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ウロボロスのジレンマ  作者: 佐野ひかる
暗中模索の国王陛下
1/10

5ー1 君のいない世界

暗中模索とは

暗闇の中で手探りしてあれこれ探し求めること。あるいは手がかりのないまま色々なことを試みること。


その暗闇は本当に現実のものかどうかはわからない。見たくない現実から目を背けるために、頑なに目を閉じているのかもしれない。

そしてつかんだ手掛かりが、本当に必要なものだったのかどうかもわからないのではないだろうか。

カイアンは騎士寮での朝の鍛錬をするはずの時間に、官僚達に捕まって頼みごとを聞かされる羽目になった。


彼らに連れられて騎士寮の戦術室に入ると、そこには官僚全員と、人間の姿のシルヴィールが眠い顔で雁首を揃えて待ち構えていた。


シルヴィールとはこの世界の知識、情報、歴史や文化などを全て網羅しようとする古代の人工生命体のために働く外部器官である。

情報収集や情報提供のために、その場に合った種族の体に意識を載せ替えて行動するため、今回のような場合には人間の姿で現れる。

人間の姿はさらりとした長い黒髪の7、8歳くらいの少女で、華奢に見えるが強力な魔法を使いこなす。


かつて怪しい事を口走る奇妙な子供として森に捨てられたウェルドを見つけ、今の国王として立つまでの内政に関する知識や技術を提供してきた保護者とも言える立場の者である。


シルヴィールが出てくると言うことはとても面倒でやり難い問題であると言うことだけは確かだ。


官僚の一人が重々しく口を開いた。


「急ですまんが、陛下に悟られずに君と話をしたくてな。」

「私でお役に立てますならば。」


国王に秘密の話という事はかなりの難問に違いない。カイアンは気を引き締めた。


「陛下にお妃様を娶るように進言してほしい。」


想定しかけた重大議案との余りの違いにカイアンの理解が一瞬遅れた。


「はあ、それは構いませんが、何故私からなのでしょう。」

「それは…もしかして陛下が女性に興味がないのではと考えた者がいてですね…」


官僚達は言い難そうに理由を口にする。「言わせんな」「分かるだろ?」という視線が飛んでくる。

しかしカイアンはそう言った空気や思考を読む能力について優れているとは言い難い。


よくよく冷静に国王の周辺事情を考えてみると、確かに驚くほど女性の影が見えてこない。女性親衛隊長のメルティナ以外、側近は全て男性で固められている。

シルヴィールが少女の姿をしているが、これは人間にカウントされないし、最近個人的に会ったユージーンと言う少女も、むしろ怖れているように見える。


逆に元は竜であると言うカイアンを重用し、常に身近に置きたがり、彼と恋仲であるリンドーラ姫を遠ざけてしまった。全く事情を解さない者からしてみればそう思われても無理はないのかも知れない。


しかし、実際には前世の記憶がそれを阻んでいる、と言う事を実際に見たカイアンは理解しているがそれを他人にうまく説明ができない。


「陛下には今は亡い深く思われた方がいらして…部屋にその方の絵があるのですけれども、その為新しい方と付き合い始めるのに抵抗がある感じです。」


確かに国王の私室に親子の肖像画があるのは皆も良く知ってはいる。最近完成されて丁寧に額装されたものだ。

しかしまだ全ての疑念が晴れたわけではない。


「それに私に構うのは、私がフラスコから生まれ出てまだ二年にも満たない小さな子供扱いというか、むしろ陛下が新しいオモチャを手に入れた子供というか、その…」


興味無さそうな顔ですまして聞いていたシルヴィールが、言葉を選びあぐねて小声になっていくカイアンを見かねて助け舟を出した。


「ペット扱いだな。」

「…そんな感じです。」


官僚達の顔に納得の色が差した。ペットを飼い始めたばかりの子供が構い倒す様子を思い浮かべ、「ウチの子もそうだった」という呟きが聞こえた。


「私が言った通りではないか。お前達は余計な心配で無駄な時間をかけている事に気付け。」

シルヴィールは自分が浪費させられた「無駄な時間」について怒りを隠さずに言った。


「しかし、そうなりますとむしろ説得が難しいという事になります。」


官僚達の心配した通りであればゴリ押しが可能であったが、そうで無いならば説得が必要だ。

シルヴィールは眉間のシワを一層深くし、イラついた溜息を漏らしながら言った。


「自分のワガママが弱者に被害を及ぼすという実感と、現実味がある最悪の事態を実感させてやればよいのであろう?」


エルフ達に大賢者と呼ばれる者は、「こう言え」とカイアンに本当の意味で血の気を引かせるアドバイスをした。


官僚達は大賢者と呼ばれる魔王をそこに見た。


ーーーーー


「陛下、王妃様をお決めくださいませ。」


私の、折角の食後のまったりとしたお茶の時間を、カイアンが怖い顔で台無しにしてきおった。


だいたいこの話題はもう今更なのである。


私は前世の記憶を持つ転生者であり、元の生活を再現する為に幼児の頃から苦労をしてきた。


もちろん幼児スタートであるが故に、人を捕まえ、知識と技術を与えて実行させるのは別の者の仕事ではあった。

やがて国の形が出来てくるに連れて、組織立てられた命令系統が必要になり、必要の為に仕方がなく、そんなに難しい仕事では無いと騙されて就いた王位である。


酷い奴がいたものである。


私はもう初婚には遅いいい歳になっているし、それ以外にも嫁を貰いたく無い理由がある。


自分に国を統べる才能があるとも思わないし、自分の子供が100%引き継いでくれるとも思えない。世襲制に意味を感じないし、こんな面倒を能力があるのかどうか、やりたいかどうかもわからぬ子供に押し付ける気もない。


歴史上には子供をたくさん作って優秀な者に継がせるという選択肢もあった様だが、何人作ればスーパーレアな子供が生まれるというのか。百人か?千人か?死ぬわ。


そしてそれを引き継ぐとしても、私が再現したいと思っている世界を見たことも無い者に、それは不可能に近い作業であるし、それを一つ一つ説明するのは億劫だ。


出来ればもう一人やる気のある転生者に引き継いでもらって、最悪でもクーデターでもしてもらえば良いとか、殺されそうになったら私の竜の背に乗って逃げてしまえば良いとか思っていた。


だが全然、誰一人そんな者は現れない。

人材不足も甚だしい世界である。


その上見返りは少ない。金は全て事業に費やされ、手元にお小遣いすら頂けないし、もちろん貰ってもそれを使う時間もない。自由もなく常に護衛という見張りがつき、私が得たと言えるものは個々の小さな達成感と竜一匹だ。


その竜も今は人の形をしているし、私を背中に乗せて飛んでもくれない。更に私の気持ちを逆なでするような諫言をぶっ込んでくるのだ。

泣いても良いだろうか。


「お前にそんなことを言われるとは思わなかった。誰の差し金か。」

「はっきり言って官僚全員の総意と言って過言ではないかと。」

私は傷付いた顔で返したが、カイアンの奴は平気な顔だ。


「その内決めておくからほっとけと言っておけ、余は他にやることがあるのでな。」

私はこの話は終わりとばかりに「ああ忙しい」というフリをしながら書類の山を手元に寄せた。


しかし話は終わらなかった。フリなのが何故かバレている。


「陛下がこのままお世継ぎもなく、王位継承者も無いまま亡くなられる様なことがございますと、大変恐ろしいことが起こります。」


そう言うカイアンの顔は真剣だ。別に自分の死んだ後などどうでも良いが、ちょっと気になる。ほんのちょっとだけ。


「…一応聞こう。恐ろしい事とはなんだ。」

「ユージーン嬢が暫定的に王位に就く事になります。」

「ぐはっ!」


ユージーンとは、王国騎士団長ラルカストの第三子で十三歳の少女である。

先日、平和協定を結ぶ為に我々大人たちが計画を立てていた相手国、聖龍王国ルゴーフに乗り込んでそこの女王にビンタをかまして帰ってきた天下御免の向こう見ず娘だ。


彼女もまた転生者である、と言う事以外に私との共通点は全く無い。次は何処の国を張り散らかそうと言うのか。


ユージーンとは一度だけ会って話したことはある。その、女王を張り倒し、目潰しまでかまそうとした件について、「こちらが始末をつける為に必要なので記憶を見せろ」と言った時だ。

単に見てみたかったのもあるが、友人マルフィンにして「狂犬」と言わしめた行動が知りたかった為だ。


あれは「耳元で蚊がぷーんと言ったので叩いた。」位の脊椎反射だった。


想像してほしい。

彼女は行き止まりの小部屋から、魔導器が予告もなく作動し、瞬時に謁見室に転送され、目の前に女王が居たので、玉座まで駆け上がり引っ叩いた。


一回見ただけでは何が起こったか一つも理解できなかった。


その間全く思考の余地がない。あの時彼女は正しく感情だけで動いていた。

女性は感情に強く行動を制御されやすいとは知識として知ってはいたが、ここまで極端に走るのは彼女の個性であると思われる。思いたい。


そのような感情モンスターは国の統治に向いていない。

彼女にはもっとサーチアンドデストロイを活かした仕事があるはずだ。


「選りに選って?」

「はい、選りに選って。」

「誰だそのような血迷いごとを抜かす痴れ者は」

「シルヴィール様です。」


ちょっとうちの大賢者様?


「・・・」

「・・・・・」

「・・・・・・・」


暫く言葉も出ない時間が流れてしまった。


「奴は自分も創り上げるのに苦労したこの王国を灰塵に帰すつもりなのか。」


いやでも奴がそうすると言うなら何か考えがあっての事だとは思うが。


何か…彼女でなくてはならない…何か理由が…何か考えが… 何か…


まるで思い至らない。


ユージーンは確かに私と同じく転生前の世界を知る者ではあるが、前世のあの子は産まれてすぐNICUに入り、十歳の誕生日に一度だけ自宅に帰って祝ったきりずっと病院で暮らしてきたと言う。

常に病気と闘う生活で、元気がある時の楽しみは本を読む事、学校にもいかず友達もいなかったそうだ。


そんな彼女に向かって「さあ、前世の世界を思い出して再現する為に働きなさい」と言う事が出来る者がいるだろうか?私ならば絶対にお断りだ。


私と彼女では見てきたものがあまりにも違いすぎる。

私は自分の為に、清潔で安全で便利な生活を再現する為に、今のこの世界で手を尽くしている最中である。


課題として電気の再現が出来ずに色々滞っている状態をなんとかしなければならない。

天から降る雷ですら「雷の属性を持った魔力」にしかならず、各家庭への供給が危ぶまれている。


今のこの世界では魔導器という、魔力を持たない者にでも扱える道具を使う事によって、個人でも熱や明かりなどを使う事が出来るようになってはいるが、まだまだ問題は山積している。


これを入院生活しか知らない彼女に負わせるのは、どんなメリットを考えついたとしても余りにも酷すぎる。


「わかった、もうちょっと真面目に考えるから、どうかそれだけはまじで勘弁してくれ。」


そう答えた私に、カイアンはまだ何か心配した様な顔で見つめてくる。


「…本当にちゃんと考えるから。心配するな。」

本当に、真面目に考えなくてはいけない事態になってしまった。



私にとっての一日が終わり、窓の無い私室に戻って、決してそう大きくは無い一枚の絵の前に向かう。

椅子に腰掛けた女性と、男女の二人の子供が描かれた油絵だ。ありふれた構図の決して面白味はないものだが、丁寧に仕上げられている。


女性は取り立てて美人というわけでもないが、気の強そうな目力を持っていて、何でもない普通の柔らかい笑顔でこちらを見ているだけだ。


少女は確かこの頃は十六歳くらいで、どちらかというと父親似なのだろう、椅子の女性とはあまり似てはいない。しかし母親そっくりの気の強そうな眼差しと、にぱっとした笑顔は愛嬌たっぷりで、成長したらきっと美人になっていたと思われる。


少年の方はわずかに弟と言った年齢差で、外で走り回るよりも本やゲームが好きな内向的な性格であった。

だが、決してそれは欠点などではなく、獣医を目指して必要だが得意でない分野も丁寧に習得していく忍耐力があった。


私がこんな事になって、彼らの将来を諦めさせる事になってないといいのだが。



こんな事。


私はどの様にして前世の命を終えたのか覚えていない。

本当に急に記憶はふつりと途絶えている。私は全く普通のサラリーマンで、過労死するほどの労働環境でも無かったはずだ。持病があるわけでもなく、インフルエンザの予防接種と健康診断以外に病院の世話になったこともない。


突然死を迎える直前の痛みや苦しみも覚えていないし、急に人生のシーンがおっさんから赤子に変化した。

そこから、自分が転生して別の人生が始まったと理解するのには時間がかかった。当然泣きもしない、歯が無い口で色々喋ろうとする不気味な赤ん坊としてこちらの両親に捨てられた。


たまたまそこをシルヴィールに拾われて、彼と森で日々暮らすうちにようやく自分の今の状態を把握することができたのだ。おっさんの飲み込みが遅いのは勘弁して欲しい。外国人に日本語で話しかけられても「ソーリー」と言って逃げてしまうし、空から自分に向けて美少女が落ちてきたとしても、受け止めたりせずにさっと避けてしまうだろう。


そして、私のこちらの世界に対する要望は全てシルヴィールによって実行に移され、実現されてきた。そうやって今のウェルディア王国は作り上げられてきたのである。


新興の人間の国としては異例の速さと、得意な技術力を持って建国僅か数十年で周辺諸国に認められるに至った。



そして、こちらでの生活が落ち着いてきたら、今度は失った者達に対する追想の日々が始まってしまった。


今現在、全く別の人間として生き直している人生であるにも関わらず、記憶があると言うだけで、思い出があると言うだけで、こんなにも生き難い生活になるとは思っても見なかった。

本人が目の前にいた時は、自分が先に死んだらもっと良い相手を見つけると良いとか笑いながら話していたのに。


自分がこんなに感傷的な性格だとは思わなかった。


私が居なくなった後、彼らはどう暮らし、どう思っていたのだろうか。家族を必ず守ると誓った私が、急に手を離したと恨んでいるだろうか。共に過ごすはずだった時間から私一人外れてしまったことを悲しんだだろうか。


私には知ることができない。この世界のどんな魔法をもってしても時間だけは遡れない。


何故今頃になってこんなにも遣る瀬無い気持ちになっているのだろう。


誰も彼らを忘れろとも、新しい伴侶を愛しなさいとも一言も言っていないのに、何故心が締め付けられ、地面に縛り付けられる様な重さを感じてしまうのだろう。


彼女はきっと怒らない。結婚に反対もしないだろうし、こんな私を見て笑うだろう。

呪いの様に自分を縛り付けているのは私自身だ。それなのに私にはどうにも出来ない。



君のいない世界でたった一人、それでも私は。


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