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碧き流星の煌めき  作者: 井嶋勇助
第七章
30/33

《六》

 飛び去った男を追って涼が工場にたどり着いたところで、入口付近でよく見知った顔を見掛ける。

「兄貴!」

「渡か……?」

 入口では腹を押さえて門扉にもたれかかった渡がいた。

「何となくそんな気はしてたけど、やっぱりこの件に一枚噛んでたんだな」

「……悪い。だけど仲間が何人かやられてたんだ、ほっとけなくて……」

 バツが悪そうに俯く。

「今更それを責める気はない、ひとまずお前が無事でよかった」

 微笑んで肩を叩く。

 よく見ると渡は腹部に傷を負っているのか、ダラダラと血が流れていた。応急処置のつもりで、羽織っていた薄手のシャツを彼の腹部に巻き付け血止めをする。

「渡、あの男はこの先にいるんだよね?」

 上着を脱いで包帯代わりにした事で黒いタンクトップのインナー一枚になった涼はスっと立ち上がる。

「ああ、さっき空から突撃してきたよ。俺なんかに目もくれず中に入っていったよ。……まさかあそこに入る気? よしてくれよ馬鹿な冗談は、死にに行くようなもんだぜ……」

 呆れたように肩をすくめる。

 仲間を引き連れながらもザ・セカンドと対峙した渡からすれば、たった一人で生身の人間が向かったところで呆気なく殺されるのがオチだろう。一方の涼は何かしら勝算があるのか、妙に落ち着き堂々としている。

「冗談じゃない、本気さ。こちとら大切な人間痛めつけられて頭にきてるんだ」

 語気を強め、ギュッと握り拳を作る。

「……人間がどうこうできる次元じゃない。馬鹿な真似はよしてくれよ。俺だって仲間と一緒にアイツをどうにかしてやろうと思ったさ、それがこのざまだ」

 何人も仲間が惨たらしく殺される光景は今も尚脳裏に焼き付いている。いかに超人じみた涼とはいえ、あの怪物相手に優位に立ち回れるとは到底思えなかった。

「勝算がないわけじゃないさ。だから安心して欲しい」

「どうしても行くって言うなら、俺も行く。タイマンで行くより勝率は高いはずだ」

 腹部を手で抑えながら立ち上がろうとする。しかし、痛みに渋面する。立ち上がる所ではなかった。

「その身体じゃあ無理だ! お前はここで大人しく待っててくれ」

「……そうするしかないみたいだな。だけど、兄貴こそ無茶はすんなよ」

 当然だ、短くそう返すと、駆け出していく。


 工場内部は血なまぐさい香りで充満していた。それもそのはず、渡が言うように、彼の仲間がザ・セカンドに立ち向かい、あえなく殺されてしまったのだ。辺りには彼らのものらしき血液が撒き散らされてあった。

「やっぱり来やがったな」

 聞き覚えのある声だった。先程まで対峙していたあの男の声だ。

 男は右腕に食べかけの生首を携えていた。片目は髪潰され、脳髄は剥き出しになっており、見るも無惨な有様だった。

「……ずっと不可解に思ってたんだ。何でアンタ、人を食い続けてんだ?」

 出会った時からそうだった。民家を襲撃していた時も若い女性を指して、美味そうだとか吐かし、瑞希に関しても戦いを中断してまで捕食していた。あの男にとって捕食自体に何らかの作用があるように思える。

「ククッただの生理現象さ、至ってシンプル、食事だよ」

「俺との戦闘を中断してまでする事か?」

「……その意味はなぁ、これから分かると思うぜ」

 男はグッとしゃがみ込むと脚部に力を込める。ムクムクと膨張し、破裂寸前と言わんばかりに膨らませると涼目掛けて突進する。

 一度は見切った攻撃、そうタカをくくった涼だったが、以前見たものとは速度も威力も桁違いだった。

 避ける間もなく、涼の腹部に奴の頭が直撃し、吹っ飛ぶ。廃材に身体をぶつけながら転がる。身体中至る所をぶつけ、全身に痛みが広がる。

「何だよ効果てきめんだな」

 身体に乗っかる廃材を押しのけて起き上がる。額に痛みを感じ、確認すると血が滴っていた。どうやら先程の攻撃で傷を負ったらしい。よく見れば全身至る所を打撲やら擦り傷だらけだ。

「なるほどね、食事をとって脚力をあげるわけだ」

「正解。だけど、足だけじゃない。純粋に戦闘力を上げるのさ。あくまでも一時的なものだけどな」

 合点がいった。

 涼との戦闘で勝ち目がないと踏んだ男は是が非でも戦況の打開を図るため、捕食活動を始めたのだ。一度は見切ったはずの攻撃だった。しかし、捕食活動を終え、戦闘力を上昇させた二度目の攻撃は見切れず、食らってしまった。

「たった一発入ったからって調子乗りやがって」

 眉根を寄せ、大地を蹴る。即座に肉薄し、殴りかかる。にやつく男の顔面目掛けて拳を振り抜く。しかし、男はそれを軽くかわし、カウンターで涼の右頬を殴り飛ばす。再度、廃材の山に突っ込む。今度は受身をとっていた事もあり、すぐさま起き上がる。

 肉体的な今日かだけでなく、反射速度まで上昇していた。両者共にそれを察知すると、今度はザ・セカンドの方が責め立てる。

 涼に肉薄し、殴りかかる。殴られた事で苛立ち単調な攻撃を契機にカウンターを決められた事から、今度は冷静に攻撃をいなしていく。しかし、パワーもさる事ながら、スピード自体も上がっており、捌くのが精一杯だった。

 決定打はお互い与えられず、両者互角の殴り合いが続く。しかし、そんな最中、ザ・セカンドの攻撃は見切られ、両腕を掴み取られる。そこから、ガラ空きになった腹部目掛けて膝蹴りをかまし、そのまま流れるように回し蹴りで蹴り飛ばす。

「何だよ、まだまだ互角ってか? だけど、お前の攻撃軽くてそんなに痛くねえや」

 蹴り飛ばされ、地面に顔をぶつけた事で唇の端を切ったのか、血を流す。強度も上昇し、余裕綽々余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)でにやけた面を絶やさず、口元を拭う。

「…………」

 男の軽口を意にも介さず、黙った両の手を見つめる。

 妙な違和感があった。突然目の前の男の攻撃がスローで見えた。ゆっくりと迫り来る攻撃を捌くのは容易かった。

「勝算ちゃんとあるじゃん」

 口元に笑みを浮かべ構える。

「勝算? やっぱ何か仕掛けがあるんだな」

「能力があるのはアンタだけじゃないって事さ。やっぱアンタが言うように俺もアンタも同類なのかもな」

 不敵に笑みを浮かべる涼、対してザ・セカンドは表情を一変させ、鋭い視線を向ける。


 沈黙を破り、ザ・セカンドは攻撃を仕掛ける。大腿部を膨張させ、突撃体勢に入り、突進する。

 今度の攻撃は上体を逸らしてかわす。そのまま男の方を向き直り、駆け出す。全速力で男の向かった先へ駆け寄る。しかし、ザ・セカンドはそんな彼目掛けて、再度突撃する。虚をつかれた涼はギョッとして、足を止める。しかし、攻撃自体は咄嗟にバク転をしてかわす。そのまま男の方を向く。

 高速で突撃するザ・セカンドが本来ならば、壁に衝突し、体勢を立て直すのに時間がかかるはずだった。しかし、男はプールの中で反転するように空中で宙返りをして、再度壁を蹴り、連続攻撃をした。

 三連撃目、再度涼目掛けて突撃。今度は両腕をクロスさせ、攻撃を受け止める。避けるばかりで反撃できていないのだ、状況を打開するため、無理をしてでも受け止める。

 しかし、重い衝撃を受け、たまらず吹っ飛ぶ。地面を転がり、工場の壁に衝突する。

 身体を起こそうと左腕を地面につく。しかし、妙に力が入らない。それどころか、鈍い痛みが走る。どうやら骨折したらしい。

 そんな彼をよそに、再度特攻するザ・セカンド。(すんで)のところで飛び上がって攻撃をかわす。

「状況はむしろ悪化してるな……やっかいなのはあの足だな」

 いつしか、死体の山付近まで転がり込んだ。幸いな事に彼らが所有していたはずの鉄パイプが転がっていた。激しい戦いの産物か、先端は砕かれ、割れていた。

 右腕はまだ動く事を確認すると、それを手に取り、男の方を向く。

 器用に鋼鉄の壁に四本の指を突き刺し、突撃体勢に入る。

 凄惨な笑みを浮かべ、涼を見据えるザ・セカンド。対して、鉄パイプを携え、満身創痍の涼。

 両者の決着は次の攻撃で着く。お互いにそれを察していた。


 先手を取ったのはザ・セカンド。鋼鉄の壁を強く蹴りだし、涼の目前に迫る。

 鉄パイプを強く握り締め、覚悟を決めると、ゾーンに入る。辺りの光景はゆっくりと動き出す。本来ならばものの数秒どころか一瞬で激突するはずの目の前の殺人鬼は滞空したまま、ゆっくりと迫り来る。

 悠然と左へ身体をズラし、攻撃をかわすと男の大腿部目掛けて鉄パイプを突き刺す。ゆっくりと動く対象物にそれを突き刺すのは容易だった。

 パイプを突き刺され、体勢を崩す。ザ・セカンドはそのまま床を転げる。

 ザ・セカンドの突撃の衝撃波を受けた涼もまた吹っ飛び、廃材の山に衝突する。

 先に立ち上がったのは涼。全身を打撲し、更に擦り傷切り傷で血を流す。肩で息をしながら、殺人鬼の行方を追う。

「決着は着いたようだな、観念する事だな」

 地面に横たわる男を見下ろし、つぶやくように言った。

「…………」

 男は無言のまま、パイプを引っこ抜く。血が飛び出し、痛々しい光景で、彼もまた痛みに渋面する。

「その足じゃあ、さっきの攻撃どころか、立つ事もままならないだろう。大人しく捕まってくれ」

 そう言いながら携帯を取り出す。

 最後の悪足掻きとでも言うのか、ザ・セカンドは惨めにもヨロヨロと力なく立ち上がると、攻撃を仕掛ける。足に力が入らず、大した威力もないパンチを繰り出す。

 呆れて肩を落としながら攻撃をかわす。

「くっそ、俺はこんなところで終わりたくない。お前を殺し、逃げ切ってやる!」

 文字通り血眼で必死な形相で両足に力を込める。しかし、虚しい事にパイプが刺さっていた傷口から大きく血飛沫があがる。大きく膨らむはずだった大腿部は収縮してしまう。

 血液が吹き出し、それに比例するように男の顔は青白くなる。そのまま失神し、顔から倒れる。

「……決着だな」

 白目を向いて倒れた男を尻目に立ち去る。

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