迷子
気の遠くなるなるような数の石を積み重ねてそびえ立つ雷鳴の塔は、呆れるほど高く、権力的だった。いったい、何人が、何年間、この仕事に携われば、これほどの塔ができるのだろうか。なんにせよ腕のいい人たちが作ったのだろう。そうして苦労もしたのだろう。それでも今の今まで残り、こうして僕たちと向かい合っていることを思うと、なんだか感慨深い気持ちになる。
「じゃあ中に入りましょうか。でも流石に馬車を連れて登る訳にもいかないのでそこの木に手綱を巻きつけておいて下さい。あと武器を忘れずに」
「りょーかい」
「へいへい」
リーダーの指示通り、比較的頑丈そうな木に馬をつなぐと、僕は支給された武器である銅の剣を取り出し、エディも自前の剣を取り出すと、先に塔の扉に手をかけていたリーダーたちに合流し、塔の中に侵入した。
中はカビ臭くて埃っぽい空気が音もなく漂っている。また、壁が左右非対称形に立ちはだかっていて、あたりを狭苦しい廊下のようにしていた。こんなところに灯りがあるはずもなく、開け放しの窓から流れ込む光だけが頼り。
要するに迷路だ。塔の中は複雑なダンジョンとなっているのだ。
おもてから見た塔の高さからすると、もっと上の階があるはず。上りの階段を目指して手探りに進む。
奥へ進む。
奥へ進む。
奥へ進む。
途中魔物が現れると、リーダーが魔法をぶっ放し、プーロが斬りかかり、その間僕とエディがボッーとするという完璧過ぎるいつもの連携で処理する。
塔の魔物は強いというが、リーダーとプーロさえいなければまったく問題ないようだ。
そう気楽に考えていた僕だけど、残念ながらそうではなかった。
塔の中に入り数刻後、僕の周りには誰もいなくなっていた。いざという時なら頼りになるはずのエディもいない。
ひとりぼっち。
……。
………。
僕は迷子になってしまったのだろうかか。
否、それはありえない。
この歳になって僕が迷子になるはずがない。
だとすれば迷子になったのは仲間たちである。
ごくごく自然の論理的帰結から、その答えを導きだし、僕は呆れてしまった。
まったく、いい大人なのに。
でもまぁずっと足手まといだっただけに、仲間たちのポンコツな面を知ることが出来て少し嬉しくもある。
……。
しかしこうなるとどうするべきか。
もう魔物の相手を誰かに任せることは出来ない。魔物との戦いを押し付けるためには一刻も早く仲間たちを見つけなければならないが、そのために奥へ進むか。引き返すか。
でもその途中で魔物と鉢合わせになってはまずい。かといってこの場にとどまり、仲間たちが僕を見つけ出すのを待っていても同じように魔物に囲まれる可能性がある。
うんうん迷った末、僕はその場で待つことにした。
歩きまわって体力を消耗するよりも、この場で待機して体力だけでも維持した方がいいと思ったからだ。
それならば魔物が現れても、少なくとも万全の状態でいることが出来る。
座りこみ、野営の要領で周りを注意深く観察する。もちろん逃げ支度も整えておく。
魔物よ!現れるな!
プーロよ!早く来てくれ!
観察だけでは不安で、僕は心の中で祈った。神様の姿はよく分からないので、プーロに、リーダーに、エディに祈る。
しかし、祈りは通じなかった。
魔物は現れてしまった。人型や四足歩行まで選り取り見取りの百獣千軍である。
入口の方から歩み寄ってきたので、引き返すことは出来ない。
仕方ない。
僕は魔物たちに背を向けて、奥へ向かって全力で走った。じりじりと距離を詰めていた魔物たちも、それに呼応して千波万波のごとく追いかけてくる。
とはいえ狭い通路なので一人の僕はともかく、魔物たちは走りづらそうだ。チラチラと後ろを見ると、いっぺんに走る魔物たちはぶつかり、バランスを崩した何体かの魔物が集団においてかれる。
「あはは。ざまぁ!」
逃げ足に自身のある僕は、少し調子に乗ってみる。それがいけなかったのか。
運の悪いことに、前方にも魔物の集団がいた。今僕を追っている奴らよりは少ないが、それでも多勢だ。
やばいやばいやばいやばいやばいやばい。
前も魔物。後ろも魔物。
右と左は壁なので、囲まれてしまっていることになる。
まさしく危急存亡の秋。
前方の集団も僕に気づき、咆哮をあげて猛然と襲いかかってくる。
(仕方ない……。)
逃げ道のない僕は、勢いを落とすことなく前の魔物の向かって身を踊らせる。
体を捌き、伸びてくる手や牙をギリギリでかわす。
そうやって気を取られた隙をつき、魔物の一体を押し倒し、隣の魔物にぶつけ、包囲網を突破する。
「あっぶねー」
走り、振り回す自分の腕をみると、服の裾が少し切れていた。包囲網を突破する時にかすったのだろう。血も痛みもないので怪我はないようだ。
前方にいた魔物と元々追いかけていた魔物は合流し、より大きな集団になってしまった。まぁ捕まってしまえば何体でも一緒なんだけど。
それにしても……。
この状況で落ち着いている自分に驚いた。
間違いなくピンチだというのに。
でも考えてみれば当然のことだ。この時のために僕は半年も修行をした。今僕を追う魔物よりもはるかにバケモノな村の爺ちゃん婆ちゃんに襲われ続けたのだ。包囲網を突破できたのも村での修行のおかげだ。
剣術も魔法もダメでも、この逃げ足には確かに自身がある。
それからは全力で走る僕の前に現れた魔物を、何度もかわし続けた。
どれだけ走ったかは分からないが、しばらくすると少し遠くに、巨大な黒い扉が見えた。
チャンスだ!
扉の中に入り、上手く塞げばひとまず休むことが出来る!
(…ん?………あれ………?)
よく見ると女の子がいた。十代半ばだろうか。でも僕よりは少し歳下に見える女の子。幼く可愛らしい顔立ちに似合わない真っ黒の軽鎧の上にマントを羽織り、大剣を背負っている。
なんでこんなところに………?
「そこの女の子!今すぐ扉を開けて!」
とりあえず僕は叫んだ。
「………無理だ!何度も試したが開かないのだ。それにしてもなぜ今すぐなのだ?」
「魔物の大群が迫ってるからだよ!このままじゃやばいよ!」
「なんだ。そんなことか」
女の子は走る僕を横切ると、魔物たちの前に仁王立ちした。
「去るのだ」
静かに告げると、驚いたコトに今まで僕を追いかけていた魔物たちが、背を向けた。
そのまま元きた通路を戻っていく。
「あの………君は………?」
僕はおずおずと女の子に尋ねた。
「私の名は黒騎士。龍魔王様のしもべなのだ」