道中
王都グランドマザーを出発して一ヶ月。僕たちは南にある関所を既に超えていた。
石ころだらけの荒れ地をさらに真南に向かって一直線、のんびりと場所を進める。
それにしても……
「情報が無いねぇ」
僕はため息をつくと、ゆるく握っていた手綱を持ち替えた。
出発直前、王都で馬車を貰い受けて以来、馬の世話は僕に任されている。
馬車には携帯食や保存食、武器、薬草がある程度積まれており、長旅の準備はバッチリなのだが、関所を超えて以来人っ子ひとりも見当たらず、ほぼアテもなく旅をしている現状。
南へ向かっているのも、他の方角は別パーティの担当だからというだけなわけで、つまり僕たち兵士は、しらみつぶしに聖遺物の捜索を行なっていることになる。
「まぁしゃーねーだろ。簡単に見つかったら苦労しねーよ」
隣を歩くエディがあくびをしながら言う。
「そりゃそうだけどさ。っていうか何も見つからないまま関所に着いたらどうするの?」
関所があるということは、さらに進めば別の国ということだ。所詮はグランドマザーの一兵士である僕たちがでしゃばっていいものなのか。
「国境周辺をウロウロするわけにもいかないので折り返して、グランドマザーに戻ります。まぁ同じ道を通っても探索にはならないので別のルートで行きますが」
地図と向かい合っていたリーダーが答えてくれた。リーダーは普段、マッピングをしている。進んだ道の足跡を残し、道の情報を更新しているのだ。こうやって土砂崩れなどによって塞がれてしまった道や新たな道の情報を記録することで、例え僕たちが聖遺物を見つけられなくても、後に続く者の力になることが出来る。
「でも地図によるともうすぐ、『雷鳴の塔』が見えるはずです。プーロさんもいますし登ってみますか?」
なんでも『雷鳴の塔』は古くからある塔のようだ。神器の類があるのではと言われているが、現在魔物の巣窟になっているため、探索が進んでいないらしい。新兵二人を含む三人パーティでは危険も多いため、リーダーは本来塔をスルーする予定みたいだったケド、プーロの加入で気が変わったようだ。まぁ新兵二人と言ってもエディは兵士長クラスの腕を持っている訳だから、足手まといは僕だけなんだが……。
「いいんじゃねーの?このままアテもなくブラブラしているよりは」
「僕も異論はないよ」
僕とエディは首肯した。
「俺は同行させて貰ってる身だからな。言うことはねーよ。それより……」
プーロが指を指した先に、人狼型の魔物の群れがいた。敵も僕たちに気づいたようで、一斉に向かってくる。こうなると逃げられない。
リーダーはマッピングをやめ、魔物の近くまで走り、初級氷結呪文『ダス・アイス』を唱えた。額のサークレットが光り輝くと、魔物の脚がみるみるうちに凍っていく。あっという間に敵を身動き取れなくしてしまった。といっても、『ダス・アイス』は初級呪文なのでそれほど強力じゃない。氷はすぐに溶ける。そうなればまた追うだけだと言わんばかりの目で人狼たちはニヤニヤしている。
「俺は弱きを守る避雷針
闇を切り裂く光
岩より硬い意志を持って
激情の火を灯し続けよ……」
プーロは『サンダーライトストーンファイアー』を発動する。雷を纏い人狼たちに突撃すると、吹き飛ばされて人狼は身を焼かれ絶命した。
ちなみに僕とエディはというと、馬車の前でボーっと立っているだけだ。
「流石プーロだな。もうあいつと姐さんだけでいいんじゃねーの」
エディは感心したように言う。
「エディより強いの?」
クソ雑魚の僕からすれば、プーロもエディも同じように強い。どっちの方が強いのかは僕では測れなかった。
「そりゃもうな。剣の腕だけなら負けてないと思ってるが、あいつは魔法まで使えるからな。つーか『電光石火のプーロ』といえば有名だぜ。デカい事件のある場所に雷のように現れては、光のようにいなくなる。常に弱い者の味方。正義の味方って奴だ。悪い噂は口上や技名のセンスくらいしか聞かねーな」
あぁ……やっぱりみんなダサいと思ってるんだ……
でもプーロは初級呪文しか使えない。ならば結局すごいのは剣の腕なのだ。と言うことは負けてないと言えるエディもやっぱりすごいんじゃないかと思う。だからこそ疑問に思う。
「いつも思ってたケドさ、なんで君は戦わなくていいの?」
「お前こそどうなんだよ」
「僕は弱いから。でも君は強いじゃん」
「剣で一匹ずつちまちま倒すより、魔法でまとめて倒せるあいつらに任せた方が効率的だろう。それにだ、同志のお前なら分かるだろう」
僕とエディの思考は似ている。それ故に同志なのだ。つまり……
「サボりたい訳ね」
足の速い馬でも、車を引く訓練を積んでいなければ、よい馬とは言えないように、どんなに立派な素質を持っていても、道義を身につけていなければ優れた兵士とは言えないのだ。
その意味で僕とエディは弱卒であり、同志。
僕達は顔を見合わせると、二人揃ってニヤリと笑った。
◆
手綱を操作して馬に少し早く歩くように合図し先行した二人に追いつく。
しばらくすると、見通しのいい平野に出た。
「見えました。あれが『雷鳴の塔』です」
『雷鳴の塔』は三方を山に囲まれたような谷間に、見るからに怪しくそびえ立っていた。