《一》
夏休みも末頃、九月の中頃だ。
陽介は瑞希と共に近所の喫茶店で時間を潰していた。この頃にもなると陽介も宿題を終えられたようで、何のしがらみもなく夏休みを過ごせていた。
陽介は天井を仰ぎながら物思いにふける。
「今週で夏休みも終わりか……」
「そうね、もうちょっと遊びたかったなぁ」
瑞希はカフェラテをすすりながら言った。嫌味ったらしく目を合わせず、淡々とつぶやいた。
「……悪かったよ」
何度か遊びに誘われていたが、宿題や予備校を理由に断ってきた。
「あーあ、せっかく付き合ってるってのに夏休み全然満喫できなかったな」
ますます体を縮こませる。
今日も今日とてデートなのだが、あいにく手持ちが少なく、満足に遊ぶ事もできない。喫茶店でも安いコーヒーしか頼めず、味気ない事この上ない。
「そうだ! この間、月島涼くんに会ったよ」
「そうなの?」
先程まで薄ぼんやりと天井を見つめるか、申し訳なさそうに顔を俯けるのみだったが、涼の話題を出した瞬間、目の色を変えて食いついた。
「変な男に絡まれたのを助けてもらったのよね」
「そんな事があったの? でもさすがだな」
自動車に轢かれそうになった子供を助ける現場に居合わせただけに、そんな彼の行動に感心するも驚くことはなかった。
「君が彼に入れ込むのも分かる気がする。気さくでいい人だもんね」
「まあな」
嬉しそうにそう答える彼を見て、瑞希もまた微笑む。
「彼の方が私の事を大切にしてくれそうだし、彼に乗り換えようかなー」
「なっ……お前、そうやって人を試すようなことするなよ」
惨めにも動揺してしまい、情けない事を口走る。そんな陽介を見て、勝ち誇ったようにドヤ顔をしてみせる。
「冗談だってば」
悪戯っぽく得意げに笑みを浮かべる。
所持金も心許ないので、他に出かける事もできず、喫茶店で他愛もない話をしながら時間を潰す。
夕方頃になってからだ、唐突に陽介の持っているスマホが鳴った。
「陽介さん、今日の夜って空いてます?」
渡からの連絡だった。
結局、二人は連続殺人鬼を追う事にしていた。何かしら手がかりを掴んだようで連絡を寄越したのだろう。
「ああ、空いてるよ。何か手がかりでも?」
「ええ、そんなところです」
例の殺人鬼の根城を突き止めた。渡は淡々とそう言うと、近辺の工場跡地を集合場所にしようと告げる。渡の他にも彼の信頼する人間を数名連れてくると述べる。暴走族の仲間なのだろう。
「ありがとう。すぐ行く」
そう言うと通話を切った。
「用事ができた。今日のデートはこれでお開きだ」
陽介は荷物をまとめながら告げる。
「待って。さっきの電話って例の殺人鬼関係の話?」
瑞希は苦悶の表情を浮かべながら見つめる。
「お前には関係ないよ」
「関係なくないよ!」
声を荒らげてテーブルに手を着く。目を合わせようとしなかった陽介だったが、彼女の怒号に思わず手を止める。
「危険だからやめてよ」
「……いや、それはできない」
一通り荷物をまとめるとそそくさと、店を出ようと立ち上がる。
「ま、待ってよ!」
瑞希の制止を気にもとめず、店を後にする。
早歩きで店を出ていき、集合場所へ向かう。瑞希の方は陽介に代わって会計を済ませる。そして、彼を追って店を出る。
引き留めようとすぐに店を出たのだが、見失ってしまった。どうも彼も急いでいたらしく、店を出るなりどこかへ駆け出したらしい。
「早まった事しないでよね」
変な焦燥から胸の鼓動が早くなるのが分かった。陽介がどこへ向かったか検討はつかない。考えるより早く、その足は動いた。
結局瑞希もまた渦中に巻き込まれるのだ。




