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ウロボロスのジレンマ  作者: 佐野ひかる
暗中模索の国王陛下
2/10

5ー2 カイアンの休日

カイアンは官僚達との話が終わった後に、シルヴィールと二人で話をする時間があった。

恐ろしい爆弾発言を仕組んだ張本人は、全く真面目な顔でその事について付け加えてきた。


「本当はもう一つ算段があるにはある。」


流石のシルヴィールでも本気でユージーンを暫定王位につける気はないのだとカイアンがホッとしたのも束の間だ。


「お前が「竜の口」で王を飲み込み、その記憶と意識を使って仕事を引き継ぐやり方だ。」


「竜の口」とは、カイアンが竜の姿である時に習得していた力で、生き物を飲み込み、その能力を受け継ぐものだ。


ただしそれにはいくつかの制限があり、相手を見ていること、相手が生きていること、大きさは問わないが、どの能力を得る事になるかは選べない。

更に、取り込みたくない物を除外することも可能だ。


そうして彼はフラスコの中のただの澱であった自分を、竜にする事に成功した。


しかし、人間を飲み込んだのは一例のみで、その時は知識と意識を取り込んだため、シルヴィールはそのことを言っていると思われる。


カイアンはそんな使い方を考えた事はなかった。大賢者の恐ろしい提案に流石の彼も暫し言葉を失った。



彼は自分が見たこともない、国王が心に描く美しい理想の世界を見たいのだ。

あの国王はその為に生活の全てを投げ打って、時間の全てを使って作り上げる事に尽力している。


他の誰にも代わる事が出来ない難しい問題に一人取り組み、「仕方ないなあ」と言いながら黙々と組み立てていく世界はきっと素晴らしいに違いないと思うからだ。


それは他の誰でもなく、彼自身に成し遂げてほしいと思う。

目標を持ってそれに邁進する姿を見ておきながら、その成果を享受できないなんてそんな酷い話は無いではないか。


カイアンは弱々しく首を振りながらそれを否定した。


「そ…そんな事は出来ませ」

「最悪の場合だ。あの少女よりはマシだろう。」


カイアンにはユージーン女王の方がマシに感じられた。

彼は彼女が王と同じ転生者である事は知ってはいたが、どう言う生活を送ってきたかまでは知らない。

彼女はそれを語りたがらないからだ。


だが強すぎる感情が王たる資質には不要であることも分かる。

彼は彼女が女王を張り倒す瞬間を見ていたからだ。

実際は音がするまで何があったか脳が追いつかなかったが。


だが話はそれで済まない。王にそぐわない者を王位につけるのと、尊敬し、ついて行きたいと思う者の命を奪ってその夢を継いでやるのは全く別の話だ。


「それでも嫌です。」

「分かっている。私とてあいつの親代わりの様なものだ。やれるだけやってもらって、普通の死を迎えてもらった方が良いに決まってる。」


親代わりであるという少女の顔には何の表情も浮かんでいない。


「だが、自分の死後もこの国の発展が続く様に願いとして口にした。私は神ではないのだから、願うならば最大限の努力も奉じて貰わんと割に合わん。死によって終わらぬ願いならば死後もこき使って構わんだろう?」


親代わりと言う者の口から出た余りにも冷徹な言葉に、カイアンは返す言葉がなかった。


少しだけ、今の会話でカイアンに理解できたのは、王の成そうという仕事は人間の時間では終わらない物だという事だ。或いは永遠に完成されることのないもの。

王がそのゴールにたどり着く事はあり得ないと賢者ですら思う程に途方も無いものだったのだろう。


シルヴィールは黙り込むカイアンをしばらくは黙って見ていた。


「では成功を祈る。」


カイアンは部屋に一人取り残された。


ーーーーー


また別の日、カイアンを朝の鍛錬の時間に捕まえて、話があると言ったのは親衛隊長のメルティナだ。


彼女は王国騎士団の中でも最も優秀な、女性だけで編成された親衛隊の隊長である。

多くの種類の武器を器用に使いこなす一方で、公的な場面では美しいドレス姿で要人達を警護する任に着くこともある。

本人は目立つので気にしている、癖のあるオレンジ色の髪は揺らめく炎の様に彼女の顔を取り囲んで見える。


今、王国のいたるところで少女の誘拐事件が多発しているため、騎士団員たちは大忙しなのだ。

年若い少女の一人歩きを禁じ、街の中でも外でも警備が強化されている。それでも戻らないものは後を絶たないのだ。


親衛隊ですら警備に駆り出され、生活時間をぎりぎりまで切り詰める有り様である。


しかし、ここでメルティナは自分よりも休まない者の存在に気が付いてしまった。



「ちょっと…貴方働き過ぎじゃない?」


カイアンは一日二回の食事の時間と、夜明け前から朝の遅い時間までの数時間を除き、ずっと護衛任務についている。


「そうですか、でも食事も睡眠も必要無いですし、じっと立っているだけで疲れるものでも無いので平気です。」


カイアンは基本的に食事も睡眠も必要ない。しかし、「竜の口」で食事を行なった場合はその後に何日間かの睡眠が必要になる。それは森でただの竜として暮らしていた時の話なので、当然暦などつけていない。どれくらい時間が必要なのか本人も把握していなかった。


そして先日のルゴーフ戦である。


久々の食事という事もあって大きな獲物を飲み込んだ後、彼は即座に倒れ込んで昏睡状態に陥った。城に運ばれて王に叩き起こされたが、「睡眠が必要です」とだけ伝えて再び意識を失った。一日半ほどがっつり眠った後、何事もなかったかの様にすぐに業務に復帰した。


「私達が人間でない者の勤務について、考慮していなかったことを認めるわ。真面目な者が割りを食う様な事は私は嫌いなの。だから、貴方には休暇を取ってもらいたい。」


カイアンは納得がいった。他の者の様にちびちびと睡眠用の休息時間を割り振られても彼は鍛錬くらいしかやる事がない。しかし、休日となれば話は別である。彼にはやりたい事があり、願っても無い話であった。


「分かりました、そうさせていただきます。」


ーーーーー


「其の方はこの後休暇で出掛けるそうだな?」


打ち合わせが終わった後の昼食をカイアンと国王は二人で取りながら、普通の雑談として国王は声を掛けてきた。

普段無表情のカイアンが、珍しく笑顔になってにこっと笑いながら答えた。


「はい、三日ほどお休みを頂く事になってます。「竜の口」を使った後は何かしらの体の変化があると思うので、それを確かめるために竜の姿で西に飛んで見たいと思いまして。」

「ほう、ルゴーフ方面か。」

「もし飛行ができる様になっていれば、砂漠を超えられるのか試して見たいのです。もし可能ならばルゴーフまで行きたいです。」


カイアンが珍しく口数が多くなっている。護衛として就くことになってから初めての休暇がよっぽど嬉しいのだろう。


メルティナから「彼に休暇を取らせるように」と忠告されたときは本当に彼の勤務時間のことをすっかり忘れていた。

初めのうちは世にも珍しい竜である彼が自分の護衛に付いてくるのが嬉しくて、常に見えるところにいてもらっていたからだ。


王にとっては、すごく珍しい能力を持った仲間が手に入ったという感覚で、労働させているという意識ではなかった。


彼女に見せられた人としてあり得ない勤務状況に一気に青ざめ、給料やその他の待遇について慌てて見直しをさせた。


「そうか、ルゴーフにはリンドーラもいる事だし当然だな。彼女も突然領主という仕事を任されて色々苦労もあるであろう。従者はついていくのか?なにか見舞いの品でも持たせてやろうな。」

「今回はディールに同行を頼んでおります。陛下のお心遣い、きっと彼女も喜びます。」

「うむ、それと其の方が飛ぶ所は余も是非見たいので見送りもさせてもらうとしようか。」

「かしこまりました。」


リンドーラとカイアンは手紙ではやり取りがあるが、もし逢えたなら彼女がルゴーフに領主として着任して以来初めてだ。


そして彼自身、ルゴーフは王宮の決まった部屋以外見てもいない。ユージーンは潜入時に観光も済ましたそうで、異国情緒あふれる素晴らしい所だと言っていた。


美しい風景、全く違う食事事情、そして陽気で暖かい人柄の住人達。

そして、彼を好きだと言ってくれる美しいリンドーラが待っている。

彼はもう色々と楽しみが多過ぎて、食事も味が分からないほど心ここに在らずといった状態であった。



王城の北側には、カイアンが竜の姿で飛び立つための高い足場が組まれていた。


そこでは、すでに竜に変化したカイアンに鞍が乗せられ、従者のディールが丁寧に荷物を括り付けているところであった。


「待たせてしまったか?これがリンドーラへの手土産だ。載せるところはあるか?」


国王が早足でやって来た。

実際カイアンが人の姿でいる時よりも、竜の姿でいる方が国王の機嫌が良いのは誰もが知るところである。

カイアンも振り返ってゆるりと頭を下げ、ディールが荷物を受け取って恭しく礼を述べる。


「陛下のお心遣い、必ずリンドーラ様にお伝えいたします。」

「うむ、気をつけて行くのだぞ。」


カイアンはこれから飛ぶ空の方を向き直った。

一瞬何か違和感を覚えたが微細過ぎてよく分からない。天候でも変わるのだろうか?だが、荷物もディールも嵐に遭う事は想定した準備がなされてある。


鞍上の騎乗者から準備完了の合図が出された。


大きく翼を広げてカイアンは飛び立った。

離陸の衝撃で荷物が多少ズレた感触があったが問題は無いと思われた。


滑空状態から羽ばたきを加えてみる。無事高度を上げる事ができた様だ。


見た目は以前と変化はない様だったが、格段に飛行能力は向上している。


以前は滑空するだけで腕や翼にものすごい圧力がかかり、肩をもぎ取られない様に維持するのがやっとだった。

しかし、今は強い圧を感じはするものの、そのままはばたくことも出来、上昇が可能になっていた。これならば長時間、長距離の飛行が可能だろう。


今日は天気も上々で、数時間もしない間にラッシ上空に差し掛かった。

初めての騎乗であるディールも疲れてはいないらしく、あらかじめ決めてあった合図も出されない。


羽ばたいて高度を高く保ち、砂嵐が近くに無いのを確認してラッシを通過し、砂漠を南側から回り込んでこのまま西方のルゴーフを目指す事にした。


空から見る南の海は、陽の光を複雑に反射していてとても美しく輝いて見えた。

彼がかつて一人で暮らしていた時に見ていた東の海はもっと重く深い色をしていて、こことは全く雰囲気が異なって見える。


この空が夕暮れに染まる頃にはルゴーフにたどり着けるだろう。


離陸からずっと、全く動きがないディールが心配になって来てカイアンは声をかけた。


「ディール、問題は無いですか?このままルゴーフに向かいますよ。」


首筋をペンペンと叩かれた。これは問題がないときの合図だ。

問題があったり、着陸を要請するときは固くコンコンコンと三回叩いてもらう手筈になっている。

カイアンは安心してルゴーフを目指した。


砂漠と海を左右に見続け、変化あふれる海岸線を眺めながら飛び続けるうちに、ようやく砂漠が途切れて街が姿を現した。

海辺には大きな船も停泊する立派な港があり、街との行き来は盛んに行われている。


人の流れは途切れることなく、砂漠の閑散とした生命の感じられない風景と隣接しているとは思えない賑わいだ。



カイアンは予め連絡をしておいたルゴーフの北門に、なるべく静かに着地した。

迎えの早駆け竜による馬車が用意されて衛兵達も待ち構えている。


カイアンはディールが鞍から降りやすい様にそっと上体を低くしてやる。


しかし降りて来たのはディールのこげ茶の髪ではなく、金色の髪の人物であった。


「いやあ、上空は冷えるな。もうちょっと着込んでおくべきだった。」


カイアンは固まっている。


「それは驚いている目だな?お忍びで出掛けるというのは、この様に悟られずに出発する事だぞ。」

なんか偉そうに講釈を垂れている国王に、カイアンは一言だけ疑問を述べた。


「ディールは…?」

「ん、置いてきた。」


今になってやっと出発直前にあった違和感の正体が分かった。


国王は見送りの時に着替えていた。屋内で執務を行うときの緩やかで上等な衣服ではなく、外で乗馬をするときの様なブーツとしっかりした上衣に。

それらの服の色も似ていたし、国王の「見送る」という言葉にもカイアンは騙された。


「それは困っている目だな?お前の従者として大人しくついて行ってやるから心配するな。まずは人の姿に戻ると良い。ほれ。」


そう言って国王はカイアンのマントを広げてそれを受け取るのを待った。


カイアンは自分の油断を悔いていた。浮かれていた自分を反省し、目の前の人物に言ってやりたい言葉をいくつも数え上げては全て飲み込んだ。


それなのに目の前の人物はいらいらと待たされていることへの不満を口にした。


「…これも何かコツでもあるのか?早くしろ。」


カイアンは心の中で目の前の人物を一口齧った。




ルゴーフの宮殿で彼らを迎えたリンドーラは困惑の色が隠せなかった。


カイアンの後ろで跪いている金髪の従者が、どうにも見知った別人の様な気がするからだ。


公的な面会ではないのだからと外に出迎えに行こうとした彼女は、今なお宮殿に残る謁見の間まで押し戻されていた。


カイアンは少しムッとした顔であえて従者には触れないでいる。


「カイアン様、あのう…」

「こちらは国王陛下よりリンドーラ様宛の見舞いの品でございます。慣れない領主という仕事に苦労されていないか心配のご様子でありました。」


従者には見えないその人物は、顔を伏せたまま手土産を詰めた箱を開け、ずずいと前に差し出した。


「そうでしたか陛下、ありがとう存じます。」


跪いた姿勢で頭を上げないまま、彼は違う違うという風に黙って手を振った。


リンドーラはカイアンの方をちらりと見て、もう一度金髪の人物に向かって声をかけた。


「陛下、大変言いにくいのですが、お伝えしなければならない事が…」


言い淀んだリンドーラの言葉に、国王は思わず顔を上げた。


そこには般若の顔で国王を見下ろす黒髪の少女の姿があった。


「シルヴィール様が陛下のご来訪を予告されておりまして。」


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