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碧き流星の煌めき  作者: 井嶋勇助
第一章
3/33

《三》

 日が沈み、いい加減空腹感にも襲われた。頃合だと思い、涼は夕飯の仕度を始める。バタバタする朝方とは違って時間にゆとりがあるため、ラジオで気に入っている音楽番組を流しながら行う。鼻歌を口ずさみ、朗らかに調理を進める。

 月島家の両親は共に海外で研究しているため、日頃主婦並の激務に追われる。そんな彼にとって、こういう自分の趣味に費やせる時間というのはかなり貴重になるのだ。


「兄貴……おいおい、なに夕飯の支度してんだよ」

 涼が台所に立っている姿を見るなり、肩を竦める。

「今日は夏祭りがあるから夕飯はいらないって言ったじゃないか」

「あっ……そうか、忘れてた」

 夏祭りでは屋台が開かれ、食べ物には困らない。うっかり夕飯の支度をしてしまった涼ははにかんで、

「どうしようか、これ。もう結構仕上がっちゃってるんだよね……」

 渡が来るまでの間にある程度準備もすませてしまっており、もう少しすれば夕飯がきっちり二人分完成するするような状態だった。

「仕方ない、せっかく兄貴が準備してくれたんだ。捨てるのはもったいないし、ラップで包んどけよ。それで帰ったら一緒に食べよう」

 涼の手元にあるこれから器に並べられるおかずを見るなり半ば呆れた様子でため息をついて肩を竦めた。

 こんなのいらないよ、なんて言ったら涼が悲しむと思ったのだ。渡としては大好きな兄の悲しむ顔は見たくないのだ。

「そっか。分かった、じゃあすぐに盛り付けてラップしておくよ」

 嬉しそうに頷くと慣れた手つきで手早く盛り付けてラップをすると、すぐに出かける準備に取り掛かった。とはいえ、持ち物はスマホと財布くらいなので、それらをセカンドバッグに詰め込んだら、支度は完了する。


「お待たせ。それじゃあ行こうか」

 玄関で退屈そうに待っていた渡に微笑みかける。

 淡い青色のシャツにベージュのハーフパンツ姿という出で立ちで、首からは小さな十字架の付いたネックレスを下げており、金髪の彼にはよく似合っていた。

 渡は短く返事をするとすぐに外へ出ていき、夏祭りの会場へ向かう。後を追う形で涼も続く。


 夏祭りの会場である河川敷付近の広い公園へ向かっていると、浴衣を着た十代や二十代くらいの女性や、子連れの夫婦、自転車で軽快に走り抜ける男子学生など二人同様夏祭りへ向かう人々を見かける。そして、中には涼の友人もおり、彼らは涼を見かけると笑顔で手を振る。愛想のいい涼は微笑んで手を振り返す。

「兄ちゃんなかなか人気者じゃないか」

 高校で友人の少ない渡は兄が友人と親しげに話す姿を見て少々いじけた気持ちになった。

「そんなことないよ、見知った顔だったから挨拶しただけだって」

 渡の気持ちなど知らない様子であっけらかんと言った。

「ふうん」

 生返事だ。


 涼との談笑に夢中になっていると不意に後方から歩いてきた男とぶつかった。相手の体格が大きかったため、少々細身な渡は前に突き飛ばされた。振り返ってぶつかった男をねめつける。

「ああ、ごめんな。前見てなかったわ」

 ぶつかった男は渡を見ると短く詫びを入れた。

 普段ならば身体が当たるものならすぐにでも食ってかかって暴力に訴えかけるものだが、意外にもすんなりと謝罪をしたのでこの大男に拍子抜けしてしまう。虚をつかれた渡は返事をするのに時間がかかった。

「……いや、大丈夫っす」

 喧嘩を吹っかける気さえ失せた。

 浅黒く焼けた褐色の肌、外国人のように彫りが深い上に整った顔立ちで襟足を短く刈り込んだ清潔感のある短髪で同じ美男子のカテゴリーに含まれる涼とはまた違った、いやむしろ真逆なタイプの雰囲気をした美男子だった。いわゆるガテン系だ。

 高身長な上に球技や陸上競技の選手のような非常に引き締まった、極めて健康的な身体をしており、シンプルに半袖のシャツとハーフパンツという服装が小粋なファッションのように錯覚してしまう。


 大男はそのまま二人の前を歩いていく。

 あれだけの美形なので女性にはモテるようで、彼の傍らには浴衣を着た十代くらいの女性が歩いていた。涼や渡にはすれ違いざまに、ちらっと目に入っただけだったが小柄な体格で髪の毛も(つや)やかで、端正な顔立ちの美人だとすぐに気づいた。

「すごい美形カップルだったな……」

 どちらも高名な芸術家の絵画のように美しかったため、渡は息を飲んでしまう。

「確かにね。モデルさんや俳優さんみたいだ」

「兄貴にもあんな彼女ができるといいよな」

 渡の一言に涼は吹き出した。

「俺にはあんな素敵な女性は似合わないよ。まだ女の子に告白だってされたことだってないんだから」

 と言うものの、涼自身は異性に告白されないように立ち回っている。数名の女子学生は彼と恋仲になろうと告白を試みるも、ことごとく失敗に終わっている。彼女らは決して振られていないがそもそも告白さえさせてもらえなかったのだ。見方を変えれば一番残酷な失恋の仕方とも言える。

「謙遜するなよ。俺は知ってるんだぜ、長徳高校に月島涼のファンクラブがあるってことを」

「なんだよそれ、聞いたことないし……」

 そんな話など一度たりとも聞いたことが無く、そもそも本人の知らないところで勝手に結成されていた事にわずかながら困惑した涼は思わず薄ら笑いをする。

「兄貴はもう少し自分が美形だってことを自覚した方がいいな。無自覚だと結構感じ悪いって思われるぜ」

「それはそれで自分の容姿を鼻にかけてるようで感じ悪いんじゃないか……」


 しばらく歩いていると、提灯(ちょうちん)をぶら下げた屋台が見えてきた。普段からお年寄りが散歩に来るような敷地面積を誇る公園のため、祭りの規模自体はかなり大きく、T市においてはかなり有名なイベント事である。

 そんな大きなお祭りのため、渡は余程楽しみにしていたのか、会場に着く頃には子供のようにはしゃいでいた。そんな幸せそうな彼を見て涼も静かに微笑んだ。

 かき氷や唐揚げ、くじ引きや金魚すくいなど、様々な屋台が建ち並ぶ。そして軒並み並ぶ屋台はどこもかしこもお客さんでごった返しになっている。

「こんな人混みの中で並ぶのは大変そうだなあ……」

 ふと思ってしまったことが口に出る。

 混みあった会場で気圧される涼とは対照的に渡の方は興奮しているのか、この往来など気にせず屋台の方へ駆け出して行った。

「なにか買って来るから、兄貴はそこで待ってて!」

 振り返り様に大声で言うと、そのまま人混みの中へ消えていった。


「参ったね……」

 手を振って彼を見送ってやったものの、渡がいないことには行動の仕様もない。ここで待っているよう言われたが、道の真ん中で立ち尽くしていては邪魔になる。なのでどこか人気(ひとけ)のない場所を探すことにした。しかし、そんな安息の場所など見つかるはずもなく、どこへ行こうともお祭り騒ぎの連中ばかりだった。なので今度は腰掛けられるベンチでも探そうと歩き回った。だが、ベンチもまた空席はなく、男女でいちゃつき合うカップル達で独占されていた。


「祭りなんか来るんじゃなかった」

 ちょうど涼もそう思っていたところだが、その台詞をため息混じりに吐いたのは、先程渡と衝突したあの大男だった。彼は片手に二人分の焼きそばのパックともう一方の手にはどこかで釣り上げてきた金魚の入ったビニール袋を持っていた。

「あ……さっきの」

 思わずつぶやいてしまった涼はあわてて口元を隠すものの、大男は涼に気がついてしまう。

「さっきの(あん)ちゃんか。もしかして、あんたも連れに振り回されてんの?」

 低く野太い声で話す。

 どうやら彼は連れの者に荷物を持たされており、恐らくは彼女を待っている様子だ。

「いいえ、そんなんじゃないです。連れが一人でどこかへ行ってしまって、困り果てていたところです」

 おどけた様子で話した。

「なんだ、そうなのか。実は俺もそんな感じだ。連れの奴が俺に荷物だけ寄こしてどっか行っちまったんだ」

「それは……お互い災難ですね」

 わけもなく二人は笑いだした。

「どうも俺たち二人はこういったイベント事を素直に楽しめないタイプなんだろうな」

「違いありません。弟に誘われて来てますけど、きっと金輪際来ないでしょうね」

 両手を上げてかぶりを振った。

「同感だ」

 また二人で笑い合う。

「これからどうします?」

 涼からの問いかけに、大男は少し考える素振りを見せる。

「とりあえずここで待とうと思う。勝手に探しに行って入れ違いになるのも嫌だからな」

「じゃあ、俺もそうします」

 短い会話だったがお互いに、この人とはいい友人になれそうだ、と感じた。


「あっこんなところにいた」

 程なくして、浴衣を着た十代くらいの女性がこちらを指さして駆け出してきた。来る途中に見かけたあの美人だった。

 彼女は浴衣を着慣れていないからか、窮屈な走り方だった。

 そんな彼女に対してなにか思うことがあったのか、大男は誰にも聞こえないようなささやき声で、

「水刺すんじゃねえよ」

 とつぶやく。そしてすぐに、

「どこ行ってたんだよ、瑞希。探したぞ」

 とわずかに怒気を含ませた声で話した。そんな彼の言動に激昴したのか、瑞希と呼ばれる女の方は、

「それはこっちの台詞。さっきトイレ行ってくるから向こうで待つように言ったじゃん! なんで一人で出歩いてるのよ」

 と金切り声でまくし立てた。

「そうだっけ?」

「そうよ。あなたって本当人の話を聞かないよね。迷惑しちゃうわ」

 浴衣を着た美女は両手を上げて肩をすくめた。そして、彼女は涼の存在に気づき、彼の方を振り向いて、

「うちの陽介が迷惑をおかけしました」

 と軽くお辞儀をする。彼氏とそれ以外で態度が大きく変わり、抑揚を付けない平坦な声であった。そして、涼の返事を聞く前に翻って陽介の背中を叩いて、

「ほら、行くよ」

 と強引に連れて行った。早足だったため、二人は瞬く間に群衆の中へ消えていった。

「また一人になっちゃったな……」

 そうつぶやきながらため息をつく。


 二人が立ち去ってからベンチを見ると、一つ空席ができた。このまま立っていたくないのですぐに腰掛けて、渡を待つことにした。だが、意外にもすぐに彼はやってきた。

「こんなところにいたのか」

 走ってきたのか、肩で息をしていた。

 息を荒くした彼の手元を見ると、かき氷の入った紙コップを二人分持っていた。片方は赤いシロップをかけたもので、もう一方は緑色のシロップがかけられていた。

 渡から赤色の方のかき氷を受け取ると一言礼を述べる。

「イチゴ味か、美味しそうだね」

 そう言いながら、ストローの先端を切って開いた簡素なスプーンで食べ始めた。

「あそこで待ってるように言ったのに、なんでどっか行くんだよ。探すの大変だったんだぜ」

 ベンチに腰掛けるなり、文句を言われた。

「ごめん。でも、あそこで突っ立ってると他の人の迷惑になると思ってさ。本当はなるべく近くの人気(ひとけ)のない場所で待つつもりだったんだけど、そんなところ全く無くてね。それで結局ここまで来ちゃった」

 かき氷を口の中へかきこみながら言った。

「夏祭りだし、そんな場所ないって」

 渡も同様に口の中へかきこんだ。そして、二人は痛くなった頭を抑える。

 かき氷を食べ終えると、二人は立ち上がって近くのゴミ箱に空いたカップとスプーンを捨てる。

「そういえば、さっき渡とぶつかった男の子と会ったよ」

「へえ、なにか話したの?」

「ちょっとね」

 どこか嬉しそうな顔をして話す涼を見て、あの大男が相当気に入られていることに気づいた。兄が喜ぶ姿を見て渡も嬉しい気持ちになるものの、同時にその大男に対してわずかに嫉妬してしまう。大好きな兄貴を取られたくないのだ。

「あの人は素敵な人だったな。まだろくに性格とか知らないけど、雰囲気がいい。渡みたいに優しそうな人だったよ」

「へ、へえ。それは良かったじゃん」

 突然褒められてたじろぐ。金髪にして悪ぶっているつもりだったので複雑な気持ちだった。

「またどこかで会えたら、もう一回お話したいな」

 思いを()せる涼を尻目に、渡は周りの様子に目をやる。既に日は落ちて、光を照らすのは随所に散りばめられた提灯と夜空に煌めく星々のみ。久しく忘れていた、こういう夜空や日常の風景をのんびりと眺めること。なぜだかのどかな気持ちになるのが感じて取れた。

「柔らかな提灯の光と悠然と歩く人々。そんな景色、普段は目に入ってもなにも感じないけど、こうやってぼんやりと眺めていると案外いい景色に見えるものだね」

 大衆の騒ぎ声通り越して、穏やかな涼の言葉が耳に入ってくる。心の落ち着く声音だった。

「ときどき思うんだけど、豊かな自然の景色も素晴らしいと思うけど、こういった街中の景色だって実際はかなり奥ゆかしいと思うんだよ、上手く言葉にできないけど、なんだか平和な気がしてね」

 別に日頃生活が危なっかしいって言いたい訳じゃないけどさ、と涼は破顔する。

「なんとなく分かるよ。俺もぼんやりと日常を眺めてみると落ち着くことがある。平和が当たり前だけど、すごく大切なことのような気がしてくる」

 おもむろに膝を抱える。すると涼は穏やかに微笑む。そんな彼の表情は不思議と(あで)やかで、男の渡でさえそんな兄の表情に赤面してしまう程だった。

「なに赤くなってんの?」

 悪戯な笑みを浮かべると渡の頬を指先で軽く突っついた。すると渡は照れくさそうに、

「やめろよ」

 と言うものの、存外満更でもなく、嫌な顔一つせずに、頬をさらに紅潮とさせる。

「ほら、まだ夏祭りに来たばっかだし、もうちょっと遊んでいこうぜ」

 振り払うように立ち上がると、涼の顔を見ないで言った。対して涼は満面の笑みを浮かべて嬉しそうに、

「そうだね、せっかく来たんだし、もう少し遊びたいね」

 と背筋を伸ばしながら言った。


 程なくして、二人は縁日を歩き回った。夕食を用意してしまったため、食べ物系の屋台には近づかなかったが、金魚すくいや射的などの屋台で遊び、しっかり満喫する。

「いやあ、遊んだ遊んだ」

 涼は腕を高く伸ばし背伸びをする。渡は涼が手当たり次第に取得した景品を全て持って歩く。大きなぬいぐるみにいくつかのおもちゃ、そしてビニール袋が赤く見えるほどに詰め込まれた金魚。大荷物を一人で持つ渡の様子に気兼ねしたのか、涼はいささか申し訳ない気持ちになって、

「半分持とうか?」

 と尋ねる。しかし、渡はかぶりを振って、

「大丈夫。家事とかいつも全部やってくれてるし、今日くらいは俺が頑張るよ」

「別に気にしなくていいのに……」

「しっかし、兄貴はなんでもできるよな。スポーツや勉強が滅茶苦茶できるのは知ってるけど、こういう遊びまで器用にやっちゃうとか、まるで隙がねえよ」

 渡も色々やったものの、金魚はすくえないし射的も全く命中しなかった。結局今日取ってきた景品は全て涼の手柄である。

「そんなことないって、たまたま上手くできただけ」

「それにしては、たまたまでどうこうっていうレベルを超えてる気がするんだが……」

 そう言って担いでいる荷物に目を向ける。

「なあ、景品たくさん貰ってきたのはいいけど、全部どうすんの? 別に俺たちぬいぐるみとか好きじゃないじゃん」

「本当だね。後先考えてなかった」

 うっかりしていたよ、とはにかんだ。

「今度近所の子供たちにでも配ろう。きっと喜んでくれるよ」

「はっはっは」

 渡は思わず破顔する。

「違いねえ。もしかすると、兄貴が同級生に渡したって喜んでくれるんじゃないか?」

 きっと女子なんかは大喜びで貰い受けるんだろうな、と思ったが口には出さず、意味深長に笑みを浮かべる。


 既に祭りを満喫した二人は帰路に着く。そばに河川が敷かれた土手を歩いていると、花火が打ち上がった。この祭りの代名詞とも言える華やかな打ち上げ花火だ。夜空で咲き誇ると、どっと歓声が上がる。同じように土手を歩く人々も興奮気味に夜空を見上げる。

 涼は不意に足を止める。

「花火じゃん。久しぶりに見るね」

 涼はこれまであまり夏祭りに参加しなかったからか、物珍しそうに夜空を見上げた。対して渡は、毎年この時期は同級生と花火を見に来ていた。

「綺麗だね」

 静かにつぶやく。

「どうする? 明日も行く、夏祭り」

 次々と打ち上がる花火にうっとりと見とれている涼に問いかける。

「そうだね、時間が空いてれば行こうかな……」

 心ここに在らず、といった様子で花火に見入っている。

 それほど心を打つように思えなかった渡は退屈そうに欠伸をする。


『何あれ!?』

 土手の下にある河原で腰掛けていた一人の女性が声を上げる。陶酔していた涼は声に反応して、振り向くと、女性は夜空を指さしなにかを訴えている。

 不自然な軌道を描く火の玉が動いていた。

 すぐに消えるかと思われたその火の玉はなおも輝き続け、浮遊していた。そして、すぐにあの火の玉がこちらへ向かっている事を辺りの人々は悟る。

 河原にいた者は急いで土手へ上がる。(まば)らにしか人がいないからか、彼らに危機感はなく、あの火の玉がすぐに消えるのだろうと悠長に構えていた。

 しかし、一向に消える気配はなかった。あの淡い緑の光を放つ火の玉はそのままの勢いで突っ込んでくる。さながら流星だ。

「渡、なにがあってもここを動くな」

 先程の穏やかさとはかけ離れた緊張感のある声で、そう言い残すと突然駆け出した。

「ど、どこ行くんだよ兄貴!」

 ガードレールを飛び越え、斜面を勢いよく駆け下りる。

 流星の軌道がギリギリ自分たちの位置には重ならないことを悟った。それなのに、わざわざ流星の衝突地点まで移動する彼の思惑は理解できなかった。

 土手から斜面を下り、四散する人々とは反対に河原へ駆け出す。その先へ視線を移すと、怖気付いたのか、その場で立ち尽くして動けない女性がいた。

「おい、なにやってんだ。早く逃げろよ!」

 ガードレールに手を置き、前のめりになって怒鳴った。しかし、彼女にはその怒号が届いていないのか、反応はなかった。

 ブルブルと震えて、いよいよ腰が抜けて尻餅を付きそうなところで涼は駆けつける。

「しっかりしてください!」

 倒れそうになったところを両肩を掴んで支える。

 恐ろしさの余り、声も出せないようで、愕然(がくぜん)とした表情でかぶりを振るのみだった。

 流星は刻々と迫っており、数秒もしない内に直撃する。(すく)んで動けない見ず知らずの女性の両肩を抱えるようにして、無理やり走らせる。そして、落下地点から外れた。

「兄貴!」

 流星が衝突し、閃光弾のような眩い光を放った。土手にいた渡にもその閃光は届くほどで周辺一帯を包み込む。

 あまりの眩さに思わず目をつむった。そしてすぐにまぶたを開けると河原に視線を移す。涼は女性の肩と膝を両腕で支え、地面に腰ついていた。ひとまず二人の無事を確認すると、荷物を落とさないよう慎重に土手を下り、二人の元へ駆け出す。

「大丈夫だったか、兄貴」

「なんとかね」

 安心して気が抜けたのか覇気のない声で話す。

「お怪我有りませんでしたか?」

 涼は穏やかに微笑みかける。

「は、はい。なんとか無事です……」

 ぽっちゃりとした浴衣姿の女性は恍惚とした眼差しで涼を見つめる。そんな二人の様子を見てハッとする。

 冷静でいられなかったため、気が付かなかったが、今の涼たち二人の姿はお姫様抱っこの構図だった。

「すごい状況だな……」

「あはは、やっちゃった」

 はにかみながらそう言うと、浴衣を着た女性を下ろして立ち上がる。同時に彼女もふらつきながら立ち上がる。

「先程はどうもありがとうございました。目の前に、あの、流れ星が迫ってきて、怖くなって、その……ご迷惑をおかけしまして本当に申し訳ありません」

 たじろぎながらも話すと最後に頭を深く下げてお辞儀をした。

「そんな、気にしないでください。俺も思わず飛び出しただけですから。本当に無事でよかったです」

 その後、彼女に別れを告げると腰をさすりながら土手の方へ向かう。先程尻もちをついてしまったため、腰が痛むのだ。

里奈(りな)!」

 階段を登る際、そう叫ぶ女性二人組みとすれ違った。彼女らは階段を駆け下りて、ぼんやりと佇むあの子の方へ向かった。

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