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鉄仮面

 二○八九年七月十四日 午後六時三十分

 三大企業連合のビル群を望む緑豊かで広大な横浜公園。

「四人目か」パット・ジェネロウは、腹立たしげに言った。

「ええ」側にいた三十代前半のゲイル捜査官が、眼鏡の真ん中を人差し指で押し上げ、持っていた報告書を見た。夕暮れで、文字が見えづらかったので、近くにいた警察官に手で合図して周囲に照明をつけさせた。そして、再び報告書を見直した。

「詳しい事は先程採取したDNAの鑑定待ちですが、フォード捜査官に間違いなさそうです。潜入失敗はこれで四人目です」と答えた。

「何故だ?」自問するようにジェネロウは呟いた。

 四十代半ば、少し額が広めで、いかつい顔つきのジェネロウは、腰を落としてしゃがみ込んだ。しばらくの間、仰向けに倒れている死体をまじまじと見つめた。二十代後半のがっしりとした男の胸には、硬貨大の穴が空いていた。心臓を一発、胸から背中を貫く真円の傷口は、上から覗き込むと深い井戸のようだった。

「即死ですね」とゲイル捜査官。

「ああ、一瞬のことで痛みを感じることさえなかっただろうな。この傷口から察するにオートマトンのレーザー砲だな」薄くなってきた頭髪を数回掻いていると、彼の携帯Vフォンが鳴った。スーツの内ポケットから携帯Vフォンを取り出すと画面には見覚えのある顔が映っていた。

「そ、総裁」とすぐさま立ち上がり、直立不動の姿勢をとった。ゲイル捜査官も条件反射のように同じ姿勢をとった。

 ジェネロウの直属の上司ザップ・ジオファンタス。ICPO本部から日本の警察庁に極秘捜査のために派遣され、外国人でありながら国家中央事務局総裁の椅子に座っている。彼の指揮下にあるジェネロウを含む六名の捜査官は、日本国内に於いて特別に司法警察権を許可されていた。

「ジェネロウ君、明日の午後、総裁室に来なさい。直接、詳しい報告が聞きたい」

「はいっ、わかりました」



 二○八九年七月十五日 午前九時 探偵事務所

 ジョン・スパン、キャンディス・メロン、凪原和也の三人は、それぞれ昨日と同じ席に座っていた。

「凪原君、君のマンションはもう既に解体されていて、襲撃の痕跡は何ひとつ残されてなかったよ」

「そうですか」何ともいえない表情の凪原。

「メロンさん、彼のことで何かわかったことがあるか?」

「個人情報はブロックが強固で、私にはちょっと無理みたい。これから先は、エイキンに頼むしかないわね」

 その時、ドアが開いて、昨日の少女が入ってきた。

「運命の男よ、結婚の打ち合わせを始めるとしようか」



「お〜い、スパン今日はいるのか〜っ」とスティーブ・マイロが勢いよくドアを開けて入ってきた。その後ろからハンス・クルーガーとジョージ・ベアードも入ってきた。三人は、いつもとは違う光景を目の当たりにした。

「おいおい、スパン……隣の小娘は誰だ?」とマイロ。

「私のことか。私はこの男と結婚する女だ」少女が昨日と同じ席で、昨日と同じようにスパンと腕を組んでいた。

「けっ、結婚だとー! スパン、お前って奴は何て恥知らずな野郎なんだ。メロンさんという人がいるっていうのによ!」とマイロがカウンターを叩きながら言った。

「いや、俺は」

「問題は、胸か! 胸なのか。そうか、胸なんだな」とマイロ。

「マイロー! お前はたった今、私のキル・リストに載ったぞ。恐怖に震えながら長い夜を泣いて過ごすがいい」とメロンは猛り狂う。

 マイロはお構いなしに話し続ける。

「しかしお前、ローラもそうだが、この年頃の小娘によくなつかれるな」

「何っ、ローラという妾がおったのか。やはりお前も男なんだな」

「バカ言うなって。ローラはとても大事なクライアントだ」

「男と女の問題だ。周りがとやかく言うことではない」とクルーガー。

「“シュライク”と“アクトレス”の二人には仲良くしてもらいたいんだど」とベアード。

「スパンとメロンって呼べよ」とマイロ。

「俺は、潔白だ。何も後ろめたいことはない。キスしたのだって、避けようのない事故だったんだから」

「なんだよ、なんだよー。やることやってんじゃねーか。えっーと……オレが最近キスしたのは、いつだ? 昨日? 三日前? う〜ん?」とマイロが悩む。

「マイロ。今、お前のキスはどうでもいい」とクルーガーがマイロの肩をポンポンっと軽く叩いた。

「私が世界一の美女だからと嫉妬して仲間を呼び集めたようだが、醜いぞ、ペチャパイ女」

「フン、バカね。あんたが世界一なら、私は宇宙一の美女なのよ! レベルが違うってもんよ、カッパ女とはね」

「二人とも落ち着くんだど」とベアード。

「不毛な争いだな」と言ってクルーガーは窓際の応接用のソファーへ向かった。

 山積みのエロDVDの前で、凪原和也はこの寸劇を楽しんでいるようだった。

 彼の方を向いて、猫の“アッシュ”が大きくあくびをした。

 その時、スパンのVフォンが鳴った。



 二○八九年七月十五日 午後一時 東京 霞ヶ関

 国家中央事務局総裁室。ジェネロウがドアの前に立つと、ドア横のVフォンがテクスチャ画面から美しい女性の顔に変わった。

「総裁秘書のサリーです。ご用件をどうぞ」

「パット・ジェネロウ主任警部であります。総裁の命により事件の報告に参りました」

「スキャニング指定位置にお立ちになり、IDカードを識別装置にお通し下さい」ジェネロウはスキャニング指定位置に立ち、Vフォン下の識別装置にIDカードを通した。彼の頭の先から足のつま先までを赤いレーザー光が走った。

「スキャニング終了。パット・ジェネロウ主任警部と確認。入室を許可します」

「どうぞお入りください」Vフォンがテクスチャ画面に戻ると同時にドアが開いた。

(まったく、CGの秘書っていうのは無愛想でかわいげがないな)

「失礼致します」ジェネロウがはじめて入った総裁室は、右側に総裁の机、左側に応接セットというシンプルで無機質な部屋だった。正面奥の窓際にいたザップ・ジオファンタスがジェネロウに

「ちょっと待ってくれ」と言ってソファー仕様になっている電動車イスを動かして、総裁の机へと移動した。


 ジオファンタスは、デスク前に立つジェネロウの報告を聞いていた。ソファーに深く沈み込むような格好で、ペンを手で玩びながら思索をめぐらしているようだった。報告をひと通り聞き終わると、ペンをデスクの上に置いた。角張った顔の輪郭、実直で頑固、融通が利かず近寄り難い雰囲気。『鉄仮面』の異名を持つ彼は、上目づかいでジェネロウを見据えた。ジェネロウといえども緊張の色は隠せなかった。

「確かなのだろうね」

「はい、現時点でICPO内部からの情報漏洩は確認されておりません。殺害されたフォード捜査官の潜入作戦を知っていたのは総裁と私、それに整形担当のグレック医師と人格移植担当のシェーンハイム博士だけでした。それぞれが、計画実行まで通信手段全てを遮断された部屋で、警視庁の人間により二十四時間体制の監視下に入っていました。警視庁には警察庁からVIPの身辺警護依頼という手続きを取りました」

「フォード捜査官は、全くの別人として奴らに接触する手筈でしたが、接触してからわずか数時間後には殺されています」

「“ストラルドブラグ”とは、死神なのでしょうか? 我々のやってきたことが、愚かで無謀なことに思えてしょうがありません」

「断じて死神などではない。よく聞きたまえよ、ジェネロウ君。奴らは、我々と違って死ぬことはないが、我々と同じように老いてゆくのだ。奴らにとっての最大の恐怖が老いなのだ。死神どころか皺やシミを気にする女性のようで、何とも滑稽ではないか」

「我々にはない“特別な力”も、老化して動かせなくなった四肢の代わりとして進化し、発達したものだと言われている」

「決して臆することはないのだ、ジェネロウ君」

「はい、総裁」

「実は、君にわざわざ報告に来てもらったのは、会ってもらいたい男がいるからだ」

「誰ですか?」

「私がまだ軍人だった頃の部下で、今は山手公園の近くで探偵事務所をやっているそうだ」

「総裁! 失礼ですが、私は犯罪対策のプロです。二十年近くこの仕事を続けてきたプライドだってあります。FBIや警視庁ならまだしも、民間の探偵だなんて」

「君のプライドを傷つけるつもりは毛頭ない。その探偵は元“バーズネスト”の一人なのだ」

「“バーズネスト”……はじまりの“ストラルドブラグ”として報告されたシュバルツ・ローゼンが創設した秘密結社『黒薔薇十字団』。その掃討作戦に投入された部隊に確か……」

「ああ、そうだ。『黒薔薇十字団』から尻尾を巻いて命からがら逃げ出し、腰抜けと罵られた部隊だ」

「腰抜けって……だったら、なおさら」

「だがなジェネロウ君、よく考えてみたまえ。幾度か試みられた掃討作戦で、生還したのは彼らだけだという事実を」

 突然、総裁室前の廊下で大きな警告音が鳴り響いた。

「緊急事態発生。緊急事態発生。危険物所持者を発見。危険物所持者を発見。警備員は速やかに確保せよ。警備員は速やかに確保せよ」Vフォンの総裁秘書サリーが警告した。

 廊下では、二人の警備員と男が取っ組み合いを繰り広げていた。

 ジェネロウは、胸の辺りを探ったが銃を持っていないことを思い出し、

「チッ」と舌打ちした。

 ジェネロウは、ドアと接する壁に背中を預けるようにして廊下の様子を窺いながら、ジオファンタスを見た。

 ジオファンタスは、ソファーに深く腰かけたまま、全く動じる様子がなかった。それは、ある意味仕方のないことだった。ある作戦中に負傷して原因不明の半身不随となり、現代技術を持ってしても原因の特定が出来なかった。そのため、人工身体化の判断が難しく電動車イス生活を余儀なくされていたのだから。

「確保ーっ」「確保ーっ」と叫ぶ声が聞こえた。

 警告音が鳴り止み、廊下に静けさが戻った。

 ジェネロウがVフォンのセキュリティシステムを解除し、ドアを開けたのは、廊下で男を捕らえた警備員がVフォン下の識別装置に自分のIDカードを通そうとしたまさにその瞬間だった。

「あっ、警部どの」警備員はIDカードを引っ込めた。

 ジェネロウの目の前で、男が長身の警備員二人に身体の自由を奪われていた。男の右手首を一人の警備員に、左手首をもう一人の警備員にしっかりと掴まれていた。まるで捕獲された宇宙人の写真を見ているようだ。

「オマエ、どこのバカ野郎だ。警察庁に正面から殴りこむなんて」

「探偵です」

「探偵って……まさか?」

「この男が総裁に呼ばれてここに来たと言い張るものですから。念のためにお伺いしようかと」男の右手首を掴んでいる警備員が言った。

「大佐ー! スパンです」

「その男を放してやってくれたまえ。私の知り合いだ」部屋の中からジオファンタスの声がした。

「はっ」二人の警備員はスパンを解放した。

「君たちは通常の勤務に戻りなさい。世話をかけたな」と二人を労った。

「はっ」二人の警備員は敬礼して、それぞれの勤務へと戻っていった。

「早く中に入りなさい」

「はい、大佐」

「私はもう大佐ではない。国家中央事務局総裁だ」

「はい、総裁」

「ジェネロウ君、その男が話していた“バーズネスト”だ」

「パット・ジェネロウだ。よろしく頼む」

「ジョン・スパンです。よろしくお願いします」二人は握手をした。ジェネロウはスパンを部屋に招き入れ、ドアを閉めた。そして、Vフォンのセキュリティシステムをオンにした。その時、彼の頭の中である疑問がよぎった。

「なんで警報が鳴った? 武器でも隠しているのか?」

「いえ、何も……」

 探偵の名前はジョン・スパン。改造手術をしたDr.カルルの気まぐれにより、胸にカルル・ドライブを組み込まれた男。

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