仲間
『ベアードカフェ』は、『ジョン・スパン探偵事務所』から歩いて五分ぐらいの距離にある。巨大な鳥小屋風のログハウスで、店内はいつも客でいっぱいである。ベアードバーガーは“神味”と称賛され、店名のコーヒーは勿論、ベアードプリン、ベアードロールといったスイーツも大評判の人気店である。
店から歩道に面したテラスにテーブル席が五つほどある。トリコロールのパラソルが立てられたテーブル席がひとつだけあり、そこに三人の男たちが座っていた。
「“シュライク”から連絡が入ったんだど」店のオーナーで、かわいい鳥のロゴの入ったエプロンを着けた黒人の大男“シャモ”ことジョージ・ベアードが、ぼそぼそと言った。
「なぁ、いい加減、スパンって呼んでやったらどうなんだ」肩まで伸びた天然パーマの茶髪で、ロックバンドのギタリストといった感じの“ペレグリン”ことスティーブ・マイロが、少し呆れ気味に言った。
「どんな内容だったんだ?」金髪でGIカット、超偏光サングラスをかけたまま、本を読んでいる“カイト”ことハンス・クルーガーが、落ち着いた口調で言った。
「“ミュルミドン”に追われている若者を保護して欲しいそうだど」
「“ミュルミドン”! 嘘だろ」とマイロ
「元同僚か」クルーガーは、読んでいた本を閉じた。
「元同僚……確かにな。仲間だと思っていたぜ、あの時まではな」マイロは、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「……」クルーガーは、本をテーブルに置いた。
「今、“アクトレス”が事務所にその若者と一緒にいるそうだど」
「メロンって呼んでやれって」とマイロ。
「じゃあ、ちょっと事務所に顔を出してみるか」とクルーガーが言うと、一斉に立ち上がった。
スパンは旧国道一三三号線を戸部地区方面に向けて運転しながら、次々とすれ違う車を見つめてぼんやり考えていた(今時こんなマニュアル・トランスミッション車に乗っているゴキゲンな奴は珍しいだろう)。二○一八年型シルバーレッドのアインホルン社製のNSホライズン2500cc。流線型のフォルムが主流なのに対して、角張ったボディが、時代のスピードに追いつけない自分自身を投影しているような気がした。ただ、その外見からは想像出来ないが、世界有数の最新鋭装備を搭載している改造車だった。
沈みがかった太陽の残照が、街をオレンジ色に包み込んでいた。あたかも地獄の炎の中でもがく亡者たちが、天に向かって手を突き出しているように見えるビル群のシルエット。MM21の街はすっかりその容貌を変えてしまっていた。
「『ビッグナイト』……その名に相応しい禍々しさだ」
戸部地区の街中で、鋭い閃光とともに大きな爆発音が鳴り響いた。暫くして、白い硝煙が夕闇の中にゆっくりとたち昇っていった。
しかし、地元住民の誰一人として気にとめる様子はない。観光客は当初、爆発音に驚いていたが、驚きの声はやがて歓喜の声へと変わっていった……恒例の行事になっているのだ。自称“下町の大発明家”Dr.カルルが、また実験に失敗したのだ。
戸部地区……『MM21創世記計画』から取り残され一時期ゴーストタウンと化していたが、風変わりな人々が徐々に集いはじめ、二○世紀の下町を思い起こさせる賑わいを見せている。近代化の進んだ横浜市に於いて異質の文化圏を構築していた。
「ゴホッ、ゴホッ、やれやれ何がいけなかったんじゃ。全くけしからん」白煙渦巻く工場の中から、パイロットキャップにゴーグル、マスクに白衣といった姿でDr.カルルが現れた。
「ゴホッ、ゴホッ、もう! 何が反重力発生装置よ。空に昇るどころか地中にめり込んで爆発しちゃったじゃないのよ、このもうろくジジィ!」Dr.カルルの後に続いて同じ格好の人物が現れた。パイロットキャップとゴーグルとマスクを放り投げると、赤毛でツインテールの少女の顔がそこにあった。
「なんじゃと! たかが孫の分際で、誰に口を聞いておるかわかっとるのか?」顔を覆っていた物を全て剥ぎ取ると、そこにはサンタクロースを彷彿とさせる風貌があった。
「何言ってんのよ! そのたかが孫が稼いだお金を全部くだらない実験に使ってんのはどこのどいつなのよ!」
「どこのどいつって? 儂じゃよ、この儂。世紀の大天才科学者Dr.カルルその人じゃ。お前の金は当然の投資というものじゃ。何十いや何百、何千倍にもなって返ってくるのじゃからな。フォーッフォッフォッフォッ」
「馬鹿! もう付き合いきれない。死ぬまで独りでやってなさいよ!」まだ白煙が漂う工場に肩をいからせながら入っていった。
工場から再び閃光が走った。二次的な爆発だった。
「おーいヒトエ、生きとるかーっ!」
彼女は、工場に入っていったのと同じように肩をいからせて戻ってきた。ただ、さっきと違うのは全身が煤だらけで湯気をたてていたことだった。
「生きてるわよ!」