死刑宣告。死刑執行。
時は午後。場所は村長の執務室。
その部屋の主人として執務机の前に佇んでいるのは、僕の母親。爺ちゃん婆ちゃんばかりの村、シャドウを若くしてまとめる、村長さんでもあった。
普通ならわざわざ執務室に呼ばなくても、家で言ってくれればいい。つまり母さんは母親としてではなく、村長として僕に用があるみたいだ。
呼び出された僕はその眼前に立ち、わずかの緊張と共に背を伸ばす。
「なんか用ですか。村長」
「村を出ろ、テイン」
「は?」
言っている意味が分からない。
僕は生まれてから十七年、ずっと村に引きこもっていた。
爺ちゃんと婆ちゃんばかりの村に学校はないから学がない。戦う必要も無いから剣だって使えない。それに村を回るのは歩きで十分だ。だから馬にだって乗れない。そんな僕が外の世界で生きていける訳無いじゃないか。
しかし母さんだってそんなことは百も承知のハズ。だから僕は、どう言い返してやろうかたっぷり十数秒ほど考えこんでしまった。
「死ぬよ!!だって僕、ナメクジみたいに弱いんだもん!!外の人に会う前に魔物に殺されちゃうよ!!!」
冷静に反論したいところだったが、結局僕は執務机に掌を叩きつけ、感情のままに言い返していた。おかげで執務室では敬語を使うつもりが、いつも母さんと話す時のような口調に戻ってしまっていた。
「大丈夫だ」
すると母さんは、聞き分けのない子供を諭すような表情をして言った。
「何もすぐに村から追い出すと言っている訳ではない。半年後、プーロが帰ってくる。あいつのことだからすぐにまた、外の世界に出るんだろうがな。その時にお前も付いて行け」
プーロは一年以上前に村を出た、僕の親友だ。快活で肩幅もがっしりしている、僕と違ってなんとも男らしい奴だった。村を出たのは、剣士としてなんとかっていうすごい剣を見つけだしたいから…らしい。
「そっか。プーロが帰って来るんだ……」
親友と久々に会えると聞いて、僕は嬉しくなった。だけど根本的な問題がまだ解決していない。だから執務机をバンバンと叩き、抗議を再開した。
「いや!でも!!死ぬって!マジで!!」
いくらプーロといえども、僕という足手まといまで守れるのか。やっぱり僕は死んでしまうんじゃないだろうか。いやもしかしたら、僕のせいでプーロが傷つくこともあるのではないだろうか。色んな不安が僕に襲って来る。
「このタイミングを逃したら、次はいつ外へ出られるか分からんぞ。一生この村に引きこもってて、お前はそれでいいのか?」
母さんは静かに聞いた。
「それは僕がダメ人間って言う意味?今のままの僕は母さんにとって迷惑ってこと?あぁそうさ!僕はニートさ!ただ飯食らいさ!生きる価値のないゴミさ!こんな僕はとっとと死んだ方がいいんだ!」
「変な方向に吹っ切るな。そういうことを言ってるんじゃない。お前自身、今の生活に満足しているのかと聞いているんだ」
「そりゃ満足してるよ。村のみんなは優しいし。たまに冗談で殺して来るのはちょっと怖いケドね」
僕と村を出たプーロ以外の村人は全員、人外じみた力を持っている。無尽蔵に体力があったり、魔法で食べ物を自給自足したり、挙げ句の果てに死者まで生き返らせたり。優しい村の住民は、その力でニートの僕を養ってくれている。冗談で殺してくるのも、僕のイタズラに対して制裁する時だけだ。それに、蘇生呪文が使える村のみんなにとっては、殺すことこそ最も後腐れがない方法だ。殴られたら痛くて苦しい。メシ抜きのお仕置きは、お腹が減って苦しい。罵倒されたら心が苦しい。だけど、即死させて復活呪文を使えば、何も辛い思いをしなくてすむ。ついでに色んな身体の異常も治るもんだから、肩凝りの治療のために殺してもらったこともあるくらいだ。取り返しのつく命は軽いんだ。とはいえ、その感覚が当たり前になっている村の住民の倫理観がちょっと怖い。
「村の外の人間は蘇生呪文を使えない上、私たちも外に出ることができない。つまり外の世界で死んだら、もう取り返しがつかない。だからお前が外を恐れる気持ちも分かる」
一息。
「だがこの村は鳥籠だ。私たちは籠の中の鳥だ。魔王をも超える力と安全を与えられた代わりに、自由も圧殺された。しかしお前だけは違う。お前は自由だ。もっと広い世界を知っていいんだ」
自覚が無いのだろうか。今の母さんの笑顔は空っぽだった。僕は命をかければ外に出られる。だけど母さんたちは、その命だってかけられない。母さんたちはとにかく一生、村で生きるしかないのだ。
「お前だって友だちが欲しいだろう?」
たしかに欲しい。プーロが村を出て一年、同じくらいの歳の、気の置けない友だちが僕にはいなかった。ふた回り以上も歳の離れている村の仲間と僕の関係は友だちなどではなく、親と子、あるいは祖父母と孫のようなものだ。だけど命をかけてまで友だちが欲しいとは思わない。僕は決して孤独ではないからね。
「それに」
母さんはニヤリと笑った。
「外の世界には若い女もいるぞ」
この村に女性はいるけど女の子はいない。それに、外の世界の人は村の周りの魔物を倒す実力がないと、この村にたどり着くことはできない。だから僕は女の子を、本の中でしか見たことが無かった。二次元ではなく、三次元の女の子。その存在はたしかに魅力的だ。
「一生童貞でいいのか」
この言葉が決め手だった。
「ああもう、分かった!分かったよ!村を出るっ!村を出てめちゃカワの女の子と結婚するっ!母さんが寂しくなってもしばらくは帰ってやらないんだからっ!」
「よく言った。じゃあネルさん、例の話を村人全員に伝えてくれ」
すると側で、ニコニコしながら控えていた秘書のネル婆ちゃんが、はいなと応じて執務室を出た。
なんだか嫌な予感がして、僕は恐る恐る母さんに尋ねた。
「あの、母さん?例の話って?」
「ああ。村の外で死なせるわけにはいかないからな。プーロが帰ってくるまで半年、みっちりと修行してもらう。最初は一応、剣術を中心に基礎を叩き込むが、実戦がメインだな。村人にはお前を見つける度に殺しにかかるように頼んでおいた。いつも通り即死させるから痛みはないはずだ。お前は全力で死なないように努めろ。ただし、手は抜くなよ?即死させることが出来るということは、痛めつけることも可能なんだからな」
「ちくしょう!!!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
半年後、プーロが村に帰ってきたことで、修業は終わった。帰ってきたプーロを歓迎するために、これから村を出る僕を送り出すために、みんなは宴を開いてくれた。食べ放題、歌い放題、踊り放題、とにかく騒ぎまくった。三日三晩のお祭り騒ぎの後の穏やかでよく晴れた朝。ついに僕とプーロは村を出ることになった。
村のみんなはプーロと僕を村と外の境界ギリギリの所まで見送ってくれた。だけどそれ以上は進めない。僕とプーロ以外の村のみんなが外に出ようとすると、見えない壁のようなものに、思いっきり跳ね返されてしまうからだ。
「テインちゃんもついに村を出るんだねぇ……」
「寂しいねぇ」
「絶対に村に帰ってこいよ!」
「死なないでね」
「そう簡単に死にはせんわ!わしらが鍛えたんじゃからな」
うーん、村の人たちは暖かいな。まぁ半年間、この人たちに毎日何百回も、殺されまくったんだけどね。
「プーロ。テインのことは頼んだぞ。バカ息子を私の代わりに守ってやってくれ」
「預かり物は半分の主ってな!任せてくれ!」
母さん、バカは余計だ。
「テイン、お前は危険な所へは向かうな。間違っても魔王、大魔王を倒そうなんて思うなよ」
「当たり前じゃないか」
村を出るのにもビビっていた僕が魔王を倒そうだなんて大それたこと、するわけがない。っていうか大魔王ってなんだ。
「それと………例え今別れることになっても、私たちは家族だ。これまでも、これからもずっとな。それを忘れるなよ」
「それこそ当たり前のことだよ」
僕は精一杯の笑顔で答えた。