《四》
まるで何年も使われていなかったかのような廃屋。ぐちゃぐちゃと音を立てながらなにかを咀嚼するような音が聞こえ、目を覚ます。
夜道を歩いていたことは覚えていた。しかし、その後自身の身に起こったことは何一つ覚えておらず、しばらくは起き上がることもなく、呆然と寝っ転がるだけだった。なにしろ頭がとんでもなく痛いのだ。考えすぎで頭が痛いのではなく物理的に頭が痛む。おそらく鈍器かなにかで殴られたのだろう。しかし、新島には誰かに撲殺されるような覚えはなかった。上流階級の両親や親戚を持つわけでもなく、彼女自身が莫大な資産を持っているわけでもなかった。そしてなにより人に恨まれるようなことはしてこなかったつもりだ。そもそも他人とそれほど話さなかったし、友人だって少ないのだ。おかげで喧嘩なんか両親くらいとしかしたことがないくらいだ。それだけに現在自分が置かれている状況が不思議でしょうがない。
遺産相続、恨み、他にはせいぜい通り魔くらいだろうか。
自分が撲殺される場合をいくつか挙げていく。しかし、中でも一番現実的なのが通り魔に襲われるもので、考えるのも馬鹿らしくなった。
新島は所在も分からない廃屋で横たわり、下らないことを考えられる自分の異常性に呆れ返る。普通は不安でそんなことを考える余裕もないはずだ。
いっそこのまま死んじゃえたら楽になれるだろうか。
日頃教員の仕事で抱えるストレスからそんなことを考える。
ガサッと物音がなる。
ゆったりとした足音がこちらに近づく。そして、足音は新島のすぐ側に来るとなりやむ。
通り魔と思しき後ろの男は新島の傍でしゃがみこむと、彼女の頭を乱暴に掴み、横たわる彼女の身体を強引に起こす。
「い、痛いっ!」
「やっぱまだ生きてたんだ」
ため息とともにそんなことをつぶやいた。
みすぼらしい服装にボサボサと癖のある長い頭髪、煤けた地肌といった装いはおおよそ真っ当に生きている男ではないと一目で分からせてくる。
「殺すつもりで叩いたんだけど、当たりどころが悪かったみたいだね」
「……いったいなにを」
乱暴に髪を掴み上げられ、打たれた患部に異様な痛みを感じる。昨夜自分を襲ったのはこの男だと瞬時に察する。
「苦しませないよう一撃で昇天させたかったけど、生きてるんじゃ、仕方ないよね」
そんなことを言って手刀を振りかざす。
「待って!」
大声で叫ぶと振り下ろそうとした奴の動きは止まった。
「どうしてこんなことをするの?」
殺人鬼相手にこんな質問馬鹿げていると新島自身分かっている。しかし、生きながらえたいという意思なのか、意味もなくそんなことを問いかける。
さっきまで死ねば楽になれるのに、なんて考えていたが、やっぱり命が惜しいんじゃないか。我ながら呆れるよ。
そんなことを思いながら涙を流す。
「生きるために必要な糧。それだけのことさ」
男は淡々と述べた。
「快楽殺人鬼でもなければ、殺人衝動に襲われた狂人でもない。ただ人間が食料ってだけのことだ」
男がそう述べると、新島の頭上に振りかざした手刀を一気に振り下ろす。
格闘家のような超人的な一撃は容易く彼女の首をへし折り、その命を絶ったのだった。
「ばけ……もの……」
そう言い残し、新島は息絶える。
恐怖で硬直していた身体は途端に力なく項垂れる。
「……まあ、間違っちゃいねえよ」
男はボソッとつぶやくと、死体となった新島の首筋に鋭く尖った牙を立てる。
その後新島が首なし死体となって現れるのだった。




