《二》
久々の休日だった。
新島教諭の訃報により、急遽補習は休みとなったのだ。そんなわけで、陽介は彼女である瑞希とデートに出かけることとなった。
朝から待ち合わせということで駅前の噴水近くまで行くことになった。夏場の猛暑で暑いため、適当に半袖のTシャツとジーンズで出かけることにした。
陽介が噴水前まで来る頃には、今か今かと待ち構え、そわそわしている瑞希がいた。
オフショルでフリルの着いたラベンダー色のトップスにベージュの丈の短いキュロットという出で立ちで、肩から小さなバッグをぶら下げていた。
「おはよう!」
瑞希は陽介を見つけるやいなや、溌剌とした笑みを浮かべてこちらに大きく手を振る。
小っ恥ずかしさから顔を赤くさせ、駆け足で彼女の方へ詰め寄る。
「あのさあ、大声で呼ぶのやめてくれねえか。すげえ恥ずかしいんだわ……」
「ええ、だって嬉しかったんだもん」
なにが、もん、だよ。と内心呆れながら苦笑する。どうもこのお嬢様は可愛子ぶりっ子が本当に可愛いのだと思っている節がある。
「それじゃあ、どっか出かけようぜ。といってもこんな朝早くからだとどこも開いてないし、喫茶店でお喋りくらいしかできないけどな」
「うん、それじゃあ喫茶店に行こうよ。この前可愛らしいお店見つけたからそこに行こう!」
いつになく機嫌がいい。
そういえば今日のデートは俺が言い出したんだっけ。普段陽介の方から遊びに誘わないからよほど嬉しかったのだろう。悪い気はしない。
そんなことを思いながら瑞希の隣を歩く。
ほんのりとラメの入った目元、人口色的な赤みを帯びた頬や唇、日に照らされ白く煌めくきめ細かい綺麗な肌。鈍い陽介でも気づいた、今日の瑞希は化粧に気合を入れている。
そんなことに気づくと何気ない仕草が愛らしく見えてくる。
「今日の昼飯、俺が奢るよ」
「え、いいよそんなの」
「いや、俺が奢る」
珍しく主張した陽介に呆気に取られる。いつもは割り勘でしか会計を済ませようとしないので、驚いてしまう。
「……そう? じゃあせっかくだし奢られるね」
喫茶店で軽く時間を潰し、ボーリングで遊び、小さなイタリア食堂で少し遅めの昼食をとることになった。
食べ終わった食器をテーブルの端におしのけ、談笑する。
「次どうしようか?」
「次か……」
財布の中身を見ると心許ない所持金しかなく、満足に遊べるような状態ではなかった。月末なので金銭的に余裕はないのだ。
そんな俺の様子を察したのか、
「やっぱお昼自分の分は自分で出すよ」
と気の毒そうな顔をして言われた。
「いや、お前の分くらい出せるって。合わせて二千円弱くらいだろ? 安心しろ。それくらいはいくら俺でもなんとかなるさ」
実際その通り、ここの会計を済ませる余裕はある。ただ、この後遊ぶ金はなくなる。
「いや、二千円弱どころか……」
そう言って伝票を差し出す。
そこに記載された金額はこの後の遊びの資金どころか手持ちの有り金全てを差し出すレベルのものだった。
「ごめんね、期間限定商品って特別感あって食べたくなっちゃうのよね」
申し訳なさそうに顔の前で手を立てる。
どんだけ金とるんだよこの店は……、陽介は思わず毒づく。
金持ちのお嬢様は金銭感覚が狂っているようで、パスタ自身の価格もそうだが、セットまで豪勢に高額なものを頼んでいた。
「…………」
結局、ここの支払いは瑞希に持ってもらった。せめて自分の分は自分で払おうと思っていたが、まんまと言いくるめられて二人分の支払いをしてもらった。
「だらしないボーイフレンドで済まない……」
そんなことを言いながら店を後にした。
昼食を済ませた後、瑞希がカラオケに行こうと言い出した。
さすがお嬢様はお金持ちでらっしゃる。
瑞希としてはまだまだ陽介と遊びたかったのだろう。一日満足に遊びたかっただけに彼の出費をなるだけ抑えようとして昼食の会計を自分が負担しようとしていたのだろう。
そこまでされて断るほど恩知らずでもない。二つ返事で了承した。
そしてカラオケ店へと向かう道中。
広い大通りに出たところで、なにやら人だかりができているのが見えた。通行人が何人か足を止め、なにかを眺めているようで、その視線の先を見ると派手な格好をした男たちが騒ぎを起こしているのが見えた。
「なにしてんだろうね?」
瑞希は能天気にもそちらを指さし小声で尋ねてくる。
「さあね。ほら行くぞ」
適当に流しながら、彼女の腕を引き立ち去ろうとする。街中で平気で騒ぎを起こす輩に絡まれたくない一心だった。
しかし、ちらっと騒ぎの中心の方を見ると、見るからに臆病そうな少年が絡まれているのが見えた。男に囲まれ、肩をどつかれる様を見てしまう。
無抵抗な人間を一方的に責め立てるのは陽介の見解としては到底許されるものではなく、あの暴漢の行いは見過ごせなかった。
気がつくと、
「おい、その辺でやめてやれよ」
と派手な見てくれの男の腕を掴んでいた。
これが見ず知らずの人間ならば見逃せていたのかもしれない。しかし、奴らに囲まれている少年は陽介のクラスメイトだったのだ。特別仲のいい関係だったわけでもないし、ろくに話した覚えもなかったが、顔見知りが不良に絡まれているのを見て黙ってはいられなかった。
『なんだよ。じゃあお前が殴られるか? ああ!?』
突然身体を翻し、拳を振り抜く。
顔面目掛けて飛んできた拳をすんでのところで掴み取り、そのまま柔道の背負い投げの要領で男を投げ飛ばした。
鮮やかに決まった。小学生の頃柔道の教室に通っておいてよかったと呑気に考える。
辺りから歓声が湧き、少年を囲っていた不良たちは後退りする。男たちがひるんでいる隙に囲いの中心で小さくなっている少年を逃がす。
『くっそ。痛えな……』
男はゆっくりと立ち上がる。
見た目の派手さや、がたいのよさからこの男がグループのリーダー格なのは瞭然だった。
ここからが問題だ。
男一人を相手にするのであれば、なにも怖気付くことはないのだが、奴らは複数名いる。これらがまとめてかかってきてしまうとさすがに柔道経験があっても勝ち目がない。
いっちょまえに構えているものの、内心逃げ出したくて仕方がない。
『なにボーッと突っ立ってんだよ。あいつをやれよ!』
リーダー格がそんなことを怒鳴ると、不良たちは目の色を変えて陽介に向かってくる。
ヤンキー漫画よろしく、華麗に倒せるのならよかったが、あいにく一般高校生にはそんな技術はなく、泥臭く集団を相手取るしかなかった。
殴り殴られを繰り返し、お互いに一歩も引かない攻防を繰り広げる。
そうしている内に騒ぎになったのか、人集りの規模は大きくなっていく。
「なにやってんだよ!?」
そんなことを大声で叫びながら渦中に飛び込む男が来た。奴らと同じく髪色は派手で身なりも随分と攻撃的な装いをした男だった。その男は不良どもに飛びかかり、一方的にどつき回す。
陽介が内心思っていた、華麗に倒すというのはまさにこういう光景だったのだ。相手の反撃を一切許さず、攻め立てる様。圧倒的だった。
『わ、渡さん!?』
取り乱した不良たちは焦った様子で『渡』という名を叫ぶ。
その『渡』と呼ばれた男は暴漢たちを叱りつける。この男は随分と位の高い男なのだろう。先程リーダー格に思えた男がしおらしく言いなりになっていた。
ひとしきり叱責を終えた渡はゆっくりとこちらへ近づく。
「大丈夫ですか?」
そうやって優しく声をかけると手を差し伸べてくる。息も絶え絶えにへたりこんでいた俺はゆっくりと顔を上げる。
「ああ、ありがとう。すっげえ痛かったよ」
見知った顔の男が来て安心した。月島渡、つい先日知り合った金髪の男だった。




