表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧き流星の煌めき  作者: 井嶋勇助
第七章
25/33

《一》

 渡率いる暴走族数名と陽介は分散して街を練り歩く。いわゆる人海戦術だ。目標を見つけるにはやはり、固まって動くよりは分散した方が効率的だった。もちろん、相手は現在まで何人も人を殺している殺人鬼だ。喧嘩慣れした男とはいえ、一人で相手をするには荷が重い。見つけたら渡に連絡するよう支持を受けていた。無論それは渡がこの集団の中で最も喧嘩に強いからだった。

 何とも程度の低い作戦なんだ、と呆れながらもそれに従う。

 陽介は工場地帯から最も距離の近かったショッピングモールを探す事にした。人が集まるのなら店内だろうと思い、即刻入口へ向かう。

 同時に陽介を探して街を駆け回っていた瑞希もショッピングモールへ向かっていた。そんな二人が鉢合わせるのにそれほど時間はかからなかった。

 周囲の日は落ち、六時を回った頃だった。人通りはそれほど多くない。時間も時間だけに店内にもそれほど人はいないのだろうか、と思いながら付近を歩く。

 そんな陽介が突き当たりを曲がろうとしたら瑞希が姿を現した。

「うおっ瑞希じゃないか!」

「陽介くん!」

 ばったりと鉢合わせた二人。そこからの動きは瑞希が早く、即刻胸ぐらを掴んで陽介の高い図身体を自分の顔の高さまで引き寄せる。

「馬鹿、何でこんなに危ない事するの!?」

 短気ですぐに声を荒らげる瑞希だったが、今回の怒りの剣幕は普段の比じゃなかった。目元は赤く腫れ、口元はぐちゃぐちゃと歪んでおり、声を震わせながら大声で叱責する。

「殺人鬼を追うだなんて、馬鹿なことやめてよ。そんなのあんたや街の不良がどうこうできることじゃないって……警察を頼ればいいじゃない」

 今度は涙を流しながら縋るように詰め寄る。

「警察は駄目なんだ。犯人の検討はついてない」

 瑞希の肩に手を乗せ、諭すように淡々と話す。

「新島の事は知ってるだろう? これは幻想なんかじゃないし、遠くの地域の話じゃない。お前だって他人事じゃないんだ。下手したら町中の人間が死んじまう……。俺にはお前がいなくなるだなんて考えたくない」

 普段は素っ気なく突き放す陽介の言葉とは思えなかった。しかし、あまりにも切羽詰まった口ぶりで、それを口から出任せで軽々しく一蹴する事はできなかった。

「だったら、私があなたを――」

 瑞希が何か話そうとした瞬間だった。建物の影からこちらを見据える人影が見えた。闇夜に紛れて獲物を狙う肉食動物のようにこちらを見つめており、今にも飛びかかりそうな身体勢をしていた。

 案の定、そいつはこちらへ飛びかかってきた。幸い陽介は直前に認識できたため、瑞希に覆い被さるよう身を伏せる。

 飛びかかった奴はそのまま道路に直撃して鈍い音を立てる。すぐさま姿勢を直して、後方へ身体を向ける。

 ボサボサと乱れた頭髪、洗っていないのか垢にまみれて皮膚も荒れており、服装は所々糸もほつれ、破けているところもあった。全体的にみすぼらしい風体をした男で、そいつはゆったりと立ち上がり、こちらに向き直る。

 男の足元を見ると、アスファルトは見事に陥没しており、月面のクレーターのように凹んでいた。当然この男が突っ込んでできたものだ。

 男の身なりから浮浪者の快楽殺人鬼かと思い込んでいたが、目の前の惨状がそんなに生易しいものではないことを物語っている。陽介は背筋に悪寒が走り、思わず後退る。同様に傍らの瑞希も目の前の現象から恐怖で縮み上がったしまった。

「足場が悪かったかな、避けられたのは二回目だ」

 心底面倒くさそうに、ため息混じりにうんざりとした様子で歩き出す。足を動かす度に身体を左右に揺らしながらゆったりとした様子だった。

 両の眼で二人を見据えて、ゆっくりと近づく。

 陽介は瑞希を庇いながら後退る。そして、

「逃げるぞ」

 と耳打ちすると、すぐさま瑞希を抱えて駆け出す。腰の引けた彼女が満足に走れるとは思えなかったためにそのような行動を起こした。

 人を抱えて走るのは初めてだった。しかし、火事場の馬鹿力とでも言うのか、軽々と抱えて走る事ができ、全速力で逃げる。

 男はすぐに追いかけるでもなく、その場で不敵に笑みを浮かべながら見つめていた。しかし、見逃すつもりはなかったのか、ゆっくりと歩き出して、二人が逃げ出した方へ向かった。


 ある程度の距離を走ったところで、瑞希を下ろし、二人で逃げるように走った。そんな二人を滑稽に思ったのか不気味に笑い声を上げながらしゃがむ。すると異様に足を膨らませ、ほつれてボロボロになったジーンズが破裂しそうになるほどパンパンに膨らむ。溜め込んだ力を解き放ち、天高く飛び上がる。

 陽介が走る先を目掛けて飛び上がった。その軌道は綺麗な放物線を描いた。先程は頭からアスファルトに飛びかかったが、今度は綺麗に着地する。

 先程まで後方にいた男が着地による轟音と共に突然目の前に現れる。陽介は身構え、瑞希は恐怖のあまり腰を抜かし、悲鳴を上げる。

「みすみす獲物を逃すわけないだろうに……」

 不敵に笑みを浮かべながらゆっくりと歩く。老人並の速度だったが、着実に距離は詰められており、瑞希は恐怖のあまり過呼吸を起こす。

 陽介は身構えながら呼吸を整えると、

「お前は逃げろ!」

 と叫び、男に飛びかかる。男は防御するわけでもなく、身構える素振りも見せずそのまま突き飛ばされる。

 瑞希は泣き叫びながら駆け出した。

「邪魔だ!」

 男は上に被さる陽介の顎を掴み、跳ね除ける。布団を退けるかのように軽々とした動きだった。

 格闘技経験があった陽介はすぐに自身とあの男との力量の差を察知してしまう。白帯と黒帯どころじゃなかった。小動物と大型肉食獣程の差がある。

「さっき避けたのは偶然だったみたいだね。君はそこいらの人間と大して変わらない」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。まあいいや、相手してやるよ」

 男は不気味に笑いながら詰め寄る。こちらを明らかに格下に思っているのか、フラフラとおぼつかない歩調だった。

 簡単に命を奪われかねない状況で恐怖のあまり身体は震え出す。膝はガクガクと震え、立つ事さえ満足にできない。その様子が面白いのか、男はより一層、不気味に笑い出す。

「無理しちゃって」

「煽ってやがる」

 遂に男は腕が届く距離まで来た。そのままゆっくりと腕を伸ばす。そんな隙だらけの動きを見逃さなかった。一呼吸で心身を整え、素早く伸びた腕を掴む。そこからの動きは滑らかで、そのまま綺麗な背負い投げを決める。

 硬いアスファルトに身体をぶつけ、受け身も取らなかった事から鈍い音が鳴る。

「…………」

 何が起こったか分からないといった様子で惚けたまま横たわる。男の腕を離し、距離を取る。

「厄介な使い手だな」

 男はそうつぶやくと腰をさすりながら立ち上がる。これもまたゆっくりとした動きだった。すかさず、後頭部めがけて蹴りを入れる。間抜けにも見える程綺麗に塀に顔をぶつける。

 不気味にも蹴られた男はそこから身動ぎ一つせず、そのまま倒れ伏す。思い切り蹴ったため、脳震盪(のうしんとう)でも起こし、意識を失ったのかと思いながら恐る恐る近寄る。しかし、そう都合よく行かなかった。機敏な動きで地面に手を付き、身体を起こした。今度は先程まで浮かべていた薄ら笑いなどなりを潜めて、真顔で立ち上がった。

 立ち上がった男はそこから距離を詰めるでもなく、飛びかかるでもなく、そのまま陽介を静かに見つめる。喜怒哀楽どの表情でもなく、感情の見えない真顔で見つめる。

 痺れを切らし、拳を振り抜く。ノーガードで攻撃を食らっていた男だったが、今回は振り抜かれた拳をすんでのところで掴み取る。

「なに!?」

 異変を感じた陽介だったが、拳を下げようとする前に男がカウンターで拳をぶつける。ノーモーションで左頬目掛けてかましてきた。

 勢いをつけて殴ったわけではなく、腕の力だけで振り抜いたものだった。しかし、その威力は凄まじい物で、陽介はそのまま吹き飛び、反対方向の塀に身体をぶつけた。

「……痛てぇ……」

 顔を抑えながらヨロヨロと力なく身体を起こす。視界は定まらず、身体に力が入らなかった。たった一撃の攻撃だ。しかも相手からすれば軽いパンチだっただろう。しかし、食らった陽介は頭から血を流し、満足に身体を動かす事もできない。人間相手の喧嘩ではこんな事など決して起こらないだろう。そんな状況下で人智を超えた身体能力を誇るこの男に対する恐怖が蘇る。

 命を奪われかねない恐怖、抵抗する事すらできない恐怖から身体を震わせながら後退る。そんな彼を見て、男はまた不敵な笑みを浮かべる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ