《六》
先程会話した流れで、二人は並んでスーパーを歩き回る。瑞希の方が一方的に涼を気に入った様子で、彼に引っ付いているのだ。
こんな現場を陽介に見られたらどうなるのだろうか、と内心不安を抱えながら買い物に勤しむ。瑞希の手には母親から渡されたであろう買い物のメモが握られていた。
「今日は親にお使い頼まれたの?」
「そうなの! こんな暑い日にやめて欲しいよ。しかも変な輩に絡まれるし……」
心底うんざりした様子で、両手を上げてみせる。真夏の猛暑で気温は暑く、さらに屈強で派手髪の男にナンパされたのだ。気分が滅入るのもよく分かる。
「よくよく考えたら君が来なかったら私どうなってたんだろう。まさか連れ去られてたりして?」
「えらくゾッとすることを朗らかに話すもんだね……まあ、俺が来なくても連れ去られるなんてことはないと思うよ。きっと誰かが警察呼んでくれたりするだろうし、なんだかんだ君も上手いこと逃げ切りそうだけどね」
「そうなのかな?」
何はともあれ酷いことにならなくてよかったよ、とつぶやいた。
「それにしても、君って結構さっきみたいなの慣れてるの?」
「さっきの……まあ、小さい頃におじいちゃんから手ほどきは受けたよ」
夏休みや冬休みといった長期休暇の間、山に連れられ、しごかれた。何かしらの格闘技とか護身術だ。涼自身もどういった種目か分かっていなかった。そんな正体不明な格闘技を祖父に叩き込まれ、時には野生動物を組手相手にして鍛えられた。
そんなことを思い起こすと、途端に気分が悪くなる。現実離れした漫画のような修行だった。
「でもなぁ、陽介くんも格闘技やってたみたいだけど、さっきみたいなシチュエーションであんなに綺麗に技を決められてなかったな」
「……随分と物騒なことが起きるんだね」
朗らかに話しているものの、知らない男に絡まれて取っ組み合いになることなどそうそうないはずだ。
「この間ね、いわゆる半グレの人達に絡まれてる同級生がいてね、陽介くんは彼を助けようとしたのよ。だけど、それこそ子供の喧嘩みたいで取っ組み合いだったよ」
事の顛末をスーパーを歩き回りながら聞いた。どうも世間では一部の暴走族が人探しか何かで聞き込みを行っているそうだ。
経緯を聞いている最中に会計を済ませ、買い物袋に荷物を片付ける。
荷物を手に取りながら、以前涼が聞いたガラの悪い不良グループの話題に酷似していたことが脳裏を過ぎった。
物思いに耽ってあれこれ考えていると、瑞希の方はふと何かを思い出したのか、ハッとした様子でこちらに顔を向ける。ちょうど荷物を仕舞い終えて、店を後にする頃だった。
「そうだ! その暴走族のリーダー格が君と顔立ちがよく似てたんだよね。もしかして、知り合いだったりするの?」
暴走族という単語は否応なく渡と結びつけてしまう。実際、弟絡みで涼自身もその手の輩と関わることは少なからずあった。
「確か渡さんって呼ばれてたのよね……」
「……たぶん俺の弟だと思う」
一番知りたくなかった情報だった。渡が暴走族に所属していることは世間話から容易に推測できた。そして、何かしらの不良グループが不審な男を追っている話題も聞くことがあった。しかし、その二つの話題をどうしても結びつけたくなかった。
知りたくもなかった話題を聞かされ、気が気でない。そんな彼に構わずさらに話を進める。
近頃渡と陽介が結託して、その不審な男を追っている話題だった。
瑞希自身、メディアを通してその男の危険性を漠然と察していた。それだけに自分の彼氏が渦中に飛び込むことに我慢ならなかった。
「……あの、大丈夫?」
我慢の限界だった。気付けば眉間に皺が寄っており、表情は険しくなっていた。
男の危険性には誰よりも理解があった。人智を超えた身体能力、簡単に他人の命を奪える凶悪性、あの二人が対抗できるはずがなかった。
穏やかな雰囲気のあった涼が一気に神妙な顔つきになった。そんな彼の変化から瑞希は心配そうに視線を送る。
「大丈夫だよ。日笠くんにもしもの事はないから」
「えっ?」
涼は瑞希の肩に手を乗せる。
「あの男は俺が何とかする。だから安心して、君の彼氏に危険は及ばないさ」
表情を一変させ、穏やかに微笑みつつ語りかける。すると、ニコッと笑って見せる。




