表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

ネストル・ギーヴァー

 日本は、外国資本によって多くの大企業を合併・吸収され、世界的信用を著しく下落させていた。外国人経営者や外国人幹部の下で働く日本人の姿が当たり前のようになり、英会話は必須条件となった。ただ、小型で高性能の携帯自動翻訳機が開発され、イヤホンやイヤリングと同じ感覚で身に付けられると大反響を呼び、爆発的に普及していった。その結果、多国の言葉が飛び交うことが日本での日常となった。日本独自の伝統文化を継承する事業はどうにか生き残ってはいたが、世界経済に対抗しうるものではなかった。才能に恵まれ、実力のある日本人は海外で起業し、成功することによってのみ、その精神を、その魂を、なんとか喪失せずに持ち続けていられた。

 そんな日本において横浜だけは異彩を放っていた。『MM21大災害』の復興計画である『MM21創世記計画』に基づき、オートマトン(極限作業用アンドロイド)の創造・開発で世界に冠たるH&B=ヒュンケル・アンド・バイト=本社ビル(Gタワー)が建造され、その周囲を世界三大企業連合関連の超高層ビル群が森のように埋めつくしていた。この地区で働くビジネスマンをターゲットにした娯楽施設の建設が集中した結果、『ビッグナイト』と呼ばれる世界有数の大歓楽街が誕生した。『MM21創世記計画』により、“横浜”という都市は、世界経済の中心としての地位を確固たるものとした。

 Gタワー(又はTOG:Tower of Genesis H&B本社ビルの別称)を世界のジャーナリストたちは、口を揃えてこう言った……現代に甦った“バベルの塔”であると。

 漆黒の闇の中で照明によりダークシルバーに浮かび上がった階段状の超高層建造物は、得も言われぬ威厳と風格を備えていた。Gタワーの外観は、円柱に近い円錐台で、地上から最上階までが吹き抜けとなっていた。地上一階大ホールにはゴシック様式の荘厳で華麗なカトリックの聖堂を有し、最上階の二○○階には円盤型の『世界法院議事堂』が、放射状に伸びた蜘蛛の脚のような架橋で外層の本社ビル部分と繋がって……まるでUFOが浮いているように見える。この議事堂への移動手段は、聖堂から伸びる直通の超高速エレベーターしかなかった。


 二○八九年七月十四日 午前二時 Gタワー

 屋上の開閉可動式ヘリポートに大型オートジャイロが着陸した。

 銀髪で彫像と見間違えるほど理想的な容姿の青年がタラップを降りた。一分の隙もなく高級スーツを着こなしていた。世界三大企業連合の一つであるフリボリッツ企業連合の若きCEOで、『賢老会議』では“世界の良心”と称賛されるヨナ・ストラヴォ統一議長に次ぐナンバー2の存在。Vフォンの映像通話でしか姿を見せないため、実在しないCGではないか? と世間の噂になっている『賢老会議』第一等書記官ネストル・ギーヴァー。

 大型オートジャイロが着陸してから一時間後、その機体の隣に大型武装戦闘ヘリが着陸した。

 二メートルを越えるプロレスラー並みの体格をした二人の男が飛び降りて、瞬時に周囲の安全確認をした。その後、吊り上がったキツネ目の軍服姿の男がタラップをゆっくりと降りた。肩のエンブレム……樫の大樹を両側から支える一対の黄金の蟻……が優秀な軍人であることを示していた。『賢老会議』直属の私設軍隊“ミュルミドン”最高指揮官ワイズマン准将。


 ギーヴァーは、Gタワーの最上階にある自分の部屋にいた。窓際に立ち、赤い月を見つめていた。

 照明の明るさは抑えられ、必要最小限のものしかない広々とした殺風景な部屋。外界に接する部分は全面ガラス貼りとなっており、外部からは部屋の様子が見えない特殊偏光ガラスとなっている。部屋全体にショスタコーヴィチの交響曲第五番ニ短調第四楽章アレグロ・ノン・トロッポが力強く鳴り響いている。

 ギーヴァーは、赤い月から『MM21大災害』記念モニュメントへと視線を移した。その形状はスペース・シップを打ち上げるカタパルト装置を想起させ、鋭利な尖塔と月が見事に融合した夜景は一枚の絵画のようであった。

 隣の部屋から老執事が入ってきた。

「ギーヴァー様、おくつろぎのところ失礼致します。ワイズマン様がお見えになりました」

「そうか、ここに通してくれ」

 玄関へと向かう老執事に尋ねた。

「なあ、ソート、ワイズマンは一人だったか?」

「いいえ、お供の方がお二人。お二人と申しましてもガーディアンのようでございますが」

「ドア横の識別センサーは反応しなかったようだが?」

「非合法のリムスキー器官搭載の特殊改造型かと」

「特殊改造型か……。うむ、私が直接出迎えに行くことにしよう。お前はもう退って休んでいいぞ」

「かしこまりました。お言葉に甘えてお先に休ませて頂きます。くれぐれもお気をつけ下さいませ」

「心配は無用だ。お休みソート」

「お休みなさいませ。ギーヴァー様」と深々とお辞儀をして、隣の部屋に戻っていった。

 ドアの前には、老執事の言ったとおり三人の男たちが立っていた。プロレスラーのような二人に挟まれて、一七○cmぐらいで細身のワイズマン准将は腕を組んで何か考え事をしているようだった。

 ドア横のVフォンにギーヴァーの顔が映し出された。

「ワイズマン、待たせたな。すぐにでも入ってもらいたいのだが、そちらの二人にはご遠慮願いたいものだな」

「それぐらいの礼儀は心得ているつもりですよ、Mr.ギーヴァー」

「非合法の特殊改造型とは……『黒薔薇十字団』は何を企んでいる?」

「ほう、これは驚いた。私を『黒薔薇十字団』と見抜いておいでとは。大したものだ」

「答えになってないよ」

「これは失礼しました。この二人に関しては、“ミュルミドン”最高指揮官としての個人的な特注で、『黒薔薇十字団』とは全く関係ありません。役職上、何かと身辺が物騒ですし、それなりの特権も持ち合わせておりますので……それに『黒薔薇十字団』の教義には、こう記されております。優性学と錬金術との大いなる融合によって創造されたオートマトンは、法を超越した存在であると。従って合法、非合法の境界線は元々存在しないのです」

「ならば何故、H&B製オートマトンは、国際規格に則ったリムスキー器官で生産されている。矛盾してるじゃないか」

「虐げられし長き夜に別れを告げ、その偉大なる名を世に知らしめせ。これがシュバルツ・ローゼンのご意志で、一団員に過ぎない私には窺い知ることは出来ないことですね」

「立ち話もなんですから、そろそろ中へ入れてもらえま……」

 ワイズマンの右側にいたオートマトンの……以前は身体の一部であったであろう頭の上半分が吹っ飛んだ。フロア一面に人工血液が飛び散り、血の噴水をあげながら俯せに崩れ落ちた。

「そんなバカな!」

 二十メートルほど先にスキンヘッドの清掃作業員が立っていた。

 スキンヘッドの口がゆっくりと静かに開いてゆく。

 ワイズマンの左側にいたオートマトンが戦闘形態をとったため、身に纏っていたスーツが散り散りに舞った。両肩に装備されたガトリング砲で応戦しようとした瞬間、身体が左右真っ二つに裂けた。

 スキンヘッドの閉じた口の周辺を陽炎が揺らいでいた。

「高水圧レーザー?……深海作業用オートマトン? たかが掘削用高水圧レーザーで、最強たるガーディアンの装甲をこうも簡単に切断するとは……信じられん」ワイズマンは、確実に訪れるであろう死を覚悟した。

 スキンヘッドの口が再びゆっくりと開きはじめた。その時、部屋のドアが開いた。

「もうよせ!」ギーヴァーが部屋から出るなり、大声で叫んだ。

 スキンヘッドは口を閉じた後、一瞬にして姿を消した。

「?……」血の気が引いて青ざめた顔には、眼前で起きた惨劇の恐怖と命拾いした安堵感とで困惑した表情が浮かんでいた。

「ギーヴァー、あなたの仕業か。フリボリッツが特殊改造型を製造しているなんて、違法行為じゃないか」

「君が卑下している法を楯にするとはな。でも、あれは正真正銘H&Bの量産型だ。勿論、フリボリッツ重化学工業は全く関与していない」

「じゃあ、一体あれは何なんだ。特殊改造型ガーディアンを一瞬で破壊する量産型なんて」

「まあ、いずれわかる時が来るさ。ただ、君たち『黒薔薇十字団』の大いなる創造を超える存在があるということさ。とにかく入りたまえ」何事もなかったかのように部屋に戻っていくギーヴァーに、ワイズマンは後ろから声をかけた。

「あなたは一体何をしようとしているんだ」

 ギーヴァーは、ゆっくりと振り返った。

 口の片方の端を少し上げ、薄笑いを浮かべながらこう言った。

「“革命”という名の“血の祭典”さ」

 ワイズマンは、背筋に寒気を感じた。人間らしさのかけらもない冷酷なその瞳に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ