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記憶

 二○八九年七月十七日 午前十時 東京 霞ヶ関

 国家中央事務局総裁室に六人と一匹が集まっていた。

 バーマン猫の“アッシュ”は、部屋を隅々まで調べるようにゆっくりと歩き廻った末に、総裁の机の上に飛び乗り、寝そべった。

「……」総裁のザップ・ジオファンタスを見て、“アッシュ”があくびをした。

「すみません。今、事務所に“アッシュ”の面倒をみる人間がいないものですから」ジョン・スパンが申し訳なさそうに謝った。

「気にすることはない。こんな強面の私だが、捨て猫を拾ってきて面倒をみていたこともあるのだよ。羨ましいよ、猫は自由で」

「意外だねぇ〜、『鉄仮面』が猫好きなんて」とスティーブ・マイロ。

「猫のことはもういいから、そちらの話を進めなさい」

 総裁の机と平行に置かれた応接セット。そのテーブルを挟んで、総裁の机を背にするようにしてジョン・スパン、ハンス・クルーガー、スティーブ・マイロの順で、その対面にパット・ジェネロウ、ジョージ・ベアードの順で座っていた。

「コーネリアなんだが、現在、東京のT大学附属病院で左手中指の再生治療を受けている。主治医によると、再生に支障はなく、元通りになるとのことだ」ジェネロウが、コーネリアの現状について説明した。

「彼女には、メロンさんと警察庁警備局特別警護課に所属しているガーディアンのMr.紅に付き添ってもらっています」とスパンが補足した。

「あの〜、さっき事務所に“アッシュ”の面倒をみる人間がいないと言ってたども、凪原君は? 凪原君はどうしてるんだど?」とベアード。

「以前、凪原君の住んでいた部屋が“ミュルミドン”の襲撃を受けたことは、みんなに話したと思うけど、未だにその理由が分からないんだ。事務所に彼を一人きりにするのは危ないから、Dr.カルルに預かってもらったんだ」

「ナギがいることで、逆にカルル爺さんが危なくねぇか? あそこには、ヒトエも一緒にいるんだろう」とマイロ。

「そう思って、茅野洗多にボディーガードを頼んでおいた」

「カヤノアラタって……小さな子供以外の男に対して超がつくぐらい人見知りしちゃう、あの娘か」とマイロ。

「そう、警察庁長官直属の機動警察官のあの娘だ」クルーガーが補足した。

「彼女とDr.カルルの孫娘ヒトエちゃんは、同じ高校のクラスメイトで親友だ。そして、彼女が装着するポリテクト・ジャケット“鋼鉄の処女”を開発したのもヒトエちゃんだ」とスパン。

「私から彼女の祖父、茅野警察庁長官にお願いしたところ、そういうことならと快諾してもらえたよ」とジオファンタス。

「茅野警察庁長官は、よくお許しになりましたね。孫娘が危険な目にあうかもしれないというのに」ジェネロウが、ジオファンタスに尋ねた。

「心配いらないからだよ。彼女は特別なのだ」

「特別? それは、どういうことですか?」ジェネロウは、怪訝な表情をした。

「とにかく、彼女に任せておけば大丈夫ということだよ」

「はぁ…」ジェネロウは、答えをはぐらかされて、少しガッカリしていた。

「スパン、お前は凪原のことを本当はどう思っているんだ?」とクルーガーが尋ねた。

「う〜ん、はっきり言ってよく分からないんだよな……でも、悪い奴じゃないなって……直感でね」

「それなら、俺がもう口を出すことではないな。お前の直感のおかげで、俺たちは、こうして生きていられるのだからな。もしもの時は、お前が何とかするんだな」クルーガーは右手で、スパンの左肩をポンポンと軽く叩いた。

「コーネリアの話に戻るんだが、いいかな?」ジェネロウは、ゆっくりとみんなの顔を見回した。みんなが頷いたので、話を続けた。

「コーネリアは指輪を奪われて、早老症の進行をひどく心配しているようだった。そこで我々は、病院側に左手中指の再生治療と並行して早老症の進行状況を検査するように依頼した。奪われた指輪についてだが、“レリクィア”かどうかは“キュクロープス”で目下、解析中だ」

「指輪を奪ったのは、あの“ノーフェイス”なんだってな。スティンガーミサイルも奴の陽動作戦だったんじゃねえの?」とマイロ。

「ああ、おそらくそうだ。二発目の発射がなかったからね」

「顔は?」

「あの時とは変わってたよ。後でモンタージュを見てもらうけど、アフロヘアーで丸眼鏡をかけた聖職者って感じだったな。」

「へぇ〜、聖職者ね。ほんと、ふざけてるねぇ」

「相手がノーフェイスということは、指輪を取り戻すためには、また、あそこへ行かなければならないということか」クルーガーは、珍しく嫌悪感を露わにした。

「…………」“バーズネスト”の四人は、黙り込んでしまった。

 ジェネロウは、重苦しい空気に戸惑っていた。

 スパンの脳裏に『第四次黒薔薇十字団掃討作戦』の記憶がよぎった。



 二○八六年

 『黒薔薇十字団』は、世界的なテロ組織として、かねてより、列強諸国が連合軍を編成し、掃討作戦を行ってきた。しかし、過去三度にわたる掃討作戦は、惨憺たる結果に終わっていた。

 『賢老会議』は、独自の判断によって私設軍隊“ミュルミドン”を様々な紛争地帯に送り込み、次々と平定していった。平定後は、その地を治める国王、国家元首、大統領に強大な権力を与え、擁護した。統治体制に合わせて専制政治もしくは独裁政治を実行させ、傀儡政権として影から支配していた。

 『黒薔薇十字団』に対しては、テロ組織としての確たる証拠がないとして、掃討作戦に加わりはしたが、任務は後方支援にとどめていた。加えて、“ミュルミドン”が実践配備している軍用オートマトンの掃討作戦投入を機密保護を理由に拒否していた。そのため、『賢老会議』の“二十四賢老”の中に『黒薔薇十字団』の団員がいるのではという噂が囁かれた。

 『賢老会議』は、疑惑払拭の捨て駒として「第四次黒薔薇十字団掃討作戦」の最前線に、正規兵ではない傭兵を“ミュルミドン”として送り込んだ。

 “バーズネスト”は当時、“ミュルミドン”に所属していたものの、正規兵ではなく、数多くいた傭兵の一部隊だったために、最前線への出兵を命じられた。

 『黒薔薇十字団』の万魔殿であるシュバルツ・ローゼン・タワーは、ラスベガスの中心部から数十キロ離れた砂漠地帯に悠然と聳えていた。円錐台のタワーは、地上から天空に向かって伸びる五本の巨大な柱に支えられていた。屋上の正方形ヘリパットは、まるで巨人の腕が地中から突き出て、五本の指先で正方形の板を掴んでいるように見えた。

 屋上のヘリポート部分を除く地上一階から最上階の百二十階までを“ケラウノス”が守っていた。

 “ケラウノス”とは、シュバルツ・ローゼン・タワーの外周を無数の雷が降り注ぐようにプラズマを放射する防衛システムである。

 シュバルツ・ローゼン・タワーの“ケラウノス”が停止する日時の情報を入手した連合軍は、空と地上から同時に突入する作戦を立てた。


 二○八六年八月六日 午前三時 月は厚い雲に覆い隠されて、天空は暗闇に支配されていた。

 掃討作戦開始。空と地上からの同時突入が始まって間もなく、“ケラウノス”が突如、起動を始めた。

 地上からの突入部隊を援護していた後方部隊は、天上から降り注ぐプラズマの業火に焼き尽くされた。地上からの突入部隊もタワー内で待ち伏せに遭い、全滅した。

 空からの突入部隊は、空軍輸送機からウイングスーツで屋上のヘリポートに降下。ヘリポートから最上階フロアへの昇降階段を降り、非常用連絡口の扉に爆薬をセットして作戦開始時刻の午前三時を待った。シュライクは突入前に、偵察用マイクロ・オートマトンでのフロア内部の探査を強く進言したが、午前三時が迫っていたために却下された。隊長の不興を買った“バーズネスト”の四人は《臆病者は去れ》と罵られ、後方での援護に回された。


 シュライクは自分の直感を信じて突入するのを止め、非常用連絡口の扉の前で援護することに徹した。そのため、待ち伏せによる急襲を回避することは出来たが……。

 爆破した非常用連絡口の扉の前で、シュライクとカイトが右端に、ペレグリンとシャモが左端に別れて敵兵士と交戦していた。状況は最悪で、敵兵士が放つ銃弾の雨は、四人に止むことなく降り注いでいた。


「俺の身体はツクリモノだ。頭と心臓以外は交換が効く。俺が出来るだけ時間を稼ぐから、お前たちは、脱出方法を考えろ」

「バカなことを言うな!お前がもし、人間じゃなくオートマトンだったとしても、見殺しにするはずないだろう! 大体、この状況でどうやって脱出しろというんだ! 脱出方法を考えるのはシュライク、お前だぞ!」カイトが珍しく声を荒げた。

「そうだど……ヤケを起こさないで、頭を冷やすんだど」シャモは、諭すように言った。

「オレだって、こんなところで死にたかないぜ。だが、どっかのバカが犠牲になって、奇跡的に助かったとしても、寝つきが悪くなるだけだ。それに、女を一人残して死ぬ訳にはいかないだろ。女を泣かす男は、最低のクズだ」ペレグリンは、相変わらずだった。

「お前、女いないだろーが」シュライクとカイトが二人同時につっこんだ。

「“アクトレス”のことを言ってんだよ、シュライク。考えろよ、この絶望的な状況から四人が生きて帰れる方法をよ」ペレグリンが珍しく真面目な顔をして言った。


 四人は、非常用連絡口の扉の前から撤退した。屋上のヘリポートへの昇降階段を駆け上がるとキャットウォークを走り抜け、暗闇の空の下で八灯ある境界灯と四灯ある着陸区域照明灯によって明るく照らし出された巨大なヘリパットへと出た。だだっ広い正方形のヘリパットには、敵の銃弾から身を守るものが何ひとつなかった。作戦本部に救援を頼んでいたが、四人をピックアップするヘリは現れなかった。それは、掃討作戦の失敗と自分たちの死が近づいていることを意味していた。


「お前ら、本当に“バーズネスト”なのか? 期待はずれもいいところだ。でも、最上階フロアへの突入を止めたのには、正直驚いたよ。突入していたら今頃、他の奴らと同じように蜂の巣になってたはずだからな。褒めてやるよ」パチパチと手を叩きながら男は、キャットウォークからヘリパットへと歩み出た。

「デュナン少尉!」四人が、同時に叫んだ。デュナン少尉は、“ミュルミドン”の仲間だった。

 男が右手を上げると、多数の敵兵士がなだれ込むようにして現れた。男の背後で整列した後、小銃を四人に向けて構えた。

「裏切ったのか! デュナン少尉」シュライクが叫んだ。

「ハハッ、裏切るも何も、オレは『黒薔薇十字団』の“ノーフェイス”だ。名前の通り、誰かであって、誰でもない。この顔の男も随分前にオレが殺して入れ替わっていたんだ」

「えっ……?」四人は、絶句した。

「だからさ、オレがウソの情報を流して、オマエら連合軍を罠に嵌めたんだって」

 四人は知った……何故、掃討作戦が失敗に終わったのかを。

「なんで、デュナンがスパイだと分かったんだ?」とペレグリンが言った。

「オレが、八番目の“ストラルドブラグ”だからだ。どんな小細工をしても無駄なんだって」

 歴戦の連合軍兵士たちが語った“ストラルドブラグ”の神の如き力の伝説を知る四人は、更なる絶望へと突き落とされた。

「ここに“ストラルドブラグ”がいるなんて……そんな情報は聞いてないぞ」カイトは茫然としていた。


「敵に気づかれないように特殊閃光弾を投げろ」シュライクは、自分の右斜め後ろにいたペレグリンに小声で囁くように言った。

 ペレグリンは、シュライクの身体を目隠し代わりに使って自分の特殊閃光弾のピンを抜いて放り投げた。

 敵の目の前で、大きな爆発音と共に閃光が走った。

 敵兵士は、不意打ちを受けて混乱していた。

「俺に続け!」シュライクは、自分の立っている位置から一番近いヘリパットの端に向かって全速力で走り出した。走りながら、自分の特殊閃光弾のピンを抜いて後方に放り投げた。

 二度目の閃光が走った。

 敵兵士の混乱は、更に続いた。

 カイト、ペレグリン、シャモの三人もシュライクに続いて走り出していた。

「カイト、特殊閃光弾を投げろ!」走りながらシュライクが叫んだ。

 カイトは走りながら、自分の特殊閃光弾のピンを抜いて後方に放り投げた。

 三度目の閃光が走った。

 敵兵士の混乱は、収まらなかった。

「シャモ、お前も投げろ!」

 シャモは走りながら、自分の特殊閃光弾のピンを抜いて後方に放り投げた。

 四度目の閃光が走った。

「飛べーっ」シュライクが叫んだ。スピードを緩めることなく全速力のまま、ヘリパットの端から暗闇の深淵へと飛んだ。

「本当に飛びやがった!」ペレグリンが吐き捨てるように言った。

 カイト、ペレグリン、シャモの三人も覚悟を決めて、全速力のまま、ヘリパットの端から飛んだ。


 四人が、ヘリパットから飛び降りてから間もなく、階下から天空に向かって、一瞬、猛烈な突風が吹き上がった。

「へ〜え、アイツらやるじゃないか」ノーフェイスは、暗闇の空を見上げて苦笑いをした。


 シュライクは、胸部に組み込まれた不完全ではあるが反重力を発生させる回路“カルル・ドライブ”を起動させていた。ヘリパットから十メートルほど下で、フラッシュライトを口に咥えて、仰向けの体勢で空中に浮かんでいた。その瞳には、暗闇の空から落ちてくる三人の姿が映っていた。

 シュライクの浮かんでいる数メートル先では、“ケラウノス”が激しいプラズマの放射を繰り返していた。

 シャモとカイトは、空中に浮かんでいたシュライクの身体に掴まった。ペレグリンは、シュライクの身体から少し遠かったので、必死で右手を伸ばした。シュライクは、その手を掴んで自分の方へと引き寄せた。

 シュライクは、口に咥えていたフラッシュライトを吐き出した。小さな光が、深淵の底に飲み込まれていった。

「三人共、気絶するなよ」

 シュライクは、“カルル・ドライブ”の力を発現させる右手、左手、右脚、左脚の四つのトリガー全てを解放した。四人は、一気に上空一万メートルの高度まで上昇した。シュライク以外の三人は、気絶しそうになりながらも、シュライクに必死にしがみついていた。一万メートルの高度でピタリと制止すると、推進力を水平方向に変換し、“ケラウノス”の防衛空域を一気に飛び越えた。それからは、スピードを緩めてゆっくりと降下していった。


 「第四次黒薔薇十字団掃討作戦」の統合作戦本部長マクマナス大将は、作戦失敗の責任を取って辞任した。掃討作戦の参謀本部には、当時、階級が大佐だった“ミュルミドン”のワイズマンがいた。

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