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碧き流星の煌めき  作者: 井嶋勇助
第七章
26/33

《二》

 陽介と殺人鬼の戦いは続き、防戦一方の陽介は繰り出される攻撃を必死に避ける。手加減なく拳や蹴りを入れるため、塀にや電柱は砕かれる。

「少しは手加減しろよ……」

「……はっはー、できねえ相談だな」

 狂いに狂った笑みを浮かべながら、さらに攻撃を繰り出す。飛び込み前転の要領で避ける。その攻撃を食らったのは陽介がもたれかかっていた民家の軒先に立つ門扉だった。男は容赦なく蹴り破る。金属製でもお構いなしの破壊力、これを目の当たりにしては戦慄するほかなく、生唾を飲み込んだ。

「おっかねぇ……」

 一撃でも食らってしまえばその部位は潰れてしまうだろう。そんな破壊力を持つ男を正面に臨戦態勢といわんばかりに構える。とはいえ、恐怖心は誤魔化せず、腰は引け、みっともない格好になってしまう。そんな彼を嘲笑うように凄惨な笑みを絶やさない。

 この後また彼らの戦闘は続いた。しかし、陽介は防戦一方で、何とか攻撃をかわす事しか出来ていない。対する男の方はまるで玩具で遊ぶように楽しげに笑いながら責め立てる。息も絶え絶えで必死に転げ回る陽介を滑稽に思うのか、それを楽しむようにわざと避けやすい攻撃を繰り出す。無論それでも電柱や塀を容易く壊す程の破壊力ではあった。

 そんな特殊な状況で幸いだった。偶然にも付近を歩いていた渡にその居場所を知らせる事となった。

 駆けつけた渡は、息も絶え絶えで必死に攻撃を避ける陽介の目の前に立ち塞がる。

「渡……」

「お疲れ様です。ここからは俺が相手しますよ」

 渡は男の目の前に立ち不敵に笑みを浮かべる。すると先手必勝と言わんばかりに顔面目掛けて頭突きをかました。突然の事で呆気に取られる。

 そこから激闘が始まるのかと思いきや、すぐに別方向へ駆け出した。

「かかってこい化け物!」

 挑発でもしているのか、相手を煽りながら走り出した。

「へえ、何か狙いがあるのかな」

 感心した様子で渡を見据える。陽介に対して興味を失ったのか、目の前で息を切らす彼に構わず、渡の方を追いかける。自分自身が圧倒的に強いことを自覚しているのか、向きになって追いかけ回そうとせず、そのまま歩いて後をつける。

 二人の姿が見えなくなったところでゆっくりと立ち上がる。

 散々痛めつけられ、身体中傷だらけだった。尋常じゃない痛みから立っているのもままならない。おぼつかない足取りでフラフラと動くも、すぐさま膝が震えてうなだれるように地面に膝をついてしまう。

「足に力入んねえや……」

 何とか破壊されずに済んだ塀に身体を預ける。立ち歩く気力はなく、そのまましばらく休む事にした。

 一連の騒動から、付近の住民が警察に連絡したのか、陽介の身柄は無事保護された事になった。


 一方で渡は全力で駆け回っていた。そして、殺人鬼の方は付かず離れず渡を見失わない程度の距離を保ちながらのらりくらりと追い続ける。

「もうそろそろか……」

 走りながら、後方に目を向ける。相手が追ってきている事を確認すると、そのまま工場跡地へ侵入する。

 当てもなく逃げ回っていたわけではなく、男を工場跡地に誘い込むために走り回っていたのだ。しかし、男が簡単にその誘いに釣られてきた事に一抹の不安を抱く。妙に上手く行きすぎていた。あまりにも思惑通りに事が進みすぎている。

「お前ら、持ち場につけ!」

 とはいえ、作戦は既に始まっており、男を誘いこんでしまってはここで手を止めるわけには行かないのだ。

 建物の隙間、路地裏の小さなスペースに仲間が鉄パイプや金属バットを手に持ち、待ち構える。闇夜に紛れ、まんまと路地裏に入った男を袋叩きにするつもりなのだ。渡もまた金属バットを携える。

 我ながら単純な作戦だと呆れるものの、これに引っかかる男もまた考えなしにも程がある。そんな事を思いながら待ち構える。すると件の男はまんまと罠にかかってくれた。

 周囲を警戒する素振りなど見せず、不気味にもゆったりとした歩調で進む。男が路地裏に入ってきたところで、すかさず暴走族の男たちは持ってる武器を振り回した。不気味な程に綺麗に作戦はハマった。各々の武器は見事命中する。打たれた男は思わず悲鳴を上げる。けたたましい悲鳴が工場内に響き渡る。

 普通の人間ならば一撃でも頭に打たれれば失神、下手すれば命だって落としかねない。そんな打撃を頭部に限らず、全身に受ける。悲痛な叫び声を上げる男に一切構わず攻撃は続いた。

 結局、息を切らすまでバットや鉄パイプを振り下ろし続けた。最終的に男は身体中から血を流しながらうつ伏せに倒れていた。男はピクリとも動かなくなった。

「やったか?」

 そうつぶやきながら頭部を軽く蹴った。常人ならば跡形もなく無惨な肉塊になっている状況であろう。しかし、男は血を流す事はあっても、その身を惨い形に変える事はなかった。

 妙に頑丈だった。男の状態に比べ、パイプやバットの状態の方が悪かった。バットもパイプも異様に凹んだり折れたりしていたのだ。その時点で気付くべきだった、この男から手を引くべきだと。

 蹴られた衝撃で目を覚ましたのか、男はすぐさま動き出した。地に手を付き、ゆっくりと立ち上がった。

 不気味に笑みを浮かべていた男だったが、今回ばかりは呻き声を上げながら苦悶の表情を浮かべていた。しかし、そんな表情は一変し、眉間に皺を寄せ、見るからに怒りに満ちた表情に様変わりした。

「さすがに今のは効いた……」

 常識的に考えれば、立ち上がるどころか、人間としての体裁を保つ事すら難しいはずだが、まるで意にも介さないと言わんばかりだ。渡を含め、取り巻きの五人は思わず後退る。

「なんだよ、これで死なねえのかよ……」

 顔をひきつらせながら苦笑する。

 獲物の狙いでも定めているのか、周囲の六人を一瞥する。蛇に睨まれた蛙のように、腰が引けてしまう。武器を持ち、構えるものの、震えてしまう。

「まずは一人か」

 男は不意にそうつぶやくと、渡の隣に立っていた仲間の首が真後ろに曲がって、そのまま倒れた。

 殴るか蹴るかされたのだろう、しかし、その攻撃を認識できなかった。

 仲間が倒れた事で取り巻きの数名は恐怖のあまり、悲鳴を上げる。渡もまた恐怖のあまり膝が震え、持っていたバットを握る気力すらもなかった。腰を抜かし、狭い路地裏の壁に寄りかかる。たった数メートルでもいいから少しでも距離を置きたかった。

 男は周りの事などお構いなしに、倒れた男に近寄る。首が真後ろに折れ、息をしていなかった。死体の頭に手を伸ばすとそのまま引きちぎって噛み付いた。まるで人間がリンゴに齧り付くかのような素振りだった。

 この男からすれば、人間など捕食対象でしかないのだ。男が人間を貪る姿を見て、彼らは気付いた。自分たちが手に負える相手ではない事、そして、自分たちこそ奴の標的だという事を。

 辺りに血飛沫を飛ばしながら(ほふ)る姿に恐怖のあまりに気を失うものや泣き叫んで発狂する者がほとんどだった。辛うじて意識を保っていられた渡もまた、意識だけある状態でその場にへたり込んでいた。

 野生動物ならば、食事中など隙だらけで格好の餌食になるものだが、その間、その男に手を出せる者は一人もいなかった。

 いつしか、発狂する者も泣き疲れたのか、そのままうなだれるように倒れ呻き声を上げるようになる。男の咀嚼音と、微かに聞こえる仲間の呻き声しかしない妙な空間の出来上がりだ。そんな中だ、携帯電話らしきものの音が鳴るのだった。工場跡地で今ではもう機械の駆動音すら聞こえないはずで、そこから人工物の音が鳴るだなんて妙な話だ。仲間の誰かが鳴らしたものではないようで、路地裏からは少し離れた距離から聞こえた。その音に殺人鬼は手を止め、周囲を見渡す。渡達が鳴らした音ではない事を即座に認識すると、おもむろに立ち上がる。

「人を呼ばれると厄介だな」

 そう言うと、男はその場でしゃがみこんだ。力んでいるのか、大腿部は異様に膨らみ始める。ある程度力を貯めたところで、そのまま跳躍する。しかし、人間がその場で跳躍するのとはレベルが違った。数十センチどころではなく、数メートル、十数メートル程の跳躍を見せる。

 一度はその身体能力の高さに驚くものの、化け物がこの場から去ってくれた事にほっとしてしまう。

 今までの人生では経験したことのないものだった。暴走族に所属しているため、人生で喧嘩の類は何度もしてきた。しかし、これ程の力量差を見せつけられる事など初めてだった。屈辱感、安心感、恐怖心、様々な感情が溢れる。

「……情けねえ」

 静かにそうつぶやくと、顔を伏せて涙を流す。

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