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新聞

 二○八九年七月十八日 午後 探偵事務所

 事務所入口のカウンター前に、Mr.紅が立っていた。事務所の警備システムを作動させていたが、念には念を入れて、彼も警備にあたっていた。

「一新聞記者に、ここまでの取材が出来るものなのか?」とジョン・スパン。

「無理だろうな。どこかからのリークに間違いないだろう」とハンス・クルーガー。

「ガセじゃないってことだな」とスティーブ・マイロ。

「ここに警部がいるってことは、そういうことだど」とジョージ・ベアード。

「総裁とヨナ・ストラヴォとの間には、長年にわたる因縁があるらしくてな、是非とも、君たち“バーズネスト”の手で、彼を救出して欲しいと仰っていた……で」

「救出に際し、大きな障害がいくつもあって、これもその一つだ」パット・ジェネロウは、スーツの内ポケットから写真を一枚取り出して、テーブルの上に置いた。

 全面ガラス張りの窓に対して垂直に置かれた応接用ソファーセットに五人が座っていた。部屋の中から見て右側窓際にスパン、その左隣りにクルーガー、その左隣りにマイロ。テーブルを挟んで左側窓際にジェネロウ、その右隣りにベアードが座っていた。

 テーブルの上には、横浜デイリー新聞の七月十八日付朝刊とジェネロウが置いた写真が一枚乗っていた。


 朝刊の内容は、以下のようなものだった。

 【柱見出し】ヨナ・ストラヴォ帝国崩壊‼

 【主見出し】“世界の良心”が失脚

 【袖見出し】『世界法院議事堂』に幽閉

 【リード文】『賢老会議』統一議長にして、“世界の良心”と称賛されるマキシマム・ヨナ・ストラヴォ氏が内部クーデターによって失脚した。現在は、Gタワー二○○階にある『世界法院議事堂』内で幽閉状態となっている。

 記事本文は、詳細な取材に基づいて書かれており、内容に関連した写真も数多く載せられていた。


「残念だが、国際問題に発展しかねない今回の作戦には、我々警察庁も警視庁も直接介入することは出来ない。君たちにすべてを押しつけるようなことになってしまい、本当に申し訳ない」ジェネロウは、ソファーから立ち上がって頭を深々と下げた。

「日本の警察は、動かざることハシビロコウの如しって訳だな」とマイロ。

「本当にすまない」ジェネロウはもう一度、頭を深々と下げた。

「警部、もう、頭を上げてください。警部は、何も悪くないんですから」

「警部、マイロのことを許してやって欲しいんだど。全然悪気はないんだど」このベアードの言葉に、マイロは立ち上がってジェネロウに頭を下げた。

「警部、すまなかった。オレの口の悪さは、筋金入りなもんでね。でも、本当に悪気はなかったんだぜ」

「謝る必要なんかない。俺は、文句を言われても仕方のないことをしてるんだからな」ジェネロウは、少しイライラした感じで、後頭部を激しく掻きながらソファーに腰を下ろした。


「まず、エイキンにGタワーの管理システムをクラッキングさせ、『世界法院議事堂』直通エレベーターの警備システムを一瞬だけ停止させる。管理システムは瞬時に、クラッキングをブロックし、システムプログラムを変更してしまうだろう。その間にクルーガーとベアードは、一階の『世界法院議事堂』直通エレベーターから突入。俺とマイロは、屋上ヘリポートから『世界法院議事堂』へ突入する」

「屋上ヘリポートへは、どうやって侵入するつもりだ? “エア・アウル”による無許可撮影があってからというもの、上空の監視にはオートマトンが常駐しているらしいぞ」とクルーガー。

「Gタワーに入る前に落とされちゃ、洒落にならんな。で、どうすんだ、スパン?」とマイロ。

「『MM21大災害』記念モニュメントを使う」


 Gタワーの側に聳える『MM21大災害』記念モニュメントは、スキーのジャンプ台を反転させたような形状で、地面に接している部分から頭頂部にかけてスペース・シップのカタパルトのように天空に向かって伸びていた。


「横幅十メートル弱の記念モニュメントの上を車で走行し、Gタワー屋上ヘリポートまでジャンプする。着地直前に逆噴射をかけ、パラシュートを開いて止める」スパンは、さらに続けた。

「それには、Gタワーまでの距離、記念モニュメントの傾斜角度、二人が乗った車の総重量、気象条件などを数値化したデータを分析・検証し、放物線の頂点で屋上ヘリポートに着地出来るように踏切速度を算出しなければならない。勿論、同じような状況下でのテスト走行を繰り返すことも必要となるだろう」

「まともじゃねぇ」とマイロ。

「全くだ。記念モニュメントを走ろうだなどとはな」とクルーガー。

「いや、オレが言ってんのは、あのエイキンの力を借りるってのがまともじゃねぇと言ったんだよ」

「ああ、そっちか」

 ベアードは、テーブルの上の写真を手に取って、呟いた。

「なんで、“ノーフェイス”がGタワーにいるんだど? 非常に困るんだど」

「正直、ヨナ・ストラヴォの救出とコーネリアの指輪の奪還という今回の作戦は、無理がある。ヨナ・ストラヴォと俺たちとは、何の関わりもないし、コーネリアの早老症は彼女が持って生まれた宿命だ。いくら総裁の頼みだからって、俺たちが命を張る理由がどこにある? 降りるのが当然だろ?」

「心にもないことを言うなよ、スパン。正直、オレたちだって命は惜しいよ。でも、これがオレたちの選択だ。お前、よく言ってただろ……あれだよ、あれ」

「人は、あらゆる場面で無数にある選択肢の中から決断を下しながら未来へ向かっている。一つの選択が点となり、それが連続して、やがては線となって人生を形成する。人生とは、日々の選択の結果による自分そのものの証だから」スパンが次に口にする言葉を、マイロは奪い取った。

「他人に判断されるようなものではない」マイロは笑って、どうぞとばかり、スパンに続きを促した。

「選択によって、無限に変わる未来にゴールはない。一度きりの人生で、自分の選択が正しかった、間違いだったと思い悩むより、思考を常に未来へ向けるべきだ」

「そう、それ」

「でもなマイロ。家族や友人の死は、違うんだ。残された者の心に言葉で言いあらわせない程の喪失感や虚無感を深く刻み付け、後悔と自責の念で苛み続けるんだ」

「仲間が死ぬのを見るのは、イヤだってか」

「そうさ、その通りさ」

「なあ、スパン。お前にとって、コーネリアは仲間なのだろう? ならば、我々にとっても仲間だ。命を張って仲間を助けることに何を迷うことがある?」クルーガーは、マイロとベアードの顔を交互に見た。

 二人は、小さく頷いた。

 ジェネロウは、それを複雑な表情で見ていた。

「私が、あなた方を決して死なせません」カウンター前のMr.紅が、応接セットの五人に向かって言った。

 ジェネロウは立ち上がり、Mr.紅を右手で指差しながら怒鳴った。

「お前は、ダメだぞ! お前は、警察庁警備局の所属だろーが!」

「今朝、特別警護課課長に辞表を提出して来ました。従って、問題はありません」

「えーーー! ガーディアンが辞表!」その場にいた全員が驚いた。

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