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碧き流星の煌めき  作者: 井嶋勇助
第二章
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《二》

 放課後、今日一日で話したいことを話し尽くし、満足した栗原は補習の終わった下校時刻になると「バイバイ」と小さく手を振ってそそくさと出ていった。そして、自分の彼女が風邪で寝込んでいたことを思い出し、すぐに瑞希の見舞いへ向かおうとする。


 病床の彼女の家に上がるのでなるべく一人で静かに向かいたいものの、陽介の周りに取り巻きの女子たちがわんさかと群れを成す。案の定、彼女らの話し声や笑い声で騒がしくなる。

 どうせこうなると思っていたものの、ガールフレンドのお見舞いに行くだけなのにこんなに群がるとは思いもしなかった。瑞希の身体に障るから、と軽く忠告してみたものの、最初は多少落ち着いて静かに着いてきてくれたのだが、時間が過ぎればすぐにまた騒ぎ出す。小学生を相手取る教員の気持ちが知れる。これだから群れるのは嫌なんだ、と内心頭を抱える。

 瑞希と付き合ってからというもの、彼女のおかげで人払いができていたのだが、いないとまた以前のようにぞろぞろと女子が引っ付いてくる。普段いつもべったりしてる瑞希の存在をこういった不本意な形でありがたく思ってしまうとは……。

 いつまでも騒ぎ立てる女子達に対して内心鬱陶しいと思うものの、邪険にするのが申し訳ないという気持ちからはっきり文句を言えないでいる。本来なら瑞希のためにも強く言うべきなのだろうが、意気地がないのか言葉にできなかった。


 瑞希の家はショッピングモール付近の少しばかり(きら)びやかな住宅街にある。とてつもなく豪華絢爛(ごうかけんらん)な家屋というわけではないが、そこそこ庭が広く小さな池まであり、家屋自体もなかなかの迫力を誇る。そんな家屋から裕福な家庭で暮らしていることは想像に難くない。

 瑞希邸に近づくにつれ、女子たちは口々に瑞希への陰口を叩くようになる。どうも金持ちの人間を(ひが)んでしまっているらしい。とはいえ日頃、瑞希自身にも鼻につく言動がしばしば見受けられるので、彼女らの文句に対して、なにも口答えしようとはしないし、思いもしない。自業自得なのだ。

 ショッピングモールに隣接する歩道を渡ると女子たちがショッピングモールの方へ向かう。取り巻きの群衆は次第にまばらになっていく。その様子を見て少しばかり安堵する。騒がしい連中も減ったのでようやく安心して瑞希に会いに行けるというわけだ。とりわけ鴛鴦(おしどり)みたいな事をやっているわけではないが、カップルという名目上、他の女性を連れてなんて行けない。ましてや複数名なんて以ての外。だが、万が一この女子達の中に本気で俺と心を同じくしてお見舞いを名目にしているのであれば、振り払えやしない。そんなことで逡巡してしまい、女子を全員は振り払えずにいる。


 女子全員を振り切ることは諦める。ふと、どこかで以前聞いた覚えのある声が聞こえた気がしたので反対車線の歩道に目をやると、先日夏祭りで見かけた好青年を目にする。端正な顔立ちで繊細なようで凛とした顔立ちが思い浮かぶ。そんな彼が今日は公立の進学校である長徳の制服を身にまとっている。先日の彼の雰囲気から真面目そうだと思ってはいたが、印象以上の驚きを感じる。なにせ長徳高校は近隣の賢いに奴らがこぞって集まる学校なのだ。将来有望な人間の学び舎だ。

 そんな彼もどういうわけか、金髪のガラの悪い風貌の男と並んで歩いている。しかし先日の彼との会話をすぐに思い出し、その(いか)つい男が弟だと気づく。にこやかに話しながらあるく彼ら兄弟をじっと見つめる。兄弟なんていない陽介にとってはちょっとばかり眩しい光景だった。

『わあ、すっごいイケメンじゃん!』

 陽介が反対車線に注目していることに気づき、そちらに視線を移した取り巻きの一人が突然声を上げる。

 その瞬間陽介と向こうを歩く月島は目を合わせる。すると涼は陽介に気づき、目元を緩ませにこやかに微笑みながら小さく手を振る。そんな彼に対して陽介は軽く会釈する。お互いに名前なんて知らないがどこか通じる部分もあり、強く印象に残っていた。意外にも早い再会に二人は気持ちを昂らせる。

 せっかくなら近くまで行って話してみたい。そんな感情からしばらく反対車線に目をやっていた。

『あれ? もしかして陽介くん、あの人とお知り合い?』

 陽介と涼の様子をじっと眺めていた奴は鋭くそんな質問を投げかける。

「あ、ああ、ちょっとな」

 思わずたじろぐ。あまり熱烈な視線を送り続けては同性愛者と勘違いされそうだった。

 照れ隠しの意味で少々瑞希の家に向かう足が早足になる。赤面し顔を俯けながら歩く。取り巻き達は猫なで声で『待ってよー』と騒ぎながら後をつける。


 陽介が向かう方角から突然サッカーボールが飛び出してくる。そして、その後を追うように小学校の低学年くらいと思しき子供が駆け出してくる。ショッピングモールに隣接された公園からやってきたらしい。近頃の子供ならば携帯ゲームばかり触って、外に出て運動をする機会はめっきり減っていると耳にする。そんな最近の子供にして、外に出て友達とサッカーをやるとはなかなか感心できる。

 その公園の方からは少年を急かすような野次が飛んでくる。見たところ、あの少年がトラップミスでもしたのか、ボールを遠くまで蹴飛ばしてしまったらしい。

 そのうちサッカーボールは歩道を越えて車道の方まで転がっていく。段々と転がるスピードが落ちてきて少年もようやくボールに追いついたところで、そこは車線ど真ん中だ。都合よく自動車が一台も走っていない状況であれば、それで事なきを得たはずだが、そうは問屋が卸さず、制限速度をいささか超えているだろう自動車が迫る。

 自動車が迫っているのに、少年は悠長にもしゃがんでボールを拾い上げる。そこが道端だということに気づいていないのだろうか。そんな呑気していた彼が自動車の駆動音に気づいた頃にはもう轢かれる寸前だ。今更小さな少年が走って逃げようとしたところで間に合うとは到底思えない。

「おい! 早く戻ってこい!」

 陽介は歩道を走りながら怒鳴る。現実的に今更注意喚起したところで、速度を落とす気配のないあの自動車から逃れるのは、やはり厳しいはずだが、こういう状況を目の当たりにするとそれで黙って見過ごすなんてことは陽介にはできなかった。

 ビクッとこちらを向く少年。だが腰が(すく)んで動けないらしく、ぶるぶると震えていた。今にも衝突しそうだ。

 さっきまでゲラゲラ騒いでいた女子共はオロオロと不安そうに少年を見つめるだけでなにもする気配がない。絶体絶命に思えた。

 そんな最中、反対車線側からいち早く危険を察知した涼が飛び出してきており、勢いよく車道を駆け抜けていた。陸上部でインターハイにも出た陽介の目からしてもその足の速さは尋常じゃなく、同じ人間かどうか疑うくらいだった。もちろん自分の目さえ疑った。非日常の場面というものだった。

 すんでのところで少年を拾い上げ、ボールを取りこぼさぬよう子供ごと押さえる。すると転がるようにこちら側の歩道へたどり着く。ことなきを得て安心したところでその場にへたり込む。そして、なにごともなかったかのように自動車はそのまま走り去っていく。ちらっと運転席を覗いたところ、運転手はスマホを片手にアプリゲームをしており、ボールを追って飛び出してきた子供の存在には全く気づいていなかったらしい。普通ならすんでのところでブレーキを踏むはずなので、挙動がおかしいとは思ったが、前方不注意にも程がある。

 そんな様子が気に入らず、陽介はその自動車、もとい運転手を睨みつける。そしてそのまま少年と涼の方へ歩いていく。


 少年は涼に抱えられたままうずくまっており、涼の方はガードレールにもたれかかり、息を切らしていた。

 一部始終を見ていた取り巻き達は歓声を上げる。速攻で飛び出し、少年の命を華麗に救ってみせた涼への歓声だった。この時ばかりは陽介の取り巻き達も陽介をそっちのけで涼に注目していた。けたたましい女子の声などお構いなしに陽介は二人を見据えて歩く。そして涼に抱き抱えられた少年に対して、

「車道に飛び出すだなんて、危ないじゃないか。車に轢かれたらどうするつもりだったんだ?」

 と詰め寄る。少年は涙を流しながら、ごめんなさいごめんなさいと繰り返し口にする。

「まあまあ」

 微笑みながら涼は陽介をなだめる。その際彼の手のひらがちらつく。ピアノでも習っていたのか指先が細く綺麗に見えて、それが妙に艶めかしかった。繊細な女性の手を思わせる。ただそれ以上に手の付け根付近が気になった。転がった際に道路に手を着いて擦りむいたらしく、少しばかり皮がめくれて出血していた。勢いよくアスファルトの上を転がったのだから、手をつけてしまえば、当然皮もめくれる。

「怪我をしているじゃないか!」

「いいよ、これくらい。そこまで痛くもないし」

 あっけらかんと笑ってみせる涼。見た目ほど痛々しいものではないようだ。

 一先ず二人の無事を確認できたところで胸を撫で下ろす。とはいえ、一人の少年を見事救い出した彼を見ているとなにもできなかった自分に嫌気がさし、無力感に苛まれた。

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