黒騎士
「お主も魔物か?」
魔物を追い払ってくれた黒騎士を名乗る少女は僕に向き直り、尋ねた。そのままゆっくりと歩み寄ってくる。
「失礼だね。こんなイケメンな魔物がどこにいるってのさ!」
「……よく分からんが……なら、なぜこんなところにいるのだ?」
軽鎧に身を固めるものの兜は装備しておらず、ふんわりとしたショートボブ。こうして正面から注視すると、幼さを強調させるパッチリとした大きい眼がクリクリと光っている。
どうみても人間の子どもにしか見えない。
見えないが……
「そういう君こそ…魔物なの……?」
恐る恐る尋ね返すと共に、少女の歩調に合わせて僕は後ずさり。一定の距離を保つ。
「質問したのは私なのだ。でもいいのだ。確かに私は魔物なのだ」
やっぱり。
ならばもう一つ聞いておかなければならないコトがある。
「僕を殺すの?」
少女はきょとんとした顔のあと、肩をすくめて一笑した。
「私の邪魔をするなら殺すのだ。しかし無抵抗の人間を殺すほど短気でもないのだ。せっかくこうして話が出来るのだから話し合いで解決する。それが一番いいのだ。でもそうなのだ…武器は捨てるのだ」
龍魔王のしもべを名乗る割に、中々話の分かる子のようだった。
今度は僕が呆気に取られてしまったが、黒騎士ちゃんが嘘を付いているようにも思えない。
そもそも、殺す気ならば僕を魔物の大群から助けてくれる必要もなかった。僕たちの追いかけっこを無視するか、魔物の大群と一緒になって有無を言わせず襲いかかってくればそれでいい。こうして彼女と僕が話をしているコトそれ自体が、今のところの殺意の存在を否定していた。
一方で黒騎士ちゃんは解語の花ならぬ解語の魔物。さらにあの大群を追い払うことの出来る存在でもある。背負ってる剣だってなんだか立派だ。つまり彼女はある程度の魔物を統率出来る、それなりに位の高い魔物なのであろう。ならば彼女個人があの魔物の大群を上回る力を持ってるコトも十分に考えられる。瓦合の衆からは一応逃げ切るコトが出来たが、一騎当千の強者が相手では分からない。
要するに、彼女はいつでも僕を殺せる。気まぐれに助けてくれたものの、依然として僕の命は彼女に握られているのかもしれない。
であれば医者がどんな名医でも患者が言うコトを信用しなければ病気を治すコトが出来ないように、今僕が生き残るためにはこの子を信用するしかない。せめて仲間と合流するまではそうしなければならない。
僕は唯一の武器である銅剣を床に落とした。
「それでいいのだ。で、お主は何なのだ?なぜこんなところにいるのだ?」
そういえば最初の質問に答えてなかった。
「僕はグランドマザーの兵士をやってるテイン。聖遺物を探しにここに来たんだ。黒騎士ちゃんはどこにあるか知らない?」
質問を返した僕に、黒騎士ちゃんは笑顔で答える。
「知らないのだ。でも奇遇なのだ。私の目的も聖遺物なのだ。人類より早く奪えば龍魔王様は無敵なのだ。せっかくだから一緒に探すのだ」
「えっ」
なぜそうなるのか。
ここで一人になったらさっきのように大群に追われることになる。黒騎士ちゃんと一緒にいればその心配はない訳だから、願ってもない提案な訳だけど…
そんな僕の葛藤をよそに、黒騎士ちゃんは言葉を続ける。
「まぁ知らないとは言ったが多分塔のテッペンにあるのだ。というか一階に聖遺物があったら拍子抜けなのだ。問題はどうやって上へ行くかなのだ」
「……そりゃ階段でしょ?」
「みんなで一階を探したが階段なんてなかったのだ。もちろん聖遺物もなのだ。唯一見つかったのがアレなのだ」
黒騎士ちゃんは僕の背後を指差した。指の先にはさっきの巨大な黒い扉。
「おそらくあの扉の先に上へ登る手段があるのだ。だけどどうしても開かないのだ。それだけじゃなく、どれだけ体当たりしても、どれだけ斬ってもビクともしないのだ。だからお前はこの扉を開けるために知恵を貸して欲しいのだ」
なるほど。つまり黒騎士ちゃんたちはどうやっても聖遺物を人類から守れる訳だ。ここで扉を開け、罷り間違って僕が手に入れてしまっても始末すればいい。扉が固く閉ざされているならそれはそれでいい。ただしいつ、他の人間に扉を開けられ聖遺物を回収されるかも分からない。だから一刻も早く、自分たちで確保しておきたいと。
「分かったよ。協力する」
魔物が聖遺物を見つけたらヤバいらしいケドそんなコトは知らない。
拒否してこの子に見捨てられればそれだけで危険。今度あの大群に襲われて助かる保証もない。
世界より自分の命。まずは、自分の安全を確保しなければ。
僕は扉に向き直り、歩み寄る。
触れてみるとひんやりと冷たい。大きさを除けば変哲のないただの扉としか思えない。
とりあえず押してみる。
………………。
普通に開いてしまった。
扉の先には黒騎士ちゃんの予想通り、上への階段がある。
振り返り黒騎士ちゃんを見ると、口をぽかんと開け、唖然とした様子。
「どうしてなのだ!?私たちがどれだけ押しても引いても開かなかったのに!?もしやお主は勇者なのか!?」
もちろん僕が勇者のハズがない。いや、仮にそうだったとしても、もっとふさわしい理由があるのではないか。じゃないと……
「もし勇者ならば、私はお主を始末しなければならないのだ」
ほらやっぱりこうなる。
「いやいやいや。僕は勇者なんかじゃないよ!扉が開いたのは多分、人間でしか開けられないようになってるんじゃないかな?あるいは、魔物には開けられないようになってるとか。じゃないとほら、魔物たちが聖遺物を簡単にゲットできちゃうじゃん。だからさ、剣に手をかけるのはやめて!」
「………なるほどなのだ」
納得してくれたのか、手を下ろしてくれた。
ふぅ、ひとまず助かった……。
「じゃあ、扉も開いたし一緒に行くのだ。またさっきみたいな扉があったらよろしく頼むのだ」
こうして僕は、魔物と一緒に塔を登るコトになったのだった。