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碧き流星の煌めき  作者: 井嶋勇助
第一章
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《二》

 日笠陽介(ひがさようすけ)は朝から永峰高校(えいほうこうこう)で過ごす。


 永峰高校は陽介の暮らすT市における私立高校であり、地元では偏差値七十を超える進学校で通っている。無論進学に関しては惜しみなく力を注ぐ学校で、高校一年の段階で受験対策の補習を長期休暇に行われる。もちろん二年生であろうと三年生であろうとも同様だ。


 一限終了の予鈴がなり、授業を担当する教師は教室を出ていく。

『何が楽しくて、休暇中に学校に来て勉強をしなきゃならんのだ』

『公立の友達なんて今日は家族で旅行に行くとか言ってたよ』

『俺達も遊びてぇ。遊べなくとも部活に出たいよ』

 教師がいなくなるやいなや、生徒の大半は夏の補習に対して不満をタラタラと述べる。対して陽介は黙って二限目の準備をしている。

 とはいえ、陽介だって補習に対して快く思ってはいない。陸上部の練習をしたくて仕方がないのだ。そんな憂鬱な彼の後ろから、おもむろに一人の女子生徒が忍び寄る。彼を驚かせようとする悪戯心から、「えい!」と言って勢いよく陽介の背中に抱き着いた。


 女子生徒の思惑通り驚いた陽介はすぐさま振り返る。色白で端正な顔立ちの美人。彼のよく知る人物だ。

「なんだ、瑞希(みずき)か」

 はにかみながらそう言うと、驚かした長瀬瑞希(ながせみずき)も嬉しそうに笑う。

「朝から勉強でつまんなかったから絡みに来たの」

 瑞希は背中にくっついたまま離れない。そのため、控えめな胸部の膨らみが背中越しに伝わる。恥ずかしさから、

「あまりくっつくなよ。みんな見てるだろう」

 と悪態をつく。

 周囲の生徒はこんな仲睦まじい二人を見て赤面したり、ニヤニヤと口元に笑みを浮かべながら眺めたりする。

『お熱いねえ』

『いつもいつもラブラブで羨ましいわ』

 などと二人と仲のいいクラスメイト達ははやし立てる。そんな彼らに対して、陽介は「うるせえよ」と悪態をつくものの表情は笑顔そのもので、満更でもない様子だ。


 陽介と瑞希は校内でもかなり有名なカップルだ。方や陸上部のエースで、方や野球部の美人マネージャー。誰もが羨む美男美女のカップルだ。


「ねえ、今日って用事あったりする? 補習終わったら一緒にご飯食べに行こう」

 瑞希はアヒル口で甘えるような猫撫で声で話す。少し考えた末に陽介は、

「今日はちょっと厳しいな」

 申し訳なさそうに言った。すると瑞希は陽介の背中から飛び降りて、彼の目の前に立つ。

「ええ! どうして?」

 断られるなんて思ってもなかったというように憤りを見せる。彼女は美人で家庭が裕福だったが故に周囲から少々甘やかされて育っており、自分の思い通りにならないと声を荒らげて少々わめく癖がある。

「予備校で夏期講習があるんだ。だから今日は無理」

 本当はただ面倒なだけなのだがそれを言ってしまうとますます喚いてしまうので、咄嗟に最もらしい嘘をつく。とはいえ、予備校通いは嘘ではない。夏期講習だってしかっり受けている。

「勉強ばっかだね。やんなっちゃうな、もう」

 瑞希は口をへの字に曲げて、明らかに不機嫌な面持ちをして自分の座席に戻った。そんな彼女の後ろ姿を見ながら陽介はため息をつく。


 瑞希が立ち去ったのを確認してクラスの数名の男子が陽介の座席の方へ近づく。

『おいおい、彼女さんを怒らせていいのかよ?』

『怒ってそっぽ向いちゃってんじゃん』

 陽介の友人は口々にそう言う。

「しょうがねえじゃん、こっちだって都合があるんだよ」

 溌剌(はつらつ)とした笑みを浮かべて陽介は話す。そんな彼の様子を快く思わないのか、瑞希は彼をねめつける。しかし、彼女の視線には気づかなかったようで陽介は彼女にはなかなか見せない表情をして男友達と話し続ける。


 いつしか予鈴がなり、二限目の補習が開始される。手前の扉を開けて入ってきたのは、英語教諭である新島(にいじま)幸恵(ゆきえ)先生だ。


 流れるような動作で教卓まで移動し、そのまま淡々と授業の開始を合図する。号令を煩わしく思う性格なのか、彼女の授業では例外的に開始と終了の号令が省略される。

 彼女の授業では補習用に用意された問題集を用いる。指定のページを告げて、事前に予習させてから授業で解説するというスタイルをとっている。

 即刻、問題集の解説を始める。黒板には問題の解き方はもちろん、重要な構文や、文構造を書き留める。全て解答解説冊子に記載されていそうな内容で、なんともやり甲斐のない授業だ。

 独自に編み出した解法テクニックや構文の語呂合わせの暗記法など一切話さない。きっと考えてすらいない。そんなことをわざわざ教えようなんて微塵も思ってないのだ。そんな授業の様子は彼女の冷淡な性格そのものだった。

 どこか授業を作業のように捉えている節がある彼女の教師としての姿勢を何人かの生徒は薄々感じ取っており、そんな彼らは個別に購入したであろう問題集に取り掛かっていたりする。実のところ、生徒の内職に新島自身気づいているものの、進んでそれを注意しようというつもりは無く、淡々と授業を進めていく。そもそも生徒に関心がないのだ。そのため教室全体がどこか消極的な空気で、虚しい時間は過ぎていき、終業の予鈴が鳴ると、「今日はここまで」と平坦な口調で言って、足速に出ていく。


 授業が一限につき九十分のため、二限が終了すると昼食の時間となる。

 陽介はカバンから弁当箱を取り出し、早速昼食を食べようとする。

 桃色の風呂敷に包まれた弁当箱を持って瑞希がやってくる。陽介の隣の席に着く男子生徒に声をかけて席を譲ってもらうと、瑞希その座席に腰掛ける。弁当箱を机に置くとすぐこちらに向き直る。

「気のせいかもしれないけど、もしかして私のこと迷惑に思ってない?」

 瑞希の言葉で教室の空気が凍りつく。あまりに直接聞くものだったので陽介は一瞬顔が強ばる。

「そんなことないって。なんか気に障ること言った?」

 意外と鋭いんだな、と感心しながら弁当箱に入っている唐揚げを口に運ぶ。

「最近ちょっと付き合い悪い気がしてね。まあ、迷惑に思ってないんならそれでいいや」

 引きつった笑みを浮かべながら風呂敷を広げて弁当箱取り出す。蓋を開けると彩り豊かなおかずが姿を見せる。うっかり、その具材に見とれていると、陽介の視線を感じた瑞希は嬉々として笑みを浮かべて、

「欲しいのあったらどうぞ。これはねぇ、私の手作りなんだよ」

 と気を利かせる。

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 瑞希が差し出した小さな弁当箱から切り分けられた一口サイズのハンバーグをつまんだ。

 おいしいよ、と一言述べると瑞希は嬉しそうに、お粗末様、と微笑む。

「それにしても、新島先生の授業ってやる意味感じないよね」

 それなら補習なんか来なきゃいいだろう、と口走りそうになる。この学校は勉学に熱心なのか、補習に来ない生徒を大学に推薦しないと公言している。いくつかある受験方式を1つ削ってしまうのは、将来受験する身としてかなり痛手になる。だがそれを承知の上で来ない生徒も一部存在する。

「だったら適当に他事してればいいだろう。周りの奴だって好き勝手やってんだからさ」

 下らない愚痴を言ってくる瑞希を邪険にする。

 そんな彼の態度に不満そうな顔をする。正論で返す言葉もないのだ。

「そうだ」

 突然手を合わせて、なにか思い出したように声を上げると、期待に胸をふくらませた様子で満面の笑みを浮かべて陽介の方を見る。

「今週末に夏祭りがあるって聞いてね、一緒に行きたいなって思ってたの」

 今日行けないなら今週末とは、(せわ)しないな……と思った陽介はひとまず行くと返事をする。断り続けたところで、きっと彼女は陽介が承諾するまでしつこく誘い続けるのだろう。

 承諾の返事を聞いた瑞希は、

「じゃあ、土曜と日曜、どっちにする? それとも両方にする?」

「それ今聞くの? 今度でいいだろう。まだ火曜だから週末に空いてるかどうか分かんないって」

 少し間を開けて、ぎこちない笑みを浮かべて頷く。陽介の反応はあまり乗り気ではなさそうだが、ひとまず週末は空いているようなので、それで満足することにした。

 今週末は楽しみだ。そんなことを思いながらにやけ顔で講習に望んだ。

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