家路
窓から見上げた空には、能天気にも程がある入道雲の大群が浮かんでいた。
こちらの気も知らずに。
狭い部屋に置かれているのは、
空になった食器と、
それらが乗っているちゃぶ台、
起きてからそのままの布団、
そして、外から持ってくることを唯一許された、一冊の本。
それだけだ。
あとは何もない。
向かい合う二方向を囲う壁は目が痛いほど真っ白で、何も書かれてはいない。
残り二面の片面はドアがある。
ドアにはめられた窓から見張りが見えるが、別段面白くもなんともない。
もう片面には鉄格子付きの窓があり、脱走は不可能。
西に取り付けられたこの窓からは、若干日の傾いた空が広がっている。
…ここまで言えば、俺が何処にいるかわかっただろう。
────俺は今、刑務所にいる。
齢28。
犯した罪、殺人。
判決、終身刑。
ちなみに、これは建前上だ。本当は冤罪である。
巧妙に犯人に仕立て上げられ、再審の兆しは0のままだ。
これから可能性が上がることもないだろう。
奴らはそんなヘマをする程詰めが甘いわけがない。
退屈な牢の中。
毎日決まった仕事を終えても、俺がここを出ることは決してない。
何も言えずに残してきた、家族や、友人の顔が浮かぶ。
俺との思わぬ形での別れに、きっとびっくりしただろう。俺だってびっくりした。
突然警察が来たと思ったら、
『○○、お前を殺人の容疑で逮捕する』
そう言って逮捕状を突きつけてきた。
覚えは全くない。
今思えば、警察の中にも奴らの仲間がいたのかもしれない。
俺を最後まで信じてくれて、別れを惜しんでくれた家族。
裁判所に駆け込んで、再審を何度も投げかけていた友人達。
彼らには、本当に迷惑をかけた。
世間からの風当たりも、きっときついはずだ。
面会も恐らく受け付けてはもらえない。
精神異常者のレッテルも貼られている俺だ。
もう、日常を共に過ごすことはない。
いつしか日は暮れ、遠くで「家路」が流れている。
小さい頃は、これが家へ帰る合図だった。
懐かしいあの日々。
平穏に包まれたあの時。
そう思った瞬間、目頭が熱くなった。
もう、あの場所へは戻れない。
もう一度、帰りたい。
あの暖かい光の中に。
それが無駄というのがわかっていることがまた虚しさを掻き立て、
俺は膝を抱えて静かに泣いた。
俺の、光。
俺の、帰る場所。
その想いを嘲るように、
「家路」は止み、日は暮れた。
読んでいただきありがとうございます。
ちょっとシリアス気味に書いてみました。