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碧き流星の煌めき  作者: 井嶋勇助
第三章
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《四》

 ザ・セカンドは施設内を歩き回る。

 目に映る障害を全て壊して回り、途中かつて村にいた人間を閉じ込めた部屋の扉を壊す。かつては皆、平和な日常を気ままに過ごせていたのだ。そして、自分たちが悪意ある人間に誘拐されるだとは夢にも思わなかった。活気ある住民たちも今では変わり果てた姿で横たわっている。死んでいるわけではないが、日々投与される薬品により、正気は保てないでいる。拒否反応を起こして、苦しむなんて日常茶飯事だった。苦しむくらいなら死んだ方がマシだと何度思ったことか……。

「みんな、ここは開けておくから、いつでも出ていくといい」

 ひとしきり室内を見回してから、その場を離れる。


 警報機はけたたましく鳴り響き、いつしか異常を察知した研究職員がやってくる。当然、セカンドの暴動を治めるつもりで来たのだろう。

「皮肉だよな……お前らのわがままな研究で作り上げた俺によって殺されるなんてな……」

 自分に向かってくる研究員の顔をなんの躊躇いもなく殴った。殴られた男の頭は首からねじ切れるように外れて、床に転がる。いとも容易く壊せた。まるでもろい玩具を壊すような感覚だ。

 快感だった。

 散々苦しませてきた奴らを今度はこっちが苦しめる番が来た。そう思えた。

 首をもがれて横たわる死体を目にして、他の職員たちは後ずさる。当然だ。相手はほとんど猛獣だ。いとも容易く自分たちの命を搾取できる。

「ははっ!」

 カッと目を見開き、凄惨な笑みを浮かべる。血化粧を帯びた面妖な笑み、対面する研究員たちは、あまりの不気味さと恐怖で悲鳴をあげて、逃げ惑う。

 痛快だ。

 昨日まで自分たちの身体を好き勝手に弄り倒していた、忌むべき存在たちが自分自身に恐怖し、逃げ惑っている。搾取される自分が逆に相手の命を自由にできる立場に変わり、抑圧された感情は爆発する。

 高らかに笑い声を上げ、研究員たちを蹂躙する。常人ならば誰しも、人殺しに対して躊躇うものの、そんな感覚など、すでに存在せず、寧ろ殺戮に対する快感を感じるほどに、彼の人格は変貌してしまった。


 セカンドの進行は誰に求められず、階下から立ち上る炎は屋上の方まで届く勢いだった。セカンドに殺されずとも、火災による一酸化炭素中毒で意識を失う者も出始める。

 そんな中、セカンドは意識が朦朧とすることもなく、施設内を闊歩する。常人よりも幾分丈夫な身体になっており、多少の悪環境などものともしない。

 そして遂に、セカンドの魔の手は研究所の最上階にまで届くこととなる。


 厳重な扉で閉じられた部屋があった。

 おそらくここで行われている研究に(まつ)わる情報がここにはあるに違いない。そんなことを思って、頑強な扉を蹴破る。

 資料室のような殺風景な部屋の様子を想定していたが、そこには棚が数台並べられ、奥にテーブルがあるだけの簡素な部屋だった。

 この施設の所長の部屋だった。

 テーブルの中央には、数枚のプリントが置いてあった。興味本位で手に取った。

 自分たちに施された研究の概要を書き記したもののようだ。そして、下の方に小さく『黒山浩二(くろやまこうじ)』と手書きで書かれていた。

「私の部屋になんの用だ?」

 開け放たれた入口に一人男が立っていた。初老を迎えた長身の男で、口元には無精髭を蓄え、白と黒の入り交じった長髪の出で立ちだった。

「いいや、なんの用もないさ。ここを壊したらすぐに出ていくよ。こんなところ」

 すでに火の手はここまで上っており、もはや逃げ場などどこにもない。セカンドにとっては最上階からでも窓を破って飛び降りても生還する自信はあるが、この男はすでに手遅れだった。

「どうすんの、おっさん。もう逃げ場はないし、このままじゃ火達磨になって苦しんで死ぬだけだぜ? なんだったら俺が楽にしてやろうか」

 セカンドは凄惨な笑みを浮かべる。

「お前さんに殺されるのは御免蒙(ごめんこうむ)る。俺はここで死ぬことにするよ」

 あっそ、と簡単に返事をすると、窓を蹴破る。

「なあ、検体三十八号よ」

 セカンドは、THE SECONDと改められる前は、そう呼ばれていた。五十号までいる検体から、自分を識別してみせたこの男に密かに感心する。

「冥土の土産というか、死者の手向けとして、この老いぼれの話を少し聞いてはくれないか?」

「なんだよ……」

 正直この初老の男の話など興味などなかった。いわゆる気まぐれだ。いつでも男は殺せるし、こんな部屋から出ることもできる。つまらなければ殺せばいい、そんなことを思いながら壁にもたれ掛かる。

「お前さん、宇宙人ってのは信じるか?」

「はあ、馬鹿にしてんのか?」

 いきり立って男に詰め寄る。

「いやいや、そんなつもりじゃないさ。まあ、その様子では宇宙人なんか信じちゃおらんのだろうな」

「なんだ、死ぬ間際に俺を小馬鹿にして一矢報いるつもりか? それなら俺だって考えはあるぜ」

 そう言いながら、壁に爪を立て、握りつぶす。コンクリート製の壁面は見事に(えぐ)られ、穴ぼこが空く。

「そういきり立つんじゃねえよ。なに、話の導入さ。まあ、これ以上続ければお前さんに殺されそうだから、さっさと本題に移ることにしよう」

 血気盛んなセカンドに呆れたように肩をすくめる。

「俺たち地球人ってのは、広大な宇宙に比べりゃ、酷くちっぽけだ。そしてなにより、遠い彼方で暮らす異星人にとっても、酷く小物で、弱っちい種族なんだよ。SFなんかで描かれる不気味な見た目の知性なんか感じられないエイリアンと違って、高度な文明を持つ異星人ってのは、地球人なんかより、論理的で合理的で知性的なんだ。そして、生命体としても優れている」

「そんな話を俺にしたかったってのか? スケールが馬鹿でかくて、イメージつかねえよ」

「なに、簡単な話さ、その異星人と同等の力を得たいんだよ。科学や技術で上回る生命体の模倣なんてのは、長い歴史で見れば、地球人は繰り返しやってきただろう。生命体として優れる異星人と同じように進化を遂げることは、我々地球人にも不可能じゃないはずなんだ。そして、進化の果てに地球人は新たなステージに到達することになるのさ!」

 初老の男はニヤリと笑みを浮かべる。セカンドのような殺戮者を思わせる凄惨な笑ではないものの、異様な不気味さを漂わせる。

「……まさか、その進化のために俺を、俺やオリジンを!?」

 言葉を遮るように、爆音が鳴り響く。そして、火の手は更に加速した。炎はすでに最上階全域に巡ってしまっており、とうとう人の手による救出は叶わない状況になってしまった。

「おいテメエ!?」

 叫びながら初老の男に掴みかかる。

 男はその勢いに身を委ね、そのまま力なく倒れる。男はすでに息を引き取っていた。


 セカンドは亡骸となった男をそのままに、研究所を飛び出した。

 研究所を出たところで周りは鬱蒼と生い茂った木々に囲まれており、脱出は困難だ。しかし、セカンドの急激な変化は神経系にまで作用しており、過敏となった嗅覚で、的確に出口へと向かうことができた。

 研究所内で原因不明の爆発があったことをふと思い出す。もちろん、セカンドにとっては原因など知る由もない。だが、あの爆発を起こせる者があそこにいたとは思えない。いくら考えても、彼にはその原因を突き止めることができなかった。そして、そんな怪奇現象などとうに忘れ、そのまま雑木林を駆け抜けた。

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