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DGG事件簿  作者: 紫
2/6

縫いぐるみ

〔縫いぐるみ〕2010/12/08


 一青年が、プライベートのショッピング中に首を傾げていた。

アレは一体なんだろうと、そう思いながら近づいていく。

ここはバートスクストリートで、そして

「うおお、」

巨大な白山羊が転がっていて青年、普段はエリッサ署制服巡査のパトリックは驚き、見た。

辺りを見る。

白山羊が動いた。

「うおお、」

ハリスは顔を上げ、辺りを見回した。地面に広がっていた白の山羊縫いぐるみの長い長い毛足フェイクファーを引き寄せながら、同期で私服になっている巡査を見上げた。

「ハンス、お前また何の容疑だよ」

ハリスはうすっぺらいサンダルだと、元の百六十八の身長なので、学生に見える。パトリックは百七十八だった。実はハリスはジェーンより背が低い。

いつもはソフトパンクロックの装いで済んでいるものを、たまに強烈な格好しているのがハリスだった。

頭に五本ぐらい花が立っていてそのカチューシャをはめ、耳に白いファーヘッドホンを嵌め、ノースリーブと膝丈は白の繋ぎで、ふわふわしていた。それを、白い毛足の長い長い足許までのフェイクファーが首から降りている。カチューシャだか目許は金髪で隠れていて、いつもの不安げな口許だけが覗いていた。

マントのように肩から後ろに長い白の毛足を持って行くと、山羊顔縫いぐるみがリュックになった背を向けて歩いて行った。

「これから何処に行くんだハンス」

「映画」

「俺も行く」

「いいけど、お前が嫌い系だぞ」

「何観るんだよ」

「悪魔の装賓」

「またかよ。お前本気で見た目に寄らずラッブロだ悪魔だ白黒だ好きだよな」

ラッブロというのはSMショーも行なうロックバンドだ。誰もが会場に悪魔のシャープな装いで現れる。ハリスの部屋も毎回行く毎にやはり白黒で、そして〔LEGO〕を組み立て形成されていた。何かにのめり込むと、とことんハリスは世界に没頭した。

だが私服はと来ると、稀に一人仮装でもしているのか、妙な時は妙だった。


 縫いぐるみはハリスは全部手作りだった。自分がこれを造ろうと思うと、布屋へ向かって縫いぐるみ用の素材を集めてミシンで縫うのだった。黒蜘蛛ファーヘッドホンさえも彼のお手製だった。

彼の恋人のピンクの服も時々彼が造ってあげている。

今日も映画上映前に来ていた。

その隣りには縫いぐるみと高級な人形館があり、展示されていた。

何やら真っ黒い生地をたくさん腕に抱え始めている。

「何やってるんだ? お前」

革押しされた合皮生地をみていたパトリックが黒いもふもふに埋もれるハリスを見た。

「冬に着る黒い繋ぎ服の材料」

「お前、今に誘拐されて縫いぐるみにされて閉じ込められるぜ。んなことしてると」

「俺は俺だ」

黒のつなぎの裏地は決めてある。ピンク紫のサテンで、その二つの生地の間に綿を敷き詰め、それでそれが動かないようにサテン側から蜘蛛の巣ステッチを銀の色で打っていくのだ。冬用縫いぐるみ素材は今回はもふもふの羊毛だ。

今は初夏の時期なので、パトリックは暑苦しく見ていた。

胸部や腰やケツにポケットもつけるので、その胸ポケットファスナーや、その上に付ける真鍮のスター鋲、それに赤の縫いぐるみ素材手袋をつけるために袖口につける赤の大きな釦も飼った。それの片方はクリスタル紫胴体の蜘蛛で、胴前のファスナーも紫を選んだ。

次々選んで行く素材で何が出来るのか、パトリックには分からなかったが選ぶもの自体はクールだった。それが後に、冬になるとハリスの胴四肢を包み込んでいる物になるとも知らずに。

くわえて、帽子のための素材は三つのハザードランプを購入し始めていた。薄ピンク色の帽子をつくり、下がる耳当てにつける奴だ。冬は何しろ暗くなる。そしてもう一個は太い金チェーンに繋いで首から下げるのだ。そしてピカピカ光る。

それらを買うと、またいつもの様に預かっていてもらう。

そして出たその姿を見ていたのが、隣りの高級人形館にいた人間だった……。


 映画館でジュースを飲みながら、上映を待っていた。

パトリックはポップコーンを食べていて、おどろおどろしい周りを見ていた。誰もがそっちけいの装いだ。

生贄か、悪魔か、傍観者の貴族仮装か、そのどれかだった。

その中には先ほどの人間もいて、ハリスを横目で見つづけている。

上映が始まった。

青白い顔をした黒いヴェールの美人は男だ。風で翻っている。後ろに流される黒髪はシャープで、黒の大きな角が石通路の白い月光がアーチに差す中を、鋭い影としてうねりのびている。

目も覚める様な青の瞳は透明度が高く、そして腕を掲げた。

そっと尖った黒の爪を横へ移動させ、青白い月光の差し込む灰色石の空間に、サファイア色の光る線が引かれた。

崇高なピアノがクリスタル音で響き始め、水の美しさをどこかからか伝え、そして浸蝕させる。

徐々に音が大きくなり始め、青の瞳が空を見開き見た。

暗転に閉ざされ、徐々に明るくなって行くと、白い光に包まれるその場所は、美しい草原の中の屋敷だった。

近づいて行き、徐々にファサードの状況、水色の空の下明らかになって行く。

白い服の貴族達が屋敷へ消えていき、そして馬車が集まって行く。

絢爛なホールには緻密な細工が施され、そして同じ様に緻密なシャンデリアが掲げられ、その中央の下に、棺があった。

美しい金髪ウェーブの女性が横たわり、花に囲まれていた。サイドには、筋肉隆々の黒人が仁王立っていた。

白い装いの貴族達が亡くなった女性の美しい唇に一人一人キスをしていき、クリスタルのピアノ音が響き始めた。

誰もが絢爛な空間を見回し、女侯爵様以外の透明度の無い中を、あの悪魔の影を探した。

白羽と硬質素材で出来た目許の仮面で、貴婦人がふと女侯爵の遺体を見た。貴婦人の黒のルージュがふっくらしていた物が、下のホクロ毎、みるみる恐怖へ戦いて行く。

腹部の美しい丹念な白レースとシルクが裂かれ、珠の様な真っ赤な血と共に、いきなり盛大なクリスタルのペガサスが羽根を広げ現れあのピアノの音が空間に震撼し轟いた。

ペガサスのいななきが、全て旋律になっていたのだ。

透明なそのペガサスは艶で存在が明らかとなり、驚いた貴族達のクラシック銃の弾丸を受け、壮大に胴体が波の様に振動しその中の透明鍵盤が盛大に弾き鳴り、貴族達は、それが女侯爵様であるのだと悟り戦慄いた。ペガサスは窓硝子を割り欠片を光らせ、水色の空へ羽根を艶めかせ駆けて行き、空へ透明に溶け込んでクリスタルのペガサスが見えなくなり、あの澄んだ音だけが空へ崇高に響き渡り凛としては、小さくなって行った。

地面を越え、ペガサスは黒ダイヤモンドの体となり駆け走っては、そして表裏一体の夜の世界へとやって来た。灰色の屋敷は古城であり、そして常夜であるその世界を支配する者のもとへ駆けた。ペガサスは白の巨大な月明りを浴びては黒の艶が落ち美しい白馬のペガサスへとなって行き星の空を駆け抜け、ペガサス座の力もシンクロし借りては毛並みは光沢もち温かく艶めいて、そして優しげなその瞳が上空から古城を見下ろした。

天を駆けてゆく。月光の差し込むその夜の世界の王へと。

夜の静寂を司る美しい漆黒の男は、クリスタルの旋律によりアーチの間口から夜を見上げた。

音は大きくなって行き、そして一瞬をおき、闇に包まれたと思うと激しい石を打つ音が蹄を打たせ、この場に響いた。

悪魔は、純白のペガサスを見ては、彼女が亡くなったのだという事を感じた。その死の音は、ずっと聞こえつづけていた。クリスタルのピアノの旋律となり。

純白のペガサスは月光で、キラキラと純白粒子が砂の様に降りてゆき、そして透明のその姿を現した。

悪魔は女侯爵の存在を知り、その顔立ちを見上げた。その艶で明らかになる先に彼女の微笑みが揺れ、彼が爪先を差し伸べた。

クリスタルが胴を爪で貫かせ、胴の中のクリスタルが旋律を上げ触れられる事で鳴らされ存在が月光に光り明らかとなっては、その先にいる彼女を躊躇う事無く抱きしめた。

強く抱き合い、頬を強く寄せ微かに息を漏らす。

白の屋敷の貴族達は、誰もが真赤に腹部を裂いた女侯爵様の遺体を見ては、それがあの悪魔のせいであるのだと信じ、一番夜の世界と近いという地下へ行き、儀式を始めた。

悪魔は途端に美しい夜の世界の中を苦しみはじめ、彼女は口を押さえ崩れた彼を見つめた。

月光が星の光と共に彼女の背に差し、そして肩越しに白の月を見上げては、その頬に涙が流れた。

闇に閉ざされて行き、エンドロールが流れ始めた。

上映三十分に満たないショートストーリーが終わり、ハリスは映画に泣いていた。

パトリックは何ともつかずに泣いているハリスを見て、ポップコーンを食べた。

「わけわからねえ」

「だがらあ、ううう、ごれはあ、貴族達が夜の精を悪いものだと勘違いしてえ、本質を女侯爵だけ知っててえ、でも世界違うから会えなくてえ、で死んだ時にその想いがペガサスになってようやく逢いに行けだどおぼっだらその痛烈な想いも貴族達が悪魔のせいだって勘違いして悪魔倒れちゃったんだおー、ううう、ううう、」

「悪魔に逢いたさに死んだならやっぱ悪魔じゃねえか相手」

「またそれが良いんじゃなーい! 愛の為に命顧みら無い事こそ悪魔愛!」

「ああそう……」

ハリスはうきうきして出て行き、パトリックは最終的にこいつの趣味がこうなために、首を振りながら歩いて行った。


 縫いぐるみと高級人形館に入り、ハリスは恋人のピンクそっくりの人形を見ていた。

いきなり口を塞がれ、ハリスが消えた。

「おい見てみろよ。この美人なイタリア製の白黒人形、イタリア人の美人署長そっくりだぜ」

パトリックが振り返ると、またあいつは勝手に出て行って帰ったのか、いなくなっていた。

「………」

ドア前に立った憮然としたアラディスが、そこにはいた。

「私が何か。ネイラー巡査」

目許をビキビキさせたそのラヴァンゾ署長が、顔を真赤にするパトリックを見下ろし、パトリックは手に持っていた高級で綺麗で白い肌に黒髪、黒瞳、黒ドレスの人形を持つ手を固め、はにかんみながら目を丸く、それを彼に渡した。

アラディスは目を伏せ気味にしながらそれを受け取り、クスクスと背後にいる署長妻のリシュール夫人が笑った。

「本当。そっくり」

「リシュール」

彼は横を見てからその白黒の人形を真っ白の手で椅子の上に戻した。

「ハンス巡査見ませんでしたか。いや。白山羊散歩していませんでしたか」

内心アラディスはどきっとし、妻リシュールを横に首を横に振った。

「いいや」

「やっぱ先に帰ったのか。お二人が珍しいですね」

「友人に子供が生まれたの。それで女の子だから縫いぐるみを贈ろうと見に来たというわけ」

「なる程」

「あなたは何を探しに?」

「ハンスが縫いぐるみここで売ってるっていうんで、そいつと来たんだが紹介する前に勝手に帰ったんですよ」

「店主が見当たらないな」

アラディスが見回し、顔を戻した。

「はい。いらっしゃい」

主人が奥から出て来て、彼等を見た。


 地下。ハリスは自分は何かしたかなと思いながらも閉じ込められていた。

そこはどうやら悪魔崇拝をする場所で、それでもこの街に伝わるものでは無さそうだった。

何かの儀式の場所だ。

多くの縫いぐるみが暗い中を、キャンドルで色とりどりに浮いている。人形供養の場所だろうか。それとも人形で儀式をしているのだろうか。

ハリスがいるのは、中央の台の上で、頭上と足先には同じ楕円高杯で取ってのついた金の壷があり、そしてその先の四角い絨毯が掛かる方の小さな台の上に、短剣、スポイト、鉄の棒、杭などが置かれていた。時々、上の鉄が連なるシャンデリアから溶けた蝋燭が落ちてきて熱い。間口は石の階段がすぐに続き、左右の壁燭台に長い蝋燭が立てられ灯っている。

自分が動けなかった。四つん這いにさせられ、両手と下足が石台のくぼみに丁度嵌められ、加えて首輪を嵌められ天井から下がる滑車に鎖で吊るされ格好が保たされ続けていた。

格好は白山羊のままで、山羊が立っているように見えた。カチューシャは地面に転がっている。あれを造るのには、綿と針金を通してくねくねにさせたのだ。

妖しい儀式でもするのか、ハリスは困りきっていた。〔悪魔の装賓〕で儀式を見たばかりで、殺されても困るなあと思いながら、困っていた。

パトリックは自分を探してくれているだろうか。分からない。もうとっとと帰ったかもしれない。隣りの布屋に預けているものも持ちに行きたいし、どうすれば抜けられるか体をくねっているのだが抜けられない。

「あなた」

「うわああ!!」

いきなり背後から声がして、驚いたハリスは肩越しに振り返った。

背後の壁一面が牢屋になっていたのだ。気付かなかった。

暗い中に古い鉄格子に手を掛ける女性が佇んでいて、ハリスは名前を聞いた。

「名前は何ていうの?」

「パトリシアよ」

「え? パトリック?」

「パトリシア」

「ああ、そうか……。俺はハリス」

「ハリス。よろしく」

「よろしく」

四つん這いで肩越しに見たままなのだが。

「あの主人には注意した方がいいわ。そういう格好させてきて、縫いぐるみに見立てて儀式をするから」

「………。これ俺の私服だよ」

「………」

女性が目を丸く見開き口を引き締め、戦慄きハリスを見た。

「あなたは何者? パトリシア」

「妻なの」

「え? 随分歳が離れてるね」

「こう見えて四十八よ。彼には一生子供に思えるのよ。こうやって、縫いぐるみの遊びを見せて喜んでいる幼い赤子にね」

「異常だね」

「あなたも異常ね」

「ありがとう」

キー……、

ハリスはギクッとして顔を戻した。

「………」

足音が響く。すぐに足が見えた。

「?」

驚いたことに、ラヴァンゾ署長だった。

「ここは一体……。?」

アラディスは、何とも付かずに複雑な心境の顔をし、四つん這いで山羊真似をしている趣味らしいハリスを見た。大方間違ってもいないが場所的には間違っていた。

「署長! 助けて下さい」

その言葉でアラディスは安心し、歩いて行った。

「あなたが消えたと聞き、店主の様子を見て店内を窺って来たんだが」

ドザッ

「署長!」

いきなり倒れ、その彼の背後から、主人が現れた。ハリスもパトリシアも震え上目になり、主人はズルズルと、百八十七の身長で重いアラディスを引っ張って行き、牢屋を開け、その中へ入れた。

鍵が閉ざされたギギギという音で、アラディスが顔を歪め目を開けた。

項をさすり、ハリスが叫んだ方向を見た。

アラディスは驚いて牢を蹴ろうが手を掛け揺らそうが無駄だった。

「無駄よ。とても頑丈なの」

驚いて女性を見た。そして身を反射的に引いたが、また牢外を見た。困ったな。リシュールやパトリシアは店内にいるはずだが、まさかミイラ取りが本気でミイラになりかねない。

「あなたは?」

「パトリシアよ。店主妻だけれど、三十年間閉じ込められているの」

確かに太陽の陽も浴びないのだろう、肌が透き通る白さだ。落ち着き払った声音は、年齢を相当上に思わせた。

「監禁か」

「彼はそう思っていません。保護だと」

アラディスは首をやれやれ振り、振り返った店主を見た。店主は四十八の年齢で、顔は恐い。体躯もガッシリしていてとても人形を取り扱っていそうに思えないが、それでも手先が実に器用で間隔も細かいものを持ち合わせていた。スキンヘッドで髭が生え、眉も無いので少しは愛嬌ある装いでもすればいいものをと思うが、店ではいつでもフェドーラを被り、赤い縁の丸い眼鏡を掛けているので笑顔も友好的に見えるものを、今は恐ろしい。

時々、行方不明者が出るのだが、まさか彼は関係しているのだろうか。大体は、一週間して皆が無事に素っ裸で山中で発見される。麻薬がいずれも検出され、記憶も無い。

ハリスも先ほど、嫌がっていたというのに麻薬の注射を射されて今はぐったりしていた。動かない。可愛そうに、明日あたりは激しく吐き気をもよおす筈だ。

ハリスがぶるぶる震え始め、着ている私服の白い糸が震え始めた。男が喜び始め、悦と笑った。唸ってハリスが首をふるふる振って、まるで雄牛の様に歯を剥きウーウー言い、いきなり叫んだ。

暴れ出していて、それを見て男は手をパチンと叩き合わせて、ハリスは真赤になって歯を剥きギャンギャン叫んでいる。まるでハリスでは無い山羊の皮を被った悪魔の様に恐ろしい声で怒鳴り叫んで拘束を外されたがっているが、石の拘束は外れなかった。

アラディスは見ていられなくなって、押し迫り始めた地下の記憶に、気が触れそうになった。男が嬉しそうに笑い始めて手をパチパチ叩き銀の短剣を振りかざし始め、怒鳴り叫ぶ高い声が悪魔の様な言葉を激烈に吐き続け、アラディスは牢屋の端に積み重なる白骨を見て目を見開いた。視界横で繰り広げられる男の異常性、そして、苦しみ泣き叫ぶ声、……銃声が轟いた。

男が倒れ、血が石床に広がった。

「………」

パトリシアは倒れた夫に叫んで床に膝を付き、銃声に驚いたパトリックがドアをかち開けた。

「!」

パトリックは急遽店内に戻って警察に連絡した。救急車も手配させる。

駆けつけ、苦しむハリスを見て転がった注射器を見て悪態をつくと頬をバシバシ叩いて気を取り戻させた。無理だったので、項を攻撃して気絶させ、まるで立ち止まった山羊の様に首をもたげ動かなくなった。

男の横に来ると血まみれの背に手を当て、息はあった。かろうじてという意味だ。致命傷が撃たれている。

牢屋の中閉じ込められていて、男を撃った銃を下げるアラディスを見上げパトリックはぞっとして、口をつぐんだ。

アラディスは闇色の瞳で男の背を見ていて、彼では無い様だった。

パトカーが鳴り響き、警官達が流れ込んで来た。

警官が男の腰元や服を探って鍵を見つけると牢屋から二人を解放し、次に駆けつけた救急隊が瀕死の男を連れて行った。

アラディスはハリスの横に行き、仕組みが分からなかったので辺りを見回し、斧を見つけるとそれで石をかち割って抱き上げた。すやすやと眠っている。

「彼女は」

「店主妻だ。三十年間閉じ込められていたというが、牢屋奥に白骨がある」

警官が頷き、女に聞いた。

「奥さん。この白骨は一体? あなたも共謀者ですか?」

「……違うわ! 彼が投与した麻薬で急性中毒になって亡くなってしまった人達よ。あたしはそれを共に遺体と過ごさせられて、ウジも死臭も腐敗もずっと、それでそれを食べて生きて来させられたのよ!」

アラディスは一度激しい頭痛を覚え、とにかく彼女も運ばせる。

店内のリシュールが事情をアラディスから聴き、自分のサングラスを彼女に貸してから彼女の肩を支えてパトカーにともに乗り込み病院へ向かった。

アラディスはハリスを抱き上げ連れて行き、二台目の救急車が来た為にそれに乗せ自己も乗り込んだ。


 病院で麻薬検査をすると強烈な幻覚剤だった。だが、同じ地下には覚せい剤も隠されていた。そちらを使われたわけではなく、まだ良かったものだ。

「きっとしばらくすれば体から抜けて、目覚めるでしょう」

アラディスは相槌を打ち、警官がアラディスの所に駆けつけた。

「手術終わりました。貫通していたので、瀕死は免れたようです。事情を聴くには目覚めない事には」

「そうだな」

アラディスはハリスの金髪を撫でてから、店主妻の方へ向かった。

彼女は病室で栄養の点滴を受けていた。白い場で見ると、なおの事やつれている風が際立っていた。人生への諦めと、希望の無さと、相反する開き直りの見えるくらい目の中の光り。

彼女の横へ行くと、キャンドルの灯火で金髪に見えたが、実際はもっと淡い色味だった。

「三十年前からご主人にはああいった異常性の症状が?」

「始めは、縫いぐるみだけでした。四足の動物の。それも、あたしが五年していい加減出してと怒り始めた時期があって、その頃から彼は喜ばないあたしに台の上で体罰を。そして四足の縫いぐるみを着けて鞭払って来ました。それで、耐えられなかったので彼を喜ばせるために、喜んでみせたんです。そうしたらまた閉じ込めてきて、あの例の縫いぐるみ儀式を。それが徐々に、彼自身が悟り始めたんでしょうね。あたしが愛想笑いだと。十年前からです。誘拐してきたのか、男を拘束して四足の縫いぐるみを着せて、それで人間を使った儀式を始めたのは。三年前から麻薬を使うようになって、神の降臨だとか言い始めて喜んでいて、そこで亡くなってしまえば檻に入れて来て……、先ほど話した通りです」

警官が恐いアラディスの横顔を見て、警官が言った。

「事情をまた殺人課の人間に言ってもらう事になるので、そろそろ来る頃だとおもいますが、体力も整っていないと思うので、お話が無理そうだったら日を改めます」

「大丈夫です。気はしっかりしているんです」

「分かりました。事情を聴いて確認が取れ次第、旦那さんは目覚めたら刑事的処分が下されます。その後療養の済み次第、弁護士の方に連絡とってもらってください」

「はい……」

彼女は俯き、唇を震わせて目を伏せた。

アラディスはそっと手を包み、頭を引き寄せた。彼女は美しい香りのする彼の肩に目許を当て、静かに泣き続けた。

警官が出て行き、そっと扉を閉めた。


 ハリスは目覚めると、激しい頭痛と吐き気と酔ったあとより最悪な気分にうんっざりして、うんうん唸った。

「頭いたいよー気持ち悪いよー」

頭を抱えて沈んでいて、顔が真っ白になり冷たかった。

「うーんうーん」

「全くあんた、誘拐されたなんて何やってるのよハリス」

母親が背を大きくさすってあげ続けながら、ハリスはバケツに吐き続けていた。

温かいタオルか冷たいタオル両方持って行くと、ハリスは冷たい方を手にもって顔に当てて唸った。

「今にお医者様も抜けるっていうから、もう少しの辛抱だよ」

「うん、うん」

ハリスの背をさすってやり続け、項を温かいタオルで温めてやり続けた。

特Aに回されたので、部下の所にカトマイヤーが来た。

「ハンス巡査」

「ぶちょー、頭いたいよー」

「まあまあ! 部長さんですか? この子がお世話になっています」

「こちらこそ。警部のカトマイヤーです。本日は息子さんに危険な目にあわせてしまい申しわけ無い。防犯には至らずに」

「でも、この子が事件現場を掴んでくれたようなものです。この子もおっとりしてるものだから本当にもう」

「常用性の極めて低いものらしいので、今後の生活には支障は無いと思われます」

「良かったですわ。ほらハリス。あんたも治ったら謝るのよ。迷惑掛けてこの子ったら」

「うん、うん」

「しばらくはゆっくりと休んでいなさい」

「はい、ううう、」

カトマイヤーは微笑み、肩を叩いてあげた。


 主任ガルドは、昏睡状態の容疑者を硝子先に見てからキャリライを見た。

「どうやら、以前押収されたアフガン・ハウンドの縫いぐるみもあの店の特注品だと言う事で、何かしらの関連性があったのかもしれないから合わせて事情を聴く事になる。エーラン一族は後継ぎが今はいないから、また妻探しに彼は出ているんだが、奥さんがあの店を贔屓にしていたかの話だけでも問い合わせてみる」

「注文書は無いのか」

「それが、彼整理というものを知らないようで恐ろしい事になってるんだ。わざとか、精神の現われだろうね。今フィスターが必死になってその一枚を探しているよ」

ソーヨーラとロジャーは行方不明で発見された者達の場所へ再び向かい、今回の事件の状況と照らし合わせて過去の事を何か思い出せないかを聴きに回っている。科学捜査課のディアネイロは白骨の身元に当っていた。

ガルドは硝子の中の男を見ては、溜息を押し殺した。

この人形職人はスラム地区の女達も人形の作り方を教えてもらう事がある店主だ。ガルドもチビ時代はこの店主に白い蛇の縫いぐるみをねだって作ってもらった事があった。受付嬢ロマンナの母親もこの男の父親から人形や縫いぐるみの作り方を教わってきたのだ。それで手に職を付けて生活金を得ている。

「息子はまだヨーロッパの留学から帰らないらしい」

「知り合いか」

キャリライがガルドを意外そうに見た。

「ああ。ガキ時代から。だが異常性なんか一切見破れなかった事だ。息子がこの事何か勘付いていたかは不明だな。俺と大して歳は変わらないが、学校が違ってあいつはずっと寮暮らしで稀にしか帰らない」

「それだと分かっていたかは難しいな」

「それにマッパで発見され始めた行方不明者も年号は一致しているが、今回の事件と本当に被っているかも不明だ。何か皮膚に縫いぐるみだとかの繊維が残ってれば良かったものを、それさえも全て皆無な状態だ。それを狙ったんだろうが、逆にどの状況の誘拐事件にも当て嵌められる。今は目覚めるのを待って、行方不明者の写真見せて確認する事になる」

ガルドは身を返し歩いて行った。

「それで、誰がラーケットを瀕死の状態にしたんだ?」

「………」

キャリライが答えなかった為に、ガルドは肩越しに見下ろした。床を見ながら歩いている。

「おい」

立ち止まり聴くと、キャリライが顔を上げた。

「署長だ」

「………」

あの射撃の名手であるラヴァンゾ署長の射撃場での手ほどきを思い浮かべながら、頷きながら向き直り歩いて行った。

ハリスの病室に来ると、頭を抱えていた。

「おい大丈夫か」

元気付けに部署のデスクから持って来てやった白黒の〔LEGO〕という名らしいブロック玩具についてくるというプラスティック製の奴をハリスのベッド横のサイドボードの上にある白山羊の生首横に置いた。置いてからガルドは目を丸くフィスターっぽいその白山羊を見た。

〔LEGO〕に人形は白い顔、手、シャツで、黒いネクタイと黒いスーツと黒い髪がペイントされた奴だ。顔は目に睫が生えている。なので黒服の殺し屋人形に見えた。ガルドは〔LEGO〕がなんなのか不明だ。この殺し屋でこいつはいつでも頭んなかでシューティングゲームでもおっぱじめてやがるのか、デスクでこれで遊んでいる。

「頭割れる痛いよー」

「手柄だったハンス。お前が囮になって潜入捜査したおかげだ」

そう肩を叩き、うんうん頷いた。


 驚き帰国した息子が、ガルドを見ると抱きついて頬にキッスしまくってきたので、フィスターは大驚きで黄緑色の目を丸く横目で見上げた。この息子は縫いぐるみばかりさわって来てドレスを学び着せ替えを続けた結果、おネエなので、既に父親の起した事件に大泣きしていた。

「お前の母親が生きていた」

ガルドがそう言うと、彼はもう泣き叫んで崩れた。ずっと父からは病気だったと聞かされてきていたという事で、ガルドともそこの辺りで心通じ合う事があったのかもしれない。

病院に到着すると、硝子の中を観て大驚きし、ぶっ倒れた。

ハリスはもうこの翌日には目覚めて元気まんまんに戻っていたので、大慌てで支えて逆に長身の彼に潰された。

「これは知る由も無かったな」

ソーヨーラが来た。

「一向にもう思い出せない記憶は思い出せないようだわ。だから、白骨で見つかった者達の監禁死体遺棄容疑と、麻薬の線の捜査になるわね。麻薬課が今は駆け回っているわ」

「そうか」

うっすら目覚めた息子を支えて、ガルドは言った。

「母親に会うか?」

「会いたいわ……」

そう言い、その彼を連れて行った。

もう病院中に泣き声が轟いて、隣りの部屋の患者まで何ごとかと飛び起きた。

生まれて二度目逢う事が出来た可愛い息子がニューハーフになっていたのは驚きだが、立派に大きくなってくれていて彼女も喜び泣いていた。

ガルドは気を落ち着かせると、行方不明者だった者達の写真を見せた。

「覚えはあるか? いずれも二年前から遡っているんだが」

「この子……、覚えているわ。馬の格好させられていた。それに、この子はカメレオンよ。ああ、この子……どうだったかしら……。縫いぐるみ全て壁に掛かっているけど」

「縫いぐるみに毛髪などが無いか調べてみます」


 「血液が検出され、血液型が一致。六名ともだ。三名の白骨はまだデータを割り出している」

ディアネイロの報告に頷いて、ガルドは押収された全縫いぐるみを見て言った。

「毎年、この時期になると異常性が出ていたようだ。毎年一人青年を誘拐して、連れて来ていたらしい。他の時期は問題無かったようで、妻にも地下牢のままだが普通に三度の食事を与えていた。スプーンで旦那がな」

「容疑者は目覚めて?」

「いいや。意識不明の状態だ。目覚めたら送検する」

ガルドは一度、男の自宅へ行く事にする。こういう犯人は、記録を残したがるものだ。そのカメラがあの妻なら困るのだが。

赤紫のベライシーに乗り込み向かう。

久し振りにやってきた男の家は、エケノ地区にある。やはりしっかりとした門扉は暗い色の煉瓦で、その中に白いざらついた壁の家がある。この屋敷はドールハウスのようで、外観はそうは見え無いが内側は凄かった。真中で割れたハウスのようになっていて、三階構造吹き抜けの全ての片側の壁が無くみえる状態で、木の柵が付いている。なので、鋭角な三角ホールがあり、その上に天井屋根と共に、シャンデリアが掛かっていた。庭は高い壁に囲まれた狭い三角形だった。ロマンナとローランサンがよくチビのガルドを引っ張って行って遊びに行くと、ガルドをライオンの赤ちゃんに見立てて大喜びで縫いぐるみ遊びをしていた。ローランサンは事者頃から大人な風だった少女なので、その時からいつでも澄ましてオママゴトをしては、リアルな大人の恋愛事情の会話を四個以下の人形で進めていた。

いつでも各部屋で遊んでいる彼等を三角ホールで見上げ男は喜んでいた。

ハリスが顔を出すと、ドールハウスを見上げて驚いていた。きっとフィスターでも連れてくれば大はしゃぎで、ガルドもチビ時代に跨って遊んでいた縫いぐるみ木馬に乗って大喜びしていた事だろう。

ガルドは、一階奥リビングになっている部屋に来ると壁際のソファーに座り、カーテンを指で開けた。

「?」

三角の庭に、メリーゴーランドがある。昔は無かった。どれも布製で出来ていて、四体。兎、リス、ワラビー、

「! チワワちゃん!」

チワワもいた。

ガルドは窓を蹴破り猫の様に庭に飛んで行き、いきなり激しく警報が鳴り響いて三階の寝室を探っていたハリスはぶっ飛び驚いて見回した。何が何なのか分からずに、カーテンを引いたり、シャンデリアの天井窓を見上げたり、走って廊下突き当たり窓を見回し、見下ろした。

「………」

何ともつかずに、年下主任のガルドが芝生の庭に転がっていて、向こう一階の硝子が割れていた。

「何やってんだこら!」

ハリスは走って館を回って裏庭に来た。

ガルドは頭をかりかりかいていた。メリーゴーランドは子供用らしく、大きな屋根で雨でも塗れない様になっている。この上空から見ると本の形になっている館は、屋根が門扉と同じ暗い色の煉瓦を綺麗に磨き瓦として重ねられてある。こちらの方は高い白の壁のみに二方向囲まれ、圧迫感があった。もう一方と来れば、あの暗い色の煉瓦塀だ。こんな何も無い所回っても、楽しいとは思えない。だが実は回転すると、映写機も回って白い壁にいろいろな光が乱舞する仕掛けになっていたのだが。それに主人は縫いぐるみを乗せて窓から見ているのが好きだった。というやはり変わり者だった。彼自身にも色とりどりの光が乱舞して悦とした微笑みが窓の中浮かんでいたのだが。

「屋敷の中は何かあったか」

「無いよ。全く、警報止めてきてくれ」

ガルドは唇を突き出してまた割った窓から戻って行った。更に警報がけたたましく鳴り響き、ハリスはまだ多少頭がいたいので耳を塞いだ。

「?」

ガルドが警報を消して戻って来ると、場所は慣れていて分かっていたのですぐだった。

「こういうのは年号がどこかに刻印されているか、プレートがある。探せ」

「あったよ。上」

柱の上に年号プレートがあった。

「九年前完成か。会社調べろ。仕掛けが何かあるかもしれない」

「あったよ。シートが外れた」

「即効だなお前。薬やって頭ようやく通常のシャープさに戻ったんじゃねえのか」

「冗談はやめてくれ」

外れたシートを持ちながら、その中には普通に修理用品だけだった。また兎の背に被せる。

「チワワの首が取れたよ」

「!」

バシッ

「何で叩かれるんだ……」

ハリスは頭をさすりながら、中を見た。ロープと緊急道具が入っていた。それに水のボトルと缶まで。シートを上げると寝袋と懐中電灯が入っていた。

ラワビーをあけた。

その中には防水封筒の中にこのメリーゴーランドの設計図のコピーと契約書と会社の書類が入っていた。フランスの会社だった。

肩越しにハリスを見ながら、リスの頭を取った。

そして見下ろした。リスの頭の中は空っぽだった。ガルドは噴出し俯き、ハリスはリス顔で振り向いて「?」と肩を震わせているガルドの背を見た。リスは尻尾の先に坐ることになっていて、しっかり足掛けもあった。

それを外してみようとした。ガタガタいうが、外れ無い。

ガルドがリスの首をハリスに被せ戻し、ハリスは重くてギャーギャー叫んでいた。

ガルドが無理矢理バキッと金具を飛ばすと、筒型に上にスライドして尻尾を外した。

「………」

写真だ。あの地下で四つん這いにされた状態で背から縫いぐるみの布地を掛けている。顔の分かる写真も其々あった。あの行方不明の六名と、それに他にも三名いた。白骨と照合する必要がある。写真が出てくれば相当楽になるが、間違い無いと思われた。これで身元確認も出来る。

「でかしたなリス」

ハリスの背をバンバン叩くと、それはリスのメリーゴーランドの方だった。

「?」

ガルドは見回し、ハリスが重い頭を取ってゼーゼー言っている背を見た。

全て戻してから証拠品と設計図などの入った封筒を持ち戻った。

結局、店主は目覚めるまで時間が掛かるという事になり、証拠は揃い、白骨との照合も済み、あとは送検されるまでを大学病院で療養という事で事件が解決方向に向かった。


 パトリックは、懲りずにまた妙な事になっているハリスを見つけた。

パトリックはドールハウスの親子を気遣ってお菓子を持って来ていたのだ。

暗い場所にいつづけた母には眩しすぎる開放的家なので、各部屋毎にカーテンが下げられている。今は母親のいる部屋だけがカーテンが引かれていた。あまり運動量も無く出歩く事も出来ないので、徐々に体を慣らすことになっていた。

一時息子が国に戻って昼は父親の看病、夜は母親の世話をしていた。

ハリスも遊びにきていて、パトリックを見た。

ハリスは春の内に作ったものを身につけていた。紫色の星型縫いぐるみ帽子だ。背中には三日月型でピンク色の斜め掛けリュックだった。だが格好の方はまともで、市販の黒のハーフパンツに、黒の半袖シャツ、黒のネクタイで、ピンクのスニーカーを履き、手首にはまた彼のつくったもので、天王星のもさもさバングルと、海王星のもさもさバングルがはめられている。付け爪は全てそれら惑星の色を分けたネイルアートだった。

こいつのこれはもう完全に好みだなと思い、パトリックは何も言う事無くニューハーフの息子に頬釣りされながら抱き疲れているハリスを見ていた。

母親の方はベッドルームでフィスターに付き添われ、熟睡していた。

一方ガルドは、人知れずチワワちゃんに跨って耳の間に頬をのせ、回転してぼうっと白壁と煉瓦塀に反射する光りを眺めているのだが。エメラルドの瞳がぼうっと、時々様々な光を反射させながら。

白と暗い色の反転で、夜と昼を同じ様に光が駆け巡り、まるで映画ではなしえなかったかのように二つの世界が一つの渾然とした光で繋がっている。ここでは……。ペガサスとなった想いがなくとも。


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