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ウロボロスのジレンマ  作者: 佐野ひかる
暗中模索の国王陛下
5/10

5ー5 会議は踊れない

騎士団長のラルカストは、キール達からの報告を受けて頭を抱えていた。


「そんな不審人物にユージーンが目をつけられたと言うのか。」


彼は公正な人物として知られていたが、一方でどこに出しても恥ずかしい親馬鹿としても知られている。


「普通じゃないですね。自分で神の使いとか自称してるのもそうですが。」


キールは真面目な性質ではあるが、決して固すぎる性格ではなく、報告に大げさや手抜きがあったことはない。


「しかし、怖くて直視出来ないと言うのはどう言うことだろうか。」

「自分には良くわかりませんでした。確かに威圧感はありましたが、剣術の立ち合いでそういう相手はいましたから。」

「いや、お前は良くユージーンを守ってくれたな。」


彼らは末っ子のユージーンを愛している。

多少の非常識も身内の彼らからすれば可愛らしい個性に過ぎない。


ただし、そう感じるのは自分たちだけだという自覚はしっかり持っているので、それが外に向かうことだけは常に注意している。注意はしているが限界というものもある。


「それで、陛下にはこのままお伝えしてよろしいのでしょうか?」

「うむ、すぐに官僚たちを招集して纏めておかねばなるまい。」

「父上…騎士団長殿はクィリオンを言葉通り受け止めて問題ないとお考えで?」

「私の考えはこの際必要無いだろう。陛下がどう受け止めるかはあのお方次第だ。」


僅か一代のうちにウェルディア王国を建国した国王の有能さは国内外に知るところである。

しかし、彼の倫理観や判断基準は前世の影響が強く、なかなか他者には理解できないことが多い。


「しかもご本人はルゴーフにお忍びに出かけていていつ戻るかわからん。」

「・・・」


真面目なキールが言葉を失ってぱかっと口を開けたまま黙り込んだ。

全く同じ気持ちであるという風にラルカストは重々しく頷いた。


ーーーーー


竜の姿のカイアンは、ウェルディアの王城に造られた自分用の足場に静かに着地した。

城側の大きな扉が開いて従者のディールがそれを出迎えた。彼はテキパキと騎乗者と荷物を下ろし、人の姿に戻ったカイアンにマントを渡す。


「ディール、酷い目にあったそうで…」

「仕方がありません、私も油断しましたので。」

ディールは笑いながら答えた。


出発時、羽ばたきを始めようとしたカイアンの鞍に国王が割り込み、笑顔で頷いて彼を蹴り落としたと言う。


その時は本当に呆然として何が起こったか考えられなかった。

しかし、他の側近達は国王が竜のカイアンに乗りたがっていたこと、なかなかその機会がなかったことは知っていたので、ディールは留守番の間、皆に慰められ励まされていたそうだ。


見ると国王もすっかり脱力したリシャールに手を貸しているところだ。


思えば国王は騙し討ちのように彼女を乗せていた。

あれはきっと「ちょっと散歩に行こう」位の誘いに乗っただけに違いない。


それでも彼女は竜の姿のカイアンを見ても悲鳴を上げずに踏みとどまっていたし、途中で降ろせとも言わなかった。

今も腰は抜けてふらふらになってはいるが彼女は半日のフライトを耐え抜いた。


そして、段差に腰かけて、揺らがない地面の上であることを確認し、ようやくウェルの横っ面をひっぱたいた。


「こう言うのは、ちゃんと説明するべきだろ?」


カイアンは王の護衛ではあるが、昨日も今日もリシャールの一撃は正しい制裁であり、王を害しようというものではない。時には躾が必要なこともある。


本人も決して避けられないわけでもない緩い一発を、カイアンが止めなかったことの意味を理解していた。


「すまぬ、其の方のびっくりする顔が楽しくてつい調子に乗った。」


リシャールは真顔のまま黙ってウェルを見つめている。彼は彼女の前に手を取って跪いた。


「…私の城に滞在してもらえないだろうか?」

「やっぱりあんたが王様なんだね。」

彼女は悲しげな顔でそう言った。


「最初は少しだけ、からかうつもりで黙っていたことは認める。だが、見せてもらった其方の魔導器開発の才能は本当に素晴らしいものだ。どうかここでその力を発揮してほしい。」


国王は奴隷上がりの、歳も遥かに下のリシャールに敬意を持って頭を下げた。

彼女は真っ赤になって彼が握る手を振りほどいた。


「もちろんその仕事を続けるのに今更否やもないし、ご馳走になった分はお返しするよ。なんなら命令したって構わないんだ。」


彼女はうつむいて言ったので見ていなかったが、国王は傷ついた顔でそれを否定した。


「余はそう言うつも」

「陛下!」


厳しい顔をした騎士団長に強く声をかけられて会話は中断された。


「会議室で皆が待っております。急ぎお耳に入れたい出来事が発生いたしました。」

「すぐ行く。」


踵を返して立ち去る国王の、間際の悲しげな表情がリシャールの心に残った。


「リシャール様」

振り返ると、ルゴーフで世話をしてくれた優しそうな侍女がそこにいた。


「こちらでも私がお世話をさせて頂く事になりました。」

「あれっ?ハルルは竜より早く着いたのかい?」

「転移魔法陣を使いましたので、面白味はありませんが一瞬ですわ。」


ふふっと笑う見知った顔に、リシャールは少しだけ逆立っていた気持ちが和らいだ。


「そうか、うん、あたしめちゃくちゃ疲れてるんだ。休ませてもらえるかな。」

「お部屋のご用意は済んでおりますよ。どうぞこちらへ。」


簡単に身を清め、軽い食事だけを貰ってリシャールは用意された部屋のベッドに横になった。

考えたくない事ばかりが脳裏に浮かんでくるので、ぎゅっと目を閉じて布団に潜り、とっとと眠ってしまう事にした。


ーーーーー


会議室には官僚達が集められ、国王と騎士団長、現場に居合わせたキールと、カイアンも護衛として室内にいた。


「クィリオンと名乗る神の使いか。」

「彼の言う「選考」に何かお聞き及びございませんか?」

「特別な何かとしての覚えはないな。」


国王は少しの間考え込み、突然閃いた顔でカイアンを振り返った。


「其方、女王の記憶に何か心当たりはないか見れるか?」

カイアンはそれを聞いて物凄く苦い顔になった。


「酷い顔だな。リンドーラが悲しむぞ。」

カイアンは官僚達には聞こえない小さな声で「余計なお世話です」と溢した。


「女王にはこれと言った「選考」についての新しい情報はございません。彼女の意識は思い浮かべただけで怒り出すので触れたくないだけです。」

「なぜ其方が怒られる?」

「私が彼女を死なせたと思われているからです。」


ルゴーフの女王は戦場に現れた魔王によって飲み込まれた。

しかしその後、カイアンのよって魔王ごと一飲みにされたのだが、魔王の胃の中身についてはすぐに死ねないとか色々考えると恐ろしい気がする。


そして娘のリンドーラは、魔王によって魂をただのエネルギーに変えられ、消費されて輪廻から外されてしまうよりはマシだと考えたが、女王本人はそうでもないようだ。


「そうか、その辺は其方に一任するとして、神の使いとやらの件は相手と話をせん事には向こうの意向もわからぬ。取次をせよ、呼ぶでも行くでも構わんぞ。」

国王は現場にいたというキールの方に向き直って言った。


「それが、連絡を取る手立てがなく消えてしまったので…」


困った顔でキールがそう言うと、国王はふふんと笑って指を立てた。


「案ずるな、こういう者は何処かで聞き耳を立てているに違いないのだ。見ていろ、すぐに姿を現わすぞ。」


すると誰も居なかった椅子にニヤニヤ笑うクィリオンが現れた。

肘をついた手に癖のある黒髪の頭を乗せ、燃えるような赤い瞳が一堂の様子を得意気に見渡した。

そこは末席にいたキールのすぐ隣だったので、彼は驚いて立ち上がってしまった。


「少しはその者のように慌ててもらいたいものだが。」

「生憎と其方のような者の扱いには慣れているのでな。二番煎じのその身を呪うが良い。」


国王は全く動じない様子でクィリオンを見返した。

彼もまた神を恐れない者の一人だ。前世の世界は神の影響が限りなく小さかったせいもあり、恐れもありがたみもよくわからない。


キールや官僚達は完全に目線を逸らしている。カイアンは国王から末席の彼までは距離があるとはいえ、要注意人物から目を離すわけにいかず、必死に視界に入れようとしていた。

ラルカストは目をすがめ、視線を遮るように手をかざした。


「なるほど、これは確かに目を合わせるのが難儀な感じですな。」

「仕方があるまい、これでも使者として威光を抑えておる。光ったりしていない分質素なものだ。」


「とりあえず、「選考」についてお聞かせ願おうか。」

「うむ、この世界は今は神々に見捨てられて長いことは知っておろう。今再び保護に値するかどうかを見定める「選考」が始まっておる。」


官僚達が密やかに目を合わせた。

これと言った宗教が存在しないこの世界では、確かに神々の影響が少なく感じられてはいたが、見捨てられているとまでは考えていなかった。


国王は全く動揺した様子はない。彼は前世からして神は居ないものとして生活していたからだ。


「メリットとデメリットは。」

「その様にすっぱり割り切れる物ではないが、世界に不均衡を招く災害などから庇護される。たまに奇跡なども目にすることができるだろう。そのかわり、神は民達に信仰を要求する。神殿を建て、神職に携わる者や教義を流布する者を用意せよ。奉じられた信仰がそのまま我々の力になる。」


それ程難しい話でもなく、一方的な話ではないと知って官僚達はホッとした。

その場にはギブアンドテイクが成立するならばそんなに悪い話ではないと言う空気が流れた。


しかし国王は納得していない。


「それだけでは無いだろう?」


ほっとした一同の空気が凍り付いた。


「…そうだ。我々は意に添わぬものは容赦しない。逆らい、反する者は祟る。それは数多の世界で国々を滅ぼしてきた。」


賛成に回っていた官僚達が青ざめた。美味しい話だけに飛びつくところだったが、そんなうまい話があるわけはないのだ。


しんと静まり返った会議室で、国王が口を開いた。


「シルヴィールはどう考える。」


すると国王の後ろに黒髪の少女が現れた。それはカイアンのすぐ横だったので流石の彼もビクッとなってしまった。


「私はどうも考えることはない。好きに決めれば良い。」


何の感情もなく少女の幼い声が答えた。


「冷たいことを言うな。気になってずっと聞いていたのだろう?」


少女はそれには答えず、ぷいと目を逸らした。


クィリオンの目が輝いて、新参の少女に釘付けになった。

椅子から立ち上がってそちらに歩いて行ったが、手を伸ばし、触る直前に少女の姿はかき消えた。


「全くもって何なのだ。ユージーンといいこの世界は面白い者達が多く集まっておる。」


クィリオンの口からその名を聞いて一部の者がびくりと反応した。


「どちらにせよ神々は今この世界を見ている。今回私が先触れに訪れたのも、ちょっとしたサービスでしかない。出来れば国主導でやってもらえると助かるが、要らぬといえば手出しもせぬ。ゆっくり考えるが良い。」


そう言って彼もまた姿を消した。


身動きすら憚られる緊張感が消え去ったことによって、その場にいたもの達全員が安堵のため息をついた。


「申し訳ありません陛下、ちょっと自宅が心配になってきましたので、しし失礼してよろしいでしょうか。」


ラルカストが落ち着かなげに立ちあがった。

その顔は青ざめているのに嫌な汗で一杯になっている。


「あ、ああ、名前が出てしまったものな。気をつけて帰るのだぞ。」


国王の言葉が終わる前にラルカストの姿は消えていた。

キールも同じ様にユージーンが心配ではあったが、父の代わりにこの場に残って会議の行く末を確かめる必要があった。


しばらく官僚達の話し合いが続き、結論は出ないまま会議を終えなければならない時間になった。


代表の者が立ち上がり、話し合った結果を国王に伝えた。


「我々としては少々の不自由があっても、神々の庇護を得る方を選択したいと考えますが、陛下にはどうも思うところがおありのご様子。どちらをお選びになろうとも、我々はそれに従います。」


「そうか、其方らはいつも余の好きにさせてくれるのだな。ギャンブルは得意な方ではないが、なるべく良い結果を選べるよう考えることにする。ご苦労であった。」


官僚達とキールは静かに部屋を出て行き、国王とカイアンだけが残された。


「シルヴィール、居るのだろう?」

「呼び戻されるのが目に見えているからな。」


再び黒髪の少女が姿を現した。空いた椅子に腰掛け、国王の話を聞く態勢になった。


「私には本当にどちらが良いのかわからんのだ。私は前世では一度も神など居るとは考えずに生きてきた。だが、世の中には自分を見守る神の様な存在が必要な者も居るのだろう?自分一人なら要らぬで済む話だが、民の為を思えばここは頼るべきなのか?」


国王はそういうと手で顔を覆い、深く長い溜息をついた。


その様子をシルヴィールは少しだけ優しい眼差しで見つめ、逡巡する国王に答えてやった。


「本当に好きにして構わんのだ。多くの血に塗れた歴史がその頭を悩ませているのかもしれんが、今はまだコントロールが可能だ。私にはやらかしていない失敗に心を痛めているように見えるがな。」


国王は人目がない会議室で、大きく息をつきながらテーブルに突っ伏した。柔らかくうねった金の髪をわしわしとかき、手にちょっと抜け毛が残ったことにさらに落ち込んでがくりと頭を下げた。


誰も見ていなかったがシルヴィールは口角をわずかに上げた。


「神の使いとやらが姿を現したために宗教の本質を見失っているだけだ。ユージーンに聞いてみるといい。あの者は持っている。」


「またあの者か。あまり関わり合いたくない気がするのだが。」

「奇遇だな。私もだよ。」


そう言って少女は姿を消した。


「カイアンはどう考える?ユージーンはなんと言うか。」


カイアンとユージーンは騎士見習いの同級で、友人が作れなかったカイアンと唯一普通に会話ができた仲だ。

彼女に関わり合いたく無いと考えるが、決して悪い人物では無い。ただ、アクが強く引っ張られてしまいそうになるのだ。


「そうですね、彼女はメンタルが強いですから、神は要らないと言う様な気がします。本質に関する答えについては全くわかりません。私も神については考えたことはなかったので。」


「そうか。じゃあもうあの子に決めてもらうにするか。」


そこまで丸投げしても良いものかとカイアンは思ったが、運任せで良いのならそれも有りかもな、とも思った。


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