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碧き流星の煌めき  作者: 井嶋勇助
第四章
12/33

《一》

 病院に運び込まれた涼だったが、すぐに目を覚ました。

「おい兄貴! 無事か?」

 目の前には悲愴な眼差しを向ける弟の姿があった。

 すぐに起き上がる。特に身体が痛むということはなかったが、頭や脇腹辺りを包帯で巻かれている感覚があった。

「うん、平気みたい。もう痛みもないし、気分も悪くない」

「そ、そっか」

 よかった、と言って涼の足元にうずくまった。

 余程心配だったらしい。

「ごめんね、心配かけちゃって。もう大丈夫だからさ、きっとすぐにでも退院できるよ」

 膝の上でうずくまっている渡の頭を撫でる。

 心配かけまいと、強がって言ったものの、実際問題彼自身の身体に起こった変化は常軌を逸していた。自分が病床で横たわっていたことから、すでにある程度最低限の手当ては施され、検査の方も済ませていることだろう。そうなってしまうと、もう隠し立てできない。あらぬ妄想ではあるが、自分のような特異体質の人間など、秘密裏に研究材料として捕えられかねない。

 涼の脳裏では不安による様々な憶測が飛び交う。しかし、そんな彼の懸念は杞憂に終わる。

 目覚めてからすぐにやってきた医師は、にっこりと笑みを浮かべて退院するよう告げるのだった。


 医師の診断によると、涼の身体から特に異常は見られなかったそうだ。

 もしかすると先日から続く自分の身体能力の向上は気のせいだったのかもしれない。普段に比べて身体が軽く感じたり、高速で突進してくる男を見切れたこともきっと気のせいだったのだろう。なにせ運動神経は多少人より優れている。異様に感じた動体視力もスポーツ選手でいうところのいわゆるゾーンに入る、というようなものだったのだろう。武術の手ほどきも幼少の頃から受けてきたのだ、きっとありえない話でもない。

 言い聞かせるように何度も反芻する。そして同時にこの事をこれ以上深く考えたところで望んだ答えが出るような気がしなかった。


 医者は退院するよう告げたものの、ロビーで待ち構えていた警察の方は涼を帰すわけにいかなかったようで、警察署へ来るように言った。

「あれ、僕ってなにかやっちゃいました?」

 とぼけた様子でそう言った。

 もちろん涼には警察のお世話になるような犯罪行為を行った覚えはない。だが、警察に同行を求められるのは例えこちらに非がないとしても妙な不安を抱いてしまう。知らぬ間に人でも殺したのだろうか、といった妄想が脳裏をよぎる。

 そんな涼に対して刑事は笑みを浮かべて、

『いやいや、別に君を逮捕とかするわけじゃないよ。捜査協力のため署までご同行願いたい』

 と話した。

 涼が病院まで運ばれたのは、民家を襲う妙な男と対峙していたからだった。その男が連続殺人犯だということで、事件の目撃者であり、男と会話をした涼から事情を伺いたいのだそうだ。

「あ、ああ、そういうことですか。分かりました、行きましょう」

 警官から事情を聞いた涼はにこやかに答えた。


 警察署へ向かうに当たり、渡は罰が悪そうな顔をしていた。何件か暴走行為でお世話になった刑事だったようで、頭が上がらないそうだ。

「とりあえず、俺はロビーで待ってるよ。終わったら一緒に帰ろうぜ」

 そんなことを口早にまくし立てると、刑事さんから逃げるようにそそくさと離れた椅子に腰掛ける。

 顔見知りだった刑事は苦笑いをしながら見送った。

『それにしても、渡くんのお兄さんがこんな好青年だったとはね……てっきり渡くんに輪をかけたとんでもない非行少年かと思ってたよ』

「あはは、それはどうも」

 ずいぶんと失礼なことを言う。

「まあ、あの子はあれである程度良識は弁えてると思いますよ。ただ単に今は世間とかに反抗したい年頃なんでしょう」

『まあ、あくまでも走り屋行為で人様に暴行を加えるような事をしてないからね、大目には見ているよ。取り締まる側としちゃあ、迷惑極まりない話だけどね』

 刑事はそう言うと、涼を連れて警察署へ向かうのだった。

 警察署へ連れてかれたら、早速聴取の方が始まった。時間にして一時間程度で、夕方のこの時間から夜の八時くらいまで長々とした聴取されるのかと思っていたため、とんだ肩透かしをくらった気分だった。

 刑事の方も涼がこの事件において、単に被害者であることは重々承知していたようで、聴取における態度も柔和なものだった。


 事情聴取を終えて、待合所で渡の迎えを待っていると、警察が口々にここ最近の事件について話しているのが聞こえた。会話の内容から察するに涼が先程出くわした妙な男に関する事件のようだ。民間人の自分がいる中で、そうもあけすけに事件の詳細を話すのはどうかと思ったが興味がないと言ったら嘘になる。そんなことを思いながら、彼らの会話に耳を傾けていた。

 あの男に関する事件なのだから、殺人事件かと思っていたのだが、警察の会話によると、殺人というよりは誘拐事件に当たるらしい。事件の傾向として一晩の内に十代後半から三十代前半くらいの比較的若い年代の人が攫われるのだという。そして、現場には稀に年端のいかない子供や高齢者が惨殺されて残されているのだという。

 涼が遭遇したのは昼間だったが、子供を殺し、その母親を手にかけようとしていたため、その事件における犯人が奴だというのは明白だった。


「おいどうしたんだよ、そんな難しい顔して」

 不意に横から声をかけられ、驚きながらそちらへ顔を向ける。渡がヘルメットを携えながら声をかけてきたらしい。

「あ、ああ、ちょっとね……」

 我ながら挙動不審だったように思う。

「どうしたんだ。もしかして警察の人に意地悪されたのか?」

「そんなんじゃないさ。まあ、ちょっと考えごとをね……」

「ふうん」

 渡はヘルメットを涼に渡すとすぐに帰るよう促す。そして、帰ろうとした矢先だった。

『この前、また誘拐されたらしいよな。どこだったか進学校の女教員がさ』

『そうそう。確か……』

 後ろで事件の話をしていた警官の会話が聞こえた。そして、その後に続いた言葉が、

『永峰高校の女性教員だったっけ?』

 というものだった。

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