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碧き流星の煌めき  作者: 井嶋勇助
第三章
8/33

《一》

 場面は移り変わり、時を(さかのぼ)ること、三年ほど前。


 どこだか所在も分からない山奥。木々は鬱蒼(うっそう)と生い茂っており、地元民以外のような土地勘のない者が迷い込めば、そのまま行方不明になってしまいそうな人の手など一切加えられていないいかにも天然物といった森の中で、そこには不似合いな、いかにも人工物然としたビルディングがあった。とはいえ、都会に立ち並ぶ小綺麗で巨大なビルとは比べることさえおこがましいほどの小屋のような建物だった。

 至る所が劣化によるひび割れができてしまい、壁面には苔まで生えてきており、もはや人の生活する形跡などない様子だった。

 しかし、そのボロボロの廃墟の中で、ある男が囚われていた。男は小汚い雑巾のようなボロボロの拘束衣を身に纏っており、身動きが取れないよう、両手両足それぞれを錠で拘束している。もう何年もそこでずっと拘束されているのか髪は伸びに伸びて腰に届く程の長さにまでなっており、頬も痩せこけ、見てくれも今にも餓死してしまいそうな姿をしていた。


 この山奥に建てられた廃墟寸前の建物では、およそ世間で公表されないような研究が行われている。人体に関する研究のためか、サンプリングや人体実験の検体のため、数名ほど麓にある村の住民を拉致している。彼ら彼女らは視界を遮るため、アイマスクを被せられ、泣き叫んで国家組織に所在をつきとめられたりしないよう、口元を猿轡のようなもので抑えている。手足を縛って拘束こそされちゃいないが、六畳もないような小部屋に閉じ込められ、一切の自由を奪われている。


『一体僕らはなんの研究をしているのでしょうね?』

 ここの研究員である白衣姿の男は物思いに耽りながらそんなことをつぶやく。

『さあね』

 別の研究員はなにかしらの薬品を整理しながら、生返事で答えた。

『まあ、俺たちが知る必要なんかないんだろうぜ。あくまでも俺たちは歯車なんだからさ』


 この施設で人体に関する非人道的な研究を行っているのは事実だ。しかし、末端である研究員にまではその全容は明かされていない。全てを知っているのはこの研究における責任者やそれに追随する重要人物くらいのものだろう。

 意味も分からず、決められた薬品を決められた分量を検体に投与させることに疑問を持つ研究員もいる。そしてなにより、ただ投薬するだけのことに、わざわざ検体を拘束具の揃った別室まで連れていかなければならないことに不信感さえ抱いている。注射を指す度、泣き叫ぶ者だっているのだから、投与する薬品についても、得体の知れないことこの上ない。しかもその投薬によって拒絶反応を起こし死人まで出したという噂まで立っている。そして、適度な食事や運動を与えていないことから、彼らは日に日に痩せこけて今にも死んでしまいそうになっている。研究員の中にはそんな彼らを目にして精神を病んでしまう者すらいる。

 活動が人の道を外しれてしまっているのは一目瞭然で、機密情報を外部に漏らすわけにもいかないため、仕事を辞めようにも辞められない。ただで辞めさせてもらえるはずもない。ここまでくると研究員も漠然と感じ取ってしまうのだ。ここを出るときはこの世を去るときなのだと……。


 世間から完全に隔絶された彼らの唯一の楽しみといえば、せいぜい研究員同士での会話程度だ。しかし、外部に出ることが一切ない彼らの話題は限られており、最終的には自分たちの仕事に対する愚痴を述べて終わってしまう。


『風の噂だけど……地下の部屋で縛られてる髪の長い男ってさ……』

 黙々と整理していた研究員がおもむろに口を開く。今行われている研究自体が、携わる者にまで秘匿にされているからか、風の噂などという不確定な言葉を用いることになってしまう。実際彼にとっては根も葉もない噂話程度の情報で、実際に責任者が話していた現場に居合わせたわけでもなかった。

 少し間を置いて口を開く。


『宇宙人って噂なんだぜ』

 と言ったのだった。

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