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ミカエル・ショルテの回想

 一七九四年七月二十六日 午後十時頃

 パリ テュイルリー宮殿 フロール館 公安委員会室


 私には、二人の愛国者の死にゆく姿がはっきりと見えていた。一人は“清廉の人”マクシミリアン・ド・ロベスピエール。もう一人は今、私の目の前にいる“火の才気、氷の心”ルイ・アントワーヌ・ド・サン・ジュストである。もはや、彼らの運命は風前の灯火だった。明日の国民公会での議事の成り行きによってはすべてが終わりを告げるだろう。ただ一つの希望は、私の隣にいるジュリアン・シルヴェールなのだが……。

「私はもう自分を許すことができないのだ。この地を埋め尽くす犯罪者の群れを傍観するだけの自分をね」ひどく疲れている様子だった。

「少し冷静になりたまえ、サン・ジュスト。明日の国民公会で、公安委員会と保安委員会の合同会議で両委員会が和解したことと、疑心暗鬼に陥っている議員に対して告発も弾劾もしないことを発表したまえ」私は宥めるように言った。

「私は極めて冷静だよ、ショルテ。それに君の提案は私の本意でもあるのだよ。独裁の否定を、権力の弱体化を図るのが最良の手段なのだということは分かっている」

「明日の国民公会では、演説を満足にさせてもらえないかもしれない。同志ロベスピエールは、犯罪者たちに猶予を与え過ぎた。この私も……もはや、我々に残された道は革命に殉じてこの身を天に捧げることだけだ」その顔に悲壮感はなく、澄んだ透明感に包まれていた。

「あなたに敵対する議員は、私がすべて排除する。だから、あなたは死ぬな!」シルヴェールは素顔を隠していた仮面を外した。その整った容姿は、サン・ジュストと雰囲気がどことなく似ていた。

「ありがとう、シルヴェール。確かに、君ならやり遂げることだろう。そうすれば、我々の命は少しだけ永らえるかもしれない。だが、そんなことは無意味なのだ。この革命はもう終わっている。誰もが自らの保身だけに走り、革命そのものの使命を見失っている。美しくないのだよ、何もかもが」

「さあ、もう君たちは行きたまえ」

 部屋のドアが開いた。私とシルヴェールがこの部屋に入る直前、部屋を出て行ったバレールが戻ってきた。

 シルヴェールは、仮面を被り、再び素顔を隠した。

「!……ショルテと“断頭台の番犬”か……何しに来た?」バレールは少し怯えていた。

「これからシルヴェールと長旅に出かけるので、その前にサン・ジュストの顔を拝んでおこうと思ってね」

「こんな大変な時に、旅に出るだって……冗談だろ?」とバレール。

「個人的に調べて欲しいことがあって、無理をいって二人に頼んだのさ」サン・ジュストは、嘘をついた。

「しばしの別れだ、サン・ジュスト」私は彼と握手を交わした。

 シルヴェールも私と同じように彼と握手を交わした。

「自分のために生きろ、シルヴェール」このサン・ジュストの言葉に、仮面の下のシルヴェールが泣いているのを、私は気付いていた。

「受け継がれていく……あなたの血を……見守り続けます……この身が朽ちるまで」まるで叱られた子供が泣きながら謝っているようだった。

 我々を見送るサン・ジュストは、無邪気な子供のように微笑んでいた。私が彼の笑顔を見たのは、これが最後となった。

 我々が部屋を出ようとした時、ビヨー・ヴァレンヌとコロー・デルボアが勢いよく入って来たので、ぶつかりそうになった。

「おっと、二人とも相当慌てているみたいだね。ジャコバン・クラブから追い出されでもしたのかな?」

「黙れ! サン・ジュストの腰巾着めが。そこを退けろ! サン・ジュスト、サン・ジュスト!」強引に我々の間に割って入った。

「おい、ちょっと君たち失礼じゃないか」怒りに声を震わせる私を制止して、シルヴェールは部屋から出るように促した。

 私は渋々、シルヴェールの後に続いて部屋から出た。

 部屋から二人の怒鳴り声が聞こえてきた。私には、あの二人にも明るい未来などないことがはっきりと見えていた。


 一七九四年七月二十七日 午前十二時 国民公会

 サン・ジュストの演説は、反対派によって第三パラグラフで中断させられた。後になって知ったのだが、彼の草案は私の提案した妥協案を取り入れたものだった。

 『ミカエル・ショルテの回想』より

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