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魔法の指輪

 二○八九年七月十六日 東京 午後十時三十分

 三○六号室 コーネリア・キルドレーンの自宅マンションの居間に四人と一体(?)が集合した。

 ダイニングテーブルのイスに男女に別れて座り(パット・ジェネロウの左隣りにジョン・スパン、テーブルを挟んでジェネロウの前にコーネリア、その右隣りにキャンディス・メロン)、Mr.紅はテーブルから少し離れたところで立っていた。

「じゃあ、ビル・ダイノートンと名乗った男も、瀕死の犯人も、警察の突入で混乱状態だった現場から忽然と消えてしまったというんだね」とスパン。

「ええ、私も気が動転していて、全く気がつかなかったんです」コーネリアは緊張をほぐすためなのか、テーブルの上で左手中指にはめた指輪を右手の親指と人差し指で弄んでいた。

「バスのドライブレコーダーは見つかっていない。おそらく、ビル・ダイノートンと名乗った男が持ち去ったんだろう。谷底に落ちたオートマトンも、まだ発見されていない」とジェネロウが言った。

「これでは、あなたが狙われていたのかどうかはっきりしないわね」メロンは、指輪を弄んでいるコーネリアの右肩に左手をそっと置いた。

「……」メロンは、ゆっくりとコーネリアの右肩から左手を離した。

「最初に会った時から気になってたんだけど、その指輪は、お母様から譲り受けたものなの? 随分古いもののようだけど」とメロンがコーネリアの左手中指の指輪を見つめながら言った。

「ああ、これですか。この指輪は、“タンドウイッチ連続殺人事件”に巻き込まれた時に、助けてくれた男の人が私の指にはめてくれたものだと思います……病院で意識を取り戻した時には、もう指輪をはめていましたから」

「私は、八歳の時にプロジェリア症候群、遺伝子の異常による早老症と診断され、一時期、専門医のいるタンドウイッチに引越していました。引越の理由を仕事の都合だからと父は説明してくれましたが、後になって私の病気の為だったと知りました」

「不思議なことに、この指輪をはめてからは老化の進行が抑えられ、普通の人と同じ時間の流れの中で生活出来るようになりました。指輪も成長する私にあわせて自然にサイズが変化しているみたいで、指から取れなくなってしまいましたが……。それでもやっぱり、この指輪は私にとって魔法の指輪なんです」

「警部、この指輪は、もしかすると“レリクィア”なのでは?」

「う〜ん、まだ例の書物の解読が全て終わってないから何とも言えないな」

「レリクィアって何?」メロンが、二人に尋ねた。

「!」

「‼」

「なっ、何かが来る!」コーネリアはテーブルを叩いて、突然立ち上がった。その勢いでイスが横に倒れた。

「炎に包まれた矢のようなものが飛んで来て、ベランダのガラス窓を突き破って爆発する光景が見える!」

 イスに座っていた三人も、立ち上がった。

 Mr.紅は、両腕を組んで何か考え事をしているようだった。

「Mr.紅、どうかしたのか?」スパンが尋ねた。

「あなた方は、コーネリアさんの言葉に全く疑いを持っていない。そのことが、私には理解出来ないのです」Mr.紅は怪訝そうな表情をして言った。

「ごめんなさい。私、炎や爆発のイメージを予知することが時々あるんです」コーネリアは、申し訳なさそうに言った。

「いや、あなたを責めているわけではないのですよ、コーネリアさん」Mr.紅は、少し困ったような表情をした。

「あなた、本当に人間のような表情をするのね」メロンは、未だに信じられないといった口調だった。

「お褒め頂きありがとうございます」

「全然褒めてないけどね。まあ、コーネリアの言うことを信じる信じないは別にして、とにかく、このマンションから周囲十キロ圏内を詳しく探査してみてよ」とメロン。

「わかりました。偵察衛星のレーダーシステムにアクセスします」

「アクセス開始」

「位置情報受信」

「データ解析」

「ここから北西五キロメートルの位置にあるマンションの屋上に軍用オートマトンと思われる熱源一体を感知しました。この位置から軍用オートマトン装備のスティンガーミサイルを発射した場合、時速二千四百五十キロメートルで計算すると約七秒でここに到達します」とMr.紅は事務的に告げた。

「警部、メロンさん、コーネリアを連れて出来るだけここから遠くに離れて下さい。早く!」

「ああ、わかった。でも、お前はどうするんだ?」

「俺に少し考えがあります。警部は、警視庁にマンションの住民の避難誘導をするように命令して下さい」

「了解だ。さあ、二人とも行くぞ!」と言って、Vフォンで警視庁に連絡をとり、現在の状況を説明した。

「スパン、気をつけてね」そう言ってメロンはコーネリアの肩を抱きながら、ジェネロウと共に玄関へと向かった。

「Mr.紅、君にミサイルの破壊は可能だろうか?」

「可能性は、極めて低いとしか言えません。例え、破壊出来たとしても、爆破位置がマンションに近ければ、甚大な被害が出るでしょう」

「やっぱり、そうか……」

「Mr.紅、俺の身体には“カルル・ドライブ”という不完全だけれども反重力を発生させる回路が組み込まれている。これを起動させればミサイルを数秒間止めることが出来る。その瞬間に君がミサイルのブースターとロケットモーターを破壊してくれれば、ミサイルを爆発させずに弾頭を回収出来る」

「スパンさん、あなたの言われていることが実現可能であるならば、私のガトリング砲で対処出来るかもしれません。可能性は高いとは言えませんが」

「それでもいい。このまま何もしなければ、マンションに甚大な被害が出るのは目に見えているからね」

 マンションの階下から鳴り響く無数のサイレンが、警察や消防が到着したのを知らせていた。

「Mr.紅、ベランダへ出るぞ」

「ええ、でもコーネリアさんの予知が現実に起こるのはいつですか? 今ですか。明日ですか。それとも一週間後ですか。それに、炎に包まれた矢のようなものをミサイルだと決めつけてもよいのですか?」

「確かに……君の言うことは、尤もだ」

「もう、警察や消防も呼んじゃったし……俺、怒られちゃうな」

「緊急事態です。コーネリアさんの予知が現実になろうとしています」

「えっ?」

「偵察衛星から軍用オートマトンがスティンガーミサイルを装填している画像を受信しました」

「Mr.紅、急げ!」

 スパンとMr.紅は、ガラス窓を開け放して、ベランダへと出た。

「今、ミサイルが発射されました」

 スパンは、胸部の“カルル・ドライブ”を起動させ、その力を発現させる右手、左手、右脚、左脚の四つのトリガーのひとつである右手を前方へと突き出した。

 ほんの一瞬だった。

 音速のミサイルが凄まじい勢いでスパンの右手に衝突……元々そこに宙吊りにされていたオブジェであるかのように、ミサイルはスパンの右手の前でピタリと止まった……ミサイルのロケットモーターはなおも推進力を失わずに噴射を続けていたが、豪雨が激しく地面を打ちつけるような銃撃音が鳴り響くと、ブースターとロケットモーターが木っ端微塵に砕け散った。Mr.紅の右掌から飛び出していたガトリング砲の銃身の回転が止まると同時に、スパンはカルル・ドライブを停止させた。完全に沈黙したミサイルの弾頭が重力で落下するのを、スパンは両腕で抱き抱えるようにしてキャッチした。

「おい、スパン!」室内から男の声がした。

 スパンとMr.紅は、振り返って室内を見た。

 アフロヘアーで丸眼鏡の長身の男が、コーネリアを背後から羽交い締めにしていた。

 コーネリアは、口を塞がれていて、微かにうめき声を発していた。

「お前は、Gタワーにいた……」

「スパン、いや串刺しシュライクといった方がいいのかな。久しぶりだな」

「ノーフェイスか……今度の顔はそれか」スパンは、ミサイルの弾頭をゆっくりと足下に置いた。

「ああ、お前のために暫くはこの顔でいてやるよ。今日は、お偉いさんにヤボ用を頼まれていてな、ゆっくりお前と遊んでいる暇はないんだ」

「コーネリアを離せ」

「もちろん、そうするさ。オレは指輪を持ち帰りさえすればいいだけで、この女には用はないからな。しかし、指から外せなくてどうしようか迷っていたところだ」

 Mr.紅がノーフェイスの隙を窺って室内へ入ろうとすると、

「おい、そこのガーティアン。動くな、じっとしてろ」

「急いでいるから、再会の挨拶はこれぐらいにして、ヤボ用を片付けるとするか」

「キヤーーーッ」コーネリアの絶叫が室内に轟いた。コーネリアは、左手首を右手で掴んで床にうずくまった。

「何をした」とスパン。

 ノーフェイスは微笑みながら、右手に掴んでいた何かをスパンに見せつけた。

 指輪がはめられたままのコーネリアの左手中指だった。

「じゃあ、またな」ノーフェイスは、スパンの目の前から一瞬にして姿を消した。

 スパンとMr.紅は、床にうずくまっているコーネリアに駆け寄った。スパンが膝をついてコーネリアの肩を抱き寄せるとすぐに、彼女は気絶してしまった。彼女の左手中指の第一関節から第三関節までが、出血もなく切断されていた。

 その時、玄関のドアが勢いよく開いた。

 ジェネロウとメロンが飛び込んで来た。

「コーネリアがさらわれて……おおっ、コーネリア、無事だったか?……どうした? 何があった?」ジェネロウは、困惑した顔で尋ねた。

「コーネリアの指輪を奪われました……中指ごと」スパンは、申し訳なさそうに言った。

「指輪を? 中指ごとって? 何で?」とメロンが言った。

「とにかく、下にいる救急車でコーネリアを病院へ連れて行きましょう。現在の医療技術なら問題なく再生出来るでしょう……早老症は別として」スパンは、コーネリアを抱き抱えて、立ち上がった。

「ベランダに置いたミサイルの弾頭は、私が爆弾処理班に連絡しておきます」Mr.紅が言った。


 マンションの周辺が、警察と消防による住民の避難誘導で混乱している最中、ノーフェイスは、堂々とマンションの玄関から出ていった。五百メートルほど歩いたところで立ち止まった。

「指輪をこちらに還してもらおうか。お前がコーネリアにした仕打ちを私の主人は絶対許さないぞ」

「シルヴェールの飼い犬か。確かダイノートンとかいったな。オマエに出来るのか」

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