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碧き流星の煌めき  作者: 井嶋勇助
第五章
20/33

《五》

 夏休み最後の週のことだ。

 外は気温が三〇度を軽く回っており、相変わらず猛暑が続いている。そんな最中、涼は快適なリビングでくつろぎながらのんびりとラジオを聞く。インディーズの聞き馴染みのないロックバンドの曲が流れている。

 昼過ぎでそろそろ夕方になる頃、小腹が空いてきた。おもむろに立ち上がり、何かないかなと冷蔵庫を開ける。期待ははずれ、見事に食材はなくなっており、間食どころか夕飯すらも用意できない始末だった。

 月島家は両親不在のため、日々の食事は涼が作ることになっている。稀に店屋物を宅配してもらうこともあるが、なるべく健康のためにも手作りするようを意識している。

 買い物袋を持ち、すぐさま出かける。

 食品スーパーは比較的近所にあるため、歩いて向かうことにした。


 近頃、渡があまり自分に構ってくれない。朝早くから家を出るとしばらく戻らないことが多いのだ。そのため自分に内緒で悪さでもしているのではないかと内心気が気でない。違法薬物だったり集団での性犯罪だったりと様々な憶測がたつ。高校進学を境にどんどん見た目が変化する。金髪だなんて本来高校生がするような格好ではないのだ。

 涼自身、彼の悪評を耳にすることがある。もちろん非合法的な意味合いのものでだ。いわゆる暴走族の類に所属していることも認知している。何度か警察署から連絡が入ることもあった。そんなグレてしまった弟だが、なんだかんだ決まった時間に家に帰ってくるのだ。兄である涼に対して暴力を振るったり、暴言を吐くことも滅多にない。そんな弟が近頃家を留守にすることが増えたのだ。そのため今回に関してはまさか隠れて変な薬にでも手を出していないだろうか、とあれこれ考えてしまう。

「よくないな、過保護も……」

 小さくつぶやく。

 思春期で多感な時期なのだ。時折親元、もとい家族から離れたくなることもあるだろう。現実問題それほど悲観することでもないのだ。

 そうやって心のどこかで冷静に分析している涼自身もいる。

 しかし、不安を感じてもしかすると自分が構いすぎてグレてしまったのかもしれないと的はずれな予想を立てたりもする。

 思考は堂々巡りだ。

 あれこれ考えていると余計なことまで紐づいて思い出してしまう。以前街の不良が徒党を組んでいるという話を聞いたことだ。近頃話題の連続殺人鬼を追っているという噂話だ。そんな噂をしていた同級生を問い詰めたところ大した情報は得られなかった。ヤクザの大人が指揮しつつ、警察と連携を取りながら街の暴走族を取り込みつつ追っているとか漫画やドラマみたいな妄想の話だった。

 根も葉もない噂話なのだが、万が一その通りだったら弟の渡もそんな危険な活動をしているのではないかと不安に駆られる。たった一人の大事な弟なだけにそんな危険な行動を起こしては欲しくない。ましてそんな馬鹿なことをして命を落とされたら大変だ。涼自身その後何をしでかすか考えるだけで冷や汗ものだ。

 あれこれ空想を繰り広げるものの、結局根も葉もない噂なのだから気にするだけ無駄なのだ思うことにした。

 しかし、現実問題その根も葉もない噂話もあながち間違いではないのだ。

 極道まで介入するほどではないようだが、渡自身が主導で殺人鬼を追っている。残念なことに涼の懸念はおおよそ的中していた。彼自身半ば冗談だと思いつつあった話だったが、間もなくそれが現実の話だと認識することになる。


 いつの間にかスーパーに到着していた。

「触らないで!」

 唐突に甲高い悲鳴にも似た女性の声が聞こえた。

 食品スーパーに到着し、暑い中歩いてきたので中で涼もうと意気揚々と入口に来たところで聞こえた。

 スーパーの裏手の方から聞こえたので、何かと思い恐る恐る近づく。

 影になっている裏路地で若い女性と若い男性が何やら口論をしていたらしい。

 男性の方は金髪を疎らに散りばめた今流行っているメッシュで仕上げている。首元から金のネックレスを下げ、涼し気なタンクトップという出で立ちをしていた。女性の方はおかっぱで半袖のシャツにショートパンツという至って普通の装いをしていた。

「そういうのマジで迷惑!」

『冷てえこと言うなよ。いいじゃんか』

 男は女に詰め寄る。後ずさりする女性。

 そんな女性の手をつかもうと腕を伸ばした。そこで涼は咄嗟に腕を掴んで既のところで止める。

「嫌がってるでしょ?」

 短くそういうと、男は掴まれた腕を振りほどこうと揺すった。しかし、涼の方はその腕を離さず、むしろ余計に強く握る。

『あ? 離せよ……』

 派手髪の男は目付き鋭く睨めつける。対する涼は呆れ返ったように冷めた視線で男を見据え、嘲笑するように口元を歪ませ、

「そういうの、今どき流行らないですよ?」

 とつぶやく。すると男は顔を赤くして早口で聞き取れない罵詈雑言を怒鳴り散らす。そして、あろうことか空いている左手で殴りかかった。涼は顔色一つ変えずに拳を掴み取り、あっという間に男を地面に組み伏せる。

 なにが起こったのか分からない様子で、男は呆然と押さえつけられていた。ハッと気がつくと、一度振りほどこうと身をよじったりするも思うように動けないようで、下唇を噛み締める。やがて諦めたのか、降参だと喚く。

 否応なく力の差を見せつけられたという様子だった。

「はいはい」

 呆れたようにため息をつきながらそうつぶやくと、素直に拘束を解く。派手髪の男から離れ、迫られていた女性の前に立つ。もの欲しそうに女性を見てから涼を怒りの形相で睨みつけると、置き土産といわんばかりに舌打ちをしてからその場を立ち去る。


「あ、ありがとう。助かりました。なんかしつこいナンパされちゃってて……」

 興奮気味に肩を震わせながら、安堵した様子で笑顔を浮かべながら礼を言う。

「無事でなによりです。護身術習っててよかったです」

 埃を払うような素振りを見せながら答える。そんな彼の顔を見るなり、女性はハッとした様子で、口元に手を当てる。

「ねえ、前に夏祭りでお会いませんでしたっけ?」

「……そうでしたっけ?」

 皆目見当もつかない、口元に手を当てて首を傾げる。そのまま女性の顔をしばらく見つめる。

 猫のように大きな瞳をしており、白くきらめく美しい肌、日本人にしては高い鼻と綺麗な口元が小さな顔に絶妙なバランスで収まっていた。大層華麗な顔立ちだったので、これはナンパされるのも無理ないだろう。

 まじまじと見つめていたわけで、女性の方は次第に頬を赤らめ、視線を逸らす。そんな様子にさすがに非常識だと察した涼もまた目を泳がせ、ごめんなさい、とつぶやく。

 そういえば、以前浴衣のよく似合う美人さんが通りがかったような気がする。漠然とした記憶だった。

「もしかして、日笠くんの彼女さん?」

 確認するよう尋ねる。

「そうそう! 日笠くんの彼女。私、長瀬瑞希って言います」

 よろしく、と握手を求める。どうやら正解だったらしい。涼もよろしくと返し、握手に応じた。

「涼くんだっけ? 陽介くんもかなり気に入ってたみたいでよく話してくれてたよ。すごい人だって言ってた」

 名乗った覚えはなかったが、陽介から聞いたのか、向こうは知っていたようで勝手に話を進めていった。

「漫画のヒーローみたいだって言ってたけど本当にそうだね、驚いちゃった。あんなに鮮やかに取り押さえちゃうんだもん、その通りだね!」

「やめてくれよ。恥ずかしいじゃないか」

 照れくさそうにはにかむ。

「さっき護身術習ってたって言ってたけど、空手とか柔道でも習ってたの?」

「……そうだね、そんな感じ」

 明らかにしどろもどろな様子で答える。空手や柔道の教室似通っていたわけではないのだ。

 流派は不明、競技にもなっていない格闘技など、どう説明するのだ。そんな事を思いながら、愛想笑いを続ける。

「なんかはっきりしない言い方だね、もしかして秘密の特訓とかそんな事?」

「なんだよ、その小学生がやりそうな楽しそうな遊びは……」

 唖然とした様子でつぶやく。

「じゃあ海外独自で発祥した格闘技とか?」

「いや、師範は日本人だし、起源も日本だと思う」

 師範は涼の祖父である。小学生の頃に山に籠って叩き込まれたのだ。

「じゃあ異種格闘技だ!」

「それは試合の名前だと思うよ……」

 いつの間にかクイズ大会になっていた。

「じゃあ何て競技?」

「さあ、なんだろうね。実は俺も分かってないんだよね。おじいちゃんに山で叩き込まれただけだし」

「何それ、それこそ小学生が喜びそうじゃん」

 瑞希は快活に笑いながら言った。

「涼くんって結構面白いね。陽介くんとは大違い」

「へえ、彼ってそんな面白くないの? 俺より面白おかしく話せそうな雰囲気あるけど」

 いかにもクラスの中心でユーモアに溢れた会話劇をしそうな風貌だ。

「たぶん、男同士ならそうだと思う。すごく楽しそうに話してたし」

 不満げに顔をしかめながら毒づく。

「私と喋る時なんか持ち前のウィットに富んだユーモアのある話術なんて発揮しないよ。ぶっきらぼうに携帯ばっかり触ってる」

「おっと、随分な扱いだ……」

 本当は嫌われてるんじゃないかと思ったが、何も言わず、黙って話を聞く。

「相槌も最近素っ気ないし、やんなっちゃうな」

 これは本当に嫌われていそうなきらいがある。涼が彼と話す限りでは、爽やかで気さくな好青年としか思えなかった。

 他人の女性遍歴ほど闇が深いものはないのだろう。そんな事を思いながら苦笑する。

「照れ隠しなんじゃないの? 俺が話してる限りはそんなに悪い人じゃないと思うし」

「そっか、そうなのかな」

 上手い落とし所に収まったらしい。自分との会話で一つの男女が別れるなんて後味が悪いことをしたくなかったのだ。ほっとした涼は胸を撫で下ろす。

「そうよね、この間も風邪ひいた私のためにお見舞いに来てくれたし、なんだかんだデートにも来てくれるし、私の思い過ごしよね?」

「……そうだと思うよ」

 他人の惚気話ほど退屈なものはない。必死にそんな気持ちを推し殺そうと、ぎこちなく笑顔を浮かべて答える。

「最近向こうがマンネリだと思ってるのかと思って必死に構ってたのが成功したのかな。だとしたらちょっと嬉しいな」

 照れくさそうに頬を赤く染める。

「でもやっぱ恋愛って追うより追われる方が楽なのかな。陽介くんと付き合ったのも私が告白したのがきっかけだし、私ばっかヤキモキしちゃってる」

「…………」

 一人でつらつらと話し出す瑞希を黙って眺める。まだやってるよ、と内心呆れながらも愛想笑いだけは続ける。

 ひとしきり話して満足したのか、買い物しなきゃ、とスーパーの入口まで向かう。

 こういうマイペースで動くから愛想つかされるんじゃないのか、と思ったが心の奥底に留め、涼もまた屋内へと向かう。

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