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DGG事件簿  作者: 紫
3/6

ネクタイ事件

〔ネクタイ事件〕2010/12/02


アラディス 警察署長 39

ギガ警部 殺人課部長 48

スレン 刑事課警部補 32

ヴィル 殺人課の刑事 34

ウォルマ 殺人課の年配刑事 58


オムレツ・ハンバーガー ポテト夫人の旦那 35

ポテトさん 殺害されていた女性 25

セントバーナード 短毛で白地に黒毛。ポテトさんのペット十匹 4

執務長 ハンバーガーの上司 45

常務 ハンバーガーの上司。ポテトさんの父 65


ルゾンゲ夫人 高級エステティックスパ屋敷オーナー

琥珀の瞳の男 ルゾンゲの倶楽部契約者 38


 音沙汰の無い時は一切音沙汰の無い殺人課のギガが入って来た。

この街は殺人事件が少ない。逆にギガがこられると誰が殺されたんだと街中の恨みをかってそうな人間一通りが浮かぶのだが。この所は特殊犯罪チームが奇妙な事件の捜査権を持って行ったので、尚の事殺人課のギガ警部を見なくなり始めた。第一、ガルドがギャング取り締まりチームから離れると進展が滞って、主任になったマザレロの報告も稀になった。

ギガが凄い勢いでズンズン真っ直ぐとやって来ると、アラディスの手首を取って椅子を回転させた。

「エッケノーラ五番地、オムレツ・ハンバーガー宅で殺人事件発見!」

「あなたの自宅向かいの屋敷だったな」

「そう! オムレツ君は現在グリーンシティーから屋敷に帰り、亡くなられていた奥方の遺体確認をしている。被害に遭ったポテトさんはソファーでネクタイを首に巻き、脈の無い状態で発見された。我妻がオムライスのおすそ分けに向かった先で」

「旦那さんをお連れして?」

「いやオムライスを作って」

「え?」

「オムライスというのはですな、卵でケチャップライスを包んだ料理です。死亡推定時刻は五時間経過しており、未明五時に死亡したと思われます。旦那さんのオムレツ氏は忙しい朝は奥方の顔を見ずに出かけるらしく、朝食とコーヒーもリムジン内で済ませるらしい。奥方のいたソファーは一階端のリビングで、部屋は鍵は掛かっていなかった。物取りの線は無く、装飾品も調度もそのままで、ネクタイは旦那さんのものでした」

「オムレツさんは昨夜から何を?」

「普段通り夕食を済ませ、十時に就寝に尽き、六時に目覚め、奥方が居なかったのでそのまま支度を済ませ犬に餌をやり、屋敷を後にしたと。いつでも就寝前に奥方が朝食を作り冷蔵庫に入れ、それを運転手が温めてから運ぶと。リムジンにコーヒーサーバーはあります。お子さんはいないので、まだ年齢も若いですし、両人に不倫問題は無かったのかも含め、奥方と旦那さんの交友関係を調べます」

「ああ。お願いする」

ギガが出て行き、アラディスはあのハンバーガーの顔を思い出していた。二枚目で、笑顔が明るい男で、三十五の年齢であり、奥方は二十五歳の我侭顔だった。犬は十匹の巨大な白黒短毛のセントバーナードを飼っていて、人懐っこいので道で遭遇するとアラディスをもみくちゃにして来た。なので、一切番犬にはならない事は分かっている。十匹は警戒心が無い。

ポテト夫人がいつだったか、つんとすまして言った。「夫の浮気相手を襲うようしつけてございますの」と。

「………。?」

アラディスは黙りきっては、しばらく空を見ていた。思い当たった。ハンバーガーの琥珀色のあの瞳。……あの秘密の場所で。

アジェ・ラパオ・ルゾンゲ。高級エステティックスパ屋敷だ。だがその地下には、警察署長のアラディスでさえ会員になっている秘密倶楽部がある。それは性的少数者達の息の吸える場所。会費を払えない身分でも、契約者になれる。

その場所に、快楽にいつでも微笑して自分を狙って来る琥珀の瞳を持つ男がいた。同じだ。あの倶楽部地下でよくいるサディストの男……。思ってみればあの声の甘さは、ハンバーガーの優しげな声と被る。

あのハンバーガーがあのサディストで同性愛者の男だった? まさか。そんな事は全く浮かびもしない。まあ、確かに一度ロイヤルホテルのレストルームで鉢合わせたとき、余りにも二枚目なのでふと手に手を置いて、見つめ続けてしまった事はあったが、それも相手は目の中に一切の同性へ傾く物が無く、瞬きを続けていただけだったのだが。

何やら胸騒ぎで、アラディスは立ち上がって歩いて行った。

ハンバーガーがあの琥珀の瞳の男なのか。それとも琥珀の瞳の男はハンバーガーの兄弟なのか。

もしも、ハンバーガーに実はスパゲッティだカレーライスだ兄弟がいたとなれば、捜査はてこずる事になる。倶楽部の人間は外界には出ない。自らプライベートで出ることがあるとすれば、どういうときになるか。

アラディスは殺人課のある二階へ来ると、事情聴取の行なわれている横の部屋へ来た。

「署長」

ギガが彼を振り返り、アラディスはパイプ椅子から立ち上がったギガから明るい方を見た。

ハンバーガーがあのチャーミングな笑顔も無く、うつむいていた。任意で事情を聴くためにつれてこられているが、やはり奥方が亡くなってしまったので元気が無い。

目許が髪に隠れて見えなかった。

「彼の家族構成は」

「はい。祖父。祖母。父。母がエッケノルダー側に実家を構えています。妹さんは他州に結婚の為に出ています。彼の実家は普通家庭なんですが、オムレツ氏は大学卒業後就職先の役員のお嬢さんに気に入られ、そのポテトさんと婚姻を結び、今の屋敷に。元々別宅として構えていた屋敷を若い夫婦に明け渡したので」

「男兄弟はいないのか」

「聴いた事ありませんね」

アラディスは相槌を打ち、ギガが横目で真っ白に浮く横顔を見た。

「重点的に聴いてみたい理由でも?」

「犬達は人懐っこいとはいえ、まさか主人が苦しんで声を上げているかもしれない異常な時に、何も反応しないとも思えない。あのオムレツが早くから起きてソファーで眠る彼女の首を締めたとしても、腑に落ちない。生前の夫人は彼の浮気を懸念していたがそんな影を聞いた事は無かったからな」

「思い込みの激しい女性だったので、自分が怪しいと思ったこと以外は信じないですね。しかし、実はオムレツ氏にその兄弟とやらが実在して、よく似ていて、街で他の女性といる場所を目撃しただとか、その兄弟が兄か弟宅に時々入って来ていただとか、摩り替わって生活していただとか、本当にオムレツ氏が浮気をしていてその兄弟に頼んで奥方に手を掛けさせただとか、そんな事でも考えてらっしゃるようだが、難しい事です。個人の存在というものはそうは野放しに出来ないんですから。記録には残るんですよ」

だが、あの倶楽部は特別な場所だ。管理は全てされているが、私生児に近いものがある。独自の管理設備が成り立っているのだ。だから恐いのだが。

「一先ず聴いてみます」

ギガは警官を呼び、事情聴取をする刑事にそれを聞くように言った。

「あんた、男兄弟がいるんだってな」

「………」

ハンバーガーは顔を上げた。

「いえ……。兄は三十八年前に養子に出されてからは、六年前に既に他界したと聞いてきたので、それは間違いかと」

「養子に」

「ええ。フランスに」

ギガがアラディスを見た。

倶楽部でグリが言っていたフランス語での口説き方という物は、あの琥珀の瞳の男からかと思った。だが、淀みなくリーデルライズン言葉を話す。鷹揚が無くてゆっくりと優雅で深みさえあり、スローモーション再生しているような言葉がここの人間だ。NYとLAで生活してきたアラディスには未だに無理だった。

「幼少の頃の写真あるのか」

「生後間もない頃のものです」

「その兄貴本当に?」

「葬儀に出席しました。海の上空で自家用ジェットが戦闘機と衝突したので、他仲間四名と共に。合同葬儀が。何故兄の事を」

「さあ」

「え?」

仮面の下の顔を知らない為に、本当に兄弟かは不明だ。それに、あの男がまさか三十代には思えなかった。もしも、酷い火傷の後に全身を皮膚移植したなら分かる気もするのだが。

「亡くなった奥さんは何か知っていたり、言っていたんじゃないんですか?」

「まさか。知る由も無い。彼女とは三年前に出会ったんです」

「奥さん。近所の話じゃあ旦那が浮気してるっぽいっていうらしいじゃないか」

「………」

面食らった顔になり、首をふるふる振った。

「僕が? 妻以外の女性を? 冗談じゃない」

「というのは?」

「僕は同性好きでこの結婚も妻」

咄嗟に彼が口を噤んだ。アラディスは瞬きし、俯いた男を見た。刑事は眉を寄せて見て、言った。

「あんたホモか」

アラディスはあの部下の首を硝子を蹴り割り切り付けたい衝動に狩られた所だった。

ハンバーガーは刑事を睨み見て、指に挟んでいた煙草をいきなり刑事の目にぶつけた。

「ギャ!」

アラディスは走り、ドアを開け凄い顔で目を押さえる刑事の肩を持ち、ハンバーガーはアラディスを見上げ、途端に顔を赤くしてうつむいた。

「このホモが!」

火傷した刑事が怒鳴るのを抑え、もう一人の補佐が慌てて灰皿でハンバーガーが刑事の頭をかち割る前にさっと取った。こんなに怒ったハンバーガーは初めて見た。とはいえ事情聴取中でなければアラディスもこの刑事の項をドスッと激打する所だが。

「あんた、妻が嫌いで手に掛けたんじゃないのか」

「まさか!」

「妻に手も出せずにそれは他で浮気してると思われて仕方無いぞ」

「僕は絶対に犯罪に手を染めない」

そう強い目で言い、やはりそうだ。倶楽部の男は被らない。アイマスクをもしも嵌めて似ていても、性質に違いがある。

「ミスターオムレツ。思い出すことは辛いと思うが、遺体確認は?」

「………」

暗い目でアラディスを見て、頷いた。

「ええ」

俯いて、それがやはり見られる状態ではなかったのだと分かった。

「大変失礼だが、それは顔が判別できて?」

「いいえ……」

それ以上はもう言いたく無いのだろう、口を噤んだ。

「ミスターは兄が生きていて、僕に成りすましていると?」

アラディスを睨み、ハンバーガーは言った。

「あなた、ご兄弟はいらっしゃいませんよね。一人っ子だし、それにル……、ご実家でも従兄弟の方が遠くにいるが身近じゃ無い。だから無神経な事を言えて、それに部下の方も失礼な方なんですね」

「ミスターオムレツ。落ち着いて下さい。あなたのお兄さんの事を疑ったのは確かに申し訳無いが」

「不愉快です。あなたにこんな事を言われるなんて思ってもみなかった。妻もあんな目にあっていて……」

唇が震えてあの顔立ちから涙が零れ、うつむいた。

「奥さんを愛してたのかあんたは」

「それは別です」

「恋人は」

「いるわけ……無いです」

嘘だな。それを刑事も察知して、周辺人物を洗う中にくわえる事にした。

「その事は調べる」

「僕は妻に手を掛けもしないし、それにそんな事誰にもさせない」

「物音に気付かなかったのか。五時って言ったら、充分何か音がすれば目覚めるだろう」

「屋敷は広いので」

アラディスは事情聴取を任せ、ドアを出た。

署長室に戻り連絡を入れる。

「いいえ。昨夜は会員様に当られていたので、退室データもございません。五時頃には既に合同ルームで眠っていましたわ」

「フランス国籍で? ハンバーガー家の身分があったはずだが」

「事件でございますか」

「どうか協力願いたい」

しばらくルゾンゲ夫人は黙っていたが、口を開いた。

「素顔をご覧なったことは無いでしょう」

「ええ」

「火傷が酷いので」

「では」

「彼は何年も前にパリ支部の子達と共に、地中海のリゾート支部へ向かう途中に悲惨な事故に」

「養子としてフランスに引き取られたと聞きましたが」

「ええ。こちらの関係という事になります」

それ以上は詳しい事を言わなかった。養父か養母が会員だったのかもしれない。それで養子を倶楽部契約者か引き続く会員にしたのだろう。

「遺体はバラバラだったという事ですか?」

「そうですわね……そういう言葉になりますわ」

「そうですか……」

「なので、彼だけ生き残っていたのですけれど、パリの方に警察が入る事になり、会員様の名や関係を隠す為にも、こちらも手を下し、助かった彼の葬儀のほうは、ご家族の意志もあって続行したそうです」

「それでこの街に姿を隠して?」

「ええ」

「彼の実の弟さんの奥方が殺害され発見されました」

「まあ、そんな」

「実によく似た男性だが、そのオムレツ・ハンバーガー氏は会員かスタッフでは?」

「いいえ。直接あたくしはそのハンバーガー氏にお会いした事もございません」

「わかりました。ありがとうございます」

「いいえ。どういたしまして」

「彼に捜査協力を願う事はできませんか。本当に弟さんの自宅へ立ち寄る事や、奥方との接点は無かったのかを知ることも捜査の一巻になるが、そうすると彼が実は生きていた事が公になる」

「本当に彼がそうであるという確証が出ないからには」

「事情だけでも、部下に向かわせます。管轄違いだがスレン警部補を」

「わかりました」


 スレンは視線を上げ、殺人課の刑事を見た。

「捜査協力願いたい」

「特Aに回せ」

そう言いまた戻すが、刑事がデスクに手を置いた。

「特Aへの要請はそうも出せないんで、こちらも手一杯だし、頼みたいんですよ」

スレンは溜息を尽き、背を伸ばすと刑事を見て立ち上がった。

「何処に向かえばいい。要点を言ってくれ」

刑事は事件全般を説明すると、最後に言った。

「その点で、殺害された妻が贔屓にしていたエステスパ屋敷のオーナーに聞き込みに行ってもらいたい。正直、あそこの女オーナーはオーラで気圧されそうでどの刑事も行くのを躊躇うからな。あんた気が強いんだからパパッと済ませてきてくれ」

実際、ルゾンゲ夫人は他人に対してとても人当たりが良い。他人にきつく当る事など無い女性だ。肝が据わっているので、オーラも備わっていて気が強いと思われているのだろう。気は相当強いが、そういう部分は出さない。いつでもお客様第一だ。

「分かった」

「恩に着る」

スレンはキーを持ち、颯爽と歩いて行った。

黒のキャディラックに乗り込み、高級エステティックスパ屋敷アジェ・ラパオ・ルゾンゲへ向かう。

「?」

スレンはファサードでドアから出ると、あの小僧共がスレンの大型バイクを乗り回していたから、サディストボーイ達はそれがいきなり来たマスター様に見つかって獣のような声で慌てふためき、逃げる様に地下へ戻って行った。スレンは首を振って好きにさせておき、エントランスから入って行く。

「仕事か」

扉横のスタッフが進んで行くスレンが横を通り際横目でそう言い、スレンは横目で見ながら相槌を打ち進んだ。

「オーナーは」

「奥だ」

「ちょっと邪魔する」

スレンは歩いて行き、シャンデリアが煌くエントランスホールを越え、観音扉奥へ進んで行った。

オーナールームへ進んで行くと、扉を開けた。

琥珀の瞳を持つ男がいて、珍しく紳士服を着用している。顔はケロイド状の部分があるので、仮面をつけていた。それを取るとそれでも二枚目の顔立ちをしているのだが。

ジェット機で浮かれ騒いでいて、シャンパンを皆で傾け飛び跳ねていて、そして罰ゲームでハッチを開き手で掴んで騒いでいた所で被害に遭い、顔に受けてそのまま海に体が投げ出されたのだ。その為に彼だけが奇跡という物だろう、助かったのだ。

その時の記憶は思い出したくないようで、グリが聞いた事は無く、酷く酔っ払った事があって、その時に男の方から、キャンドルの炎が作り出す暗い場所を見ながら語り始めた事だった。

「ポテト・ハンバーガーは俺は知らないんだが、お前は知っているのか?」

「弟の女だろう」

いつもの様に我侭な声音で言い、こちらを見ない。

「会員か?」

「ああ。ただ、マソキストでもサディストでも無い」

「彼女はアニマルファッカーだったの。パーティーで彼を見て、その時かららしいわ。似ているそうね。弟さんと」

「関係があったのか」

「無い。何で弟の物奪うんだ? それに俺がそういう系の女に興味無い事分かってんだろう。今は、あのフランス男の方が狙い所だね」

スレンは不機嫌になり、すぐに戻ると口端を上げ微笑する琥珀の上目を見てから、話を戻した。

「そのポテト夫人が亡くなった」

「俺を疑ってるんだってな。酷い話だ。さっき叩き起こされるまでずっと眠りこけてあの男の夢見て楽しく会話していたものを。搭乗口はどこですか? ってな」

バシッ

スレンは頭を叩き、後から話を聞けば、あのフランス語がどんなに口説きには出鱈目だったのかを知ったのだった。だが、あの三十五のハンバーガーより兄となると、自分より年上という事になり、そんな事一切思いも寄らなかった。二十代だと思っていたからだ。稀に子供っぽくもなる男だ。

実際は彼は自分の年齢を知らない。誕生日も年に八回、十回開くので、今はもう千歳ぐらいになっていた。ここの誰もが快楽主義者で適当観念なので、一万歳とか、666億光年歳だとかが多くざらだ。ここの人間殆どが自己の年齢や他の人間の年齢を知らなかった。

「俺は弟自体に会った事なければ、倶楽部内で女と会う位だ。外に出たがると思うなよ。俺がこの顔でな」

スレンは頷き、ローテーブル越しに頬にキスを寄せてから背を戻した。彼は仮面の顔であちらを見て耳を赤くし、口許に手を当てた。

「殺していないな」

「何の理由があって!」

「確かに何の理由も無いだろうが、夫人がお前の正体を不審がったら探られる前に人は手を出す事もある」

「あの女が俺にいつも、不気味なぐらいうちの人に似てるわ。こうやって美人なあたしに手を出さずに済んでるところもね。って言ってた位だ。自己の性癖知られない為に旦那が浮気してるって言いふらしてるらしいが、そんな馬鹿で稚拙な女が何を探ろうとするっていうんだ? 自分の事しか見えちゃいない。俺が旦那に似てるからただただ心境聞いてもらいたいだけさ」

そう言うと、紳士服から煙管ケースを出すと首を振りながら細い手で組み立て、マッチを擦り火を落とした。

「だが事実らしい。弟が浮気してるらしいと睨んでいるのはな。何も根拠無しでもないそうで、敬虔な自分の部下達だとか言ってたペットがそう言ってるっていう」

「セントバーナードか」

「さあ。部隊だとからしいが、詳しくは何の犬かは聞かなかったけどな。弟が怪しい時はいつでも首をずっと揃って傾げてるらしい」

理解不能な時に首を傾げるんだろうが、それは匂いが全てを告げる筈だ。

理解不能の事態。その相手。それが犯人の可能性はある。

「そうか。協力感謝する」

「俺を逮捕か?」

「さあ。自分の牢屋に戻ってな」

「俺はマソキストじゃない」

「いつからだ」

可笑しそうに口を大きく笑い背凭れをバンバン叩き、魅力的に口端を上げた。

「いつかは魅惑のアラディスを狩れたら」

「言ってろ」

スレンでもそうは無理だというものを、すぐにこいつは戯言を言う。スレンは身を返しながら立ち上がった。

「一応は大人しくしていてくれ」

「ウィーウィー」

そう手を広げ言い、肩をおどけさせた。スレンはその男とオーナーに礼をしてから出て行った。


 「犬達が浮気相手を怪しんでいた?」

「そうらしい」

今はその事については刑事が事情を聞いている。恋人がいたんだろうと。だがハンバーガーはずっと口を割らなかった。

それでも、その恋人が妻を殺害したんじゃないかという疑惑は、沈黙を護るハンバーガーの中に渦巻いている筈だと刑事は確信していた。

「犬が親しんでる相手という事だな」

「相手が男だから犬が不思議に思うという観点は無い筈だ。よくは分からないが」

「殺人課で周辺人物を調べているが、目ぼしい人物もいない。五時台には充分起きて出歩いている人間は多い筈が、屋敷周辺には目撃例はまだ出ていないからな」

住み込みには女だけしかいなかった。それなら犬達も不審に思わないだろう。逆に妻の旦那といたら、吠え立てるはずだ。

「ハンバーガーに犬連れさせて、関係者一人一人に面と向かわせれば一発だ。そうする様に俺がギガ部長に言う。まあ、やぶから棒に聞いただけだが、捜査一環で犬の能力は高いからな」

「そうだな。そうしてみてくれ」

スレンは署長室を出て行った。

スレンは許可を得ると、早速犬を護送車で一気に屋敷から連れて来させた。

十匹のロープを引きスレンが連れて来た巨大なセントバーナードは、皆短毛で白地に黒毛だった。刑事はそれがセントバーナードだとは知らなかった。見事に皆兄弟、という様な似た顔と模様だった。

ハンバーガーは大喜びの犬達にもみくちゃにされ、頬を嘗められまくった。

ハンバーガー自身は真っ青になっていて、犬はいつもの様に自分達にニコニコ笑って抱きしめたり撫でてこないハンバーガーに首をくりくり傾げている。

任意で彼等関係者が連れて来られていて、ハンバーガーの家族、ポテト夫人の家族、会社の役員、社長などがいた。役員は会議が押しているので、苛立っている。

ハンバーガーは動こうとはしなかった。

「さっさとしてくれよ」

刑事がそう言いドンとハンバーガーの背をどついた。彼は既に笑顔の欠片も無く肩越しに差別刑事を睨み、縄を引いて歩き始めた。

顔を上げる事無く俯いていて、表情が無いと、逆に二十五の若さに見えた。

犬達は尻尾を振りながら歩いていて、一人一人の前に歩いていた。家族は彼を気遣う顔をして腕を撫でたりはにかんだりした。妻の家族は彼を冷たい目で見たりして、役員の一人であってポテト夫人の父親もそうだ。彼自身を疑っているようだった。役員達は一様に時計を気にしていて、この余興をとっとと終らせろと言う役員もいた。執務長に近づいていく内に、ハンバーガーの手が震え始めた。執務長は四十五の男で、先ほどから毅然と立っている。

「………」

犬が嬉しそうに舌を出しハンバーガーを見上げた。だがハンバーガーはいつもの様に執務長に抱きつきに行かない。自分達の主人が居る時も屋敷に執務長が来ても抱きつきに行かないというのに、犬達は首を傾げて、何故またハンバーガーが喜ばないのかを首を傾げていた。

「………」

執務長は犬達を見下ろし、視線を戻した。ハンバーガーは歩いて行き、社長の前に来て、社長は妻を亡くした部下の肩を元気付けに叩いてあげていた。

ハンバーガーはもと居た位置に戻った。

スレンは刑事の耳に耳打ちし、刑事は執務長を見た。

ハンバーガーは既に、俯き床を見て顔を上げる気力さえ失っていた。

「ご協力ありがとうございます」

「これだけの為に呼んだんですか」

役員達が怒り出し、社長がそれを抑えて大人しくさせた。

「リムジンの中でも進められる事だ。常務の大切な娘さんの亡くなられた時に、会議会議と言うものじゃない」

社長がそう言い、役員達は黙りきった。

「どうぞ。お帰りください」

彼等は歩き始め、刑事は執務長の腕を掴んだ。彼はスレンダーな身を返し、刑事をシャープで冷たい印象の銀眼鏡の目で見下ろした。社長は福顔だが、息子は随分神経質な顔つきをしている。

それでも、ハンバーガーの前でなら彼は微笑んだ。熱く。

役員達は振り返り、いつも厳しくて何の手抜きさえ赦さないシビアな執務長を見た。

「話を伺ってもいいですか」

「………」

捕まれる腕を見る事も無く、刑事の目を見つづけ、両家族や役員、ポテト夫人の父親は瞬きして執務長を見た。社長は既に役員二人と共に、会議の事を話しながら歩いていっている。

執務長は顔を上げられないハンバーガーの横顔を見つめると、頷いてから刑事と共に歩いていった。

「ちょっと、あんた等執務長を」

役員が驚き残ったスレンに言った。

「事情を聴く為に会議はあんた等だけで進めてもらう事を、話を通してくれ」

「ありえない。執務長はポテトお嬢さんの生まれる前からの親しい仲です。まるで妹のように思っているものを」

「だが血は繋がって無い」

「しかしですねあんた、そんな無礼な」

「あくまで話を聴くだけだ。こちら側の判断でな。殺害に関与しているとは限らない捜査上の事だ」

ハンバーガーは顔を青くしていて、まさか役員達に自分の性癖を言うんじゃないだろうなと、スレンを見ていたがスレンは言わなかった。

「さあ。一先ず会議という物に戻ってくれ。こちらまで来ていただいて感謝する。執務長のほうは貸してもらうがな」

大人しく彼等を帰らせ、ドアが閉ざされた。

スレンは振り返り、床に崩れて犬達を抱え顔が見えなくなったハンバーガーを見た。犬達はハンバーガーを嘗めていて、スレンは横にしゃがんだ。

「執務長と愛し合ってるのか」

バッとハンバーガーが顔を上げ、その目はやはり同性好きの風が見え無い。アラディスもそう言っていた。

「執務長がどう同性愛者なのか」

「いいえ。僕がきっと彼をそうしたんです。僕は不能で、それで女性に何度も貶されつづけて来た内に同性しか受け付けなくなったんだ。同性は優しくしてくれるし、馬鹿になどしてこない。女性っていうのは毒なんですよ。だから嫌いだ。妻は僕の不能を知らない。それで二年前まで婚期も遅れて」

目の前の男は始めて会うために、魅力的に微笑む顔は浮かばないが、やはり倶楽部の男のように魅力的に普段は微笑むのだろう。目の中に色が見え無いのは、深く傷つき続けて来た為に色を出さなくなった防衛本能だろう。

「あんた、執務長を疑っているのか?」

「彼が僕のネクタイを使って妻を殺害するわけが無い!」

「来てもらう」

ハンバーガーを連れて行き、殺人課の年配の刑事と共に事情聴取室の隣りに入った。

刑事が執務長に取調べを続けていた。だが相手はうんともスンとも唇を動かさずに、刑事は困り果てていた。

「昨夜どこにいた」

「………」

「朝方出かけたか」

「………」

「ハンバーガー家にいたんじゃないのか」

「………」

スレンは耳元で個室の刑事に耳打ちすると、刑事は頷いた。

事情聴取の刑事はずっと続ける。

「あんた、ポテト・ハンバーガーに恨みがあって殺したのか」

「………」

執務長は何も言わないままだ。

「あんたあのホモ野郎の愛人か」

執務長は動じずに、刑事を見もしない。

「言われてあんたが殺したんじゃないのか。え?」

黙ったままのネクタイに手を掛けようとして相棒が抑えた。

真っ青のハンバーガーがうな垂れたまま言った。

「彼が言うわけが無い。何も知らないんだ」

そう呟き、年配の刑事がスレンを横目で見た。

「あんた、あのハンバーガーを愛してんのか」

執務長が初めて歯の奥を噛み締め、細面の顔が刑事をまっすぐ見た。きっと刑事は関係を知っているのだろう。

「愛情のれつもってやつか」is this a love entalment

「もつれだ」a love entanglement

「それでざっくり殺しちまったって事か」

初めて声を出しが執務長は冷静沈着で聞き心地のいい声で、多少の細波を感じ刑事は罰が悪く口を歪めて背を戻した。刑事を真っ直ぐ見たまま、口を開いた。

「私は」

「僕が殺したんだ。刑事さん、僕が妻を朝方、眠っている所をネクタイで」

刑事のイヤホンにそう言い、刑事が横目でちらりと執務長を見て立ち上がろうと椅子を引いた時だった。ホモ呼ばわりしてくる項を掴み刑事が驚いて腰を抜かして崩れ、下げる口はしを固まらせ相棒が執務長を見た。

壁を見たまま、既に冷静だった。

「私はあの子を、オムレツを愛している。ポテトはそれを知らなかっただけだ」

同性好きにも殺害するようにも思えないハンバーガーが別室に連れて行かれ事情聴取が再び始まった。

「君、なんで殺してないなんて嘘言ったんだね」

今度はオムレツはもう何も言わなかった。

ギガはミラー越しに近所のオムレツを見ていて、パイプ椅子で腕を脚を組むアラディスは首を傾げていた。

同性好きで妻を殺害? 同性愛者? あのオムレツが? そう思うのはギガもそうらしかった。

「一度もそんな素振りやましてや不能なんて聞いた事も無い。病院でそういう治療を受けた事があったか調べさせます」

「ああ」

部下が出て行き、アラディスはまたポテトを見た。

「全て狂言だとしたら、何か裏にあるな。真っ直ぐな性格の人間が嘘をつくと真っ青になる」

「執務長は婚歴が無い」

「目撃例も無い。証拠も無い。指紋は夫婦のものが通常にあるだけで」

「じゃあ誰が……」

逆側のカーテンを開いた。どちらも黙りきっている。

「一次休憩を」


 オレノン・レウは壁を見たままだった。

オムレツがあんなに真っ青になっていてショックだった事だろう。まさか下手を言って、自分が殺したと供述をしたのでは無いだろうなと心配になった。

いつもの様に執務長室で共にいると突然連絡があり、オムレツが帰って行った。後から秘書にポテトの事を知らされた。

もしかして、自分が婚歴が無い理由を刑事が調べ回られたらと思うと、オレノンは壁を見たまま一度目を閉じた。自分は元から女は受け付けられない潔癖な性格だ。オムレツといれば幸福で全てを忘れる。十二年前一番初めて語った時を覚えている。住居室にオムレツが来て、自分はブランデーを傾け既に一人で差していたクリスタル上のチェスは終わりを告げていた。焦げ茶かかる黒石の空間も、星の夜も覚えている。オムレツは取りとめも無い事をうつむきながら話していた。緊張していた。確か、酷く叱った事があってその事でアフターケアで部屋に呼んだ。焦げ茶シルクの腕を伸ばし、自分は自分の事を勝手に話し始めていた。その時からだ。精神というものを共有しやっと心安堵とできるときを見つけた。

だが自分はポテトに手を掛けてなどいないし、寝耳に水だった。

 一方、オムレツの方も、まさか執務長がポテトに手を掛けたなどとは思えずに、それでもかばいたかった。

オムレツはテーブルに顔を覆いうつぶせていて、真っ青だ。

ソファーで横たわる妻を見せられ、刑事に袋に入った自分のネクタイを見せられ、それでこれが凶器だが見覚えはと言われて、自分のものだと言うと、連れて来られた。

執務長がポテトを殺すなんて思えない。じゃあ誰なんだ。何でなんだ。ポテトは誰かと浮気をしていたのか? 自分が。自分は二年間彼女を避けているし、それは当然かもしれない。

周りからは政略結婚だとか、逆玉の輿だとか、ひやかされてきたのを笑い受け応えてきた。実情は妻は冷たいし、何故あんなに自分に言い寄って来たのかも分からなくなってきたし、我侭を言う相手が欲しかっただけだと思い始めていた。

「大変です!」

いきなりの事で顔を上げ、年配の刑事はコーヒーを飲んでいたのを噴出し振り返った。

コソコソという声が続いた。年配刑事は凄い顔をし、オムレツはその刑事がこちらを見て来た為に、眉を寄せて首を傾げた。

「あのですな……。奥さん、多少変わり者だというようだが、あんた聞いてた事は」

「え?」

「検死の結果で、動物に見られる菌が体内から見つかったらしいが」

「はい?」

「いや、あんたの奥さんが実は泥棒猫だ、女豹だ、女狐だって言うんじゃないんですよ」

「どういう?」

「お宅の犬調べていいですか」

「ちょっと、どういう事」

「いやあ、よく分かりません。では、連れて行かせるので」

真っ青になってオムレツは鉄パイプに坐った。動物と? まさかそんな事をポテトが? わけが分からなかった。よく戦時に山羊だとか、砂漠で駱駝だとか、聴かないでもないが訳がわからない。

「まあ、これは別に殺人には関係無い事だが、あんた、一応病院で検査しなさいよ」

「いや……僕は妻とは関係が無いので、もしもいるとしたら浮気相手の方がなんというか」

「あんた、同性好きらしいが妻の浮気について何か思い当たる事無かったのかい。怪しい風があったり」

「さあ」

「あんた、自分がネクタイで妻殺したって言ったが、それはあの愛人の男を庇っただけか」

「………」

オムレツは黙りきってうつむいた。

若い方が胸倉を掴んできた為に睨みつけ、刑事は停めさせた。

「実際殺したのかどうなのかだけ言え。こっちは本当の事知っておかなけりゃならない。ただ、信じないがな」

「……何もして無い」

また今度は女の愛人関係の方かと、刑事達は顔を眉をあげ見合わせた。

執務長の方は何の証拠も無い為に解放された。オムレツの方はまだ解放されなかった。第一容疑者に違いは無い。自宅での殺人に気付かないとは信じがたい。拘留される事になった。


 「役員を調べていく? 浮気してる相手が役員にいるなら、何で二十五で結婚を。こちらも近所づきあいを始めてまだ二年だからな」

ギガがそう言い、年配刑事が言った。

「まあ、不倫だからでしょうなあ。役員全員結婚してるのでね。第一、誰もがカリカリして会議だかで署を離れたがって、怪しいでしょうに」

「ハッ。その男は奥さんの事知ってたのかねえ」

「さあなあ。んなこと分かってりゃ、不倫なんかしないだろう。病気になってぽっくりおかしな事になるさ」

検死を進めていたディアネイロ部長の部下が来ると、言って来た。

「部長。ワンちゃん達ですね。確実です」

「全く」

年配刑事はあきれ返って首を振った。

「ったく、旦那ホモなら妻獣狂」

ドスッ

刑事が倒れた。

「しょ、署長、」

ギガは驚き署長を見て、年配刑事は横を通りくるりと身を返した署長を見た。

「捜査の進展具合は」

「妻の愛人を調べます。役員や近所の人間、用達してたというエステサロンだとか。妻が近所に夫の浮気言いふらしてた以外に、妻の方の愛人関係の影は誰も見てないし、まあ、第一夫の方も女の影を誰も見て無かったというんですが、それも相手が男ならそうなるでしょう。その浮気相手が実は妻の方とも繋がっていたとは思えない。それに、ハンバーガーさんは健全なんでしょう。不能じゃないですよ。病院にそんな届け無いですし。まあ、子供がいないというのは確かに不の……」

刑事がアラディスを見て、アラディスは気付き瞬きしてから、首を横に振った。

「私はそうじゃ無い」

「あはは、分かってます……。まあ、狂言は困るのですがどうやらいろいろ嘘ばかりを言って来ていて困るんですよ」

「今に襤褸が出る筈だ。当人は真面目な人柄だからな」

「そうなんです。そのくせ嘘つくんですから何を考えているやら」

「焦らずに捜査を続けてくれ」

「はい」


 「冗談じゃ無い!」

役員誰もが一人一人そう言い、そしてその父親のいる遠くの方を気にしてから小声で言った。

「あんなに若いお嬢さんに誰が手を出すものですか。妻も子供もいるんだぞ。第一、あの厳しい父親は我々の上司だ。この年で首になどされたくも無い。お嬢さんだって、こんなおじさんばかりに興味も無いんですから。若いのが好きなんですよ彼女は。ハンバーガー君は見た目も気も若いからね」

我侭顔のそのポテトの写真はやはり澄ました顔立ちをしている。

なにやら、社風が相当厳しいのか、誰もが浮気だ不倫関係にはそう声を上げるが、それもあの神経質そうな執務長の存在が堅実な空気を作らせているのだろう。

「あの執務長、女の陰も無いのか」

「彼は潔癖症です。性格も身の上もそうですね。自分にも他人にも厳しくてストイックですよ」

「その割りには」

年配刑事が刑事の腕を小突き、続けさせなかった。

「その点で、お嬢さんとはそれは関係無いでしょうな」

誰もがポカンとした顔になった。

「そんな二十も歳の離れた方にそれこそ無いですよ」

「あんた等の部下でお嬢に言い寄られてた男はあのハンバーガー以外に居たのか」

「そうですね。フライド・チキンとオレンジ・ジュースやチーズ・バーガーは言い寄られてましたが、それも相手に彼女や奥さんがいたので。その中で唯一独身だったのがハンバーガーだったんですよ。常務はそれならと、結婚話にまで進めたんです。その事でハンバーガーは常務の秘書になりましたがね大きな出世で。それまでは平でしたが、元から愛想も良いしクライアント受け良い奴でしたから」

「なる程」

「ドチキンとジジュースとガー三名に事情を聴きます」

「どうぞ。何も出やしないでしょうがね」

「というと?」

「避けていたんですよ。チキンもジュースもバーガーも。やはり常務が恐いのでね。ハンバーガーとくれば、逆にポテトさんになあなあだったので、そこも常務が気に入ったんでしょう」

「常務も変わってるもんだなあ。娘の婿なら自分から部下をどんどん紹介するだろうに」

「確実な者が現れるまでは渡さない気だったんでしょう。学生時代も厳しくしていたようで。その反動でもう我侭ですね」

「恨みを買うことは?」

「いや。無いでしょう。何しろ、誘惑してきていてもさっぱりしたもんで、要するに話を聴いてもらえればいいんですよ。一方的に」

「ああ、はあそうですか。で、犬の事はどうなって?」

「犬ですか? ああ、あの誕生日プレゼントで執務長から贈られた」

「え?」

「執務長が腹にいた時代から常務は見知った仲ですからね。なのでどこか兄弟みたいなものなんですよ。執務長もポテトさんも。なので犬が好きだというのを聴いて十匹も大型犬の子供をパーティーで四年前に」

「なる程」

刑事が三名を連れて来た。

首が長い青年と、爽やかな青年と、目が甘い青年が怒っていた。

「この刑事は俺達に検査に行けと言って来たんだが、失礼なんじゃないのか?」

「ええ。あんた等が本気で浮気してないなら必要無いんだがね」

「どういう意味だ」

「お嬢さん、感染症だったので」

「え、」

三人の中の一人が途端に白くなり、そのチキンを誰もが見た。

「まさかお前、恋人がいながら」

「まさか感染症って一体なんの」

「あんた、関係あったのか」

「………」

チキンは顔をサッと反らした。

「こりゃあ病院行く事だな」

「俺は殺して無い! 昨夜は恋人といた。朝だってずっと横にいて目覚めて、第一五時には二人でシャワー浴びてた」

「恋人から証言取ります」

「ああどうぞ」

「執務長おられますか」

「上の執務長室です」

刑事二人はエレベータで上がっていった。

黒石にゴシック調の彫刻が施される廊下を進んでいき執務長室前に来た。

銀のノックを鳴らすと、秘書の女がドアを開けた。

「警察の者だが、執務長いるか」

「いらっしゃいます。少々お待ち下さい」

秘書が引いて行き、しばらくは悪魔彫刻のノブをみていた。

「ッハー。たく、こりゃあ趣味が悪魔崇拝かよ」

そう他州から来た刑事が言い、この街出身の年配刑事は「さあなあ」とだけ適当に言っておいた。この街が崇拝している者の象徴に他ならないのだが、異国者や他街人には言わない。

ドアが開き、促されると見回した。

落ち着き払った室内で安心したのだが。それでも潔癖症かと突っ込みたくなるほどの事がすぐに伺えた。何故なら、棚の本は全て同一の装丁。文字違うだけ。列も並びすぎ。置いてある物も一切の狂いも無く計った様に整備して置かれ、黒硝子には埃のいちじんも無く、調度品も恐ろしい程馬鹿真っ直ぐ置かれ、ソファーに座りたくなくなった。

執務長がスレンダーな身を返し、横目で冷たく見て来た。眼鏡を掛けていない顔は初めて見たが、恐ろしい程色男で驚いた。これは秘書も放っては置かないだろうと思う程だが。相変わらず恐いほど無表情なのだが。こうやって目許を見ると血色の良い父親の顔立ちが全体的にやはり掠める。

スッと手だけで促すと、年配刑事がソファーに座った。

執務長は書斎机上のリモコン横にぴったり横付けされたケースを手にすると、眼鏡を出し嵌めて寸分たがわぬ場に見もせず置いたので刑事は目を丸く驚いた。そして見つけた。物陰に置かれたその定規を……。

銀の細身の眼鏡であの深い二重で濃い目許が隠れ、冷徹な顔立ちになりソファーに座った。

「まだ何かあるのか」

「妹分亡くなったにしちゃあ、随分冷めてるなあんた」

「まだ信じられない気分なので」

「遺体は見たのか」

「いいや」

年配刑事が言った。

「あんた、ポテトさんに犬贈ったそうだな。白黒の」

「セントバーナードですか」

「それ、どう躾た」

「躾は彼女が行なった。元は二ヶ月の子犬だ」

「あの犬、従順ですか」

「さあ。他人にはどうかは」

「屋敷によく行くのかあんた」

「ええ」

「おい午前中は頭寝てんのか。今度は随分答えてくれるじゃないかあんた」

刑事を見もせずにまっすぐを見たままだった。

「セントバーナードってのは救助犬で、もし倒れてる人間いたら引っ張るよな。ベッドだソファーに運ぼうと服だ、ネクタイだ、」

ドンッ

いきなり鋭い上目で執務長がサイドテーブルを叩き、その上に乗っていた整備され尽くした物が浮き、そのまま寸分違わず戻る事は無かった。派手な音を立て、台上や床に落ち散らばり、鋭く割れるものは割れた。

「………」

刑事は広範囲に広がったそれを見回し、転がるものは転がっていき棚や壁に跳ね返って転がり幾つか絨毯に止まった。

「お前は自分の主人を犬がそうしたと言うのか」

年配刑事がはにかみ落ち着かせ、もう一人の刑事は細い鼻を皺寄せてから坐った。

「執務長さん。落ち着いて。それは無いでしょう」

年配刑事がそう言い、刑事は鼻下を縮めて皺をつくった。

「ただね、問題なのは本気で犬が引っ張ったかもしれない事なんですよ。それはどういうときかって言ったら、文字通り主人が運ばれるべき時でしょう。苦しんでるとか、腹痛がって倒れたとか、頭抱えてうめいてるとか、床に行き倒れたとか。どうやら彼女、感染症でまずかったらしいんですよ。それで生前何かあったかもしれない」

「ネクタイを何故嵌めていたんだ。噛み痕や唾液は付着していたというのか? それとも引っ張り易いように犬がわざわざオムレツの部屋からネクタイを持って来て倒れた首に掛けて?」

「何でオムレツさんのネクタイだと知ってるんだ」

「他に誰のネクタイが浮かぶと」

「まあ、居るとすれば浮気相手でしょうね。それか偶然オムレツさんが持っているものと全く同じ柄だったネクタイでしょう」

「旦那のいる朝方に浮気相手がいるわけが無い」

「あんたがいても」

「………」

「あんた、夜遅くに来てそのまま夜過ごしてハンバーガーの屋敷から一緒に出たんじゃないのか? どうやら自宅は上の階らしいし、第三者がいなけりゃ留守にしてた証言者いないだろう」

「リムジンには運転手がいる」

「そんなもの、トランクにでも隠れてればいいだけだ」

「冗談じゃない」

「冗談じゃない? 誰の口癖だよ。よく使われる言葉だなあ。だが実際あのおっかない常務の娘に手出し出来ない以外は、冗談じゃなくても実際あんた、ハンバーガーと出来てるじゃないか。あの常務、そこそこ何か変わったパワーでも持ってるのか? あんたも何かとガキ時代から口煩い相手だったんじゃないのか」

「しっかりした人物が規律を敷く事は当たり前の事だ」

「あんた常務が恐いんじゃないのか」

「いいや。良くして頂いている」

「役員は専務差し引いて常務を気にしてたぞ」

「先ほどから何を聴きたいんだ」

「いやね、あんたが常務庇ってんじゃないかと思ってね」

「くだらない」

「じゃああんた、いたんだろう屋敷に元々。手厳しくされると逃げ道見つけるの上手くなってカモフラージュも得意になるだろう。常務の娘の旦那の愛人なんて、そんなのもし知られたら何言われるかわからないんじゃ無いのか? あんたが言われないでも、ハンバーガーがきつく言われて首にされるから屋敷でもバレねえようにひっそり会ってたんだろう。うまくな。それがあのポテト夫人に知られて、何か言われたんじゃないのかよお。それでついカッとなってさっきみてえにどかんと切れて手に掛けたんじゃないのか。あのハンバーガーも普段優男らしいが、軽い挑発に切れてきたぞ。社風変えたほうがいいんじゃないのか? 我慢は良くないぞ」

「さあね。我慢など自覚してした事も無いが」

「俺車のトランクで寝てた時期あったが、別にいられないものじゃ無い。女房が知らずに運転して俺は猫缶詰まったショッピングバッグ突っ込まれたがな」

「ヴィル。お前そんなことしてたのか」

年配刑事からまた執務長を見た。

「分かりました。何か苛ついた事があれば手当たり次第車のトランクでも蹴散らして帰りますよ」

「言ってくれるじゃないかあんた」

「執務長さんね。あんた、それヴァレンチノのネクタイでしょう。息子が洒落たの好きで何やらよくチェックしてんだけどね」

「だから何だ」

「ハンバーガーさんの部屋もヴァレンチノのネクタイ揃ってたんだよ。同じの持ってても可笑しくないでしょう」

「私達は共に揃えに行く。同じ物はかぶる事は無い。ジャケットも、ベストも、生地も、ベルトや革靴も一切被ったものを見たことなど一度も無い」

「ようは、何かがあってポテトさんにネクタイ嵌めさせる事があんたかハンバーガーさんにあったかだよ」

「無い」

「何でポテトさん犬とやってんだ」

執務長は目を瞬きさせ、刑事を見た。

「何ですって?」

「うちにも一匹凶暴なのがいてガルドってんだがアレも獣姦する口でね、奴等から言わせると別に生物上のカテゴリーは無いらしい。そこに生きた穴ありゃ突っ込むみてえな感覚なんだろう。どうかは知らないが、ド厳しい偏りでポテトさんそうなってたようだぞ。ただあのガルドってのはああ見えて、恐ろしい程潔癖症でね。雑菌関係や悪臭関係が大ッ嫌いなんだよ。愛獣どれも生物必須上以外の無菌が保たれてるが、あれはそういう質だからだ。だがポテトさんはそこまでは行かない。だから自分も犬にでもなって首輪みたいに首にネクタイ巻いてた可能性はある。それ見たか」

「彼女は正常だ。そんな物見た事も無い」

「ポテトさん家出る時いつでもグローブ嵌めてて、屋内に居る時は奥に行く程奥さんの指紋があるんだよ。それと犬系の肉球とか自分でドア開けてケツで締めるんだとさ。あんた、屋敷に来る時黒部嵌めてるんじゃないのか?」

「そんな不審な」

「犬いるから特に毎日三階、家政婦が家中のもの全てぴかぴかに磨くらしいから、大体はついてんのは旦那と奥さんと付いててもお手伝い三人分だが、妙に指紋消えてる部分があって、それはあんたが手袋はめてたからだろう」

「これは事情聴取らしいが、令状も無」

年配刑事は驚いて刑事を見上げて執務長は睨み見上げた。刑事は見下ろしたまま、しばらくして離れて行った。執務長は唇に指を当て指を噛み、アームの模様を睨んだ。

刑事は年配刑事に耳打ちし、年配刑事は片眉を上げてから頷き執務長を横目で見た。

「あんた常務から何か強要されて弱み握られてやらされてるんじゃないのか」

「さあね。そんな覚えは無い」

刑事と年配刑事は立ち上がり、身を返した。

ドアのところで年配刑事が振り返り、手を上げた。

「ご協力どうも」

そう言い、出て行った。常務に聴きに行くつもりだ。

執務長は唇を震わせ歯を噛み締め、眼鏡を外しきつく閉じるとランプシェードが激しく飛びキャビネットの硝子が割れ秘書が驚きドアを開けた。

「どうなさったんですか!」

「いい。出て行け」

奥の部屋を激しく叩き締め客間から書斎へ入って行き、ヒステリックな音に、刑事二人は顔を見合わせ歩いて行った。


 オレノンはハイバックチェアの座面に顔を押さえうつ伏せ、絨毯にそのまま崩れていた。

あの忌まわしい記憶が甦って神経を切り切りさせる。整っていた髪が乱れ頭を抱えるきつい指が髪に絡まり、額を何度も革にバウンドさせた。目を開き座面を睨み見て、あの男がポテトにまで何か強いてきたのだと分かると寒気がした。

強いたと言っても、異常な程の規律に他ならない。二十四時間監視の為にカメラを回しつづけ、完全なプライベートなど奪い尽くし、塵の全てや排泄の全てさえ分解され、眠る時も手足の自由を奪い、発信機と盗聴器を持たされ、何か普通一般の行動だろうが赦されなかった。もちろん恋人などもっての他だ。そんなストレスで十五で不能になり、女性の扱いすら分からずに苦手で、それらの全てがオレノンは激しい人への潔癖や、身の回りの完全な潔癖へ繋がった。そういう世界でなければいられなくなった。完全なる無欲なストイックさを自己だけでなく、あの男は周りにも求めた。

常務は元々若い時は一族の躾係で、徐々に信用されると大学にも後々経営を学ぶために前社長に言われ入ると、会社の役員になった人間だ。存分に彼はあの性質を発揮した。前社長は彼なら信頼を完全に出来ると、オレノンを二十歳まで彼に預けた。修道院なんかよりも恐ろしい事だった。異常な程の干渉と潔癖が。苦痛以外の何者でもなく、機械にされるのだと思い、それでも従った。

確かにオレノンは真面目に育った。遊びも、酒も、煙草も、女もやらない信頼を勝ち得るだろう者に。その業績とやらで常務は前社長に気に入られ、美しい妻を与えられて子供が生まれた。解放されたと思えば、常務は異常なまでのあの干渉と潔癖を健気な娘にまで強要し、鉄の様な機械人間だ、敬虔な人材や神でも作ろうとしていたのか、交際すら一切赦されなかったようだが、その部分は一切オレノンは知らなかった。

二十歳を過ぎると屋敷から一歩も出させてもらえなかったポテトは父親に漸く赦されたのか、出るようになった。それまではオレノンは屋敷へ行く時に会っていただけだ。世に出始めるとポテトは自己の性格が存分に出始め、そして父親に隠れて男達を誘惑しても、きっと何も分からないのだろう、まるで少女の様に話を聴いてもらいたいだけ。三年前に適当にまた来ると、営業部のハンバーガーを見つけ、そしていきなり常務がオレノンのハンバーガーを奪って行った。そして二十三の娘に正式に与えた。前社長に幾つか屋敷をもらっていた一つも与えて。

元々ハンバーガーは自分の物だったから、会いに行くのは当然だ。昨夜も。

だが、ポテトはいつもの様に一階にばかりいて二階には上がってこなかった。オレノンはずっとハンバーガーの部屋であのポテトに知られない様に過していた。いつもの事だ。繁みの蒸せる窓から出入り出来る。ガレージへそのまま潜れる。流石にトランクなんかにはいないが、運転手は後部座席を覗く事は無い。いつでもカートで朝食を運び、笑顔でハンバーガーが車内に運ぶ。多いときは、一ヶ月毎朝そうしていた。そして夜は共に屋敷へ帰る。

そんな二重生活をずっと続けて来た。

そうやってひっそりと囲われた中を暮らすことは慣れていた。その分、もう自由に出来た。囲われた中でも。小物のブランドを一緒にするぐらいなら着替えも置いておけた。

稀に、偵察の為に抜き打ちで常務が来ると、犬達の声が聞こえていた。オレノンやハンバーガーには充分に懐いているが、稀にしか来ない常務は犬をいつも嫌って懐かせない為に、犬達も懐きに行く事無く、鳴く事はした。

頭を抱えてそのまま髪を乱し顔を覆った。強く。

息苦しくなる前に顔を上げたかったが、無理だった。動機が激しく、気が遠くなって行く……。

嫌な汗と共に頭か熱くなり、苦しくなり、心臓を抑えた。


 「何だって?」

刑事達は秘書の後ろを走って行き、執務長室へ来た。

執務長が書斎机の向うに真っ青になり倒れていた。

「救急車を」

心臓を抑え、手にはネクタイが握られていた。苦し紛れに引いていたら尚の事首を締めていたんだろう。

年配刑事が引き上げ、脈を確認した。

「息して無いぞ」

刑事が髪をガリガリかいて歯を剥き、人工呼吸を始めた。年配刑事が心臓部から手を剥がして心臓マッサージをする。

「おい。聞き込み過ぎか?」

「神経質な男だからな」

また息を送り込み、しばらく続けると息を吹き返したが、真っ青のままぐったりして目をあけなかった。

救急隊が来て担架に乗せ運ばれて行った。

役員達や社長は驚き、それを見送った。

「あなた達、息子に何を」

「いやあ、事情伺ってただけなんだがなあ」

刑事は首を傾げながら頭を掻き、眉を潜めさせた。

まさか、あのお嬢さんも自殺だろうか。自分で後ろからネクタイ引っ張って息絶えたのだろうか。

だがまだあの執務長は何か隠していそうだった。あんなにテンパって過呼吸か何かを引き起こしたのだろう。

常務を見ると、変わらず冷たい眼差しをして革靴を見ていた。自己の娘を何者かに殺されていて、ハンバーガーを疑って向けていた時の目で。もしかして、元からこういう目の男なのだろうかと年配刑事は思った。恐ろしい程に怜悧な。

年配刑事は刑事を見ると、頷きあい常務の元へ歩いて行った。

もし自殺だとしたら、常務の厳しい体制で日々のストレスから、ふとした時にあの冷静沈着な執務長が激怒した時同様に、普段から我侭のうちに発散している怒りが、自己への殺意へと変貌したのかもしれないのだから。何か長い物を目は探し、そして見つめたネクタイで自己の首を締めようと。

だが実際、あの屋敷は夫婦二人だけで、五時にポテトさんだけが起きていた状態なら、という最低条件の中でだけならだ。決定的に。

「お話伺っていいですか」

常務は顔を上げ、刑事二人を見た。

「ええ。宜しいですが」

そう丁寧な口調で静かに言い、歩いていった。

客室に入ると、今は自己の秘書のハンバーガーがいないので他の者に飲み物をださせようとしたが、二人が断った。これ以上どこででも進められて飲んだら糖尿病になってしまうと年配刑事は思い、断った。

「伺います」

自棄に畏まった人間だなと思い、続けた。意外だったのだが。

「ポテトさんは何か精神病患ったことありますか」

「いいえ。ございませんが」

「あんた、それただ知らないだけじゃないのか」

「しっかりした管理下に置かれ、環境も整い、秘密の無い家庭でしたからそれはありえない事です。一日のこともしっかり口頭報告させて来たのでね」

「それは大した家庭だ」

「ええ」

「それって一歩間違えればやり過ぎだろう」

「いいえ。そういった適度な事がいいんです」

常務の言う適度が刑事には分からないのだが。

「あちらに写っておられる方、どなたですか?」

年配刑事が写真立てを見た。

「父です」

「ポテトさんのおじいさんですか」

「そうですが、何か」

「いやあ。実に笑顔の素敵な方ですなあ。こうなんというか、好々爺とはこういう方を言うんですな」

「父は実に慕われた方でしたので」

「ポテトさんの弟さんと妹さんの写真拝見したいなあ」

「申し訳無いのですが、父の写真以外は自宅の書斎です」

恐ろしく冷たい目をしていたのに変わり無いのだが。

先ほどから、父に対しては相当尊敬してだろう、完結語尾だが、他の事は満足でもしない性格か、不満や不安を抱えてか、丁寧だが曖昧めいて聞こえるのは、自分が他州出だからだろうか。

「あなた、執務長との関係はどういったもので?」

「我が社の執務長として、人格共に尊敬しています」

「胎児時代から知り合いだったそうだな」

「ええ。何度も奥方の腹部にも触らせていただきました」

「あんたハンバーガー屋敷に娘に会いに行ったか。昨夜」

「いいえ。若い夫妻にそうも頻繁に邪魔をしにいく事は無いので」

「執務長はよく遊びに行ってたようですよ」

「………。そうですか」

「まあ、自分がやった犬もいるし、妹さんのようなポテトさんもいるし、交流があったんでしょう」

明らかに常務の顔色が不機嫌な物になったが、きっと刑事の職業だから読み取った僅かな事だった。二人は愛人関係の事は言わなかった。

「報告受けてませんでしたか」

「ええ。一切無いです」

「何か好き勝手やってたんじゃないかって気が気じゃなかったか。実際手塩かけて育てた娘は何らかに被害に遭ったもんな」

「オムレツくんは自供をして? 娘に手を掛けて、彼も信頼するのでは無かった」

限りなく後悔した横顔はあちらの絵画を睨み付けていた。

「あなた、執務長は大事な存在ですか」

「もちろんです。彼は敬愛する前社長のお孫さんだ。彼はしっかりと立派に育ってくれた。いまは素晴らしい方だ」

「気絶しましたが」

常務は歯を噛み締め、膝を見た。

「秘書に伺ってみると健康管理には気を付けている方らしいので、発作や病では無く突発的なものでしょうがね。まあ。こちら医者じゃないんで。ただ、執務長室メタクソですよ」

「何です?」

「いや。だからメタクソです。家具だ、置物だそういうの」

「暴れたんでね」

「あなたが」

「いや執務長がご乱心遊ばれて」

「あり得まい」

「いやいや本当に」

「社訓は清く正しく確実に潔くらしいが」

「ええ」

「それより明るく朗らか笑顔いっぱい太陽の国の方がいいんじゃないのか?」

「ヴィル。言い過ぎだ。申し訳無いですね」

「いや。素晴らしい事です」

「ええ」

「だがあんたの理想郷はそうはいかねえだろうよ」

「………」

常務が口横に当てていた指をそのままに、上目で見て来た。またいきなりぶち切れると思い、刑事は腕と脚で自己を護ったが別に切れなかった。

だが逆にゾッとした。

常務が不気味にというか、微笑したからだ。鋭く、目と唇が光った。

「理想郷ですか。そうですよ。それはいい言葉だ。私の理想郷つくりには持って来いの舞台というわけだ」

だが、すぐに目許は厳しいものになった。というより、悲しい物でもあったのだが。

「だが、その築き上げた厳格で信頼ある理想郷で娘が奪われた……」

刑事は横目を合わせ、年配刑事が目で促して来た。刑事は顔をくしゃっとさせ、鋭い顔つきを前に戻した。

「実は、まあ申し上げにくいんだがごほおほほんごほほ」

年配刑事は目を回し、首をしゃくって刑事が促して来る為に自分がやはり言った。

「もしかしたら、娘さん自殺の線も出始めてるんですよ」

「何ですって? そんなわけが無い」

「まあ、それは一応その前夜の様子をお婿さんと遊びに来てただろう執務長に聞いてみなければ分からないんですがね」

「なぜ執務長まで」

「勘です」

「勘であなた達は私の子供がそんな事をしたと言うんですか」

「いや。会社全体の空気感が何かあまりに張り詰めているのでね」

「緊張感を持つ事は仕事では必要な事だ。プライベートで好きなだけやればいい。八時間、十二時間は仕事に身を投じ社の為に働く事が社員だ」

「そりゃそうだが、あんた萎縮させてますよいろいろな人間達を」

「私は一常務に他ならない」

「そうでしょうが、それも名前でしょう。実際の権力となると名ばかりじゃ留まらないものを作り出すもんなんですよ。しかも常務と来たら、言い様によったら社長だ執務長だを操れる身分ですからね。それに、くわえて執務長のお抱えまで手元に置いたら、今に敵なしの地盤ができるんじゃないですかい」

「お抱えを手元に?」

「あんた知ってたんじゃないのか」

「何を」

「あんたが大事にしてる執務長の事だよ」

「彼の何を」

「知りたいか」

「………。プライベートに関る事は失礼に当たる」

「知りたいですって顔だなあんた。全て承知の上じゃなきゃ本当は安心していられないんだろう。だが人には当然の事プライバシーがあるんだよ。無理だなあ。教えるのは」

「一体何があって」

目が揺れ始め、どうやらそこらへん知らないようだった。

「あんたね。操った気になっても無理ってものだよそれは。執務長にも言ったら凄い顔されたが、過度な規律はピアノの線みたいなものだ。ブチッと切れてふとした時に奇妙な音立てるのよ。奇妙なね」

「私は何もしていませんよ。私がまさか子供に手を掛けて殺害しようと?」

「分かりません」

そう首を振り、常務を見た。

「ただ飼われた方は縄をぶっ千切るものですよ。あんたが切れない糸でも。ストレス抱えてたんじゃないのかポテトさん」

「もう自由にしていたはずだ。よく犬も散歩させていたというし」

「しかしねえ、夫婦間はどうかなあ」

「何ですか」

「うまく行ってなかったっぽいぞ」

「え?」

眉を潜めた常務が二人を見た。

「ハンバーガーさんもポテトさんも不倫だ」

「まさか」

「いやもう本当ですよ。なんでね、彼等不倫してたってのはどっちも相手が好きというわけじゃ無かったらしいからだ。あまりに厳しすぎて恋愛感情育たなかったんでしょう」

「その結婚生活を苦にしていたと?」

「いいや。凶器はあんたの心だったと思いますよ」

「はい?」

「その厳格な人格で形成するという理想郷造りの気持ちが凶器になってたんですよ」

「わけが今一」

「窮屈を苦にしたかもしれないんですよ」

「そんなまさか。私が原因だと?」

「こちらの見解ってやつです」

常務が顔を蒼白させ、一度立ち上がった背を、また坐らせた。


 ディアネイロは驚いて振り返った。

手首をつかまれ、被害者を見た。その彼女は緑色のシートを掛けられていて、勘弁してよという顔で顔を歪めていて、豊満な胸部が見えて辺りを見ている。

「此処どこ……?」

「名前は言えるかい」

そう優しく聞き、ポテトさんは頷いた。

「ポテトよ。ポーテントルダー・レディッシュ・カルーダ。旦那はオムサン・レーノルズ・ハンバーガーだけど……あたま痛いわ」

「仮死状態にあったので」

「え?」

風を綺麗にふくませたような綺麗なホワイト金髪を肩に流し、目を歪め白衣の紳士を見ると天井を見て、「ああ」と思い当たった。

「確か気が遠くなったんだったわ」

「え?」

「また首締めながらやってたら」

ディアネイロは何ともつかない顔をし、横の通信機で被害者が目を覚ました事を言った。

稀にいるのだ。途中で生き返る事が。特に、首を締めて息が止まった状態といえどもそうだった。

「体内は一応抗菌しておいたので、止めておいた方がいい。それに、特に関係上で自己の首を締める者というのは二割方、本気で命を落す事もあるので」

フン、とポテトは顔を憮然と反らし聞かなかった。いつかそうなればいいと心では思っているのだろうポテトを見て、ディアネイロは肩を叩いてあげてから場所上薬品の香りが染み付いているが、バスタオルを渡してあげた。

ドアがノックされ、ポテトはカーテンの向こうへ促され歩いて行った。

「君の服があるから身に付けて」

そう言うとディアネイロは歩いて行った。

ドアをあける。

「ギガ警部」

「ディアネイロ部長。ポテトさんが息を吹き返して?」

「ああ。仮死状態だったようだ。冷蔵する前で良かったよ」

「本当ですね。彼女は今は?」

「着替えている」

そのポテトさんが、まだ多少気分の優れない顔つきでカーテン向こうから出て来ると、自分が横たわっていた固い台に腰をおろした。

ギガ警部が進むと、彼女は顔を上げた。

「あら。オーレッゼさん」

「こんにちは。ご気分は? 体の痛い所は」

「どこも無いわ」

だが首はまだ痣が残っていた。

「犯人を覚えているかい?」

「犯人? 何のよ」

「落ち着いて聞いてもらいたいんだが、君は首を締められて発見されたんだよ」

「違うわよ。自分でやるの」

「え?」

「どうやら、常習者らしい」

ギガはディアネイロを振り返るとまた顔を戻した。

「危険だからやめなさい。今、殺人事件だということで君の周辺の者達が事情聴取を受けていたんだよ」

「それは悪い事しちゃったわ。パパに叱られるどころじゃすまないかも」

「そうだね。旦那さんも憔悴している」

「彼はあたしを見て無いけど」

「それでも結婚した相手だ」

「そうね」

「本気で自分で?」

「そうしたくなるのよ」

「妻が倒れた君を見た。発見したんだ。ショックを受けていたから、どうか止めてあげてくれ」

「………」

さすがにポテトは黙り切り、うつむいて頷いた。


 二人の刑事は顔を見合わせ、部長の言葉に倒れて運ばれた目の前の執務長をまた見た。

依然、真っ青で気絶したままだ。

セントカトリアナ病院の医師が警官を見てから、刑事二人を見た。

「何か問題でも起きたのかな」

「ええ。ちょっと、またいろいろと。悪いが、彼をお願いする。こちら、一度リーデルライゾンの署に戻るので」

「お任せを」

話し声で執務長が目を覚ました。

「お目覚めですか。お加減はいかがです」

「……あまり良くは無い」

年配刑事が顔を覗かせた。

「オムレツさん、釈放ですよ。ポテトさん目覚めました」

「………」

意味が分からない風で二人の刑事を見てきた。

「え? ポテトが生き返って?」

ゆっくり体を起し、体が重くてまた枕に戻った。

「ええ。良かったですね。どうやら、自殺未遂だったようです」

なる程というように俯いたまま頷き、二人の刑事は顔を見合わせてから聞いた。

「気持ちが分かるとでもいう風ですなあんた」

「なんとなくは。私には救いの存在がいたが、ポテトにはいなかったという事だ」

「まあ、あまり根詰めすぎずに、警察にでも相談してくださいよ。拘束や束縛ってのは行き過ぎてもある種犯罪ですからね。言いにくいだろうからね、まあ、こちらもそういう方面のいきつけの相談所作らせる事を言ってみるんで」

何度か執務長は相槌をうち、目を閉じた。

「心配掛けて申しわけ無い。しばらく寝ていても」

「どうぞ。身内の方にも話通したので」

執務長は意識だけ眠れないまま、重い瞼を閉じ続けた。

刑事二人は医者に任せ、通路を歩いて行った。

「全く、目覚めたからいいものを」

「人騒がせなもんだよ。迷惑被ったねまた今回も」

「そう言うな。急いで署に戻るぞ」

会社の方にはギガ警部が向かい、事情を説明しに向かっていた。誰もが一安心していた。

署に戻ると、驚いて取調室のドアを締めたがまた開けた。署長が泣き喚くハンバーガーを抱きしめてあやしてあげていたからだ。あのドライで冷静で潔癖でやはりドライで近寄り難い署長も、意外に優しい所があるらしい。

「失礼しますよ」

アラディスは肩越しに見ると頷いた。

「ああ」

「彼大丈夫ですか」

「安心したら気が抜けたんだろう。奥方も目覚め、誰も彼女に手を掛けただけでは無かったと分かったからな」

「そのようで」

既に真っ青だった顔も逆に真赤になって泣いているので、まあ、二人も安心しておいた。

「良かったですねあんた。奥さん目覚めて。しばらくは大学病院に移ってもらうので、ご了承ください。軽い検査と栄養補給とか済んだら問題無いと思うので」

ハンバーガーはうんうん頷き、完全に署長に甘えて抱きついていた。

「あんた、署長は忙しい方なんだからこうも独占していられると困るんだよ。元気出たなら奥さん見に行ってくれないかなあ。彼女も不安だろうから。自宅は離れててまだ家族来て無いから」

「はい」

ハンバーガーはそう言いアラディスから離れた。アラディスは背を軽く叩いてやり、坐っていたデスクから立ち上がった。

「署長。事故後処理どうしますか。そのままこちらで済ませていいですか」

「殺人では無かった為に、刑事課へ引き継いでくれ」

「分かりました」

「ほらあんた。大学病院まで一緒に行ってもらうよ。奥さん先ほど送られたんでね」

「お願いします。お世話掛けました」

ハンバーガーは三人にそう言い、連れられて歩いて行った。

アラディスは一先ずは一息をつき、取調室を出て行った。


 病院ではポテトさんが眠っていた。先ほどまで喋っていたのだが、十時間機能停止していた腹に何も入れる気にならずにそのまま眠り、脳波も安定。明日には若いしぴんぴんに戻っているだろうと思われる。

常務と妻がいて、常務が今度は白くなっていた。

「あなた。元気出して。大丈夫だったんだし、これから徐々にいろいろな物を変えていけばいいわ」

妻がそう微笑み腕をなでた。

「完全なる支配下の理想郷は間違っていたのか。彼等の幸せを思って機能的で確実な社会をと思っていた。追い詰めていたなんて」

ごにゃごにゃなにか言っているので、ポテトさんは耳を塞いで寝返り夢にまた戻って行った。

社長が入って来ると、常務は立ち上がり社長は横に来て腕を叩き、ポテトさんを見た。

「血色も戻っているね。うんうん」

「ええ」

「社長。執務長はもう大丈夫ですの?」

「ああ。先ほど退院手続きを取ってきたよ。ポテトちゃんもすぐに戻れるだろう」

そう小さな声でいい、奥方も頷いた。

奥方に任せてから病室を出た。

「私は間違っていたんです」

「全てがそうとはいえない事さ。いい部分と悪い部分が必ずしも物事には付き纏うからね。君が来てくれてからは、確かに引き締まる部分は引き締まって信頼を勝ち得てきたんだ。これから何度でも良くしていこう」

そう微笑み、背をぽんぽん叩いた。

常務が顔を上げると、ハンバーガーが刑事と共にいた。執務長の退院を手伝ってきたのだ。

刑事が歩いてきながら言った。

「まあ、あまりあんたら、痴話喧嘩おきる前に頭緩めておいてくださいよ」

「心配掛けたね」

「いやいや。大事にならなくて良かったもんだ」

充分大事にはなったのだが。

「あの、妻と関係のあった者は」

ハンバーガーは気にしながら常務と、次に社長を見た。

「彼も恋人がいて、ポテトちゃんにも君がいるんだ。また戻る場所に戻るさ」

ハンバーガーは頷き、社長は頭をガシガシなでた。

「ハッハッハ! 家庭円満は包み隠さず笑顔でいることだよ!」

そう彼らしい事を言い、看護婦に「大人しくしてください」と言われて申しわけ無さそうに謝っていた。

社長は病室へ戻り、常務がハンバーガーを呼んだ。

階段踊り場に来た。

「何だって? 執務長と?」

「お赦しください。彼があまりに不憫で」

「君は同性愛者だというのかね。それなのにポテトと結婚を?」

「………」

ハンバーガーはまた俯き、床を見た。

「僕は憧れがあるんです。男性という物への、なんというか男らしさに。同性好きというわけでは無く。確かに執務長の事はとても愛しい方に変わりはありませんが、もっと違う感情です。崇高な。そういう男性達がいるという気持ちが僕の活力です。女性は、申しわけ無いですが、自己の世界観には一切無いという範囲です」

「あまり良く分からんが……」

ハンバーガーは顔を上げると、頷いた。

「そうだと思います」

「まさかこれから」

「子供は分かりません。もしもお望みなら、彼女には他の男性の方が適しているかもしれない」

常務は真っ青になり、ポテトのいる方向を見てからハンバーガーを見た。

「うちの子を愛していなかったのか」

ハンバーガーは小さく頷き、常務がぶっ倒れた。

「じょ、常務!」

声に医者と刑事が駆けつけた。

「あんた、言葉選んで言ったらどうだ」

「も、申しわけ無い」

「ううう、」

医者が運んで行かせ、常務は目は覚ましていたが運ばれて行った。

ベッドに横たわって常務は虚ろだった。刑事が言う。

「まあ、彼も肝に銘じたようだし、これからの事は慎重に進めたほうがいいだろう。離婚話始めたかったようだが」

「え? いいや。僕等は離婚する気はありませんよ。ポテトもそれは無いでしょう。彼女は僕に我侭をしたいんですよ。僕も愛する方がいるし、ただポテト自身が他の男性がいいというならやむなく離婚もしますし、どうしてもというのなら僕もポテトとの間に子供を生ませる機能は」

「不能じゃ無いじゃないか」

ハンバーガーは差別刑事を見て、目を反らした。

「もうガミガミ煩いわね! 静かに寝させてよ」

横のベッドからじゃがいもの縫いぐるみが投げつけられ、彼等は静かにした。

ハンバーガーはじゃがいもの縫いぐるみを拾うと、頭を痛くしているポテトのベッドのカーテンをあけて置いた。

「ねえあなた。シェム達はどこにいるのよ。しっかりご飯食べさせた?」

「ああ。さっき一度屋敷に連絡して、いつも通りお手伝いが上げたと言っていたから、大丈夫だ」

「そう」

安心してポテトは眠りへ落ちて行った。その手を撫でながらハンバーガーは微笑んだ。

刑事が生きたポテトを覗き込むと、ハンバーガーの横顔を見て言った。

「こんなに天使みたいに愛らしい妻いながら」

「ほっといてくれ」

ハンバーガーが顔を反らした。

「あー嫌われたなー」

「そうですね」

ハンバーガーは顔を戻し、刑事は戻って行った。

「じゃあ、あたしらこれで戻りますんで」

「お世話様でした」

常務の奥方がそう言い、見送って行った。

「離婚はなさそうだな」

その常務の言葉にポテトが目を開けた。

「嫌よ。何言ってるのよ。あの屋敷やあたしの美しさにはオムレツが一番似合うのよ。それにあたし、子供って嫌いなの。産まないわ。シェム達があたし達の子供だもの」

そう言い、ふいと顔を反らした。

「またその事はゆっくり時間と共に考えて行こう」

「そうね。ポテト。今は眠ってね。あたし達は一度帰るわ」

「分かったわ。おやすみなさい」

「おやすみ」


 ハンバーガーは激しい睡魔に襲われ、屋敷に帰ると倒れこむようにベッドにバウンドした。

階段を駆け上がって来た犬達が来て、ドアを手で開けてどんどん入って来ると、遊んでくれと脚や袖をぐんぐん引っ張って来て、最終的に階段を五匹程で引っ張り降ろされ下のエントランスでもみくちゃにされて頬を十匹に嘗められ捲くった。

「ハハ」

可笑しそうに笑う声で、犬達から顔を上げた。

「ミスター」

アラディスは可笑しそうに笑っていたら、自分の方に犬達が来てもみくちゃにしてきたので抑えさせた。

その背後に、執務長もいた。

ハンバーガーは咄嗟に犬達から駆け出し抱きついていた。肩に強く手をおき目を閉じ、執務長はハンバーガーの頭を撫でた。犬達は嬉しそうに舌を出し尻尾を振っていた。

応接間に来ると、二人がアラディスを見た。

「本当ですか?」

「ああ。理解を深め合う事は、大切な事になる筈だ」

「その倶楽部というのは、ポテトも?」

「ええ。彼女に話を伺うと、そうだと言っていたからな。自己の夫が自分に興味を示さない理由も分かると、漸く納得していた。確かに、あなた方が今のままで充分これから話し合い理解しあえるというのならば構わないんだが」

「しかし、その場所に兄がいるんでしょう?」

「七年前から。倶楽部オーナーからも彼からも許可を得たのでお会いしたい時は、申しわけ無いがご家族の方には秘密裏で」

「そうですか……。家族もドーナッツの事故についてはショックを受けていたので、知らせたい気持ちはとても強いが、彼自身の気持ちもあるでしょうし、それに隠れ住んでいる状態だと」

「もしかしたら、人生は永いです。なのでいずれ何かのきっかけでもあれば家族が揃う事もありえると思う。その時のためにも、一人でも事実を知っている家族はいたほうがいいと思う。余計な世話だったら申しわけ無いのだが」

「いいえ。とても嬉しい事実なんです。それに倶楽部の場所がある事で、僕等だけが苦しんでいるわけでは無い事が分かった。意外に多かったんですね。性に苦しむ人は。?」

ハンバーガーがアラディスを見た。アラディスは「?」と気付いてハンバーガーを見た。ハンバーガーはまたあの手を重ねられた時の、美しくも男らしいアラディスの微笑みを思い出し、真赤になった。

「決断には考えも要する事は分かっています。いつでもご連絡ください」

アラディスはそう言うと、硬質で黒にプラチナの番号が書かれたカードを出し、二人に微笑んだ。

「それでは、ご随意に」

そう言い、腕時計をみては、立ち上がった。

アラディス自身はこれから、その倶楽部へ向かう時間だ。秘密倶楽部アジェ・ラパオ・ルゾンゲへ。




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