、会場には騎士寮の教師達や多くの冒険者、その他にも興味を持った多くの者たちが訪れた。
しかし、会場の一角には美しく着飾った若い女性達の不釣り合いな集団があった。
官僚の令嬢や一部富裕商人の娘達などである。
彼女達は魔導器というよりもそれを作ったリシャールを品定めにやってきたのだ。
彼女が国王と一緒にルゴーフから竜に乗ってやってきたことは、町中の女性達の間で噂になっていた。
会場には国王も列席していて、新しく作られた魔導器について事細かく質問などをした。
リシャールは対外的な笑顔で、質問に対してより詳細な説明を付け加えている。
令嬢達は魔導器に興味を示さず、リシャールと国王の方をチラチラと気にしているようだ。
国王はリシャールと落ち着いて話すチャンスはなさそうだと知るや否や、説明を受けた後はとっとと退席してしまった。
自分を国王に売り込む機会がなくなったと知った令嬢達はターゲットをリシャールに移した。
初めのうちは侍女がピッタリくっついて彼女のサポートをしている。大まかな質問に対しては侍女がにこやかに対応し、次術的な話になるとリシャールにバトンが渡される。
しかし、ハルルは侍女であって専門に補佐する秘書では無い。
展示会の途中で、別の用事のために彼女の元を離れることになった。
そこを令嬢達に狙われてしまった。
彼女達は発表会には全く関係のないリシャールのプライベートについてしつこく追求し始めた。
そして彼女が隠すつもりではなかった事実について大きな声で広めるに至った。
「まあ、貴女元は奴隷なのですって?」
いずれかの令嬢のはっきり大きな声だった。
彼女は手にしていた展示の魔導器を乱暴に置き、「汚くないでしょうね?」とハンカチを取り出した。
リシャールはその扱いようにムッとはしたが、表には出さなかった。
「ああ、まあそうだけど?別に今は関係無いよね。」
「その短すぎるヘアスタイルはルゴーフの流行でしょうか?」
「いや?欲しいって人がいたから売ったんだよ。」
令嬢達は言葉を失った。ここまで短く切りそろえている者は女性騎士位のものだ。若い女性たちは皆、長く美しい髪を自慢するように伸ばすか、きちんと上品に結い上げるしか見たことがなかった。
彼女達は国王に厚遇されている彼女が、街で噂のお后候補ではないと判断した。
見る見るうちに、リシャールにとってはどうでもいい質問で辺りが埋め尽くされた。
むしろ何も耳に入ってこない空間で、胸のあたりからモヤモヤと重く沈んでいくようだ。
「髪の毛って売れるものなのですか。」
「奴隷って何をす…させられるのかしら。」
「言葉遣いがおかしくない?ルゴーフではそうなの?」
だが、彼女達の不幸はそこにユージーンが来ていた事だろう。
「ここは井戸端なのでしょうか。魔導器とは関係の無い下世話な噂話が聞こえるようですが。」
令嬢達はずっと歳の若い彼女に揶揄されてグッと言葉に詰まった。彼女達は周りの皆がこちらを注目していることに気がついて怯んだ。
ユージーンはにっこり笑って、年が上の令嬢達に向かって小さな子供に言うように話を続けた。
「時と場所をわきまえるという事、まだ教わっていらっしゃらないのでしたら、お家でご両親にお尋ねになると良いですよ。」
後ろの方にいたものから居なくなっていき、令嬢達はその場を後にした。
リシャールはまだポカンとしていたが、自分が嫌味を言われて令嬢たちから攻撃されていたことに気がついた。
「お話のお邪魔をして申し訳ございません。こちらに見覚えがございませんか?」
ユージーンがリシャールに一礼して取り出して見せたのは、銀のブローチの魔導器だ。
かつて平和使節としてルゴーフに赴いた彼女の叔母メルティナが、女王から賜った一品である。
それは自分に害意を持つものが近付くと青く光って知らせ、ただ一度転移の力を発揮することができた。
メルティナからユージーンに贈られ、彼女の危機を救ったものである。
「あ、ああ。あたしが昔作って女王に差し上げたものだよ。」
原理が精霊魔法であったため、土産物屋では再現ができずに売ることができなかった品だ。
ルゴーフ特産のハーブを模した美しい形から、一点物として女王に献じられた。
「やっぱり!私、これのお陰で危機を逃れることができたお礼をどうしても申し上げたくて今日は伺いました。本当に素晴らしい作品をありがとうございます。」
「そうかい?役に立ってよかったなあ。」
リシャールの社交用の作り笑いが崩れ、にかっと嬉しそうに笑った。
これまでルゴーフではそんな制作物の感想を聞くことなどなかった。
こちらに来てから国王を始めとする皆に素晴らしい素晴らしいと褒められるようになったばかりだ。
自分の仕事が誰かの役に立ったと聞くのは誰だって嬉しいものである。
ユージーンも、遠くから見る限りではリシャールは堅苦しそうな天才肌の職人だと思っていただけに、その素直な笑顔は人懐っこさを感じ、仲良くしたいと思わせた。
「私、騎士見習いのユージーンと申します。直接では無くともリシャール様は命の恩人と思っております。なにか困ったことや面倒なことがありましたらご相談ください。私、お役に立てるよう全力を尽くします。」
まだ幼く見えるユージーンの言葉は、ちょっと苦しい気持ちを抱えていたリシャールにとって有り難いものに感じられた。
実際嫌味からも助けられたし、彼女を歳若いからと言って侮らない方が良いと判断した。
「嬉しいね、ぜひお願いするよ。あとこれは…」
リシャールはブローチをまじまじと見つめた。
「転移は使い切ってあるし、ピンが少し曲がっているね。良ければ直しておこうか?」
ユージーンは大喜びで是非にとお願いした。
マント留めに使えるように強いピンに替えてもらえるようお願いして、他の魔導器を見るためにその場を離れた。
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会場を離れるユージーンは、カイアンの従者ディールに小声で呼びかけられ、別室に案内された。
そこは国王の執務室で、仕事に埋もれる陛下とカイアンが待っていた。
勧められた椅子に座り、小さなテーブルにお茶が置かれると国王は手にしていた書類を置いて彼女をじっくりと見つめた。
ユージーンはまだ10代前半の少女に見えるが決して油断はできない。
国王と同じ世界の記憶を持つ者であり、頭の回転は速い。そして抜群の反射神経と確固たる信念と強い感情を持っている。
国王に正面から見据えられてユージーンは少々ひるんだ。
これは先程のご令嬢たちに対する失礼を叱責される流れかと思い、先に自分から白状する事にした。
「…もうお聞き及びなのですか?」
「今日は其方に話を…いや何の話だ、説明せよ。」
ユージーンは先程展示会場でリシャールが令嬢達に絡まれていたのを一刀両断してきた話をした。
カイアンは納得顔だ。国王もくすりと笑って聞いていた。
「そうか、あの者は彼女らとは話が合わないだろうとは思っていたが、これはいかんな。助けてくれて礼をいう。」
ユージーンは話が合う合わないでは無く、リシャールが敵視されている理由について説明したかったが、陛下は今は別の話があるようだ。
国王は「選考」についてクィリオンが述べた条件を説明した。
「神について其方はどう考える?」
ユージーンは苦い顔になった。彼女も前世は神に見放された生活しかしていない。
「庇護とか奇跡とか見たこともないので全然信用できないです。サボらずに仕事してくれるんならいいですよ。」
仮にも神に向かって、あまりの酷い言い草に国王もちょっと神々に同情を禁じえなかった。カイアンはちょっと吹き出した。
「いいですよと言うのは受け入れても良いということか?」
「居たけりゃ居ればいいというだけです。」
まるで興味のない居候でも相手にしているかのような言い方に、国王も少し掘り下げてみることにした。
「信仰について其方に聞くと良いというアドバイスがあったのだが。」
ユージーンはチラリと国王の後ろに控えるカイアンを見た。彼がそんなことを言うとも思えなかったが、案の定彼は手を横に振って否定した。
「私達は永く神のいない世界で暮らしていましたからね。信仰心など無いに等しいでしょう。でも。」
彼女は真面目な顔で言うべき言葉を探した。
「それは家族のためとか、大事な者のためとか、愛に似てると思います。その人から貰う1が10に感じられる時、1も貰っていなくても10返せるならそれは愛でしょう?それがより大きな存在や上位の者に向けられるのなら、それが信仰じゃないですかね。」
彼女にはそれがある。何にも代えがたく、守り抜きたい家族というものがある。そして、血の繋がりは無くともハースは彼女にとって魂の恩人だ。
「私の個人的な意見ですけど。」
「よくわかった、参考にさせてもらう。」
国王はそれらの言葉をよく吟味した。
家族への愛ならばわかる。
だが、今この世界では?彼は本当に信仰を持てるのだろうか?
「それよりこの世界は一神教なのか多神教なのか、クィリオンの仕える神は何の神様なのか、唯一神なのか、そこら辺も全然わかっていませんよね。」
彼女にとって彼が仕える神など何でもいい。
どちらかというとクィリオンなど自宅に押し掛ける自分の秘密を握った不審人物でしかないからだ。
しかし国教として据えるのならばそこは重要なのではないだろうか。そこを今まで誰も突っ込まなかったというのは本当にこの世界も神々を持て余しているのだろう。
「そこら辺は余は苦手なのだ。教義を聞いておきながら「そうですか要りません」とは言いにくい。試食を食べたら必ず買うタイプなのでね。」
「…分かりました、私が尋ねましょう。」
ユージーンは誰もいないほうを振り返った。しかし誰も現れないのを確認してまた向き直った。
「聞いておきますね。」
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ルゴーフよりもさらに西、パラヴィアと呼ばれる国があった。
険しい山々を天然の城塞とした多種族国家である。
長くダークエルフ達が治めてきた国だったが、近年軍事政権に代わり、トップは人間に替わった。
軍隊を指揮し、頭脳明晰な人物が出てきたのである。
彼の名はミルズリッドといい、軍隊上がりで人を使う術に長けていた。
個々の強さではなく、集団で戦う強さを見せつけた彼らが軍部のトップに立ったのはあっという間の事であった。
そして、強い者に従うというのは多くの種族では普通に当たり前のことである。
彼は散らばる少数民族を征服し、取り込んで従え、ますますパラヴィアの軍事力を増強していった。
彼もまたウェルディアの国内整備技術に早々と目を付け、技術者たちを高額で受け入れた。
そして技術や情報の大本を調べようと試みた。
しかし、まったく出所がつかめないままでいた。
資料の提供や指導に当たった人間の少女は居所がつかめないままなのだ。多くのスパイを情報収集に送り込んだが、ただの子供が何人も送り返されてくるだけであった。
全く進まない調査進捗に彼のいら立ちはピークに達していた。
なぜあの国だけが最新の技術を手にしている理由がわからない。
何人もの技術者を高給を餌に引き出しているのに、向こうは困った様子ですらなく、次々と高度な技術が開発され、技術者が生まれてくる。
結局こちらに引き入れた技術者たちは全く開発に携わっておらず、手に入れられたのは既存の技術だけという有り様だ。
つまり、開発や発案は全く別の人物が取り仕切っており、自分たちは末端の情報しか手に入れられなかったのだ。
そして、発案の大本がウェルディアの国王本人であるという情報に至り、ついにパラヴィアは禁断の手段に打って出た。
ウェルディア国王誘拐計画である。
ミスです。一章はまだ続きがあります。ごめんなさい。