5ー4 神の使い
王国騎士団長の次男であるキールが冒険者達からの応援要請を受けたのは、ウェルディア王国とエルフの国の間にある空白地帯に現れた半人半蛇の魔物討伐であった。
最初、冒険者達は魔物一体の討伐として向かったが、それ自体に対面した際に間に人型の生き物が割って入り、逆に逃げ帰って来たと言う。依頼の達成条件に対して大失敗の体たらくだ。
彼らによると、その人型の生き物というのがどうも人間ではない異様な雰囲気を醸し出していて、彼らは魔族が現れたのではないかと恐れて戻ってきたという。
放っては置けない推測により最悪の事態を想定した彼らは、王国騎士団に応援を求めることになった。
騎士団の若い騎士達は、街を騒がせている少女誘拐事件に対する警備の強化というあまり面白そうではない仕事に飽き飽きしており、面白そうな探索案件に喜んで飛びつこうとした。
公正なくじ引きの結果、意外にも勝ち取ったのは真面目な性格でもくもくとパトロールをこなしていたキールであった。
キールからその話を聞いた彼の妹のユージーンは「ふーん」という感じで普通に聞いていた。
彼女は動物や幻獣は大好きで魔獣も興味を持つが、半人となると途端に興味は薄れてしまう。
だが、キールは話を続けた。
「見習いも連れていかなくてはならないのだが、今回は精神系魔法の術者か耐性が高い者を連れて行く方針になってね。良ければお前に手伝ってもらいたいんだが、どうだろうか?」
確かに半人半蛇の魔物といえば、多くが誘惑や幻惑の能力を持つ。また、半蛇では無く半魚だったとしてもそう言った言い伝えは多く残されている。
そういう話であれば、王国騎士団の見習いとして所属しながらも、進路を決めかねて座学と訓練に明け暮れている彼女は手が空いているし、必要だと言われたら嬉しいに決まっている。
「分かりました、キール兄様。喜んでお手伝いいたします。」
ユージーンはにっこり笑って答え、キールは「うちに魔術師がいて本当に助かるね」と彼女の頭をくりくり撫でた。
調査地域が東の森ということもあって、キールとユージーンは出発前日は騎士寮よりも東門に近い自宅に戻って準備することになった。
自宅に帰ったユージーンには必ずやることがある。
家で飼っている馬や犬の世話、そしてハースの相手をするのだ。
家では下働きのものが世話をしてくれているが、それが不満だというわけではない。彼女は動物の世話が好きなのだ。
馬は自分の馬だが、彼女はまだ見習いの身分なので寮に連れていけない。犬は全部ユージーンが拾って来た。
そしてハースもまたユージーンに連れてこられた子供だ。
家が近づくにつれ、馬車の中からも明らかに門のところでそわそわと待つ五歳くらいの子供の影が見えた。
馬車が止まり、扉が開いて自分が待っていた人物だとわかると子供が駆け寄って来てそれを歓迎した。金の巻き毛の子供は笑顔が輝き、尻尾があればぶんぶんに振れていたことと思う。
「ユージーン、お帰りなさい!」
「ただいま、ハース。」
ハースは彼女の服にしがみつき、ぐりぐりと顔を埋めて喜びを表現している。
ユージーンも彼の頭を優しく撫でてやる。
「キール兄様もお帰りなさい、お荷物お持ちします。」
「ただいま、重たいけどハースに持てるかな?」
「ぼく、たくさん食べてるので力もついたんです。」
確かに家にきたばかりの時はヒョロガリで心もとない様子だったが、今は子供らしい肉が付いてきている。
「じゃあこれをお願いしよう。」
「はい!」
キールは戦士で前衛を務めるので、装備品や武器など重い荷物が多い。
そう言ったものを収納する硬いカバンには底に小さな車輪がつけられていて、押したり引っ張ったりして運べるようになっているのだ。
キールが手を添えてそれを支えてやりつつ、ユージーンもハースに合わせてゆっくりと歩いて家に入っていった。
ユージーンとキールは任務のために翌日早い時間に家を出る。
ハースは分かっているはずでも、置いていかれる寂しさに涙目になっていた。
ユージーンの母はそれに気が付いて彼を優しく抱き上げ、二人で出発する彼女らを見送った。
家からほど近い町の東門で彼らは冒険者達一行と合流した。
今回の編成はキールを含む前衛二人と魔術師と治癒術師のみだ。
荷物運びや後方支援の見習いはユージーン一人だけで、今までに無い少人数の編成である。
討伐対象の魔物の住処はすぐに発見することができた。
村の近くに怪しい洞窟を発見し、そこに囚われていた子供二人を先に見つけることができたからだ。
一行は今回ここで魔物の戻りを待ち構えることにした。
すぐに子供達は転移魔法陣で、魅了は解かずに睡眠状態にして病院に送られた。一人は重症で自分たちが置かれた現実に気がついては危険と判断されたためである。
さらにパーティーも遭遇を想定し、魅了への対抗を高める精神系の補助魔法を用意した。
魔物はラミアと呼ばれる半人半蛇の怪物で、服もきちんと身につけて、髪も簡単ではあるが普通の女性のようにまとめており、一見普通の女性に見える。
しかし、人間に擬態したラミアは普通よりも少々背が大きい。そして蛇の下半身はスカートに隠れているが、歩いている挙動ではないのだ。
自分のねぐらに戻り、異変に気がついた魔物はぶっとい蛇の尻尾で待ち伏せしていた一行を薙ぎ払った。
それをまともに食らったキールは壁に叩きつけられた。
後衛の魔術師も、充分離れていたつもりではあったが避けるために体勢を崩した。ユージーンはさらに後ろであったために範囲には入らず、援護として行動阻害の魔法を一つを使用した。
ほんの数秒動きを止めるものではあったが、最前列のキールが体勢を立て直すには充分な時間になった。
魔物の目が妖しく光ったが、彼は魅了魔法に抵抗し、短い二刀で斬りかかった。
彼が魔物の気を引き、視界を捉えているうちに、もう一人の前衛が、魔物の蛇の尻尾を深く切りつけた。
魔術師の援護を受けながら彼はそのまま尻尾を切り落とし、倒れ込んだ魔物の目元をキールが斬りつけ、魅了を封じ込めた。
ラミアの断末魔が洞窟内に響き渡り、彼らは大した怪我もなく討伐を完了出来た。
このように本来ならば一体だけの魔物であれば、冒険者達だけでも充分に対応できるものであったし、今回は邪魔するものも現れなかった。
しかし、懸念材料であった人型の魔族についての手がかりが全くない。
もしそれが偶然の通りすがりだとすると追跡は困難を極める話となる。一行は残り時間の全てを魔族の捜索に費やすことになった。
今回用意した探査の魔導器は、精霊、植物、鉱物、人工物を除いた生命体を感知するものだ。そのため、動物や魔物も識別は出来ない。
何時間もの探索の間、いくつもの動物の気配に脅かされながら、彼らは一旦休憩を取ることになった。
小さな洞窟で狩人の焚火跡を利用して一行は湯を沸かしてお茶を淹れた。
「何か外見のヒントがあると良いですね、大柄だとか男性っぽいとか髪の色とか。」
魔導器を持った冒険者達が先導しているから、遭遇した時に慌ててしまって対応が遅れるということはないと思われるが、それでも、見つけた時にすぐに判断できるような手がかりがあると良い。
ユージーンの雑談のような何気ない疑問に、前回遭遇したという冒険者の一人がどう答えたものか考えながら話した。
「それが、大きくも小さくもないし、よく分からないんだ…」
「なあ」と言うように冒険者達は目を合わせた。
「ただ、凄く恐ろしくて見ていられない感じだった…」
大きいわけでもないのに恐ろしいというのは、とても不安になる情報だ。
強烈な威圧感があるのか、殺意や悪意で恐怖を覚えさせるのか、どちらにしても人ではないことだけは確かだ。
多くの人々が暮らす町の近くで、その様な者がいるのを放っておくわけにはいかない。
休憩を終えた一行は茶道具を片付け、再び捜索が開始された。
魔導器を持った冒険者が前に立ち、気配を一つ一つ確認しながらそろそろと進む。
今度はキールは一番後ろに立ち、後方の安全を確認しながらパーティー全体に注意を払う。
全員が注意を払っていたはずなのだが、それは空から降りてきた。
突然ユージーンの前に立ちふさがる様に人影が現れた。
それは癖のある黒い髪の端正な顔立ちの人物で、燃える様な赤い目で一行を見回して困ったように口を開いた。
「何だこれは。ニエでも持ってきたのか?」
そう言いながらユージーンの腕を掴みあげた。
突然の出来事に、言われた言葉が一瞬理解できなくて誰も答えられない。
ユージーンは自分の腕を掴む人物をよく見てみた。
見た目は全く違和感のない人間のように見えるが、確かに、人ではない何か威圧感のようなものがある。
しかしそれは彼女にとって恐怖ではなく、頭を押さえつけられるような感覚であり、それは怒りに転じた。
そしてそれを感じ取ったキールは動いた。
目の前の人物が危険人物なら妹の身が危ういし、そうでないならば相手が危険である。
彼女の腕を掴む人物から妹の身を引き離すために、キールが剣に手をかけて間に割り込んだ。
「ニエとは何のことだ?我々は調査に来た者だ。その手を離してくれ。」
「そうか、ならば…んん?お前面白いな?」
黒髪の人物とキールとは会話が成り立っていたようだが、ユージーンへの興味の方が強かったようだ。キールを押しのけて、掴んだままのユージーンの腕を引っ張って引き寄せた。
彼女をじっと見つめる男の赤い瞳は、彼女の目や顔を見ているようではない。心を見透かそうような鋭い眼差しはユージーンに居心地悪く感じさせた。
キールは黙ってすらりと剣を抜いた。
男はそれに気がついてキールとの会話に戻ってきた。
「ああ、私は別にお前達を害する気はない。情報が欲しいだけだ。お前達の王に会わせてもらいたい。」
その言葉にキールは一度は抜いた剣を鞘に納めはしたが、その手は剣に添えられたままだ。
男の手がまだユージーンを捕まえたまま離さないためである。
「何者かわからぬ者を王に会わせる訳にはいかない。」
もっともなキールの反論に彼はうなずいて名を明かした。
「私はクィリオン。神の使いであると伝えてもらいたい。」
そんな話が通用するとでも思っているのだろうか。自称「神の使い」など余計に王の前につれていくわけにはいかない。
しかし、この人ならざる人物をただの頭のおかしい者として放置するには問題がありすぎる。
「この件は一旦持ち帰って上司の指示を仰ぎたい。待ってもらえるか?」
「それで構わん。別に王でなければできぬ話という訳でもない。」
ユージーンはその間ずっと腕を掴まれていた。
そして、彼女自身は武器を装備していない。今回の調査で戦うのは彼女の仕事ではないからだ。
さらに、精神系魔法は何一つその男に作用していない様に見える。
そんな時どうするか。
彼女は、クィリオンの視線が自分から外れた隙にがぶりと噛み付いた。
自分の腕を掴んでいる手には確かな感触があるにも関わらず、噛み付いた腕は人間のものではない。というか、半実体のような不確かな感触しかなかった。
それを見たクィリオンは笑い出した。
「はははは!噛み付かれたぞ?」
キールは別に驚かない。ユージーンならそれくらいやるだろうと思っているからだ。全く通常運転である。
「神の使いだと言っておるのに見かけによらず豪胆な者だな。神が怖くないのか。」
「神と言う者から何一つ救いも滅びも頂いたことがありませんので。」
彼女は怒っている時特有の無表情で平然と答えた。
彼女の前世は、神がいるとは思えないほど不平等で幸せとはかけ離れた生活であった。
ここにいる者の言う神がそれとは全く無縁であるとはしても、「それがどうした」と言えるほどに彼女は神を信じていない。
その堂々とした態度にクィリオンは怒ることもなく感心してみせた。
「そうか、気に入った。お前達の王に「選考」が行われることを伝えよ。」
そう言ってようやくユージーンの腕を離し、彼は姿を消した。
「神の使いならそれくらい自分で言いなさいよ!」
ユージーンが言うと、遠くから笑い声が聞こえた。
キールが思うところの不審者がいなくなり、どう報告をあげようかと思案している時、冒険者達の様子に気がついた。魔導器を囲んで何やら呆然としている。
「どうかしたのか?」
「今の人は探査の魔導器に全く反応がありませんでした。」
キールが覗き込んでみると魔導器は普通に動作している様に見える。
「直接見るのが怖かったので、我々は魔導器を見ていたのです。こちらにはあの者が映らなかったので再起動など試して見たのですが。」
「魔導器の除外対象か、そうで無い定義のものか、何にせよ改良が必要のようだな。」
「噛みごたえはありませんでしたが、精霊ではなかったです。」
直視するのも恐ろしい人物をユージーンが噛み付いたと聞いて冒険者達は震え上がった。
キールは今日の結果を報告としてまとめなければならないため、騎士寮に戻って行った。
ユージーンは、町の東門でキールや冒険者達と別れ、自宅の方に帰ってきた。
自宅の門まで来たが、今回はハースの姿は見えない。
彼女は今日も動物達の世話をするため、自宅に戻る予定を家族には伝えていたが、帰りの時間は未定であった。
この時間ならハースも学校は終わって家にいる予定だから、何か作業でもしているのだろう、ユージーンは自宅の玄関を開けた。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
「おかえり。」
母の返事はわかる。だが父でも兄でもハースでもないもう一人は?
「…クィリオン、なんでここに?」
黒髪の怪しい人物が居間に座って出されたお茶の匂いを嗅いでいる。
「お前の家だからだろ。入り口で声をかけたら普通に通されたが?」
確かに、母は彼がついさっき森で会った不審人物とは知らないだろう。
身なりだけで言えばクィリオンはキチンとした異国風の服装をしているし、武器のようなものは何一つ携帯していない。
「私に何か用ですか?」
「お前が面白いのでついてきただけだ。」
「そうですか、ではお帰り下さい。家族でもないのに人をお前と呼ぶ様な礼を欠いた者は好きではありません。」
「そうか、考慮しよう。」
そう言って彼は姿を消した。
「お母様、あれは客ではありません。しお、塩をください。」
「入れ過ぎはいけませんよ?」
そう言ってテーブルの小さな塩入れを渡された。
招かれざる客には塩を撒く、というのはユージーンは前世でなんとなく知ってはいたが、実際に撒くのはやったことがない。とりあえず玄関から外に向かってぺっぺと振りかけておいた。
やりきった顔で手をぱんぱんとはたき、気になっていたことを母に尋ねた。
「そういえばハースはどうしてますか?」
「そう言えば姿を見ていませんね。」
さほど広くはない家中を探して回ると、ハースは馬小屋の藁の山で震えながらうずくまっていた。
彼を探しにやってきたユージーンを見つけて、涙目で駆け寄り、いつも通り彼女に服に顔を埋めた。
「どうしたのですか?」
「…すごく怖かった…ユージーンは大丈夫?」
「大丈夫ですよ。もういませんから、お家に入りましょう。」
ハースはクィリオンが怖いと言う。
彼らは同じ魔族ではないのだろうか?神の使いだなんて本当の話とは思えないが、意外と本人に聞けば答えてくれそうな気もする。
神が本当にいるのなら聞かせてもらいたいものである。
何でも出来る筈の者が、何にもしてくれないこの世の中について。
前世では全く影響を与えることもない存在であった。ここでは何なのか融通の利かない相手としてちょくちょく顔を出そうとする。
種族なのか、職業なのか、何の条件を有してそう名乗っているのかは知らないが、小さなハースを怖がらせてる暇があったら、世界をもっと良くするために働けば良いのにとユージーンは思うのだった。




