詩『リュネット』
鬱の重さで沈む瀝青の海
浮き上がりそうなほど軽い躯を押さえて沈めている
だから遠くには逃げられない
寄生した病原が道を歩くようにと背中を突き飛ばす
「男子にぶつかっちゃって一生懸命に謝ってるとこが凄くみっともなくて凄く可愛いの」
青黒く泥々と沈んだ海は
消えては新しく浮かんで
いつでもブラウスやスカートの中にあった
黒耀の棘が幾つも刺さり 泣き止まない二重自己
血塗りの蛞蝓が吃りながら 数秘を詠唱するのを
見詰め続けていた
手にした書には 呪殺の綴り 効果覿面 既に人形のよう
問い掛けには 自らの弱さ脆さを露呈するように
脳を作り換えられている
「花椰菜みたいに泡立っているの
サラサラの長い髪からは想像もつかないほど
泡立っているの」
曲がった蔓 屈折した水底からは
鵞鳥の首ばかり 見えていたかも知れない
「近くしか見えないなら もっと近くにいきたい」
シグルドは来てくれない
オブラートを破るのに忙しいから
結わえた髪の束が床に落ちる これで同じ
精子 歪んだ双子 十字架が 零れている
胸に落ち 心臓の内壁を血が削ってゆく
「……髪に絡んでいたのかな……」
囲われた人形の意思の弱さに 鋭い悪意を持って
治療的流産の真似事 この構造の底を抜こうとしている
「人形への接し方で 人への接し方が分かるの」
靴下を汚した臭いに 鼻を鳴らして 豚共も集まる
「……墓地に居るのは飽きたのかな……」
掌に握られた 生温い空気を掻き混ぜ
ヘドロのような細民を描き 一瞬 愉快になる
それらは 畜舎から逃げ出す方法を探していた
屠殺の怨みは 人形に飲まれていった
その度 海は体積を増やした
首筋の柔らかさに 絞め殺したい疼きがある
豚共に火を放ったら 法界悋気と言われるか
「言われなかった 誰にも」
私達は 糸繰り車に神経を絡め取られていた
怖い人が あなたを見ないように あなたに目隠しをしてあげる
私達が離れられないように 私達は食餌を制限し
食べては吐き 透き通る破片を吸っていた
二人とは集団であり 致死率は上昇する
あなたに口唇を付けると
私は融けてしまいそうだった
あなたの身体を撫でていると
私は蒸発していまいそうだった
あなたの体温で
私は居なくなりそうだった
私達は蛇を見れば殺した 憶えている?
でも 殺し損ねたのが寝台の中にいっぱい
「自由なあなたを見るのは不安なの」
私達は 引っ張り出した手首の血管を
鋏で ちょん切った
「……髪を切った 鋏と同じ……」
それを憶えていてくれたこと
それだけが
凄く嬉しかった