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勇者終焉、後に  作者: きつねぐさ
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ある軍人の一時

『その日の朝は、御方の苛烈なる生涯とはまるで対照的な穏やかさをもって迎えられた・・・』


 王家の人気が絶大なるタプファーヒューゲルにおいて、愛国的な紙面から随一の購読者数を誇るカーレッジウントシュヴァート。その社屋の一角でダウィット・フェッラーラは遅々として進まぬ原稿に悪戦苦闘することをやめて実に半日ぶりに立ち上がった。


 デスク上に放り出してあった木製シガーケースから最近のお気に入りである一本を口に咥え、既に冷め切り香りのかけらもしなくなったブラックの入ったカップを取ると、室内に設けられた仮眠用ソファに深く体を預けた。


体を包み込む様な柔らかなソファの感触に、我知らず深いため息が出たことに驚き軽く苦笑する。近年の体の不調や身体能力の衰えに、その様な年齢なのだという事を改めて実感させられた。気分を変える為に開けられた窓から、ふわりと入る軽やかな風に、初夏の爽やかさを感じる。サイドテーブルにカップを乗せ、詠唱代替行為を設定したフィンガースナップでハーブシガーに火を点けた。


 厳密に言えばそれは煙草ではないらしい。南北大陸の様々なハーブをブレンドして、葉巻のように喫める様にしたものだと薦めてきた友人は様々な蘊蓄を自慢の自家製酒の盃とともに傾けながらを熱く語っていたのを思い出す。


 シガーから空気を取り込むように深く空気を吸い体全体に行き渡らせるようにイメージしながら、何度か吸っては、吐いてを繰り返す。


 すると含まれる薬草の効果なのか普段は意識しない魔力路の循環がよくなったように感じ、この運動不足極まる体に少しだけ活が入ったような感じになるのが気に入っている理由だ。別の友人に勧めるとその人物から昔、嫌というほどに飲んだ救命回復薬を連想させる味がするとの意見をもらった。成程、どこかしら記憶を刺激する味であると思ったものである。それがあの地獄の戦場を思い出していたとは、その時までの私はわからなかったのだが。


 ふと自らの左腕を眺めてみる。昔ほど鍛練をしなくなったせいか当時に比べると一回り細くなった自らの左腕。シャツをまくり上げた袖から見えるひじの付け根から手の甲にかけて裂け目の様な大きな傷痕が走っていた。その先には、既に違和感を感じなくなって幾年月という魔力誘導機構組み込み型の小指と薬指の義肢が目に入る。そこから思い起こされるのは、負傷した時のもはやこれまでかというほどの強烈な痛み、無念を残しながらも、やむなく退役せざるを得なかった悔しみ。


 はたと、我に返り思索を振り払うように首を振った。この頃は、本当に昔のことばかり思い出すようになってしまった。あの頃の仲間のほとんどが四十三年という歳月を経た今、鬼籍となり元々多くは残っていなかった櫛の歯がほとんどが欠け落ちてしまった。殺しても死ななそうだった、あのルカーシュまでもあっさりと逝ってしまったのはさすがに驚きを隠せなかったが。その葬式で次は誰の番かなどといった話題が盛り上がったのも仕方ない事である。それから一週間もたたぬ内に、我らにとっての櫛が折れるようなことになるとはその時の誰もが思っていなかったのだ。背もたれに力を抜いてよりかかり目を瞑ると思い起こすのは一つの終わりの日のことである。



 その日、王宮からの非常呼集は各人種の代表者及び軍関係者、また情報統制のため各出版社代表及び王宮担当の一部に伝えられた。私はその日、半年先の退職にそなえて気にしないうちに溜まっていた休暇をぼちぼちと消化していた。迎えの馬車を見た時の驚きは大きかったが、それよりも私の心を支配したのは驚愕と恐れであった。これと同じような出頭命令を受けたのは退役して以来、一度のみ七年前に起きた旧ヴェドヴィロウの侵攻のみである。それは、紛れもなく国家の安寧に悪影響を及ぼす重大な事態が起きたことを表していた。


 私は何が起きたかすぐに理解できた数少ない人間の一人であろう、それは確信である。しかし、何故なのかという疑問が溢れ抑えられなくなりそうになった。手をきつく握り込むと千々に乱れる心を一喝して動揺を抑え込み、使者に対し承諾の意を示す。使者はこちらの様子を不安そうに見つめている、それは自らに何か落ち度でもあったろうかという不安に見える様子である。それは私への呼集のみを命令され、その内容についてはおそらく教えられていないという事であろう。準備を整えるため衣装室に向かう旨を伝え、使者に一息ついてもらうために家令のオットマーに茶を用意してから衣装室に来るように告げると自らはそちらに足を向けた。


 衣装室に並ぶ洋服箪笥、その中でも再び開けることのないようにと二種の鍵を使い厳重に閉めたそれに手をかけると手早く鍵を開け保管されていたうちの一つである黒を貴重とした儀礼用の軍服を着用した。続いて退役軍人章、それに幾つかの飾りを姿見の横に付いている小物置きに置いて間違いがないかを確認していると服装に煩かった亡妻の顔が浮かんだ。その時、ドアがノックされ衣装室への入室の許可を求めてきたので肯定した。オットマーは入室すると姿見まで歩き小物入れに置かれたそれらを確認しこちらの顔を見た。私は無言で肯定の意を示すとオットマーは軽く一礼しそれらを軍服の上に着装していく。最後の一つを付け終わりオットマーが全体を確認して合格がでたので衣装室を後にした。


 応接室で女給頭のエレノアが使者の応対をしていた使者は緊張が溶けた様子で出された茶菓子を美味しそうに頬張っていた。やや幼さが残る狼種の騎士は、その毛並みの艶の良さなどから育ちの良さを感じた。そして、国内の子どもたちの羨望の的である近衛騎士団の儀礼服に吊るされた金色と銀色からなる飾緒の色から爵位持ちの貴族であることが確認できた。といっても近衛騎士団のほとんどは、その成り立ちからほぼ貴族で構成されているのだから珍しい事ではない。


 王宮行きの馬車に私が乗った後に、続いて乗り込んだ使者は少し解けた緊張がぶり返した様子であった。王宮までの石畳で作られた街路を進む馬車内では、屈強な体躯を持ち漆黒の体毛を持つ騎士が、こちらの様子を伺いつつ会話の糸口をもちたそうにしていた。しかし、なんと話しかければいいのか悩んでいる様子が微笑ましさを感じさせる。こちらから会話を振ると嬉しそうに乗ってきた。

 何と、その若い女性の騎士は私が所属していた部隊が憧れだったそうだ。彼女は名をヘルヴィと名乗りタルヴィティエ公爵の御息女で立場的に次期公爵でもあるらしい。

 タルヴィティエ公爵家といえば大戦でも有数の功労者の一人であり、武門として随一の名を誇る名家である。

大戦では前公爵であるエッシ様は同盟軍総師団長として、現公爵であるエヴェリーナは現皇帝陛下の側近として活躍した人物である。

彼女は、前公爵様直々に子供の頃の寝物語としてあの戦いを聞かされて育ったらしい。何とも武のエリートたるタルヴィティエ家らしい寝物語である。


 王宮までの道中は彼女からの大戦への質問で潰れた。彼女曰く、あの戦いに参加した人間の中には話したがらない人間が多いそうだ、その気持は十二分にわかった。私にも、記憶を思い出すたびに傷口を刃物で抉るような気分になる物もある。実際にその話をしても分からない、伝わらないということもあるがそういう機会が訪れれば私はできるだけ答えるようにしていた。彼女は、それに対して深い感謝を示して礼を述べてきた。その様子を見て賢政の片鱗を見せる皇太子殿下のもとに彼女のような人材がいれば帝国の未来は明るいと感じる事ができ嬉しく感じた。


 王宮につくと拝謁の前に宰相の執務室へと呼ばれていることを知りヘルヴィ嬢の案内により宰相、イェルハルド・ホルムストレームの元へと赴いた。


 執務室前でヘルヴィ嬢と別れ室内に入ると秘書官は人払いされ室内には宰相殿が一人いるきりであった。若い頃に比べるとやや後退したオールバックの銀髪はまじまじと見れば大多数が白髪になっているようだ。意志の強さを比例するかのような鋭い眼光は疲労のせいか知っているものに比べるとやや陰りを見せていた。机上の書類から視線をこちらに向けた宰相と挨拶を交え二言三言話すと扉がノックされる。

 宰相の返事の前に入室してきたのは近衛騎士団団長、ノアベルト・アメルハウザーである。我々と同期であるはずノアベルトの頭頂部からつま先に至るまで全身鎧に包まれた巨躯から見て取れる機敏な動作からはいささかも老いを感じさせなかった。そのノアベルトの様子にイェルハルドはため息を一つつくと言葉少なくこちらとの会話を終えた。ノアベルトに促され拝謁に向かおうとするとイェルハルドに声をかけられ義指に対して注意を向けろと指示をされた。そちらを見れば小指と薬指が注意しないと見えないほど薄くではあるが青く光っていた。それは体内魔力が魔法として使われている証拠だった。どうやら意識しないうちにマイナス的な感情への感情制御を行ってしまっていた様だ。感情制御は大戦中に置きた悲惨な事件から現在では禁忌とされていた。そしてイェルハルドはその件に関わった当事者として精神制御系の魔法に特に敏感になっているのでこちらの不自然さを感じ取ったのだろう。


 部屋を出た後は、こちらの立場を慮ったイェルハルドの差配であろうがノアベルトに案内される順路において誰一人として顔を合わせることはなかった。


 拝謁のためノアベルトに先導された先は、果たして玉座の間ではなかった。

そこは王宮内の普段においては王族のみが入れるとされる。祈の祭殿と呼ばれる祭殿前であった。

その事実が覚悟していたはずの私を打ちのめし、絨毯を踏んだ両の足は底なしの沼に足を踏み入れたが如きの不安定さである。歯を食いしばり、手のひらに爪を立てて何とか気を保つ。周囲に目を向けると皇太子殿下であるアレクシス様がおられることに気付いた。礼を失したことを慌ててお詫びするとアレクシス様は微笑みを浮かべてこちらの無礼を無き物とされた。


 アレクシス様により祭殿の扉が開かれた。其処におられるであろう御方への拝謁の時である。


 祭殿内に自分のみが通され扉は閉められた。初めて入ったそこは、王宮に関わる者たちの間では建国王が王宮において一番こだわったと言われさぞや豪奢な作りになっているものであろうとの噂であった。同時期に作られた当時の建築家や美術家の技術の粋を極めた柱や梁飾り、まるで生きているような見事な竜の彫刻などが初めて訪れた者をを圧倒させる謁見の間に比べれば細工や装飾なども少なく至って質素な作りであった。ただ一つ見て取れた細工は中央の祭壇前に陽の光が集められる構造になっているようだった。


 そして、その光の中に御方はいらっしゃった。扉の方に足を向けられ寝台の中に眠っておられるように見て取れる。陽光のもとにおいては銀の鬣に喩えられる薄紫の長髪。黒を基調とした銀の装飾を施したドレスに身を包み胸元には愛剣を抱きながらの姿は遠き昔に目にした、あの頃と変わらないように思えた。一つ違うのは、仮面が外されていた事だった。誓約の仮面であると語られていたあの仮面が御顔の横に外されて添えられていた。その美貌に傷を負った後に周囲を悲しませないためにつけるようになった仮面。しかし、その御顔に傷跡はなかった。失われた王家の紫双珠と吟遊詩人に謳われる美しい御顔そのままである。だが、一番其処にあるべきものがなかった。我が一生の忠誠を捧げた御方の魂は既に其処にはおられ無かった。


 御方がその身を横たえられているのは寝台ではなく棺であった。

 

 その、事実を実際に感じ取った瞬間膝から力が抜け落ちた。両脚が自らの一部ではないかのようである、御方の前で無様な姿は見せられぬと意地で右膝を立て片膝をつき臣下の礼を取った。

 唇を噛み締め、目をきつく閉じる。しかし、閉めたはずの唇からは嗚咽が漏れ、閉じたはずの瞼からは滂沱の涙が溢れた。無様な、なんと無様な姿だ。己が主君の前でこのような無様を晒すとは許されることではない。しかし、いくら自らを叱責しようとも涙は枯れぬ滝のように流れ嗚咽も止むことはなかった。


 その世界が崩壊したような喪失と悲嘆の中で、私はただひたすらに願った。現世の柵から自由になった陛下の魂が行く先を。あの方の、先に行って待っていただろう勇者殿の下にたどり着けますようにと。


 そこまでを鮮明に思い返すと目を薄っすらと開いた。火の消えてしまったシガーを再び口に運び再度火をつけようとした。その時、入り口の扉に遠慮がちなノックをされた。どうやら会議の時間になっていたらしい、シガーを灰皿に押し付けて机の上の原稿を一瞥する焦る必要はないと自らに言い聞かせて必要な物を手に取り部屋を後にした。

初投稿である、拙いところは数限りないが読んでもらえれば幸い。

物語を形にする事は大変なものだなと実感する。

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