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碧き流星の煌めき  作者: 井嶋勇助
第七章
28/33

《四》

 瑞希からの連絡が来たのは、ちょうど涼が駅周辺を練り歩いていた時の事だった。陽介や渡、そして瑞希のいる工場跡地周辺と離れた位置にある。

 一刻も早く向かわなければ、瑞希や渡に危険が及ぶ。焦燥に駆られた涼は周辺を見渡す。郊外ではあるものの、雑居ビルが立ち並び、入くんだ道で目的地まで走って向かうにも1時間はゆうにかかる。この辺りには時々通りがかるくらいで大して土地勘もなく、ろくな近道も知らないのだ。

 友人たちの命が懸かってる緊急事態にこんなところでたむろしていても埒が明かない。

「仕方ないな……」

 そう言って肩を落とすと、人目を忍びつつ、おもむろに建物の影に入る。隣あった建物の間にある路地裏だ。精々人数名が入れる程度の広さで、空の菓子袋やよく分からない廃材などろくに手入れされていない路地裏で、そこへ入るなり、空を見上げ、隣合うビルの窓枠に目をやる。すると、その窓枠目掛けて大きく跳躍する。そして、窓枠にある僅かな出っ張りに指をかけ、さらに隣のビルの窓枠目掛けて壁を蹴り、上階へと飛び移る。それを幾度か繰り返し、五階建てビルの屋上へと飛び上がる。屋上に手をかけるとゆっくりよじ登り、腰掛ける。普段行わない運動だったもので、できるかどうか一か八かだったが、特に息を切らす事なく、軽くこなしてしまった。立ち上がって先程まで自分がいた路地裏を覗き込む。自分で登ってきたとはいえ、人間離れした自分の身体能力に辟易する。

 もうなるようになれだ、涼は周辺を見渡すなり、すぐ隣にある家屋に目をやる。

 何も屋上でこのまま居座って瞑想するために飛び上がったわけではないのだ。一刻も早く工場地帯へ向かうため、今度はそちらに乗り移ろうと、助走をつけて飛び出す。当然のように危なげなく隣の屋根に飛び移る。

「気は進まないけど、最短で行くならこれしかないよね」

 辺りの民家やビルなどを見渡し、工場跡地の方角目掛けて、立ち並ぶ建造物の屋上を駆け巡る。パルクールの要領で飛び出した。パルクールの経験はなかったはずだが、そもそも身体能力の高い涼が、先日の体調不良から起きた急激な筋力の増強から、アクティブな運動をも軽々しくこなす事ができた。

 屋根を飛び回る事から下手したら騒ぎになってしまうのではないかという懸念があるが、幸い夜間という事で人通りも少なく、街灯などの明かりもそれ程なかった事や背の高いビルの上だった事もあり、大衆に気付かれる事なく飛び移れた。


 しばらく飛び回り、ようやく街の外れにある工場地帯が見え始めた頃だった。

 甲高い悲鳴が轟いた。

 突然の事で驚いた涼は足を止め、周囲を見回す。とはいえ、屋根の上からだと屋上の風景しか見れず、道端の様子は伺い知れなかった。

 工場地帯に近づいたのだ。そこを縄張りとする殺人鬼が近辺にいるのは至極当然の事だ。恐らくヤツに狙われた一般人の悲鳴なのだろう。悲鳴を悲鳴と人席できる程度の距離なので、それほど遠くにいるわけではない。冷静にそう当たりをつけると、即座に屋根から飛び降りた。

 片膝をつけて着地すると、目を閉じ耳を澄ます。

 こちらに近づく荒い足音が聞こえてきた。

 静かに目を見開くと、全力で走る女性の姿が見えた。遠目からだったが、白いブラウスにジーンズ。ありふれた格好ではあるものの、姿形からそれが陽介の恋人、瑞希だと察知した。

 なんでこんなところにいるんだ、と焦燥に駆られ冷や汗をかく。

 そんな彼女が涼の目前に迫ったところで、ブスリと胸部から真っ赤に染った手刀が突き出される。後方から一突きで心臓を突き破ったのだ。

「うぐっ……」

 鈍くそんな声を漏らした瑞希はそのまま力無くうなだれる。即死だった。

 倒れた瑞希の身体から真っ赤な鮮血がドロドロと流れ出る。

「な、なんだよこれ……」

「死体だよ。見れば分かるだろう?」

 飄々と語る男は、みすぼらしいTシャツにボロボロのジーンズという出で立ちの男だった。例の殺人鬼だ。

「なんだ、コイツお前の友達か? だったら悪い事をしたな。お詫びにお前も殺してやるよ」

 凄惨に笑みを浮かべると、のらりくらりとした歩調で右腕から滴る血を道端に垂らしながら距離を詰める。

 呆然と立ち尽くす涼は呆気なく目前に迫る殺人鬼に何の反応も示さない。

 目の前の光景があまりにも衝撃的だった事から、混乱し、立ち尽くすしかないのだ。

「ヘタレやがって、あの世で仲良く暮らすといい」

 そう言うと血に濡れた右腕を振りかざし、拳を握ると涼目掛けて放った。

 真っ直ぐ放たれた拳は涼の顔面目掛けて突っ込んできた。しかし、目前に迫ったところでスっと手首を捕まれる。その瞬間だった、殺人鬼の視界は上下逆転し、腹部に重い衝撃を食らわされる羽目となった。

「ぐふっ!」

 鈍い声を上げながら、数メートルほど転がる。

 腹部を抱え、怪訝そうに涼を睨みつける。

「許さない……ただで済ましてなるものか!」

 怒り心頭の涼は眉間に皺を寄せ、ギリギリと歯軋りをしながら殺人鬼を睨み返す。

 あまりの迫力に飲まれた事で、竦み上がった男はビクッと身体を震わせる。その瞬間、涼は男との距離を瞬く間に詰める。体勢を低くして詰め寄ったので、片膝立ちの男の視線と自身の視線を合わせる。目前に迫る涼にギョッとした男の僅かに上向いた下顎目掛けて掌底を食らわす。

 頭から吹っ飛びアスファルトに全身をぶつけながら転がり回る。

 未だ味わった事のない痛みに慟哭しながらも素早く体勢を立て直す。しかし、男の速度を上回る勢いで接近する涼は立ち上がった瞬間を狙って腹部に一撃、うずくまって下を向く顔面にアッパーで一撃、そして上半身目掛けて連続で蹴りを入れる。

 反撃も立ち直る隙もない責め立てに、フラフラと後退ると、挙句の果てにしりもちをついて、うなだれる。

「……何者だ、お前は!?」

 肩で息をしながら、怒りの形相で涼を睨めつける。

「アンタに名乗るような名前はない」

 冷たくあしらった涼はそのまま男の真正面に立ち、

「ほら、立てよ化け物。退治してやるよ」

 冷淡に吐き捨てる。

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