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探偵

 二○八九年七月十四日 午前二時 旧山内埠頭

 旧山内埠頭は『MM21創世記計画』後はコンテナターミナルとしての役割を与えられていた。

 早朝八時からは港湾労働者で溢れかえっているものの、夜十時を過ぎる頃には無人で暗黒の世界へと変貌する。グランドインターコンチネンタルやランドマークタワー消滅後、世界の中心として再生した横浜から注がれる光が埠頭を照らすだけだった。


 探偵は、荷役エリア(エプロン)の岸壁で海を背にした状態で両手と両脚を紐で縛られていた……安物の黒いスーツにあるポケットというポケットに重石を入れられて。

 赤い月に照らし出された無数のガントリークレーンのシルエットが手術支援ロボットのアームのように探偵を切り刻もうとしているように見えた……まさにまな板の上の鯉状態。

 埠頭の集中管理システムがある施設は作業終了後、コンテナ保管エリアと共に地下に格納されるため、地上に残された施設には厳重な警備システムは存在しない。


 探偵の名前はジョン・スパン。身体の殆どをハイテクの人工臓器に変えられた改造人間。決して悪の秘密結社にさらわれてだとか、自ら望んでこんな身体になった訳ではない。大きな岩をパンチやキックで砕くなどとんでもない。そんなことをすれば手や脚が大変なことになってしまうだろう。全ては《タバコの吸い過ぎ》が原因だった。


「余計な事に首を突っ込まなきゃこんな事にはならなかったのになぁ」アロハを着た男が、十人はいるランニングシャツで筋骨隆々の子分たちを背後に従え、得意気に言い放った。

「どこのマヌケに依頼されたのかしゃべっちまえよ。命だけは……いやいやいや、やっぱ無理だわ。『メイド・イン・ヘヴン』のことを知られちまっちゃーな」

「お前が『メイド・イン・ヘヴン』の売人だったとはな。美人局で小銭を稼ぐチンピラとしか思ってなかったよ」

「オレをチンピラだって?……ヒャッーハッハーッ笑えるぜ! 『ビッグナイト』でこのイヤート様の名前を知らないバカはテメェぐらいのもんだよ。探偵」

「ああ、全くだ。『ビッグナイト』で俺が知らなかったのはお前の名前だけだったよ」

「ハァ〜ン? オレを怒らせようとしたって無駄だぜ。なにせ人間が出来てるからな」

「お前のお袋さんの育て方がよっぽど良かったんだな」

「コラッ、ママの事は言うんじゃねぇ! おいっ、探偵! 人間が出来てるこのオレにも残念ながら一つだけ欠点があってよ……短気っていうどうにもならねぇ性分がな。もっといろいろおしゃべりしてやってもいいんだが、なんせ口下手なもんでよ」

「口下手のマザコンか」

「うるせぇ! もう、うんざりだぜ。無駄なおしゃべりはよ! さよならだ、探偵」アロハの男は、探偵の頬をニ、三度軽く叩きながら子分たちに叫んだ。

「おいっ お前ら、放り込め!」

 とっても素直で従順な子分たちに抱えられた探偵は、岸壁から振り子の原理で勢いよく海に放り投げられた。大きな水飛沫が上がり、その身体は無数の泡と共に海の底へと沈んでいった。

 アロハの男は腕時計を見ると、タバコに火をつけ一服し始めた。三本目のタバコを半分ほど吸ったところで腕時計をもう一度見た。十五分が過ぎていた。海を凝視し、探偵が浮き上がってこないことを確認して、咥えていたタバコを海に投げ捨てた。

 撤収するよう子分たちに右手で合図して振り返ると……視線の先のコンテナヤード(コンテナの一時保管エリア)にぼんやりとだが人の気配を感じとった。

「誰だ!」子分の一人が持っていた懐中電灯で前方を照らした。

 ストレートの黒髪が腰まである東洋的な顔立ちの美少女が照らし出された。花柄のミニの襦袢を着て、腰に帯を巻き、太腿を大胆に露出させていた。下駄や草履ではなくブーツを履いていた。

「お嬢ちゃんよぉ、こんなところで何して……」アロハの男の顔から血の気が引いていった。

 少女の周りを十個ほどの小石が重力を無視してフワフワと浮かんでいたのだ。

 子分たちは一斉に拳銃を取り出し、少女に狙いをつけた。

 その動作より一瞬速く子分たちの頭に小石が直撃し、アロハの男一人を残して全員が仰向けに倒れていた。

「なんか……聞いたことがあるぞ」アロハの男も拳銃を取り出し、震えて狙いが定まらない銃口を少女に向けた。

「お、お前が“デザイア”なのか?」アロハの男はごくりと唾を飲んだ。ジメジメして湿度が高く不快な夜なのに、ホラー映画のショッキングシーンを観たときのように背筋が凍った。

「くそアマァーっ!」アロハの男が引き金を引くと同時に小石が拳銃に直撃した。

 拳銃が暴発し、その反動で後ろに吹き飛んだアロハの男は一瞬、大きな炎に包まれた。爆発で煤まみれになるコント番組のコメディアンのように滑稽な姿で仰向けに倒れていた。

 少女は、何事もなかったかのようにアロハの男に背を向け、その場を去ろうとした。

 ふと何かの気配を感じ、踵を返し岸壁へと近づいていった。

 少女の眼の前に突然、水飛沫が上がった。

 海から勢いよく飛び出した探偵が少女を押し倒す格好になり、二人の唇は重なっていた。二人共びっくりして眼が見開かれていた。

 探偵の名前はジョン・スパン。改造人間。心肺機能は、一般人の十倍強。変身は……しない……というか出来ない。


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