一枚の写真
ジョン・スパンは改造された身体のことをパット・ジェネロウに告げた。ザップ・ジオファンタスは警察庁の警備システムのサーバーにスパンの情報をアップロードしていなかったことを謝罪し、すぐにCG秘書のサリーにアップロードさせた。
ジオファンタスは応接セットへと二人を促した。スバンとジェネロウが横並びで座り、テーブルを挟んで向き合うようにジオファンタスは、ソファー仕様の電動車イスを移動させた。右側壁隅の一部が突然上下に開き、スパンとジェネロウを驚かせた。そこからティーポットとティーカップ三個の乗ったトレイを持って介助用オートマトンが現れた。その造形は、デッサン人形のようでシンプルなものだったが、ティーカップに紅茶を注いで差し出す指の動きは、介助に特化した滑らかなものだった。
「事件の詳細については、ジェネロウ君の説明でわかったと思うが、補足しておくべきことがあるのだよ」
「何でしょう?」紅茶を一口飲んで、ティーカップをテーブルに置いた。
「君は、“ストラルドブラグ”についてどれぐらいのことを知っておるかね?」
「超能力を持った不死者。私は、そのひとりを知っています」この言葉は、ジェネロウを少し驚かせた。
「ノーフェイスか」
「ええ」
「ジェネロウ君。我々が把握している“ストラルドブラグ”は?」
「九人です。しかし、シュバルツ・ローゼン、ヴァイス・リーリエ、ヨナ・ストラヴォ、ノーフェイスの四人しか存在を確認できておりません」ジェネロウは、手帳などを見ることもなく即座に返答した。
「“レリクィア”については?」
「十二個あると伝えられておりますが、《精神》の左右二個しか存在を確認できておりません」先程と同様に即答だった。
「“レリクィア”? 何ですかそれは?」
「我々が神の忘れ物と呼んでいる聖遺物で、頭、左右の眼、左右の耳、口、首、心臓、左右の手、左右の脚それぞれに装着することで、神の力を具現化できるアイテムだ」と言ってジオファンタスは、ソファーに深く沈み込んでいた身体を少しだけ前方に起こした。
「本当に存在するのですか?……神の力なんて」スバンも少し前のめりになった。
「間違いなく存在する」
「もし、それが奴らの手に渡るようなことになれば、この世界は奴らの思いのままだ」(最強のAV男優が最強の電マを、最強のAV女優が最強のオナホを持つようなもんだ)勿論、口には出さなかった。
「奴らはすでにその幾つかを保有している。そして、我々も《精神》の左右二個を保有している」
「えっ」
「我々は、アルゲース、ステロペース、ブロンテースの三つの研究施設を統括する『キュクロープス』という“ストラルドブラグ”研究機関を持っている。機関が保有している《精神》は耳飾りの形状をしていて、それから発せられる波動は、人間の精神を崩壊させるそうだ。機関は、神の力の発動にいまだ成功していない。発動に関わったすべての研究員が、生体エネルギーを使い尽くし命を落としてしまったからだ。普通の人間には発動不可能と結論づけた機関は現在、被験者となる“ヘブンズチャイルド”を捜している。具現化できる神の力や発現条件は、十二個それぞれに異なり、奴らにとっても、生体エネルギーの喪失は即ち、老化促進となるため簡単には手を出せない代物らしい」
「そこまでの詳細な情報が、『キュクロープス』という研究機関だけで?」
「実は情報提供者がいるのだよ。『黒薔薇十字団』から袂を分かち、『白百合十字団』を創立した“ストラルドブラグ”のヴァイス・リーリエという人物がな」
「奴らが信奉する三大魔導書の『ケイモンの書』、『ネブラの書』、『カプノスの書』に“レリクィア”に関する記述があると言うのだ」
「信用したのですか? シュバルツ・ローゼンにヴァイス・リーリエ……名前からして怪しそうですが」
「私は五年前、ICPO本部の代表者二人と共にリーリエとグランドロックス=ヒル東京で会談をおこなった。リーリエは、驚くほど美しい女性だった。二十代にしか見えなかったが、シュバルツ・ローゼンと同じ年齢だと言った。彼女に会うのが初めてだったので、本物だったかどうかは今でもわからない。奴らは細胞を操り、顔の骨格や毛髪の色、瞳の色を変えることが造作もないのだから。だが、そんなことはどうでもよくなったのだ。彼女は、三大魔導書の写しと《精神》の左右二個を我々に預けると言ったからだ」
「会談が無事に終了すると、彼女は我々と横浜公園へ瞬間移動した。三大魔導書の写しと《精神》の左右二個を残し、我々の眼の前で彼女は一瞬にして消えた」
「彼女が何を企んでいるのかはわからない。だが、我々には一筋の光に思えたのだ」
「以上が君に補足しておくべきことの全てだ」
「さて、今回の事件に話は戻るが、潜入捜査官は顔の整形と人格移植を施したにも関わらず、瞬時に見抜かれ殺害されている。このことから犯人は“ストラルドブラグ”か“ヘブンズチャイルド”のどちらかに絞られる」
「そこで、二人にはこの少女を探し出してもらいたいのだ」とスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出した。それをテーブルの上に置き、二人に見せた。
「写真の少女はコーネリア・キルドレーン。当時八歳。今から九年前に撮られたものだそうだ」
「彼女は生まれついてのテレパシー能力者で、きっと今回の事件で一筋の光となってくれるはずだ」